箱庭ロンドの主要楽句

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✽2✽


 街の雰囲気に大分慣れたフェリーチェは、周りの景色を見ながら歩くことが出来るようになった。
 大通りの人混みには時々目を回しそうになるが、それ以外は「結構いい感じ」だと自分でも自負している。
 一人で外出も、近い内に可能になるかも!
――なんて。
(調子に乗るんじゃなかった……!)
 リヴァイ達はどこだろう? ちょっと前までは、彼らの背中を見ていたはずだ。
 数秒前? 数十秒前?
 リヴァイ達はどれだけ足が速いのか。それとも自分が遅いのか。
 答えはどちらでも無く、よそ見をして歩いていたせいだと思う。
 道端に店を開いている果物屋のワゴンに目を奪われてました、なんて言ったら、リヴァイにきっと呆れられる。じゃなく、この状況だと十中八九……怒られる――。
 賑わいをみせる街。心なしか、さっきより人が増えた気がした。後ろを振り返れば、少し遠くに教会の十字架が見えて。
(もしかしたらあそこで集まりがあって……? それが終わったから?)
 十分考えられる理由だ。

「どうしよう……」

 ザワザワと耳に入ってくる音が大きくなるにつれて、フェリーチェの胸もざわざわと騒がしくなっていく。
 早くリヴァイ達に追いつかなくては――。
 真っすぐ歩いて行っているのは確かだ。さっきハンジが「この先の店に寄りたいんだ」と言っていたし、目立って大きな横道も見えない。だからきっと先に進めば大丈夫。
 ちょっと不安な考えも浮かんだが、それは頭を振って消し、フェリーチェは歩き始めた。スカートをギュっと握り締めて。
 人が多いとはいえ、まだまだ自分のパーソナルスペースは死守出来ている。進める足もなんの抵抗無く動いてくれている。人を避けながら、なるべく通りの端を歩くようにした。

「だから言ったでしょう!」
「えっ!?」

 突然横で言われて、フェリーチェは立ち止まった。
 女性の声に思わず反応してしまった。しかし、ハンジの声じゃないとすぐに分かる。
 目の前には女性と一人の男の子。親子なのだろうか? 泣いてる子供に、母親らしき女性が強めの口調と怖い顔で話しかけていた。

「あれだけ、勝手に外に出ちゃダメって言ったのに……! 母さんのいうことを聞かないから、そうやって怪我をする事になるのよ?」

 親子にくぎ付けになってしまった。男の子が「ごめんなさい」と泣いて謝る姿に、胸が苦しくなる。
 転んで怪我したのか……。
 擦りむいた膝と頬を、母親が手で包むようにして触れていた。小声で何か言っている姿は、もう優しい母の顔。男の子を抱き上げ路地裏に消えていく。
 その二人を見送った後、フェリーチェは自分の右肩をさすった。

――フェリーチェ。君には何度も教えただろう? 約束は守るためにあると。それを聞かないから、こんなふうに怪我をしてしまうんだ。

『ごめんなさい……』

 過去を思い出し、心の中で呟く――。
 だけど、そのすぐ後で違う事を思い出す。過去じゃない、今この時。

「あ、いけない! リヴァイさん達を」

(私、迷子だったんだっけ!)
 急がないと怒られる!
 慌てて方向転換した。――のが、いけなかった。

「すみません!」
「っ!?」

 誰かとぶつかってしまい、勢いに弾かれそうになった。何とか踏み止まったものの、くんっと髪の毛が引っ張られる。

「うっ」

……理解した状況に、それこそ勢いよく血の気が引いた。
(か、髪がっ!?)
 なんと、相手の持ち物――数冊の本をまとめているブックバンドの金具に、自分の髪が絡まっているじゃないか!
 しかも最悪な事に相手が男性だ。エルヴィンと同じ位の長身の男。がっしりとした体型と見知らぬ人間という相乗効果で、威圧感の塊にしか見えない。
 心の中で、フェリーチェは「やだっ!!」と叫んだ。
(よ、寄るなっ! こっち来ないで!)
 本当は実際に叫んで相手を威嚇したいところ。でも、あまりに突然で、あまりにショックな状況に声も出ない。

「あれ……? フェリーチェさんですよね?」
「…………」

 極めつけに降ってきた声で、今度は身体が動かなくなった。

「あ。やっぱりそうだ、フェリーチェさんだ。こんな所でお会いするなんて偶然ですね!」
「…………」

(ど、どどど……どちら様でしょうか!?)
 全く知らない人なんですが!
 近い距離が嫌で離れたくても、髪の長さ分以上離れられない。
 恐る恐る顔を見上げたフェリーチェだったが、知らない人物にニコニコ笑いかけられて泣きたくなった。パッと目をそらす。

「ああ~俺は知ってるけど、フェリーチェさんは分からないか……。俺も調査兵団所属です。補給隊。クライダーと一緒」
「クライダー……」

 なるほど。クライダーの同僚か……。

「……」

――だから何なんだ。早く離れろ。
 バッグの中をゴソゴソ探り、ソーイングセットを取り出す。そこから小さな糸切りバサミを出したら、男が「ダメですよ!」と慌てた。

「こんな綺麗な髪切っちゃ!」
「わ……私が悪いので」
「うわ! フェリーチェさん、声も可愛いんッスね!」
「…………」

 本当、何なんだ、この人は。
 苦手な中でも最も駄目なタイプだ。これじゃあ、話が進まない。そもそもこの人は、私の話を聞いてくれる人なのか?

「結構絡まっちゃってますけど、切ったら勿体無いですし。俺が今解きます」

(そんな髪なんか全然!)
 むしろ、この時間が勿体無い!
(早くリヴァイさんに追い付きたいのに。私のこと探してるかもしれないのに……)
 良いとも言ってないのに、勝手に自分の髪に触れてくる相手に嫌悪を抱く。
 手の中に追いやられてしまった小さなハサミの存在を感じつつ、フェリーチェは考えた。
 髪なんてこれっぽっちも惜しく無い。このハサミを男に突き付ければ、この人はすぐ立ち去ってくれるだろうか? ……と。
 調査兵団の皆には尊敬の念を忘れないでいるけど、こういう事をされると一瞬でも気持ちが嫌な方に傾く。
 小さなハサミでは抵抗も無理があるかもしれない。でも、その時は最終手段に出ればいいだけ。大丈夫、私なら出来る。
 乾いた口を無理矢理開いて「切る」と言おうと決めた――。

「細くて柔らかいですね~」
「き」
「何してる」

 その時、急に二人の間に割って入ってきたのはリヴァイの声だった。

「リヴァイさんっ」
「リヴァイ兵長!」
「いなくなったかと思えば、こんな所で道草か」

 低い低い声音。やっぱり怒っているんだろう。ごめんなさい……と言えば、リヴァイは自分を見て短い溜息を漏らした。
 が、すぐに今の状況に気付いたらしい。
 本に捕まっている自分の髪を見て……。

「どういう事だ? お前は誰だ」

 フェリーチェの毛先をいじっている男にリヴァイは抑揚の無い声で聞く。男が名乗ると、今度はムスッとした声で「また補給隊かよ」と呟いた。

「リヴァイさん、探しに来てくれたんですか?」
「当たり前だ。またその辺でブッ倒れでもしたら周りに迷惑がかかる。そもそも……フェリーチェ」

 自分を見下ろすリヴァイの目は、いつもより厳しい。今日出掛ける前に散々注意を受けていたからだ。

『いいか。勝手な真似はするなよ』

 するワケ無いじゃないですか~、なんて呑気に返したが、今のこれも十分に勝手な行動になるんじゃないかと思う……。

「お前が迷子にならなきゃ、こんな手間はかからねぇんだよ」
「ほんの一瞬の気の緩みが、迷子という結果に……」
「馬鹿かお前は。見ろ、だからこういう事になる」

 リヴァイがフェリーチェの髪と青年の持つブックバンドを指差した。二つはまだ絡まったままだ。
 青年兵はリヴァイの言葉に申し訳無さそうに言った。

「すみません。自分がよそ見をして歩いていたもんですから……」
「それはフェリーチェも同じだ」

 眉根を寄せた表情は二人に向けられる。
 そして、

「サッサと、引き千切るかなんかして取っちまえ」

 金具と髪にも、それは向けられた。

「えっ、兵長それは……。女性は髪を大事にすると聞いた事がありますし」
「あ? こんなモンすぐ生えてくんだろうが。そんなに大事か?」
「私は少しも惜しくないですよ。っぃた!?」

 リヴァイに聞かれ、フェリーチェは飛びつく勢いで彼に寄る。当然――金具にそれを阻まれた。

「あっ、ちょっとフェリーチェさん! 本当に切れちゃいますよっ」
「……」

 切れない様にといらぬ世話を焼く男が、本を持ち自分に近付いてくる。だから、髪なんか惜しくないんだってば!
 痛いだろうけど、この人と離れられるなら、そっちの方が全然いい。
――リヴァイに寄る。が、そうすると男もくっついてくる。
 終わらない鬼ごっこに突入しそうになった時、リヴァイが恐ろしく低い声で吐き出す様に言った。

「お前ら……いい加減にしろ」

 じりじりと寄ってくる二人に、リヴァイの機嫌はますます降下したらしい。

「俺はこんな所で仲良く井戸端会議する気なんか無ぇぞ」

(あ……!思い出した)
 その言葉に、フェリーチェの記憶は引き出された。
 知らない顔だとばかり思っていたけど、よく見ればこの顔は見覚えのある顔だった。
 リヴァイ達が壁外調査に出ていた晩に、廊下で喋っていたあの騒がしかった人達。この人はその内の一人じゃないか。
“リヴァイの悪口を言っていた嫌な人達”
 フェリーチェの中では、あの時の彼らはそういう認識だ。
 つまり、

「リヴァイさん、あのですね!」
「なんだ、フェリーチェ」

(この人悪い人ですよっ! あ……。でも、本人目の前にして言えないか)

「えっと……言えません……今は」
「…………。だったら呼ぶな」

 ごもっとも――。
 クスッと笑い声がした。今の笑い方とあの時の会話が重なり、とても気分が悪い。
 もうこれ以上ここには居たくないと思った。
 フェリーチェは、リヴァイのジャケットの裾を掴み目で訴える。……早くハンジさん達の所に戻りましょうよ。

「ん? フェリーチェお前……何を持ってる?」
「あ。ハサミ」
「貸せ。何故それをサッサと出さねぇんだ、馬鹿」

 リヴァイはハサミに気付いてくれた。そうだった、ずっと握っていたのに……。

「忘れてました!」

 手を開くと、あっという間にリヴァイが奪っていく。
 そして、「兵長!?」と青年が言った時にはハサミが髪を噛んでいた。
――ん!?
 ぱつんぱつん、と切られるキャラメルブラウン。
 青年とフェリーチェは一瞬の事に唖然とする。
 絡まる毛先部分のみを……という配慮はどこにも無く、とりあえず掴んだところにハサミを入れた感じだ。
(そこで切りますか! いや、別にいいんですけどね。切った後の不自然さが気になるような多さじゃないし)
 少しも躊躇わず切ってしまうのが、なんともリヴァイらしい。

「気味が悪いだろうが、後は自分で何とかしてくれ」
「え!?」
「リヴァイさん……気味が悪いって……」
「行くぞ、フェリーチェ」

 茫然と立ったままの青年を気にもせず、リヴァイは踵を返し歩き始める。
 フェリーチェも同じくリヴァイの後を追った。後ろの彼を気遣う義理も無いし、何より、リヴァイと再度はぐれる訳にはいかない。

「フェリーチェさん! 今度クライダーと一緒にどこか行きませんか!」

 背を追いかけて来た声に振り返ると、本に絡んで垂れている自分の髪を大事そうに抱えている男。

(うわぁ……本当だ、怖い)

 僅かな量とはいえ、自分の髪がまるで本に憑りついている亡霊の様に見える。
 気味が悪いと形容された理由が分かった――。
 かけられた声に頷くつもりは無い。無視はいけないと思いつつも、フェリーチェはその場を離れた。

「おい。今度勝手に消えたら、どうなるか分かってんだろうな」

 チラリと、先を行くリヴァイが自分を振り返る。
 小走りで追い付き、いつもの様に並んでからフェリーチェは返事をした。

「はい! もう絶対に離れませんっ」
「…………」

 一瞬驚いた顔をしてから、リヴァイは「それならいい」と呟く。

「ハンジが、お前に見せたいものがあると言ってるぞ」
「え! また美味しいものでしょうか?」
「食わせたい、とは言ってない……」

 かなり低い声で冷たく返されたが、くしゃりと頭を撫でてくる手は優しかった。
(この手で髪に触れられるのは、全然嫌じゃないんだよなぁ……)

「あの、髪がボッサボサに……」
「毛先と一緒にしてやってる」
「これはゆるふわって言うんです! 決してボサボサじゃないですからね! リヴァイさん!? あの、聞いてます!?」
「聞いてる。別にどっちでもいいだろ」
「よくないですっ!」

 呆れ顔のリヴァイに必死に食い下がるフェリーチェだった。
 
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