憂鬱と淋しさ、安堵と愛しさ
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✽6✽
(怒られるかな……)
フェリーチェは、リヴァイの部屋のドアをノックしようとして、一瞬躊躇った。
左右を見る。ランプには灯りがあり、廊下は昨日より明るい。ホッとしながら、またドアを見る。
(でも、どうしてもこれだけは)
意を決して三回ノックした。そんなに待たずしてドアが開いて……
「フェリーチェ。お前、またこんな時間に……」
想像通りの不機嫌顔が現れる。
「何しに来た。用も無くおかしな時間に来んじゃねぇ」
「用ならありますよっ! とっても重要な!」
「……重要?」
片眉を僅かに反応させ、リヴァイがこちらを見た。
そうです、重要なんです! 私にとっては、とても!
「お礼を言いに来ました!」
「……必要ない」
ドアが閉まりかける。フェリーチェは慌てて隙間に身体を入れ、リヴァイを見上げた。二人の距離はほとんど無く、リヴァイは上体を少し反らした後、深く溜息を吐いた。
「明日でもいいだろう。早く部屋に戻れ、あまり遅くにウロチョロするな」
「だめだめだめ! 今じゃないとっ」
「……お前なぁ、ここを何処だと思ってんだ」
「リヴァイさんの部屋」
「違う。男の部屋が並ぶ廊下だ」
「知ってますよ……リヴァイさんの部屋がある所ですから……」
「……」
リヴァイが黙ったところで、フェリーチェは持っていた林檎を「はい!」と勢いよく見せる。
また、リヴァイが身体を反らした。勢いに負けたのか、一歩後ずさる形で。
「おい、フェリーチェ!」
「お礼より、本当はこっちがメインイベントです」
「は? メイン? 林檎がか?」
「はい。一緒に食べましょう?」
不機嫌な顔は、いつの間にか呆れ顔に変わっていた。だけど、深い溜息が出るのは変わらない。ん?……さっきより……深くて長い?
「なんでこんな時間に林檎なんだよ……。お前の考えてる事は、つくづく謎だ」
くるりと背を向け、リヴァイはソファーに向かって歩いて行った。ドアは開いたまま。という事は、入室許可が……下りた?
ふふっと笑い、フェリーチェは部屋に入るとドアをそっと閉めた。
分かってる。この人は優しい人だ。話を最後まで、ちゃんと聞いてくれる人――。
案の定、ソファーに座ったリヴァイは、「それで?」と聞いてきた。
「説明しろ」
「説明って……。ただ、純粋に一緒に食べたいな、って思ったので」
「それだけでかよ……」
――額に手をあて俯く姿。
「それだけじゃ駄目でしたか?」
覗きこむ様にして言ってみたら、ちらりとこちらを見るリヴァイが「そうだな」と呟いた。
「やっぱり明日でいい話だ。わざわざ夜に俺の部屋まで押しかけてする事じゃねぇ」
「これ以上伸ばすの嫌なんですよ」
「あ?」
「早く食べたくて、コレ」
「……一人で勝手に食え。いつも食ってるだろう。大口開けて」
「いつも丸ごと食べてる訳じゃないです」
「……」
ああ言えばこう言う……とでも言いたげだ。
(――ちょっとその顔見慣れてきましたよ、私)
「昨日、食べ損ねちゃいまして……」
「お前がか? 珍しいな」
「お昼にリヴァイさんと食べようと思ったんです。とっても良い林檎なので! と、思ったら、リヴァイさん居なかったじゃないですか」
「当たり前だろ。俺は壁外だ」
フェリーチェは、リヴァイの横に座り手の上にある林檎を見た。
明るい部屋の中で明るい赤色。夜に一瞬感じた恐ろし気な紅は、もう無い。
昨夜に深く突き刺さった淋しさも、消えていた。
その理由はよく解り、そして、少し心苦しかった。
「忘れちゃって……リヴァイさんが居ない事。いえ、分かってはいたんですよ? ちゃんと。だけど、忘れてたんです」
どうしてでしょうね?
溜息が林檎にかかる。リヴァイは横で黙っていた。
「いつも一緒だったので、リヴァイさんが居る事が当たり前になってたんだなと思います。勿論ハンジさん達も。……そういえば私、兵団にお世話になってから、一人になった事……無いんですよね」
「……」
「あの、それどころか――」
横に向いて、フェリーチェの言葉は止まってしまった。
リヴァイがジッと自分を見てる。
途端に、言おうとした事が、急に言っていいものか分からなくなってしまった。
……ゆっくり一呼吸。
途中で止めるのは……良くない。
「私、開発部に入ってからも、一度も一人になった事……無いんです」
「――は?」
たった一音、返ってきた。
「あ! ちょっと語弊がありました! 正確に言うと、部屋にいる時と資料室にいる時はさすがに一人でしたよ。あと、籠城した時」
「籠城?」
眉を顰められて、フェリーチェは苦笑する。
「自ら一人になる事はありましたっていう……」
「あぁ……」
「でも、それ以外では、いつも誰かが一緒にいてくれてたんです。……いくらなんでも、大人になってもそれって……普通はおかしいんですよね……?」
「……。別に、」
手が頭に乗ったと思ったら、わしわしと頭を撫でられた。
「お前だったら想像出来る範囲だろ」
「え?」
「引きこもり野郎に外の常識は通用しねぇからな」
「それは……?」
「これでもフォローのつもりだ」
ハッキリ言われて、笑ってしまった。
迷った理由が何てことない様に思える。
(良かった。笑われなかった)
……軽蔑とかも、出来ればリヴァイにだけはされたくない――。
「今回みたいな感じは、経験したこと無かったものですから……」
開発部にいる自分が兵団の人間とかけ離れた意識を持っていた事は、認めなければいけない。
昨日からそればかり思い知る。
そんな自分が、此処に受け入れられる資格があるのか……。
リヴァイが自分の事をどう見ているのか気になるのも、きっとその気持ちが強いからかもしれない。
一番近くにいる人から拒否されるのは……やっぱり嫌なものだから。
拒否されてしまえばそれまでとはいえ、それでも繰り返し思ってしまうのだ。
――独りにはなりたくない。
「皆が壁外に出てしまい、お前は淋しかった--という事か?」
「……そうですね。多分。……とっても」
「だからさっきの“アレ”なのか……」
「――あ。あれは、その、すみませんでした……」
バスルームでの一件は、ちょっとした反省点だ。あそこまで相手を困らせるのも、それこそ「子供か」と笑われてもおかしくない。
だけど、あの時はどうしてもリヴァイの背中を引き留めたかったのだ。
頭にずっと残っていた、出かけて行った時のリヴァイの背中と、目の前の背中が重なってしまったからだと思う……。
――どうしても、リヴァイに置いて行かれるのが……嫌だった。
少し間があき、部屋が静かになると、フェリーチェの中になんとなく気まずさが出てくる。やっぱり呆れられてるんだろうな。……どうしよう。
ここは「お邪魔しました」と帰るべきなのか……。ああぁ、でも林檎……。
「――仕方ねぇな……。付き合ってやるから切ってこい」
はぁ……と短く息を吐くと、リヴァイはフェリーチェに言った。今なんと!? 思わず林檎を持つ手に力が入る。
「い、いいんですかっ?」
「いま食いたいんだろ。それに、そんな話まで聞いて追い返すなんて出来るか。――俺はそこまで薄情になるつもりはない」
「……はい!――えっと……うさぎに切ります?」
「断る」
小さなキッチンを指差しながら、リヴァイは即答した。
それ以上余計な事は言わず切ってこい、と言わんばかりの顔に、フェリーチェは「えー」と呟きながらキッチンに向かう。
「うさぎじゃないんだ……」
………。
「おい、フェリーチェ。切ってしまえばこっちのもんだ、なんて考えんじゃねぇぞ」
「なんで分かったんですかっ!? ……あ」
「………」
ナイフ片手にリヴァイを見ると、眉間に皺を寄せた彼と目が合う。
ガシガシと頭をかきながら、リヴァイは立ち上がりフェリーチェのいるキッチンにやって来た。
そして、入り口付近の壁にもたれかかると、首を傾げるフェリーチェに舌打ち。
(え。なんで舌打ち? リヴァイさんが一緒に食べるの良いぞって言ったのに……)
「本当にウサギに切られたら敵わないからな。見張る」
そっちか。
「バレちゃったらやりませんよ。面白くないですし」
「何がしてぇんだよ。お前は」
「驚いた顔、見たくて」
フェリーチェが笑うと、リヴァイが溜息を吐いた。
「もう十分驚いてる。お前の言う事やる事は、いつも俺の想像斜め上だ」
「ふふっ、じゃあもう出来てたんだ。驚かすの」
「………」
林檎を割る。
切り口から瑞々しく果汁が溢れ、やっぱり自分が思った通り甘くて美味しそうな林檎だ、と思った。
「はい、どうぞ!」
「………」
ソファーに戻るとフォークに林檎を刺し、まずリヴァイに食べてもらおうとした。
その行動に、どういう訳かなんとも言えない表情をリヴァイが見せる。
これは別に斜め上でも無く、いたって普通の行動だと思うけど、何でそんな微妙な顔をするんだろう?
「どうかしました?」
「別に。自分で持てる」
「あ」
サッとさらわれるフォーク。重さの変化に一瞬手が困惑する。
「……。やっぱり美味い林檎だな」
「え!? やっぱり!?」
フェリーチェは驚いて、咀嚼しているリヴァイを見た。思いのほか大きな声が出たので、リヴァイも驚いた顔をフェリーチェに向けた。
「リヴァイさん、いつ林檎食べて……っ?」
「昨日、夕食時に配ってたからだが」
「なんだ……もう食べてた……。向こうで配られてたなんて知らなかったですよ! 最近の中では一番の甘さな筈だから、絶対驚くと思ってたのに。つまんない……。リヴァイさん一言も言わないなんて、人が悪いです」
「そんな事、聞かれてもないのに言うか。それよりお前……さっき食い損ねたと言わなかったか? まさかとは思うが、見ただけで林檎の甘さまで分かるとか言わねぇだろうな」
「私がいつから林檎好きやってると思ってんですか。田舎の農村出身者ナメないでくださいよ。林檎ソムリエ名乗っても良い位だと思います! 私!」
「知るか。んなもん」
やっとありつけた蜜を味わう自分の横で、リヴァイも林檎をかじる。甘酸っぱい香りがふわりと鼻腔に届き、いつものように幸せな気分になれた。
(はぁ……もういいや。リヴァイさんが食べてたのは関係ないものね。私が、これを一緒に食べたかっただけなんだし)
だから、満足――。
「……だが、一口しか食わなかった」
「へ?」
「一口しか食ってねぇよ」
突然の言葉。フェリーチェは、林檎を頬張ったまま聞いた。
「はんふぇれふか?」
「――俺も食い損ねたって事だ……」
「ん〜……。……リヴァイさん、忙しそうですもんね。壁外調査の時なんて余計でしょ?」
「別にそんなではないが……。まぁ、色々考える事もあったからな……」
「なるほど。でも、甘い物食べると疲れ取れるって聞いた事ありますよ? 折角だから食べれば良かったのに。考えも進んだかも」
「…………」
「あ、でもそう考えると、兵士の皆さんに配られたのは良かったですねぇ……。クライダー、そんなこと一言も言ってなかった。教えてくれてもいいのに。別に秘密じゃないんだから」
「は? ――クライダー……?」
リヴァイが繰り返す。うん、と頷き、フェリーチェはまた林檎を頬張った。
「補給隊三班の班長は、そんな名前じゃないだろう?」
「三班の班長って誰ですか?」
「お前にいつも林檎を寄越す男だろうが」
「持って来てくれるのはクライダーですけど……。あっ! 班長さんは三班の班長さんなんですか。じゃあ、クライダーも三班だったんだ」
「だから、そのクライダーってのは何なんだ、一体」
「だから、林檎を持って来てくれる……」
「そうじゃない」
「同い年なんですけどね、」
「……。――クソッ、埒が明かねぇ」
頭を抱えたリヴァイの横で、フェリーチェも頭を抱えた。
これ以上クライダーの事をどう説明すればいいんだろうか? 林檎を持って来てくれる同い年の男性だって位しか、言う事が無い!
「お前がしょっちゅう林檎を食ってるのは、三班班長が差し入れてるからなんだろ? 班長はどこ行った」
「? どこでしょうね? 忙しいから中々出歩けないと言ってるとは聞きましたが」
「………。もう一度聞く。クライダーっつうのは」
「もう一度言いますよ? 代わりにいつも林檎を持ってくる人です、クライダーっつうのは! あ。リヴァイさんのがうつった」
「……ソイツも、お前が逃げずに相手出来るヤツか……」
「逃げずにっていうか……。まぁ、穏やかな人だし、同い年なので話しやすいっていうのはあります。でも、苦手なのに変わりはないですよ。林檎くれる時以外は」
「お前の基準は林檎なのかよ? 餌付けされたら何処へでもついて行きそうだな」
「私だってちゃんと人を見ます。クライダーは割と大丈夫な部類の人です」
「…………」
「そうだ! リヴァイさん。お願いがあるんです」
クライダーと班長の話が出てきたおかげで、大事な事を思い出した!
「今度、その班長さんの所にお礼に行きたいと思ってるんですけど……リヴァイさん、一緒に行ってくれませんか? クライダーがリヴァイさんと一緒の方が良いって言ってたから」
「……ほう? ソイツがか」
「駄目ですか?」
「………」
「あの、駄目なら」
「――いや。行ってやる」
リヴァイの返答に、フェリーチェは思わず顔を強張らせる。
(お、怒ってる訳じゃ……ないよね?)
とてつもなく低い声に、ちょっと驚いた――。
(怒られるかな……)
フェリーチェは、リヴァイの部屋のドアをノックしようとして、一瞬躊躇った。
左右を見る。ランプには灯りがあり、廊下は昨日より明るい。ホッとしながら、またドアを見る。
(でも、どうしてもこれだけは)
意を決して三回ノックした。そんなに待たずしてドアが開いて……
「フェリーチェ。お前、またこんな時間に……」
想像通りの不機嫌顔が現れる。
「何しに来た。用も無くおかしな時間に来んじゃねぇ」
「用ならありますよっ! とっても重要な!」
「……重要?」
片眉を僅かに反応させ、リヴァイがこちらを見た。
そうです、重要なんです! 私にとっては、とても!
「お礼を言いに来ました!」
「……必要ない」
ドアが閉まりかける。フェリーチェは慌てて隙間に身体を入れ、リヴァイを見上げた。二人の距離はほとんど無く、リヴァイは上体を少し反らした後、深く溜息を吐いた。
「明日でもいいだろう。早く部屋に戻れ、あまり遅くにウロチョロするな」
「だめだめだめ! 今じゃないとっ」
「……お前なぁ、ここを何処だと思ってんだ」
「リヴァイさんの部屋」
「違う。男の部屋が並ぶ廊下だ」
「知ってますよ……リヴァイさんの部屋がある所ですから……」
「……」
リヴァイが黙ったところで、フェリーチェは持っていた林檎を「はい!」と勢いよく見せる。
また、リヴァイが身体を反らした。勢いに負けたのか、一歩後ずさる形で。
「おい、フェリーチェ!」
「お礼より、本当はこっちがメインイベントです」
「は? メイン? 林檎がか?」
「はい。一緒に食べましょう?」
不機嫌な顔は、いつの間にか呆れ顔に変わっていた。だけど、深い溜息が出るのは変わらない。ん?……さっきより……深くて長い?
「なんでこんな時間に林檎なんだよ……。お前の考えてる事は、つくづく謎だ」
くるりと背を向け、リヴァイはソファーに向かって歩いて行った。ドアは開いたまま。という事は、入室許可が……下りた?
ふふっと笑い、フェリーチェは部屋に入るとドアをそっと閉めた。
分かってる。この人は優しい人だ。話を最後まで、ちゃんと聞いてくれる人――。
案の定、ソファーに座ったリヴァイは、「それで?」と聞いてきた。
「説明しろ」
「説明って……。ただ、純粋に一緒に食べたいな、って思ったので」
「それだけでかよ……」
――額に手をあて俯く姿。
「それだけじゃ駄目でしたか?」
覗きこむ様にして言ってみたら、ちらりとこちらを見るリヴァイが「そうだな」と呟いた。
「やっぱり明日でいい話だ。わざわざ夜に俺の部屋まで押しかけてする事じゃねぇ」
「これ以上伸ばすの嫌なんですよ」
「あ?」
「早く食べたくて、コレ」
「……一人で勝手に食え。いつも食ってるだろう。大口開けて」
「いつも丸ごと食べてる訳じゃないです」
「……」
ああ言えばこう言う……とでも言いたげだ。
(――ちょっとその顔見慣れてきましたよ、私)
「昨日、食べ損ねちゃいまして……」
「お前がか? 珍しいな」
「お昼にリヴァイさんと食べようと思ったんです。とっても良い林檎なので! と、思ったら、リヴァイさん居なかったじゃないですか」
「当たり前だろ。俺は壁外だ」
フェリーチェは、リヴァイの横に座り手の上にある林檎を見た。
明るい部屋の中で明るい赤色。夜に一瞬感じた恐ろし気な紅は、もう無い。
昨夜に深く突き刺さった淋しさも、消えていた。
その理由はよく解り、そして、少し心苦しかった。
「忘れちゃって……リヴァイさんが居ない事。いえ、分かってはいたんですよ? ちゃんと。だけど、忘れてたんです」
どうしてでしょうね?
溜息が林檎にかかる。リヴァイは横で黙っていた。
「いつも一緒だったので、リヴァイさんが居る事が当たり前になってたんだなと思います。勿論ハンジさん達も。……そういえば私、兵団にお世話になってから、一人になった事……無いんですよね」
「……」
「あの、それどころか――」
横に向いて、フェリーチェの言葉は止まってしまった。
リヴァイがジッと自分を見てる。
途端に、言おうとした事が、急に言っていいものか分からなくなってしまった。
……ゆっくり一呼吸。
途中で止めるのは……良くない。
「私、開発部に入ってからも、一度も一人になった事……無いんです」
「――は?」
たった一音、返ってきた。
「あ! ちょっと語弊がありました! 正確に言うと、部屋にいる時と資料室にいる時はさすがに一人でしたよ。あと、籠城した時」
「籠城?」
眉を顰められて、フェリーチェは苦笑する。
「自ら一人になる事はありましたっていう……」
「あぁ……」
「でも、それ以外では、いつも誰かが一緒にいてくれてたんです。……いくらなんでも、大人になってもそれって……普通はおかしいんですよね……?」
「……。別に、」
手が頭に乗ったと思ったら、わしわしと頭を撫でられた。
「お前だったら想像出来る範囲だろ」
「え?」
「引きこもり野郎に外の常識は通用しねぇからな」
「それは……?」
「これでもフォローのつもりだ」
ハッキリ言われて、笑ってしまった。
迷った理由が何てことない様に思える。
(良かった。笑われなかった)
……軽蔑とかも、出来ればリヴァイにだけはされたくない――。
「今回みたいな感じは、経験したこと無かったものですから……」
開発部にいる自分が兵団の人間とかけ離れた意識を持っていた事は、認めなければいけない。
昨日からそればかり思い知る。
そんな自分が、此処に受け入れられる資格があるのか……。
リヴァイが自分の事をどう見ているのか気になるのも、きっとその気持ちが強いからかもしれない。
一番近くにいる人から拒否されるのは……やっぱり嫌なものだから。
拒否されてしまえばそれまでとはいえ、それでも繰り返し思ってしまうのだ。
――独りにはなりたくない。
「皆が壁外に出てしまい、お前は淋しかった--という事か?」
「……そうですね。多分。……とっても」
「だからさっきの“アレ”なのか……」
「――あ。あれは、その、すみませんでした……」
バスルームでの一件は、ちょっとした反省点だ。あそこまで相手を困らせるのも、それこそ「子供か」と笑われてもおかしくない。
だけど、あの時はどうしてもリヴァイの背中を引き留めたかったのだ。
頭にずっと残っていた、出かけて行った時のリヴァイの背中と、目の前の背中が重なってしまったからだと思う……。
――どうしても、リヴァイに置いて行かれるのが……嫌だった。
少し間があき、部屋が静かになると、フェリーチェの中になんとなく気まずさが出てくる。やっぱり呆れられてるんだろうな。……どうしよう。
ここは「お邪魔しました」と帰るべきなのか……。ああぁ、でも林檎……。
「――仕方ねぇな……。付き合ってやるから切ってこい」
はぁ……と短く息を吐くと、リヴァイはフェリーチェに言った。今なんと!? 思わず林檎を持つ手に力が入る。
「い、いいんですかっ?」
「いま食いたいんだろ。それに、そんな話まで聞いて追い返すなんて出来るか。――俺はそこまで薄情になるつもりはない」
「……はい!――えっと……うさぎに切ります?」
「断る」
小さなキッチンを指差しながら、リヴァイは即答した。
それ以上余計な事は言わず切ってこい、と言わんばかりの顔に、フェリーチェは「えー」と呟きながらキッチンに向かう。
「うさぎじゃないんだ……」
………。
「おい、フェリーチェ。切ってしまえばこっちのもんだ、なんて考えんじゃねぇぞ」
「なんで分かったんですかっ!? ……あ」
「………」
ナイフ片手にリヴァイを見ると、眉間に皺を寄せた彼と目が合う。
ガシガシと頭をかきながら、リヴァイは立ち上がりフェリーチェのいるキッチンにやって来た。
そして、入り口付近の壁にもたれかかると、首を傾げるフェリーチェに舌打ち。
(え。なんで舌打ち? リヴァイさんが一緒に食べるの良いぞって言ったのに……)
「本当にウサギに切られたら敵わないからな。見張る」
そっちか。
「バレちゃったらやりませんよ。面白くないですし」
「何がしてぇんだよ。お前は」
「驚いた顔、見たくて」
フェリーチェが笑うと、リヴァイが溜息を吐いた。
「もう十分驚いてる。お前の言う事やる事は、いつも俺の想像斜め上だ」
「ふふっ、じゃあもう出来てたんだ。驚かすの」
「………」
林檎を割る。
切り口から瑞々しく果汁が溢れ、やっぱり自分が思った通り甘くて美味しそうな林檎だ、と思った。
「はい、どうぞ!」
「………」
ソファーに戻るとフォークに林檎を刺し、まずリヴァイに食べてもらおうとした。
その行動に、どういう訳かなんとも言えない表情をリヴァイが見せる。
これは別に斜め上でも無く、いたって普通の行動だと思うけど、何でそんな微妙な顔をするんだろう?
「どうかしました?」
「別に。自分で持てる」
「あ」
サッとさらわれるフォーク。重さの変化に一瞬手が困惑する。
「……。やっぱり美味い林檎だな」
「え!? やっぱり!?」
フェリーチェは驚いて、咀嚼しているリヴァイを見た。思いのほか大きな声が出たので、リヴァイも驚いた顔をフェリーチェに向けた。
「リヴァイさん、いつ林檎食べて……っ?」
「昨日、夕食時に配ってたからだが」
「なんだ……もう食べてた……。向こうで配られてたなんて知らなかったですよ! 最近の中では一番の甘さな筈だから、絶対驚くと思ってたのに。つまんない……。リヴァイさん一言も言わないなんて、人が悪いです」
「そんな事、聞かれてもないのに言うか。それよりお前……さっき食い損ねたと言わなかったか? まさかとは思うが、見ただけで林檎の甘さまで分かるとか言わねぇだろうな」
「私がいつから林檎好きやってると思ってんですか。田舎の農村出身者ナメないでくださいよ。林檎ソムリエ名乗っても良い位だと思います! 私!」
「知るか。んなもん」
やっとありつけた蜜を味わう自分の横で、リヴァイも林檎をかじる。甘酸っぱい香りがふわりと鼻腔に届き、いつものように幸せな気分になれた。
(はぁ……もういいや。リヴァイさんが食べてたのは関係ないものね。私が、これを一緒に食べたかっただけなんだし)
だから、満足――。
「……だが、一口しか食わなかった」
「へ?」
「一口しか食ってねぇよ」
突然の言葉。フェリーチェは、林檎を頬張ったまま聞いた。
「はんふぇれふか?」
「――俺も食い損ねたって事だ……」
「ん〜……。……リヴァイさん、忙しそうですもんね。壁外調査の時なんて余計でしょ?」
「別にそんなではないが……。まぁ、色々考える事もあったからな……」
「なるほど。でも、甘い物食べると疲れ取れるって聞いた事ありますよ? 折角だから食べれば良かったのに。考えも進んだかも」
「…………」
「あ、でもそう考えると、兵士の皆さんに配られたのは良かったですねぇ……。クライダー、そんなこと一言も言ってなかった。教えてくれてもいいのに。別に秘密じゃないんだから」
「は? ――クライダー……?」
リヴァイが繰り返す。うん、と頷き、フェリーチェはまた林檎を頬張った。
「補給隊三班の班長は、そんな名前じゃないだろう?」
「三班の班長って誰ですか?」
「お前にいつも林檎を寄越す男だろうが」
「持って来てくれるのはクライダーですけど……。あっ! 班長さんは三班の班長さんなんですか。じゃあ、クライダーも三班だったんだ」
「だから、そのクライダーってのは何なんだ、一体」
「だから、林檎を持って来てくれる……」
「そうじゃない」
「同い年なんですけどね、」
「……。――クソッ、埒が明かねぇ」
頭を抱えたリヴァイの横で、フェリーチェも頭を抱えた。
これ以上クライダーの事をどう説明すればいいんだろうか? 林檎を持って来てくれる同い年の男性だって位しか、言う事が無い!
「お前がしょっちゅう林檎を食ってるのは、三班班長が差し入れてるからなんだろ? 班長はどこ行った」
「? どこでしょうね? 忙しいから中々出歩けないと言ってるとは聞きましたが」
「………。もう一度聞く。クライダーっつうのは」
「もう一度言いますよ? 代わりにいつも林檎を持ってくる人です、クライダーっつうのは! あ。リヴァイさんのがうつった」
「……ソイツも、お前が逃げずに相手出来るヤツか……」
「逃げずにっていうか……。まぁ、穏やかな人だし、同い年なので話しやすいっていうのはあります。でも、苦手なのに変わりはないですよ。林檎くれる時以外は」
「お前の基準は林檎なのかよ? 餌付けされたら何処へでもついて行きそうだな」
「私だってちゃんと人を見ます。クライダーは割と大丈夫な部類の人です」
「…………」
「そうだ! リヴァイさん。お願いがあるんです」
クライダーと班長の話が出てきたおかげで、大事な事を思い出した!
「今度、その班長さんの所にお礼に行きたいと思ってるんですけど……リヴァイさん、一緒に行ってくれませんか? クライダーがリヴァイさんと一緒の方が良いって言ってたから」
「……ほう? ソイツがか」
「駄目ですか?」
「………」
「あの、駄目なら」
「――いや。行ってやる」
リヴァイの返答に、フェリーチェは思わず顔を強張らせる。
(お、怒ってる訳じゃ……ないよね?)
とてつもなく低い声に、ちょっと驚いた――。