三月ウサギは物思いに耽る
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✽1✽
『そうだフェリーチェ。悪いんだが、二〜三日中に時間を作ってくれないか』
『はい。大丈夫ですよ? お手伝いですか?』
『いや。話しておきたい事があってな。夜の空いた時間に少しで構わないんだ。一人で来てくれないか』
『一人でですか? リヴァイさんは一緒じゃなくても……?』
『今のリヴァイは、私から追加された仕事が多くてピリピリしているだろう? 呼んだら逆効果だ。大丈夫。君だけが聞いてくれれば問題無い話だ』
『了解です! お伺いするまでリヴァイさんには内緒という事ですね?』
『ハハッ。そうだね。じゃあ頼むな、フェリーチェ』
フェリーチェが廊下でそうエルヴィンに頼まれてから、二日経った。
頼まれたのだから早急に時間を作らなければと思いながらも、自分が考えていた以上に仕事の片付けに追われ、フェリーチェは未だエルヴィンの部屋へ行けていない。
(今日はなんとか時間を作らなきゃな……)
執務室で書類を抱え、フェリーチェはぼんやりと考えていた。
多少言われた期間が過ぎてしまったとしても、エルヴィンは文句を言わないだろう。だけど、自分の性格上それに甘んじるのは嫌だ。
何としてでも時間を!
意気込んだ拳が、紙にしわを作る。
「おい……。いいのか? そんな事をして」
「あっ!? やっちゃった!……これ、霧吹きで濡らしてアイロンしたら戻ると思います?」
「知るか」
しわの寄った書類を見て、リヴァイの眉間の皺も、より寄った。
「これ、書き直すの大変なんですよね……」
「お前のミスだ。俺に回すなよ」
「……分かってますよ……。これ以上リヴァイさんに負担はかけません」
そう言ってリヴァイを見れば、彼の机の上の書類は殆ど無くなっている。
いつの間に?
でも、これならば今夜はエルヴィンの所に行けるかもしれない。フェリーチェは黙々と書類にペンを走らせるリヴァイを見つめた。
何故このタイミングでこんなに仕事が増えたんだ! と文句を滝の様にこぼしていたリヴァイだったが、言いながらもこうしてちゃんと片付けている。文句の量は減らないが、書類の量が減っているのは、こちらとしても有難い。
(大丈夫っぽい! 今日は行ける! 連絡しておこう)
「後は明日に回しても大丈夫そうですね」
「そうだな……。フェリーチェ、飯にしていいぞ。お前は食堂に…………なんだその顔は」
「リヴァイさんの発言に不満を示しています」
「……なんでそうなる」
「だって食堂は今、夕ご飯時ですよ!?」
「飯時だから食堂で食ってこいと言ってるんじゃねぇか!」
カッ! という表現がまさにピッタリな勢いでリヴァイは言った。
そうだけど。……そうだけど!
フェリーチェは「そんなの分かってますよ!」の言葉を飲み込んだ。
ご飯食べに図書室行きますかねっ!?
――こちらの言葉も飲み込むことにした。
絶対、書類の束でおでこを引っ叩かれる。
「リヴァイさんと行きます……。だってリヴァイさん、もっと人いなくなってから行くでしょう?」
リヴァイはフェリーチェの発言に長い長い溜息を吐いた。
「賑わってる場に俺が行くと、若い連中が落ち着いて食えないだろう。折角楽しんで食ってる所を邪魔する必要は無い」
「だから私もそうして……」
「お前は違う。むしろ行け。連中と打ち解けるには格好の場だ」
「………」
自分の事を考えてくれてるからこそ、そう言うのだろう。
だが、それが辛い。
彼が無神経な事を言っている訳じゃないのは重々承知だ。
でもやっぱり、
「……人が沢山いる所はまだちょっと……」
「街に行っただろう」
「街と食堂は違います。食堂の方が街より人は少ないけど、街よりうんと狭い所にいっぱいの人が……」
「………」
「それに、沢山の人と仲良くなんてしたこと無いから、どうしたら良いか分からないです」
今度は短い溜息が聞こえた。
そうだったな、と呟く様にリヴァイが言う。
あっという間に囲まれて、女性男性関係無く質問攻めに会うのは、研究室で技術科のオジサンらに次々と意見を求められるよりしんどい。
それに、開発部は女性の人数が圧倒的に少ない上、年上ばかりだ。年下として可愛がられていた自覚はあったものの、それが友人関係と同じかと言えば全く違うだろう。
若い兵士たちが仲良く集い楽しそうにしてる世界は、フェリーチェには別世界に見えた。
「お前は引きこもりだったな」
そうじゃなくてですね
また言葉を飲み込んだ――。
「だったら少し空いてから行けばいいし、なにも俺と行く事もない。横で縮こまって食われるなんてこっちはごめんだぞ。ハンジにでも付き合ってもらえ」
「リヴァイさんとは何度も食事に行ってます。だからこそ一緒の方が良いに決まってるんじゃないですか。叶うなら、私は毎回ご一緒したいくらいですよ。いつでもどこでも、です」
慣れている相手が共に居てくれるなら、苦手な場でも抵抗は少ない。しかも相手はリヴァイ。取り囲まれたり、質問攻めにあう心配も無い。
メリットのみだ。
勿論、ハンジと一緒にいる事にも大分慣れたが、彼女は彼女で結構質問が飛んでくるので、時に苦労する。そこには少しばかりデメリットを感じる。
どちらが良いかと問われれば、答えなんか決まってた。
「お前、その発言……他のヤツに言ってみろ。すぐさまここを追い出してやる」
今度はリヴァイの溜息は聞こえなかった。
かわりに頭を抱えている。
本当の事を言ってるだけなのに。時々リヴァイさんってよく分からないこと言いますよね。
――言わない方がいい。何となく本能が危険信号を送ってきている気がして、フェリーチェは黙った。
「チッ………仕方ねぇな。早くハンジと二人だけで行ける様になってくれ」
舌打ちとうんざりした目を向けられたものの、断りの言葉には取れない。良かった良かった。これで食事に関しては心配いらない様だ。
「それと、お前は発言にもう少し配慮を」
「そうだ、リヴァイさん!」
「フェリーチェ……お前との会話は時々一歩通行になるな……」
食堂が空くまではもう少し時間がかかる。
たとえ時間をずらして食事をしても、エルヴィンの所を訪ねる時間は確実に確保出来ると計算し、フェリーチェはホッとした。
問題が一気に解決するのは、とても気分が良いものだ。
「食堂が空くまでお茶飲みませんか?」
渋い顔をしつつ大量の書類を机上でまとめていたリヴァイが、その言葉に顔を上げた。
「ああ……。淹れてくれ」
少々疲れを濃くした顔色でソファーに身を沈めたリヴァイに、フェリーチェは笑って言ってみる。
「濃いめに淹れますか? リヴァイさんの疲労度に比例させてみて。あ、これちょっと面白い……っむふぁっ!!」
クッションが凄い勢いで飛んできた。
疲れてる人間に、この手のジョークは効かないらしい……。
案の定、時間をずらした食堂には殆ど兵士がいなかった。
この間ハンジ達と食事をした時は、とっくに夕食の時間を越していたし、他の兵士達も何故か入ってこなかったので何も気にせず食べる事が出来た。
今日は所々で数人のグループが話をしているが、リヴァイがいるせいか、いつぞやの様にわらわらと集まっても来ない。
さすがリヴァイだ。人除けにもってこい。
(みんなはリヴァイさんを尊敬し過ぎて、近づくのも恐れ多い存在だと思ってるんだよねぇ……分かる気がする)
フェリーチェは、初めリヴァイの恐ろしさに震え上がっていた事をすっかり忘れ、うんうんと一人納得していた。
「席は有り余ってるのに何で横に座るんだ、お前は」
「一緒に食べてるんですから、当たり前じゃないですか」
「だったら向かいに座れ」
「リヴァイさん知らないんですか? 二人で食事する時は、向かいに座るより隣同士の方が会話が弾むんです」
「お前と会話を弾ませながら食事してどうする……。引きこもりの癖にそういうコミュニケーション方法だけは知ってるのかよ」
「本で読みました。残念ながらその部分だけしか読めませんでしたけど……。“二人の関係をより深める為の距離と作戦”ってやつ」
「…………。フェリーチェ。お前どこでその本手に入れた」
「資料室ですよ? 開発部の」
なんだかんだで会話は弾んでいるじゃないか。本の内容を実践して効果を実感出来たのは、大変有意義だと思うのに。
男が読む様なハウツー本じゃねぇのかソレは。開発部の資料室は一体どうなってるんだ、といつも以上に苦い顔をするリヴァイの横で、フェリーチェは何かおかしな事でも言っただろうか? と首を傾げつつスープを飲んだ。
温かで、素朴だけど野菜の旨味がしっかりと出ているスープ。
元々好き嫌いは無いから調査兵団の食事に不満は全く無かった。不満どころか、開発部よりこちらの方がずっと良いと思う。
もっとも、あそこではまともな食事をする事自体少なかったのだから、偉そうに批評など出来ないけど――。
もふっ、とパンにかじりついた所で、横からリヴァイが「おい」と声をかけてきた。
また食べ方が下手でパン屑が……とか言われるんだろうか?
おそるおそる横に向く。
「っ!? リヴァイさん、もう食べ終わってる!」
「そっちが遅いだけだろ。……お前、いつもそれだけが残るんだな」
「……パンを食べるのはちょっと苦手で」
手にしているパンを指さされると、フェリーチェからは思わず溜息が出た。
この人……見てない様でよく見てる。数回しか食事を共にしていないのに。開発部の面々にも指摘されたことないのに。
「苦手?」
「あ。嫌いって意味じゃないです。このもふもふが喉に詰まりそうになるっていうか……。気を付けないと窒息しますね。飲み物とかで流し込もうとしても、それでまた詰まりそうになるし」
「聞いた事ねぇぞ、パンで窒息なんて」
「小さい頃死にかけたから、私にとってはトラウマ……」
「アホか」
すっかり呆れられたのか、そう言い捨てられてしまった。
おまけに、テーブルに頬杖をつくリヴァイからの視線が突き刺さって痛い。
「リヴァイさん、食べ終わったんでしょう? 気にせず部屋に戻ってください」
「いい。今更だ。終わるまで付き合ってやる」
「頑張るけど、まだかかりますから」
「………」
この後、食堂から直接エルヴィンの部屋に行こうと考えていた。
今までのリヴァイの様子から察するに、自分はさっさとここに置いて行かれるとばかり思っていたからだ。
だが、待っていてくれるとなると話が変わってくる。思わぬリヴァイからの心遣いに、フェリーチェは陰ながら焦った。
エルヴィンに会う事はリヴァイには秘密だから、食堂から自分の部屋に戻らない事を気付かれると少々都合が悪いのだ。
さて。どうしよう。
(ていうか、私はこのまま横で監視されながら食べるの……?)
チラリとリヴァイを見ると、目が合ってしまう。
やっぱり見られている……。
(リヴァイさんって勘が鋭いからなぁ。今だけで何か分かっちゃったのかな?)
もふ、と再びパンにかじりつき色々考えるフェリーチェに、リヴァイが低く呟いてきた。
「このまま俺が消えれば、お前はここに一人になるな。――さっきから周りの奴らがチラチラとこっちを気にしているようだが……」
「頑張りますから、いてください」
「そう思うなら早く食え。死なねぇ程度にな」
なんだかんだ言っても、この人はやっぱり優しいんだ……。
パンをくわえたまま横を見ると、頬杖をついたまま、リヴァイはコップの水を飲んでいる。
もうフェリーチェの方は見ていなかった。
『そうだフェリーチェ。悪いんだが、二〜三日中に時間を作ってくれないか』
『はい。大丈夫ですよ? お手伝いですか?』
『いや。話しておきたい事があってな。夜の空いた時間に少しで構わないんだ。一人で来てくれないか』
『一人でですか? リヴァイさんは一緒じゃなくても……?』
『今のリヴァイは、私から追加された仕事が多くてピリピリしているだろう? 呼んだら逆効果だ。大丈夫。君だけが聞いてくれれば問題無い話だ』
『了解です! お伺いするまでリヴァイさんには内緒という事ですね?』
『ハハッ。そうだね。じゃあ頼むな、フェリーチェ』
フェリーチェが廊下でそうエルヴィンに頼まれてから、二日経った。
頼まれたのだから早急に時間を作らなければと思いながらも、自分が考えていた以上に仕事の片付けに追われ、フェリーチェは未だエルヴィンの部屋へ行けていない。
(今日はなんとか時間を作らなきゃな……)
執務室で書類を抱え、フェリーチェはぼんやりと考えていた。
多少言われた期間が過ぎてしまったとしても、エルヴィンは文句を言わないだろう。だけど、自分の性格上それに甘んじるのは嫌だ。
何としてでも時間を!
意気込んだ拳が、紙にしわを作る。
「おい……。いいのか? そんな事をして」
「あっ!? やっちゃった!……これ、霧吹きで濡らしてアイロンしたら戻ると思います?」
「知るか」
しわの寄った書類を見て、リヴァイの眉間の皺も、より寄った。
「これ、書き直すの大変なんですよね……」
「お前のミスだ。俺に回すなよ」
「……分かってますよ……。これ以上リヴァイさんに負担はかけません」
そう言ってリヴァイを見れば、彼の机の上の書類は殆ど無くなっている。
いつの間に?
でも、これならば今夜はエルヴィンの所に行けるかもしれない。フェリーチェは黙々と書類にペンを走らせるリヴァイを見つめた。
何故このタイミングでこんなに仕事が増えたんだ! と文句を滝の様にこぼしていたリヴァイだったが、言いながらもこうしてちゃんと片付けている。文句の量は減らないが、書類の量が減っているのは、こちらとしても有難い。
(大丈夫っぽい! 今日は行ける! 連絡しておこう)
「後は明日に回しても大丈夫そうですね」
「そうだな……。フェリーチェ、飯にしていいぞ。お前は食堂に…………なんだその顔は」
「リヴァイさんの発言に不満を示しています」
「……なんでそうなる」
「だって食堂は今、夕ご飯時ですよ!?」
「飯時だから食堂で食ってこいと言ってるんじゃねぇか!」
カッ! という表現がまさにピッタリな勢いでリヴァイは言った。
そうだけど。……そうだけど!
フェリーチェは「そんなの分かってますよ!」の言葉を飲み込んだ。
ご飯食べに図書室行きますかねっ!?
――こちらの言葉も飲み込むことにした。
絶対、書類の束でおでこを引っ叩かれる。
「リヴァイさんと行きます……。だってリヴァイさん、もっと人いなくなってから行くでしょう?」
リヴァイはフェリーチェの発言に長い長い溜息を吐いた。
「賑わってる場に俺が行くと、若い連中が落ち着いて食えないだろう。折角楽しんで食ってる所を邪魔する必要は無い」
「だから私もそうして……」
「お前は違う。むしろ行け。連中と打ち解けるには格好の場だ」
「………」
自分の事を考えてくれてるからこそ、そう言うのだろう。
だが、それが辛い。
彼が無神経な事を言っている訳じゃないのは重々承知だ。
でもやっぱり、
「……人が沢山いる所はまだちょっと……」
「街に行っただろう」
「街と食堂は違います。食堂の方が街より人は少ないけど、街よりうんと狭い所にいっぱいの人が……」
「………」
「それに、沢山の人と仲良くなんてしたこと無いから、どうしたら良いか分からないです」
今度は短い溜息が聞こえた。
そうだったな、と呟く様にリヴァイが言う。
あっという間に囲まれて、女性男性関係無く質問攻めに会うのは、研究室で技術科のオジサンらに次々と意見を求められるよりしんどい。
それに、開発部は女性の人数が圧倒的に少ない上、年上ばかりだ。年下として可愛がられていた自覚はあったものの、それが友人関係と同じかと言えば全く違うだろう。
若い兵士たちが仲良く集い楽しそうにしてる世界は、フェリーチェには別世界に見えた。
「お前は引きこもりだったな」
そうじゃなくてですね
また言葉を飲み込んだ――。
「だったら少し空いてから行けばいいし、なにも俺と行く事もない。横で縮こまって食われるなんてこっちはごめんだぞ。ハンジにでも付き合ってもらえ」
「リヴァイさんとは何度も食事に行ってます。だからこそ一緒の方が良いに決まってるんじゃないですか。叶うなら、私は毎回ご一緒したいくらいですよ。いつでもどこでも、です」
慣れている相手が共に居てくれるなら、苦手な場でも抵抗は少ない。しかも相手はリヴァイ。取り囲まれたり、質問攻めにあう心配も無い。
メリットのみだ。
勿論、ハンジと一緒にいる事にも大分慣れたが、彼女は彼女で結構質問が飛んでくるので、時に苦労する。そこには少しばかりデメリットを感じる。
どちらが良いかと問われれば、答えなんか決まってた。
「お前、その発言……他のヤツに言ってみろ。すぐさまここを追い出してやる」
今度はリヴァイの溜息は聞こえなかった。
かわりに頭を抱えている。
本当の事を言ってるだけなのに。時々リヴァイさんってよく分からないこと言いますよね。
――言わない方がいい。何となく本能が危険信号を送ってきている気がして、フェリーチェは黙った。
「チッ………仕方ねぇな。早くハンジと二人だけで行ける様になってくれ」
舌打ちとうんざりした目を向けられたものの、断りの言葉には取れない。良かった良かった。これで食事に関しては心配いらない様だ。
「それと、お前は発言にもう少し配慮を」
「そうだ、リヴァイさん!」
「フェリーチェ……お前との会話は時々一歩通行になるな……」
食堂が空くまではもう少し時間がかかる。
たとえ時間をずらして食事をしても、エルヴィンの所を訪ねる時間は確実に確保出来ると計算し、フェリーチェはホッとした。
問題が一気に解決するのは、とても気分が良いものだ。
「食堂が空くまでお茶飲みませんか?」
渋い顔をしつつ大量の書類を机上でまとめていたリヴァイが、その言葉に顔を上げた。
「ああ……。淹れてくれ」
少々疲れを濃くした顔色でソファーに身を沈めたリヴァイに、フェリーチェは笑って言ってみる。
「濃いめに淹れますか? リヴァイさんの疲労度に比例させてみて。あ、これちょっと面白い……っむふぁっ!!」
クッションが凄い勢いで飛んできた。
疲れてる人間に、この手のジョークは効かないらしい……。
案の定、時間をずらした食堂には殆ど兵士がいなかった。
この間ハンジ達と食事をした時は、とっくに夕食の時間を越していたし、他の兵士達も何故か入ってこなかったので何も気にせず食べる事が出来た。
今日は所々で数人のグループが話をしているが、リヴァイがいるせいか、いつぞやの様にわらわらと集まっても来ない。
さすがリヴァイだ。人除けにもってこい。
(みんなはリヴァイさんを尊敬し過ぎて、近づくのも恐れ多い存在だと思ってるんだよねぇ……分かる気がする)
フェリーチェは、初めリヴァイの恐ろしさに震え上がっていた事をすっかり忘れ、うんうんと一人納得していた。
「席は有り余ってるのに何で横に座るんだ、お前は」
「一緒に食べてるんですから、当たり前じゃないですか」
「だったら向かいに座れ」
「リヴァイさん知らないんですか? 二人で食事する時は、向かいに座るより隣同士の方が会話が弾むんです」
「お前と会話を弾ませながら食事してどうする……。引きこもりの癖にそういうコミュニケーション方法だけは知ってるのかよ」
「本で読みました。残念ながらその部分だけしか読めませんでしたけど……。“二人の関係をより深める為の距離と作戦”ってやつ」
「…………。フェリーチェ。お前どこでその本手に入れた」
「資料室ですよ? 開発部の」
なんだかんだで会話は弾んでいるじゃないか。本の内容を実践して効果を実感出来たのは、大変有意義だと思うのに。
男が読む様なハウツー本じゃねぇのかソレは。開発部の資料室は一体どうなってるんだ、といつも以上に苦い顔をするリヴァイの横で、フェリーチェは何かおかしな事でも言っただろうか? と首を傾げつつスープを飲んだ。
温かで、素朴だけど野菜の旨味がしっかりと出ているスープ。
元々好き嫌いは無いから調査兵団の食事に不満は全く無かった。不満どころか、開発部よりこちらの方がずっと良いと思う。
もっとも、あそこではまともな食事をする事自体少なかったのだから、偉そうに批評など出来ないけど――。
もふっ、とパンにかじりついた所で、横からリヴァイが「おい」と声をかけてきた。
また食べ方が下手でパン屑が……とか言われるんだろうか?
おそるおそる横に向く。
「っ!? リヴァイさん、もう食べ終わってる!」
「そっちが遅いだけだろ。……お前、いつもそれだけが残るんだな」
「……パンを食べるのはちょっと苦手で」
手にしているパンを指さされると、フェリーチェからは思わず溜息が出た。
この人……見てない様でよく見てる。数回しか食事を共にしていないのに。開発部の面々にも指摘されたことないのに。
「苦手?」
「あ。嫌いって意味じゃないです。このもふもふが喉に詰まりそうになるっていうか……。気を付けないと窒息しますね。飲み物とかで流し込もうとしても、それでまた詰まりそうになるし」
「聞いた事ねぇぞ、パンで窒息なんて」
「小さい頃死にかけたから、私にとってはトラウマ……」
「アホか」
すっかり呆れられたのか、そう言い捨てられてしまった。
おまけに、テーブルに頬杖をつくリヴァイからの視線が突き刺さって痛い。
「リヴァイさん、食べ終わったんでしょう? 気にせず部屋に戻ってください」
「いい。今更だ。終わるまで付き合ってやる」
「頑張るけど、まだかかりますから」
「………」
この後、食堂から直接エルヴィンの部屋に行こうと考えていた。
今までのリヴァイの様子から察するに、自分はさっさとここに置いて行かれるとばかり思っていたからだ。
だが、待っていてくれるとなると話が変わってくる。思わぬリヴァイからの心遣いに、フェリーチェは陰ながら焦った。
エルヴィンに会う事はリヴァイには秘密だから、食堂から自分の部屋に戻らない事を気付かれると少々都合が悪いのだ。
さて。どうしよう。
(ていうか、私はこのまま横で監視されながら食べるの……?)
チラリとリヴァイを見ると、目が合ってしまう。
やっぱり見られている……。
(リヴァイさんって勘が鋭いからなぁ。今だけで何か分かっちゃったのかな?)
もふ、と再びパンにかじりつき色々考えるフェリーチェに、リヴァイが低く呟いてきた。
「このまま俺が消えれば、お前はここに一人になるな。――さっきから周りの奴らがチラチラとこっちを気にしているようだが……」
「頑張りますから、いてください」
「そう思うなら早く食え。死なねぇ程度にな」
なんだかんだ言っても、この人はやっぱり優しいんだ……。
パンをくわえたまま横を見ると、頬杖をついたまま、リヴァイはコップの水を飲んでいる。
もうフェリーチェの方は見ていなかった。