箱庭ロンドの主要楽句

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✽1✽


 壁外調査の後は、参加した者に数日間の調整日が入る。
 ハンジ達も例外なく与えられるが、調査後の報告書作成や様々な事後処理がある為、一般の兵より日数は少なかった。
 とはいえ、回せる仕事はなるべく後にし、自由な時間を確保する努力は忘れない様にする。
 休むことも仕事のひとつです。
 モブリットは、よくハンジに言った。
──そうでもしないと、彼もおちおち休めないからだ……。



「いやぁ~なんだかんだ言って、午前中は図書館に居座っちゃったねぇ」
「分隊長が棚から離れなかったからですよ」

 食後のお茶を楽しむ中、ハンジはアハハと笑い話を振った。

「お前だけじゃなく、フェリーチェもだがな」

 横からと目の前から、男二人の声が飛んでくる。呆れた口調と表情は、まるで買い物に夢中になる彼女を遠巻きにみる彼氏の様だった。

「しょうがないじゃん。好きなもんは好きなんだから」

 アナタ達が実際それに近い目に遭うのは、むしろこの後だよ。
……うん。言わないでおこう。
(親切なモブリットはともかく、リヴァイはサッサと帰りかねないからね)
 この後の予定はフェリーチェも知らないけど、きっと目的の場所に着けば目を輝かせる筈だ。
 フェリーチェだって普通の女の子。アクセサリーや可愛い雑貨を前にして、「帰る」なんていう訳がない。
 自分はあまり興味が無いが、せっかく誘って街に来たのだから、そういう女の子が好む所に連れていってあげたい……。そう考えて事前にぺトラから、フェリーチェが好きそうな店の場所を聞いていた。
 壁外調査の間は淋しい思いをしただろうから、その穴埋めを……という、親心? 否、姉心だ。

「フェリーチェも好きだからねぇ、本。あの子の知識欲には恐れ入るよ」
「その内あそこに住むとか言い出すんじゃねぇか?」
「言いそう言いそう!」

 ハンジの部屋にある本にもフェリーチェは興味津々で、自分が部屋の本棚やら床に積み重ねた数冊を手渡すと、いつも夢中になって読んでいる。
 開発部の資料室には無いの? と聞くと、「膨大な量の資料や研究員が取り寄せるものはありますが、こういうのはあまり……」と笑っていた。
 確かに、植物の図鑑で薬草になるものを知るなんて開発部に無関係だろうから、当然といえば当然か。
 図書館には学術関係から娯楽ものまで様々なジャンルが揃っている。フェリーチェにとっては、あそこはまるで宝の山だろう。「住みたい」なんて本当に言いだしそうだ。

「そういえばさ、モブリットも図書館の本を借りるんだねぇ」
「いや、そりゃ借りますよ。あの~……いま結構失礼な事言われてませんか? 自分」
「ああ、ごめんね! そんなつもりは無かったんだけど。まさかここまで沢山借りるほど本好きだったって知らなかったからさぁ」
「ああこれですか?……これは私が借りたものより、フェリーチェさんが借りたものの方が多いからで」
「フェリーチェが……?」

 ハンジが言う前にリヴァイが反応した。
──何故モブリット?
 彼女に直接聞こうにも本人は化粧室に立っているから無理だ。理由に興味があったハンジは、そのままリヴァイが話を続けるのを黙って聞く事にした。
 理由も興味深いが、目の前の男の反応も面白そうだから──。

「えぇ。借りる為に必要な新規手続きをすれば、もちろんフェリーチェさんも自由に借りられる様になるんですけどね……。ご本人がかなり戸惑っている様子だったので……」
「それでお前が代わりに?」
「はい。今回は私の分と合わせて借りておきましょうか? と。返却時も一緒に返せば手間もかかりませんし」
「………」

 リヴァイは「ほう……」と呟き、紅茶を一口飲んだ。

「お前も随分とフェリーチェに気遣いしてくれるんだな」
「いえそんな!………すみません」
「何故謝る?」

(リヴァイがそんな怖い顔で言うからでしょうよ)
 コッチは笑いを堪えるの大変なんだから、あんまりイイ反応しないでほしい。
 吹き出さない様に細心の注意を配り、ハンジは二人を見ていた。ちょっとモブリットが気の毒な気もするが、おかげで入ったのは面白い情報。
 お前も、とリヴァイは言った。ということは、リヴァイがイラつく様な「気遣い」を他の誰かもしているのだろう。
 やっぱり、以前話に出た補給隊班長の事だろうか?
 はたまた違う誰かか。
 違うヤツの方が、見ている側としては先行き面白いのだが──。
 何それ誰? 超気になる!

「余計な事でしたか……兵長」
「別に。ただ呆れてるだけだ。引きこもりだったとはいえ、図書館の利用くらいあるだろうと思っていたが……そこまで知らねぇのか、アイツ」
「全く知らない様でしたよ。私も少々驚きました」
「そこらのガキより社会勉強させなきゃならねぇのかよ……」
「兵長も大分ご苦労なさってる様ですね……」
「……お前もな」

(いつの間にか男二人で盛り上がってるし。ていうかさぁ)

「なんで私を見てるの。二人して」
「さあな。なんでだろうな」
「なんででしょうね」

 リヴァイは紅茶を、モブリットはコーヒーを、それぞれ飲んで話を止めた。
 まぁ、言いたい事は大体察しがつくけど。そんなに迷惑かけてるか私?
 ブツブツ言いつつ、ハンジもコーヒーを飲む。
──と、静かになったところへフェリーチェが戻って来た。

「おまたせしました!」
「フェリーチェ」

 お皿を二枚、ウェイトレスよろしく持って来たフェリーチェに、リヴァイが顰めっ面を見せた。

「何やってんだ、お前は。さっきからあんな所で話し込んでいたと思えば」

(話? え、そうだったの? 全然分からなかった。よく見ているじゃない、リヴァイ)
 心配しなくても、今この店には男だけで来ている客はいない。つまり、フェリーチェに声をかけようと寄ってくる輩はいないということ。
 それでも監視? を怠らないとは。どれだけ心配性なんだろうか、この男。最強どこいった。

「困った事に、ここで働かないかと店長さんに声をかけられまして……。丁重にお断りしてたところです」
「ここで働くだ?……それよりお前、よく初対面の人間と普通に喋れたな」
「緊張しました!」

 フェリーチェは、チーズケーキがのった皿をハンジの前と自分の前に置き座る。
 そして、両掌を口元にあて「ふふっ」と可愛く笑った。
 ああ! もう! 本当可愛いな、この子ったら!

「実はですね、あの人アインシュバル部長にソックリなんです。だから喋れたんですよね。お皿は丁度ここに運ぶところだった様なのでお手伝いしました! 働くのは無理ですけど、一回だけ店員さん気分です」
「ヘラヘラと店員ごっこで遊んでんじゃねぇ」
「だったら助けてくれてもよかったじゃないですか。リヴァイさん、時々私と目合ってましたよね?」
「気のせいだろ」
「え! 嘘ですよ! 絶対合って……痛っ!」
「いいから食え」

 フェリーチェの額を指で弾いて、リヴァイは言葉を止めさせた。
 よほど痛かったのか涙目になったフェリーチェは、額を擦りながらもフォークを手にする。ちゃんと言うことは聞くらしい。
 ハンジは隣に座るモブリットをちらっと見て、彼の反応に大きく頷いた。
(だよね。思うよね! じゃれてる様にしか見えないよね!)
 久々に二人のこの手のやり取りを見たけれど、なんだか雰囲気が少しだけ変わった。
 フェリーチェは前よりリヴァイに気を許しているみたいだし、リヴァイは勿論、フェリーチェを大事に扱っている。
 よくよく見ると、座っている距離も比例する様に微妙に前より……近い?

「知らない間にお二人は随分と仲良くなられたようですね? もしかして……?」
「どうかなぁ。君はなんでそう思ったの?」
「……兵長、フェリーチェさんと居ると、なんか雰囲気丸くないですか? 見た感じは全然変わらないので私の気のせいかもしれませんが……」
「ああ~、確かにそうだねぇ」

 正解! とはハンジは言わなかった。一応、リヴァイの秘密は守ってやらねば。そう。人の恋路はなるべく見守るに徹する。
 面白そうな時だけ手を出………いや、助けが必要そうな時だけ、手を貸すのだ。
 
「フェリーチェ。ここのケーキ美味しいでしょう?」
「はい、とっても!」
「女性の“別腹”っていうのは、不思議なものですねぇ」
「同感だ」
「それは、リヴァイさんも食べてみれば分かります。甘い物は入っちゃうものですよ?」

 フォークにさした一口分をリヴァイの顔の前に突き出し、フェリーチェはニッコリと笑う。
 リヴァイは真顔で「いらない」と即答した。

「なんで! 一口!」
「いらねぇって言ってるだろ」
「いいじゃないですか一口くらい」
「いいや。絶対ぇいらねぇ」
「そこまで断らなくてもっ!」
「食べてやりなよ、リヴァイ。フェリーチェは美味しさを共有したいだけでしょ。別に深い意味なんて無くて真っ白で純粋なキモチだよ。誰かさんみたいに色々想像して照れてる訳じゃなくってさぁ」
「……ハンジ。テメェ……」

 今こそ助けが必要な時。自分が手出ししないで誰が出す!
 ハンジがチーズケーキを食べながら助け舟ならぬちょっかいを出すと、リヴァイの顔は引き攣り、フェリーチェは首を傾げた。

「リヴァイさん?」
「……フェリーチェよ。お前が口を付けたフォークを、俺が口にすると思うか?」
「あ!」

(リヴァイの奴め……そうきたか!)
 何かに気付いたフェリーチェに、リヴァイは明らかに安堵を見せた。
 間接キスだと暗に伝えて回避かぁ、とハンジは内心ガッカリする。
 ここはひとつ男を見せて、フェリーチェの「はい、あーん」攻撃を受けて立って欲しかったのに……。

「リヴァイさんの潔癖症をすっかり忘れてましたね! やっぱり使い回しは嫌ですか?」
「…………」
「…………」
「…………」

──忘れてた。
 フェリーチェはこういうのに慣れてない子だった……っ!
(リヴァイの言ってる意味、全っ然伝わってない!)
 リヴァイとハンジは固まり、モブリットはこれまでのやり取りを妙に温かな目で見ていた。
 ただ一人、フェリーチェだけがリヴァイに自分のケーキを食べさせようと、必死に頑張っている。
 四人の間に漂う緊張と緩さが雑じりあった不可思議な空気。これ……この後どうすればいい?
 やっぱり、リヴァイが「いただきます」してあげれば即解決なんじゃないか?
 リヴァイに目で訴える。

『ホラ、あなたが何とかしな!』
『俺にどうしろと? お前が何とかしろアホが』

 恐らくそう言ってる。こちらの視線に気付いたリヴァイは、冷ややかな三白眼で睨んできた。

「駄目ですか……じゃあ、新しいフォークだったら……」
「……ハァ。何度も言わせるな、フェリーチェ。俺は、今日は絶対に折れたりしないからな」
「……えー」
「エッ!?」

 溜息交じりに返したリヴァイとむくれるフェリーチェを見て、思わず声が出てしまう。
 何だそれは!? 今日は色々と気になる事が多い!

「ちょっと何? 今日は折れないって。前にも似た事あったの君達!?」
「それは、時々リヴァイさんと一緒にりん……ぁうっっ!!」

 ビシッ! とこちらまで音が聞こえた程、リヴァイの指が強くフェリーチェの額を弾いた。

「リ、リヴァイさん、ちょっとこれは……」

 額を押さえテーブルに突っ伏したフェリーチェ。
 そんな彼女の頭をふわりと撫でつつ、リヴァイは無表情そのままにハンジに答えた。

「何もない」
「いやあるでしょソレ! 絶対あったよね!? リヴァイのその行動もなんかちょっと矛盾してておかしいよっ!?」
「ハンジさん……もうそれくらいで……」

 それまで黙っていたモブリットが、耐えられなくなったのかクスクス笑い出す。
 こんな時、いつもだったらリヴァイの機嫌が立ちどころに悪くなるところだ。
 しかし、今のリヴァイは無表情を貫いていた。そして「おい、いつまで寝てる」と言いながらまだフェリーチェの頭を撫でている。
(ますます怪しい……!)
 もう気になって仕方が無い。
――となれば。
 今夜は酒盛りしかない。エルヴィンとミケも誘って絶対吐かせてやる。
 心に決めた──。

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