三月ウサギは物思いに耽る
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✽2✽
「あっ……リヴァイ兵長お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
「おやすみなさい」
チラチラとこちらを気にしていた連中は、最後まで寄って来る事は無かった。
食堂を出ようと席を立った所で離れた数か所から声が上がる。彼らの声を背で受け、手を上げ返事を返した。
「あぁ。……邪魔したな」
そのすぐ後に、二人分の食器を片づけているフェリーチェへも次々と声がかかる。
「フェリーチェさん、お疲れ様でした~!」
「おやすみなさい。また明日!」
「明日は調整日ですね! 最近忙しそうでしたけど、どっかでゆっくりと過ごすんですかぁ?」
「俺らどこも行く予定無いんで、中庭でまったりしようと思ってんスよ」
「もし良かったら立ち寄ってくださいっ」
「………」
女からの声は分かる。決して挨拶の域を超えてない。
だが、後半の男どもの声はなんだ。明らかに挨拶の域を越え、違う意図を含んでいる。
しかもそれは、自分が去りフェリーチェが出て行こうとするギリギリのタイミングで、それまで言えなかった事を一気に吐き出したとしか思えなかった。
(中庭でまったりしてる所にコイツを呼んでどうするつもりなんだ)
仲良くみんなでお喋りか?
男の癖に女みたいな事を。馬鹿か。
「……!!」
ガチャン!!
食器が派手な音を立てた。
リヴァイがそれに振り返ってみれば、フェリーチェが大慌てで食器返却の棚へそれを置いていた。置いたというより、どちらかといえば放ったという表現の方がしっくりくる。
「……は、はは、はい。おやすみなさい……」
あちこちから上がった声に全部律儀に頭を下げたフェリーチェは、その丁寧な対応とは裏腹に物凄い形相をし、その場で固まっていた。
明らかに緊張で引き攣り、怯えた目をしている。
その顔は、此処へ来た当初リヴァイへ向いていたものとさほど変わらない。
(何やってんだアイツは……)
初めは助け船を出すつもりは無かったが、あまりにもフェリーチェが酷い顔をして動けずにいるものだから、リヴァイは名前を呼んで連れ出してやろうかと思った。
しかし、リヴァイが声をかけるまでもなく、フェリーチェは彼らに背を向け自分の所へ走ってくる。
今度は、化け物に遭遇し命からがら逃げてきました! と言わんばかりの顔をしていた。これはこれで……また酷い。
「もう少し愛想良くしてやれねぇのかよ、お前は」
自分の事はさておき、リヴァイはフェリーチェに言った。自分とは違った意味で愛想の無い彼女は、悲しいかな他人に全く興味がないらしい。
(まぁ。これ位で奴らがへこたれるとは思えねぇが……)
フェリーチェの激しい人見知りは、今や兵団の中で有名な話になっている。
だが、それが逆効果を生んでいる様にも思えた。人見知りが激しいなら早く自分に慣れて貰えばいい。そう考える者達が、少しでも多くフェリーチェに声をかけようと近寄ってくる筈だからだ。
「無理です。無理無理無理無理無理……」
首が取れるのではないかと思うほど首を振り、呪文の如く呟くフェリーチェ。
やれやれ……と、リヴァイは呆れに肩を下げ廊下を行く。
始終この調子なら、食事時間真っ盛りな食堂に行くのを頑なに拒む訳だ。
この実に不毛な攻防戦は、いつまで続くことやら――。
眉根を寄せる珍しいフェリーチェの横顔を見、「ん?」とリヴァイはふと思った。
(フェリーチェの奴……俺を人除け代わりに使いやがったな)
リヴァイの勘の鋭さは、こういう時こそ発揮されるのだった――。
「お前、何企んでた」
「……えっ!?」
自分を人除け代わりに使った事を、白状させようと言ったつもりの言葉だった。
すみません実は……、彼女からはそう返って来る事を予想していた。へらっと笑い、やっぱり誤魔化せませんねぇなんて呑気な声で。
「何も……考えてませんよ?」
「………」
ところがだ。
「私は別に、何も」
フェリーチェが視線を逸らし言った事に、リヴァイは違和感を感じる。
何も何もと繰り返す辺り、何かあると言っている気がしてならない。
「おい。フェリーチェ」
リヴァイが足を止めると、フェリーチェも同じく歩を止めた。急に止まったリヴァイから数歩先でフェリーチェは振り返り、不安げな表情を見せる。
「何か隠してるな?」
知らず内に声が低くなってしまった。
ここ最近、“あの日”にフェリーチェが見せた顔についてあれこれ考えを巡らせていたせいもあるのかもしれないが、彼女が自分に何かを隠しているのかどうかがどうしても気になるのだ。
そして、それが何故か自分を苛々させる。
「あの……その」
「言えねぇって事はあるんだな」
「私にだって……秘密くらいあります……」
「ほぉ……お前が、秘密。いつもアホみてぇにその口閉じずにベラベラと自分の事を喋るお前がか」
「……ごめんなさい」
フェリーチェが小さな声で謝った事が、リヴァイを更に苛立たせた。
半分嫌味が入っていた自分の言葉に素直に反応するフェリーチェに、なんともいえない嫌悪が湧く。
「謝るなら、人の顔くらいしっかり見ろ!」
目を逸らし続ける彼女へ、嫌悪が隠せず手が出てしまった。つい声まで荒げてしまう。
片手でフェリーチェの顎を掴み、無理矢理自分へと向けさせた。フェリーチェの大きな瞳が、驚愕に益々大きくなりリヴァイの姿をそこへ映す。
それを見て初めて、フェリーチェにこれまでになく近付いている事にリヴァイは気が付いた。
「……痛いです……。リヴァイさん、こわい」
「テメェは初めから俺を怖がってただろうが」
「もう怖くない。でも今のリヴァイさんは初めて会った時より……怖いじゃないですか」
確かに彼女の目は見たこと無いくらい怯えていた。
出会った当初よりも、さっき食堂にいた連中に向けたものよりも。
離してほしいと言いたげなフェリーチェの両手が、リヴァイの手首に触れる。……掴む手は微かに震えていた。
「部屋に戻れ」
舌打ちと共に言い捨て、手を振り払う。
今度は哀しそうに自分を見上げてくる瞳が、窓から差し込む月光に照らされ、まるで泣いている様に潤んで見えた。
「………」
フェリーチェは何かを言おうと口を開いたのだが、そのまま何も言うこと無くリヴァイに背を向け走り出す。
逃げ去っていく背を見つめ、リヴァイはまた自分の中で嫌悪が増している事を自覚した。
「…………クソッ!!」
爪が食い込むほど拳を握る。
あんな目をさせるつもりはなかった。
何故こうなった。
――嫌悪と苛立ちが膨らみ続けるのはどうしてなのか。
リヴァイは行き場を失った拳を見下ろした。
(お前はどこへ逃げるつもりなんだよ)
フェリーチェが、廊下の突き当りを左へ曲がって行った理由が知りたかった。
あの先に彼女の部屋は無い。
ハンジの研究室も執務室も、そして自室も無い。
更に言えば、女達の部屋に行くのに、突き当りまで廊下を行く必要も無い。
男に追われたフェリーチェが自分の所へ逃げ込んでくるのだ、とハンジが言っていた言葉が脳内で響く。
向こう側には、一階にも二階にも他の男達の部屋があるだけだ。彼女がそこへ行くなど当然考えられない。
となれば、フェリーチェはきっと階段を最上階まで上って行く。リヴァイの部屋がある階へ。
だが、たった今ここから逃げていったフェリーチェがリヴァイの部屋を目指すなんて、それこそ無い話だ……。
考えたくは無かった。
けれども、フェリーチェが今の段階で唯一逃げ込めると予想出来る場所は、もう一つしか無い。
それは、エルヴィンの部屋だった――。
「あっ……リヴァイ兵長お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
「おやすみなさい」
チラチラとこちらを気にしていた連中は、最後まで寄って来る事は無かった。
食堂を出ようと席を立った所で離れた数か所から声が上がる。彼らの声を背で受け、手を上げ返事を返した。
「あぁ。……邪魔したな」
そのすぐ後に、二人分の食器を片づけているフェリーチェへも次々と声がかかる。
「フェリーチェさん、お疲れ様でした~!」
「おやすみなさい。また明日!」
「明日は調整日ですね! 最近忙しそうでしたけど、どっかでゆっくりと過ごすんですかぁ?」
「俺らどこも行く予定無いんで、中庭でまったりしようと思ってんスよ」
「もし良かったら立ち寄ってくださいっ」
「………」
女からの声は分かる。決して挨拶の域を超えてない。
だが、後半の男どもの声はなんだ。明らかに挨拶の域を越え、違う意図を含んでいる。
しかもそれは、自分が去りフェリーチェが出て行こうとするギリギリのタイミングで、それまで言えなかった事を一気に吐き出したとしか思えなかった。
(中庭でまったりしてる所にコイツを呼んでどうするつもりなんだ)
仲良くみんなでお喋りか?
男の癖に女みたいな事を。馬鹿か。
「……!!」
ガチャン!!
食器が派手な音を立てた。
リヴァイがそれに振り返ってみれば、フェリーチェが大慌てで食器返却の棚へそれを置いていた。置いたというより、どちらかといえば放ったという表現の方がしっくりくる。
「……は、はは、はい。おやすみなさい……」
あちこちから上がった声に全部律儀に頭を下げたフェリーチェは、その丁寧な対応とは裏腹に物凄い形相をし、その場で固まっていた。
明らかに緊張で引き攣り、怯えた目をしている。
その顔は、此処へ来た当初リヴァイへ向いていたものとさほど変わらない。
(何やってんだアイツは……)
初めは助け船を出すつもりは無かったが、あまりにもフェリーチェが酷い顔をして動けずにいるものだから、リヴァイは名前を呼んで連れ出してやろうかと思った。
しかし、リヴァイが声をかけるまでもなく、フェリーチェは彼らに背を向け自分の所へ走ってくる。
今度は、化け物に遭遇し命からがら逃げてきました! と言わんばかりの顔をしていた。これはこれで……また酷い。
「もう少し愛想良くしてやれねぇのかよ、お前は」
自分の事はさておき、リヴァイはフェリーチェに言った。自分とは違った意味で愛想の無い彼女は、悲しいかな他人に全く興味がないらしい。
(まぁ。これ位で奴らがへこたれるとは思えねぇが……)
フェリーチェの激しい人見知りは、今や兵団の中で有名な話になっている。
だが、それが逆効果を生んでいる様にも思えた。人見知りが激しいなら早く自分に慣れて貰えばいい。そう考える者達が、少しでも多くフェリーチェに声をかけようと近寄ってくる筈だからだ。
「無理です。無理無理無理無理無理……」
首が取れるのではないかと思うほど首を振り、呪文の如く呟くフェリーチェ。
やれやれ……と、リヴァイは呆れに肩を下げ廊下を行く。
始終この調子なら、食事時間真っ盛りな食堂に行くのを頑なに拒む訳だ。
この実に不毛な攻防戦は、いつまで続くことやら――。
眉根を寄せる珍しいフェリーチェの横顔を見、「ん?」とリヴァイはふと思った。
(フェリーチェの奴……俺を人除け代わりに使いやがったな)
リヴァイの勘の鋭さは、こういう時こそ発揮されるのだった――。
「お前、何企んでた」
「……えっ!?」
自分を人除け代わりに使った事を、白状させようと言ったつもりの言葉だった。
すみません実は……、彼女からはそう返って来る事を予想していた。へらっと笑い、やっぱり誤魔化せませんねぇなんて呑気な声で。
「何も……考えてませんよ?」
「………」
ところがだ。
「私は別に、何も」
フェリーチェが視線を逸らし言った事に、リヴァイは違和感を感じる。
何も何もと繰り返す辺り、何かあると言っている気がしてならない。
「おい。フェリーチェ」
リヴァイが足を止めると、フェリーチェも同じく歩を止めた。急に止まったリヴァイから数歩先でフェリーチェは振り返り、不安げな表情を見せる。
「何か隠してるな?」
知らず内に声が低くなってしまった。
ここ最近、“あの日”にフェリーチェが見せた顔についてあれこれ考えを巡らせていたせいもあるのかもしれないが、彼女が自分に何かを隠しているのかどうかがどうしても気になるのだ。
そして、それが何故か自分を苛々させる。
「あの……その」
「言えねぇって事はあるんだな」
「私にだって……秘密くらいあります……」
「ほぉ……お前が、秘密。いつもアホみてぇにその口閉じずにベラベラと自分の事を喋るお前がか」
「……ごめんなさい」
フェリーチェが小さな声で謝った事が、リヴァイを更に苛立たせた。
半分嫌味が入っていた自分の言葉に素直に反応するフェリーチェに、なんともいえない嫌悪が湧く。
「謝るなら、人の顔くらいしっかり見ろ!」
目を逸らし続ける彼女へ、嫌悪が隠せず手が出てしまった。つい声まで荒げてしまう。
片手でフェリーチェの顎を掴み、無理矢理自分へと向けさせた。フェリーチェの大きな瞳が、驚愕に益々大きくなりリヴァイの姿をそこへ映す。
それを見て初めて、フェリーチェにこれまでになく近付いている事にリヴァイは気が付いた。
「……痛いです……。リヴァイさん、こわい」
「テメェは初めから俺を怖がってただろうが」
「もう怖くない。でも今のリヴァイさんは初めて会った時より……怖いじゃないですか」
確かに彼女の目は見たこと無いくらい怯えていた。
出会った当初よりも、さっき食堂にいた連中に向けたものよりも。
離してほしいと言いたげなフェリーチェの両手が、リヴァイの手首に触れる。……掴む手は微かに震えていた。
「部屋に戻れ」
舌打ちと共に言い捨て、手を振り払う。
今度は哀しそうに自分を見上げてくる瞳が、窓から差し込む月光に照らされ、まるで泣いている様に潤んで見えた。
「………」
フェリーチェは何かを言おうと口を開いたのだが、そのまま何も言うこと無くリヴァイに背を向け走り出す。
逃げ去っていく背を見つめ、リヴァイはまた自分の中で嫌悪が増している事を自覚した。
「…………クソッ!!」
爪が食い込むほど拳を握る。
あんな目をさせるつもりはなかった。
何故こうなった。
――嫌悪と苛立ちが膨らみ続けるのはどうしてなのか。
リヴァイは行き場を失った拳を見下ろした。
(お前はどこへ逃げるつもりなんだよ)
フェリーチェが、廊下の突き当りを左へ曲がって行った理由が知りたかった。
あの先に彼女の部屋は無い。
ハンジの研究室も執務室も、そして自室も無い。
更に言えば、女達の部屋に行くのに、突き当りまで廊下を行く必要も無い。
男に追われたフェリーチェが自分の所へ逃げ込んでくるのだ、とハンジが言っていた言葉が脳内で響く。
向こう側には、一階にも二階にも他の男達の部屋があるだけだ。彼女がそこへ行くなど当然考えられない。
となれば、フェリーチェはきっと階段を最上階まで上って行く。リヴァイの部屋がある階へ。
だが、たった今ここから逃げていったフェリーチェがリヴァイの部屋を目指すなんて、それこそ無い話だ……。
考えたくは無かった。
けれども、フェリーチェが今の段階で唯一逃げ込めると予想出来る場所は、もう一つしか無い。
それは、エルヴィンの部屋だった――。