三月ウサギは物思いに耽る
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✽3✽
階段を一気に上ったフェリーチェは、上りきった所で膝に手をやり、ぜぇぜぇと呼吸を乱していた。
こういう時、日頃の運動不足がよく表れるものだ。
(リヴァイさん……追ってこない……)
良かったと思う。逃げ出す自分ヘ腹を立てたリヴァイに後を追われていたら、きっとあっという間に捕まっていた。
(あんなに怖い顔で見られた事なんて無かった……)
不機嫌な顔は今まで沢山見てきたが、あそこまで自分に嫌悪をぶつけられたのは初めてだ。
もしかしたらリヴァイは、隠し事をされたり騙されるのがとても嫌な人なのかもしれない。
表の姿からは分かりにくいけど、本当は誰よりも誠実で真っ直ぐな心を持っているのだろう。だからこそ歪んだものを嫌う。
そうやって落ち着いて考えてみれば、さっきの事はどう考えてもこちらが悪いとしか言いようがない。
フェリーチェは自分の行動を悔いた。
目を逸らして嘘を吐くなんて。一番やってはいけない事だった。
(だけど……エルヴィンさんとの約束が……)
そこが、自分の出来の悪さの象徴だ。
結局潔い決断が出来ない。いつも中途半端。
リヴァイに分からない様にあの場を収めたかったのならば、もっと良い方法があった。そうだ。誤魔化すのではなく他人を欺く狡賢さが必要だった。
それが解っていたくせに、どこかでイイコであろうとした自分。その自分を守った結果が今だ。
自分に嫌気がさす――。
フェリーチェは階段を見下ろした。薄暗いそこは、階下になるほど様子が分からない。
静けさだけがじわじわと自分を追いかけ上ってくる。
呼吸の乱れが落ち着く頃になっても、リヴァイが姿を現すことは無かった。
「………リヴァイさん……」
掴まれた顎にはまだ感触が残っている。少し冷えた手と指先の力。痛みは無いが、ジクジクとした傷口を持て余す時の様なやるせなさが、顎は勿論全身から剥がれない。
あんな顔は見たくなかった。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。
――この哀しさはどこから来る……?
胸元のリボンを指先が痛くなるまで握りしめた。
リヴァイの部屋はこの階にある。
いずれ彼はここへやってくるはずだ。自分の部屋へ帰る事は当たり前。……段々と月が夜空に登っていけば、いくら多くの時間をどこかで過ごしたとしても、帰る場所がある限り彼はこの階段を上ってくる。
エルヴィンとの話を終えた後、ここで鉢合わせ……なんて事になるかもしれない……。その時はどうすればいい?
また謝ったら、リヴァイを再び怒らせてしまうのだろうか。
静けさの奥にフェリーチェは集中を向ける。階下の音を探る。
だけど、何も聞こえなかった。
(ちゃんと話をしなきゃ……。でも今更……。聞いてもらえないかも——)
あんなに隠さなければと思っていた癖に、あからさまに真っ直ぐ男性棟へ走って来てしまったのだ。自分の部屋へ帰らなかった事は当然バレている。
リヴァイの鋭さは認めなければならない。エルヴィンの所へ行こうとしていた事など、もう知られているはずだ。
そう考えたら、今度は切なさを感じる。
リヴァイが、逃げた自分を見てどう思ったのか知りたかった――。
「フェリーチェ?」
と、そこで声をかけられた。
エルヴィンだ。
階段をかけ上ってきた音はエルヴィンに届いていたらしく、その後ノックもされず静かになった事が彼を不思議に思わせたのだ。
暗い廊下にエルヴィンの部屋の明かりが太い幅の線を作り、その中で彼は心配そうにフェリーチェを見ていた。
「どうかしたのか?」
かけられた言葉に首をゆっくり振る。
「なんでもないです。無理してかけ上ってきたら、息切れ起こしちゃいました。運動不足です……兵団に来る前からですけど」
「……そうか」
エルヴィンは微笑んで言った。
「よく来てくれた。では、早速話をしよう」
やんわりと促され、フェリーチェは頷き部屋へ入った。
部屋に入るとエルヴィンはコーヒーを淹れてくれた。
いつもは人任せだから味の保証は出来ないぞ? と笑っていたけど、一口飲むと美味しい。それにこの豆の味には覚えがある。
「アインシュバル部長が飲んでいる豆と同じです。エルヴィンさんもこれが好きなんですね?」
「彼も? ……そうなのか。部長とは一度ゆっくりと話をしなければならない。その時にはコーヒー豆についても語りあおうかな?」
「だ、駄目ですっ。部長のコーヒー談議はいつもとっても長いんですよ! 本来の話が出来なくなります!」
フェリーチェが慌てて言うと、エルヴィンは「それは……ちょっと困るな」と苦笑を見せた。
「しかし、流石だねフェリーチェ。紅茶の一件は聞いていたけど、本当にその舌は凄い。君はどれだけグルメなんだい?」
エルヴィンが感心しきりで聞いてきたので、フェリーチェは恐縮してしまう。とんでもない話だ。
「誤解です……。あそこではコーヒーだけは沢山飲みました。みんな好みが違うから、私はたまたま多くの味を知っているってだけで……つまりは単に慣れなんですよ。おかげで私の舌は飲み物にだけは敏感」
「そうかな? 慣れだけでは無理だ。記憶力が良いんだよ。アインシュバル部長が、フェリーチェを開発部の宝石だと言っていたのが良く分かる。天才肌だね、君は」
「ほ、宝石!? それは過剰評価です! それに、天才肌というのは部長の様な人をいうんです」
「あぁ……確かに。彼は天才そのものだな」
頷いているエルヴィンは一瞬で真面目な表情になった。仕事モード。コーヒー豆の好みといい、一瞬で仕事に入り込めるところといい、彼はアインシュバルとよく似ている。
アインシュバルは、フェリーチェにとって父親の様な存在だった。
でも、いくら二人が似ていると言っても、エルヴィンは父親の様な人には見えない。かといって兄という表現も違う気がする。
(何だろう? ……あ。親戚の叔父さん!)
我ながらピッタリな例えを見つけた。
近くも無い、遠くも無い。そんな距離感。
それならハンジは世話好きな叔母だろう。そしてミケは…………近所のおじさん? うん。そんな感じ。
全員との距離感が見事に表現出来た所で、フェリーチェは思う。リヴァイは誰になるのだろう?
兄?……なんか違う。一人っ子の自分が想像する兄というものは、常にニコニコ笑っていて優しいというイメージだ。
リヴァイは優しいけど、笑顔とはほど遠い。自分の理想の兄とはかけ離れている。
(……こわいのは嫌だな……)
思い出すのはついさっきのリヴァイの顔。
――重苦しい感覚が、再びじわりと胸に滲み出てきた。
「彼の能力は誰もが認めている。今も立体機動装置への改良に力を注ぎ、もちろん実績も素晴らしい。我々調査兵団にとっては、彼はとても頼りになる存在であり希望だ」
エルヴィンの言葉にハッと我に返った。
そうだ。こんな事考えてる場合じゃなかった。話を聞きに来たのだ。しかも、世間話なんかじゃない。それ位は分かる。
「………。あの、それでエルヴィンさん。お話って何ですか?」
「ああ……そうだったな」
エルヴィンはフェリーチェをじっと見た後、言った。
「壁外調査の日程が、少し前に決まったのは知っているね?」
階段を一気に上ったフェリーチェは、上りきった所で膝に手をやり、ぜぇぜぇと呼吸を乱していた。
こういう時、日頃の運動不足がよく表れるものだ。
(リヴァイさん……追ってこない……)
良かったと思う。逃げ出す自分ヘ腹を立てたリヴァイに後を追われていたら、きっとあっという間に捕まっていた。
(あんなに怖い顔で見られた事なんて無かった……)
不機嫌な顔は今まで沢山見てきたが、あそこまで自分に嫌悪をぶつけられたのは初めてだ。
もしかしたらリヴァイは、隠し事をされたり騙されるのがとても嫌な人なのかもしれない。
表の姿からは分かりにくいけど、本当は誰よりも誠実で真っ直ぐな心を持っているのだろう。だからこそ歪んだものを嫌う。
そうやって落ち着いて考えてみれば、さっきの事はどう考えてもこちらが悪いとしか言いようがない。
フェリーチェは自分の行動を悔いた。
目を逸らして嘘を吐くなんて。一番やってはいけない事だった。
(だけど……エルヴィンさんとの約束が……)
そこが、自分の出来の悪さの象徴だ。
結局潔い決断が出来ない。いつも中途半端。
リヴァイに分からない様にあの場を収めたかったのならば、もっと良い方法があった。そうだ。誤魔化すのではなく他人を欺く狡賢さが必要だった。
それが解っていたくせに、どこかでイイコであろうとした自分。その自分を守った結果が今だ。
自分に嫌気がさす――。
フェリーチェは階段を見下ろした。薄暗いそこは、階下になるほど様子が分からない。
静けさだけがじわじわと自分を追いかけ上ってくる。
呼吸の乱れが落ち着く頃になっても、リヴァイが姿を現すことは無かった。
「………リヴァイさん……」
掴まれた顎にはまだ感触が残っている。少し冷えた手と指先の力。痛みは無いが、ジクジクとした傷口を持て余す時の様なやるせなさが、顎は勿論全身から剥がれない。
あんな顔は見たくなかった。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。
――この哀しさはどこから来る……?
胸元のリボンを指先が痛くなるまで握りしめた。
リヴァイの部屋はこの階にある。
いずれ彼はここへやってくるはずだ。自分の部屋へ帰る事は当たり前。……段々と月が夜空に登っていけば、いくら多くの時間をどこかで過ごしたとしても、帰る場所がある限り彼はこの階段を上ってくる。
エルヴィンとの話を終えた後、ここで鉢合わせ……なんて事になるかもしれない……。その時はどうすればいい?
また謝ったら、リヴァイを再び怒らせてしまうのだろうか。
静けさの奥にフェリーチェは集中を向ける。階下の音を探る。
だけど、何も聞こえなかった。
(ちゃんと話をしなきゃ……。でも今更……。聞いてもらえないかも——)
あんなに隠さなければと思っていた癖に、あからさまに真っ直ぐ男性棟へ走って来てしまったのだ。自分の部屋へ帰らなかった事は当然バレている。
リヴァイの鋭さは認めなければならない。エルヴィンの所へ行こうとしていた事など、もう知られているはずだ。
そう考えたら、今度は切なさを感じる。
リヴァイが、逃げた自分を見てどう思ったのか知りたかった――。
「フェリーチェ?」
と、そこで声をかけられた。
エルヴィンだ。
階段をかけ上ってきた音はエルヴィンに届いていたらしく、その後ノックもされず静かになった事が彼を不思議に思わせたのだ。
暗い廊下にエルヴィンの部屋の明かりが太い幅の線を作り、その中で彼は心配そうにフェリーチェを見ていた。
「どうかしたのか?」
かけられた言葉に首をゆっくり振る。
「なんでもないです。無理してかけ上ってきたら、息切れ起こしちゃいました。運動不足です……兵団に来る前からですけど」
「……そうか」
エルヴィンは微笑んで言った。
「よく来てくれた。では、早速話をしよう」
やんわりと促され、フェリーチェは頷き部屋へ入った。
部屋に入るとエルヴィンはコーヒーを淹れてくれた。
いつもは人任せだから味の保証は出来ないぞ? と笑っていたけど、一口飲むと美味しい。それにこの豆の味には覚えがある。
「アインシュバル部長が飲んでいる豆と同じです。エルヴィンさんもこれが好きなんですね?」
「彼も? ……そうなのか。部長とは一度ゆっくりと話をしなければならない。その時にはコーヒー豆についても語りあおうかな?」
「だ、駄目ですっ。部長のコーヒー談議はいつもとっても長いんですよ! 本来の話が出来なくなります!」
フェリーチェが慌てて言うと、エルヴィンは「それは……ちょっと困るな」と苦笑を見せた。
「しかし、流石だねフェリーチェ。紅茶の一件は聞いていたけど、本当にその舌は凄い。君はどれだけグルメなんだい?」
エルヴィンが感心しきりで聞いてきたので、フェリーチェは恐縮してしまう。とんでもない話だ。
「誤解です……。あそこではコーヒーだけは沢山飲みました。みんな好みが違うから、私はたまたま多くの味を知っているってだけで……つまりは単に慣れなんですよ。おかげで私の舌は飲み物にだけは敏感」
「そうかな? 慣れだけでは無理だ。記憶力が良いんだよ。アインシュバル部長が、フェリーチェを開発部の宝石だと言っていたのが良く分かる。天才肌だね、君は」
「ほ、宝石!? それは過剰評価です! それに、天才肌というのは部長の様な人をいうんです」
「あぁ……確かに。彼は天才そのものだな」
頷いているエルヴィンは一瞬で真面目な表情になった。仕事モード。コーヒー豆の好みといい、一瞬で仕事に入り込めるところといい、彼はアインシュバルとよく似ている。
アインシュバルは、フェリーチェにとって父親の様な存在だった。
でも、いくら二人が似ていると言っても、エルヴィンは父親の様な人には見えない。かといって兄という表現も違う気がする。
(何だろう? ……あ。親戚の叔父さん!)
我ながらピッタリな例えを見つけた。
近くも無い、遠くも無い。そんな距離感。
それならハンジは世話好きな叔母だろう。そしてミケは…………近所のおじさん? うん。そんな感じ。
全員との距離感が見事に表現出来た所で、フェリーチェは思う。リヴァイは誰になるのだろう?
兄?……なんか違う。一人っ子の自分が想像する兄というものは、常にニコニコ笑っていて優しいというイメージだ。
リヴァイは優しいけど、笑顔とはほど遠い。自分の理想の兄とはかけ離れている。
(……こわいのは嫌だな……)
思い出すのはついさっきのリヴァイの顔。
――重苦しい感覚が、再びじわりと胸に滲み出てきた。
「彼の能力は誰もが認めている。今も立体機動装置への改良に力を注ぎ、もちろん実績も素晴らしい。我々調査兵団にとっては、彼はとても頼りになる存在であり希望だ」
エルヴィンの言葉にハッと我に返った。
そうだ。こんな事考えてる場合じゃなかった。話を聞きに来たのだ。しかも、世間話なんかじゃない。それ位は分かる。
「………。あの、それでエルヴィンさん。お話って何ですか?」
「ああ……そうだったな」
エルヴィンはフェリーチェをじっと見た後、言った。
「壁外調査の日程が、少し前に決まったのは知っているね?」