横顔も見慣れた頃に
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✽✽✽
『本当に申し訳ないです。兵士長殿のこの後の予定に響いていたらと思うと……ああ、本当になんて言ったらいいのか……』
『それはいい。ここで最後だったからな。それより、あのどうしようもない奴は新人なのか?』
『――えぇ。ですが、新人といってももう四か月も前に入った者ですよ? いい加減慣れてくれなければ、仕事が滞ってしまい皆にも影響が出ます』
担当者の男がげんなりしているのを見て、少しだけ気の毒に思った。
うちにも毎年困り者が数人は入ってくる。
エルヴィンやミケがその件について話をしているのを聞いていると、優秀な部下達ばかりの自分はなんて恵まれている事かと思い……そして彼らの話には素知らぬ顔をした。こちらに回されたら堪らないからだ。
フェリーチェはそんな中、見事に自分の所に回ってきた来た人間だ。
エルヴィンの考えは相変わらず読めず嫌な時もあるが、彼は彼で様々な事を考慮した上で行動している。そして、その行動の裏にはいつも、他人には計り知れない決断や判断があった。
その男が、フェリーチェの面倒を見ろと自分にあっさり言ったのだ。エルヴィンからの命令であるならば、自分には断わる理由が無い。
(俺はあの男の考えを信じる。それだけだ)
結果は誰にも分からないだろう。何が正しいとも言い切れない。ならば、与えられた試練たるものを悔いなく超えていくしか今はない。
『それに反して、兵士長殿の秘書さんは聡明な方の様で羨ましいです』
『秘書じゃねぇ。補佐だ』
『いや……どちらにしてもですよ。見るからに理知的で芯がしっかりしてそうな方じゃないですか』
理知的? 芯がしっかり?
……お前、騙されてるぞ。
目の前の男が更に気の毒に思えてきた。
『……外見と中身は必ずしも一致しないもんだ。だが、確かに与えた仕事はキチンとこなしはするな。ここの新人よりは、いくらか使える女だ』
『はは……ご謙遜を』
そんな事を話しながら仕事は終わった。部屋の奥で話題に出た新人が怒鳴られているのが聞こえ、あんな奴よりフェリーチェの方がマシかと思う。
たまには褒めてやるか。
落ちこぼれもタイミング良く褒め言葉を与えれば、それなりの成果を上げるものだし。
そう考えながら部屋を後にした。
この後は遅い昼食を取るつもりだ。褒め言葉代わりに、アイツが食べたいものでも食わせてやろう。
『……フェリーチェ?』
廊下で一人立っていたのはフェリーチェだった。てっきりこんな所にはいないと思っていただけに面食らう。
ずっとここにいたのか……?
自分は確かに、補佐に部屋を用意してやって欲しいと頼んだ筈だ。了承の返事を聞いたのも覚えている。
(クソッ。あの新人、手際の悪さをこんな所にまで出しやがったな。アイツが大人しく待っていたからまだ良かったものの……)
檻から解放された珍獣にあちこち動き回られていたら、今頃どんな事が起きていたか……。考えるだけで恐ろしい。
何事も起きなかったのは不幸中の幸いだ。
窓の外を眺め、珍しく静かな姿を見せている“理知的で芯が強そう”だというフェリーチェ。
彼女を連れてさっさとこの場を立ち去ろうと思った。その勘違いも甚だしい評判が変わらない内に撤退しなければ。
「フェリーチェ」
ところが、フェリーチェは聞こえないのかこちらに反応しない。
(まったく。大人しくしてると思えばコレだ。騒ぐか黙るかどっちかしかねぇのかよ、コイツは)
早くしろと声をかけようとする。
——しかし。
次の瞬間、黙ったままの彼女の横顔を見て、
「……ッ!!?」
思わず、声を失った。
(まて……何があった……!?)
空気をも切り裂いてしまうのではと感じる程の、鋭い刃の様な瞳。
目の前で窓の外を見つめるフェリーチェは、そんな瞳と挑む様な表情で空を見ていた。
いや、挑むどころか何かを恨んでいるのかもしれない。
フェリーチェの放つ雰囲気は、暗にだが殺気さえも漂わせていたのだ。
言葉は声にならず、それどころか喉の奥へ押し返され、彼女へと向かっていた歩は完全に止まる。
「…………」
目の前にいるのは、完全にフェリーチェとは別物の存在だった。
――コイツは誰だ……。
――“フェリーチェ”はどこへ消えた……。
(俺はお前みたいな女は知らない)
✽✽✽
「アイツは二重人格か何かなのか? あれはまるで別人だった。……ハンジ、お前は今の話だけでどう考える?」
「………フェリーチェが?」
ハンジは、ジョッキを持ったまま呆然としていた。呟きに口を開いたが、それ以外動けないようだった。その間たっぷり三十秒。まるで静止画の様だ。
「フェリーチェは研究者だったな? お前の巨人に対してのイッちまった目を何度も見て、研究者ってモンがどれほど変人で俺には理解出来ねぇ奴かって事は解ってたつもりでいたが……」
「変人か。ちょっと傷付くなぁ」
「例に違わず、アイツもそういうモンだと思っていたし、実際こっちが理解出来ねぇ事をよくする。自分にウンザリだが、最近はそんな行動に妙な慣れさえ感じてた位だ」
そんな時に見せられた“アレ”だ。
普段の馬鹿みたいな能天気さに、歳より幼く見える容姿や言動。
すっかりフェリーチェに対してのイメージは『ガキ』に定着していた。それは油断に近いものだったのだろうか……?
(俺は騙されてたというのか? だったら何故だ。理由なんか見当たらねぇ。第一、兵士と研究者で騙し合うメリットがどこにあるってんだ?)
やはり分からなかった。結局今のところ、何一つ確かな答えを掴む事は出来ていない。
「フェリーチェが二重人格だって線は薄いと思うけどね。だけど私だって医者じゃない。ある程度こちらで調べる事も出来るけど、最終的に病かどうかなんてドクターの判断に委ねるしかないよ」
それでも、とハンジは付け加える。持っていたジョッキはテーブルに戻していた。少し前のめりで話す所を見ると、ハンジもフェリーチェの隠されたものに興味を示したのだろう。
「元々そういう性質を持っているからこそ、不意に表に出てきたのだろうね。……とはいえさ、フェリーチェがどうしてその性質を隠し持っているのか、本当のところをいくら考えようって言ったってなぁ……」
「……」
「経験が人を作るという観点から見れば、フェリーチェにそんな目を持たせてしまう余程の事が、あの子の過去にあったんじゃないのかな?……今私達に分かるのはそれ位だ。ま、要するに何も分からない」
「……過去か。そりゃあ確かに分からねぇな」
地下街に居た頃の自分を思い出しながら、リヴァイはフェリーチェの姿を脳内に映す。
天真爛漫さと狂気にも似た鋭さ。真逆の感情。
普段みせる明るさこそが、フェリーチェの本質であって欲しいと自然と思う自分がいた。
何故ならば……。
「アイツの過去がどんなだか知らんが、あの目は一研究者の目じゃねぇ……そこらの覚悟決めた兵士より兵士らしい目だ。……それか……」
「リヴァイ?」
「――いや。俺の思い違いだ。忘れてくれ」
考えは酒とともに飲みこんだ。
それはここで言ってはいけない気がした。それこそフェリーチェの過去に深く恐ろしい闇がある様な想像に至ってしまうからだ。
(そんなもんがあったら、あの笑顔は出せない。演技だとも思えねぇし……)
ハンジは首を傾げながら、リヴァイの言いかけた意見を聞きたがっていた。
しかし言える筈もなかった。
自分が地下街に居た時にどんな事をしてきたか言えたとしても、定かではない、想像でしかない他人の事を安易に口にするのはやはり不味い。
考えが考えだけに、だ。
――あれに似た目を地下街で見た事がある。
……あるが、それとフェリーチェはどうしても重ねられなかった。
常識として有り得ないだろう。そうだ。無理だ。
(狂気に憑りつかれて、人を殺すことを何とも思わなくなったヤツの目……)
窓の向こう、澄み切った明るい青空を見つめながら出来るものでは絶対に無い――。
あんな、引きこもりで世間知らずな娘が出来るような目では無いのだ。
リヴァイは残っていた酒を喉へ流した。
美味いはずの酒はなんの味もせず、ただの水以下に感じた……。
『本当に申し訳ないです。兵士長殿のこの後の予定に響いていたらと思うと……ああ、本当になんて言ったらいいのか……』
『それはいい。ここで最後だったからな。それより、あのどうしようもない奴は新人なのか?』
『――えぇ。ですが、新人といってももう四か月も前に入った者ですよ? いい加減慣れてくれなければ、仕事が滞ってしまい皆にも影響が出ます』
担当者の男がげんなりしているのを見て、少しだけ気の毒に思った。
うちにも毎年困り者が数人は入ってくる。
エルヴィンやミケがその件について話をしているのを聞いていると、優秀な部下達ばかりの自分はなんて恵まれている事かと思い……そして彼らの話には素知らぬ顔をした。こちらに回されたら堪らないからだ。
フェリーチェはそんな中、見事に自分の所に回ってきた来た人間だ。
エルヴィンの考えは相変わらず読めず嫌な時もあるが、彼は彼で様々な事を考慮した上で行動している。そして、その行動の裏にはいつも、他人には計り知れない決断や判断があった。
その男が、フェリーチェの面倒を見ろと自分にあっさり言ったのだ。エルヴィンからの命令であるならば、自分には断わる理由が無い。
(俺はあの男の考えを信じる。それだけだ)
結果は誰にも分からないだろう。何が正しいとも言い切れない。ならば、与えられた試練たるものを悔いなく超えていくしか今はない。
『それに反して、兵士長殿の秘書さんは聡明な方の様で羨ましいです』
『秘書じゃねぇ。補佐だ』
『いや……どちらにしてもですよ。見るからに理知的で芯がしっかりしてそうな方じゃないですか』
理知的? 芯がしっかり?
……お前、騙されてるぞ。
目の前の男が更に気の毒に思えてきた。
『……外見と中身は必ずしも一致しないもんだ。だが、確かに与えた仕事はキチンとこなしはするな。ここの新人よりは、いくらか使える女だ』
『はは……ご謙遜を』
そんな事を話しながら仕事は終わった。部屋の奥で話題に出た新人が怒鳴られているのが聞こえ、あんな奴よりフェリーチェの方がマシかと思う。
たまには褒めてやるか。
落ちこぼれもタイミング良く褒め言葉を与えれば、それなりの成果を上げるものだし。
そう考えながら部屋を後にした。
この後は遅い昼食を取るつもりだ。褒め言葉代わりに、アイツが食べたいものでも食わせてやろう。
『……フェリーチェ?』
廊下で一人立っていたのはフェリーチェだった。てっきりこんな所にはいないと思っていただけに面食らう。
ずっとここにいたのか……?
自分は確かに、補佐に部屋を用意してやって欲しいと頼んだ筈だ。了承の返事を聞いたのも覚えている。
(クソッ。あの新人、手際の悪さをこんな所にまで出しやがったな。アイツが大人しく待っていたからまだ良かったものの……)
檻から解放された珍獣にあちこち動き回られていたら、今頃どんな事が起きていたか……。考えるだけで恐ろしい。
何事も起きなかったのは不幸中の幸いだ。
窓の外を眺め、珍しく静かな姿を見せている“理知的で芯が強そう”だというフェリーチェ。
彼女を連れてさっさとこの場を立ち去ろうと思った。その勘違いも甚だしい評判が変わらない内に撤退しなければ。
「フェリーチェ」
ところが、フェリーチェは聞こえないのかこちらに反応しない。
(まったく。大人しくしてると思えばコレだ。騒ぐか黙るかどっちかしかねぇのかよ、コイツは)
早くしろと声をかけようとする。
——しかし。
次の瞬間、黙ったままの彼女の横顔を見て、
「……ッ!!?」
思わず、声を失った。
(まて……何があった……!?)
空気をも切り裂いてしまうのではと感じる程の、鋭い刃の様な瞳。
目の前で窓の外を見つめるフェリーチェは、そんな瞳と挑む様な表情で空を見ていた。
いや、挑むどころか何かを恨んでいるのかもしれない。
フェリーチェの放つ雰囲気は、暗にだが殺気さえも漂わせていたのだ。
言葉は声にならず、それどころか喉の奥へ押し返され、彼女へと向かっていた歩は完全に止まる。
「…………」
目の前にいるのは、完全にフェリーチェとは別物の存在だった。
――コイツは誰だ……。
――“フェリーチェ”はどこへ消えた……。
(俺はお前みたいな女は知らない)
✽✽✽
「アイツは二重人格か何かなのか? あれはまるで別人だった。……ハンジ、お前は今の話だけでどう考える?」
「………フェリーチェが?」
ハンジは、ジョッキを持ったまま呆然としていた。呟きに口を開いたが、それ以外動けないようだった。その間たっぷり三十秒。まるで静止画の様だ。
「フェリーチェは研究者だったな? お前の巨人に対してのイッちまった目を何度も見て、研究者ってモンがどれほど変人で俺には理解出来ねぇ奴かって事は解ってたつもりでいたが……」
「変人か。ちょっと傷付くなぁ」
「例に違わず、アイツもそういうモンだと思っていたし、実際こっちが理解出来ねぇ事をよくする。自分にウンザリだが、最近はそんな行動に妙な慣れさえ感じてた位だ」
そんな時に見せられた“アレ”だ。
普段の馬鹿みたいな能天気さに、歳より幼く見える容姿や言動。
すっかりフェリーチェに対してのイメージは『ガキ』に定着していた。それは油断に近いものだったのだろうか……?
(俺は騙されてたというのか? だったら何故だ。理由なんか見当たらねぇ。第一、兵士と研究者で騙し合うメリットがどこにあるってんだ?)
やはり分からなかった。結局今のところ、何一つ確かな答えを掴む事は出来ていない。
「フェリーチェが二重人格だって線は薄いと思うけどね。だけど私だって医者じゃない。ある程度こちらで調べる事も出来るけど、最終的に病かどうかなんてドクターの判断に委ねるしかないよ」
それでも、とハンジは付け加える。持っていたジョッキはテーブルに戻していた。少し前のめりで話す所を見ると、ハンジもフェリーチェの隠されたものに興味を示したのだろう。
「元々そういう性質を持っているからこそ、不意に表に出てきたのだろうね。……とはいえさ、フェリーチェがどうしてその性質を隠し持っているのか、本当のところをいくら考えようって言ったってなぁ……」
「……」
「経験が人を作るという観点から見れば、フェリーチェにそんな目を持たせてしまう余程の事が、あの子の過去にあったんじゃないのかな?……今私達に分かるのはそれ位だ。ま、要するに何も分からない」
「……過去か。そりゃあ確かに分からねぇな」
地下街に居た頃の自分を思い出しながら、リヴァイはフェリーチェの姿を脳内に映す。
天真爛漫さと狂気にも似た鋭さ。真逆の感情。
普段みせる明るさこそが、フェリーチェの本質であって欲しいと自然と思う自分がいた。
何故ならば……。
「アイツの過去がどんなだか知らんが、あの目は一研究者の目じゃねぇ……そこらの覚悟決めた兵士より兵士らしい目だ。……それか……」
「リヴァイ?」
「――いや。俺の思い違いだ。忘れてくれ」
考えは酒とともに飲みこんだ。
それはここで言ってはいけない気がした。それこそフェリーチェの過去に深く恐ろしい闇がある様な想像に至ってしまうからだ。
(そんなもんがあったら、あの笑顔は出せない。演技だとも思えねぇし……)
ハンジは首を傾げながら、リヴァイの言いかけた意見を聞きたがっていた。
しかし言える筈もなかった。
自分が地下街に居た時にどんな事をしてきたか言えたとしても、定かではない、想像でしかない他人の事を安易に口にするのはやはり不味い。
考えが考えだけに、だ。
――あれに似た目を地下街で見た事がある。
……あるが、それとフェリーチェはどうしても重ねられなかった。
常識として有り得ないだろう。そうだ。無理だ。
(狂気に憑りつかれて、人を殺すことを何とも思わなくなったヤツの目……)
窓の向こう、澄み切った明るい青空を見つめながら出来るものでは絶対に無い――。
あんな、引きこもりで世間知らずな娘が出来るような目では無いのだ。
リヴァイは残っていた酒を喉へ流した。
美味いはずの酒はなんの味もせず、ただの水以下に感じた……。