横顔も見慣れた頃に
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✽2✽
その日の酒場も、酔いを楽しむ客で賑わっていた。
仲間と外へ飲みに来る時はこの店を使う事が多い。料理も酒も、味は申し分ない。何より落ち着けるところが良いと思う。
入口付近のテーブル席は、席数が充実し広々しているせいだろう、次々と訪れる常連客がどんどん輪を広げ盛り上がるのでいつも騒がしかった。
だが、店の奥の座席は静かに飲みたい客を考慮しているのか、大騒ぎする客を背にしても談笑出来る様造りが工夫されている。
リヴァイ達はいつもこの席を利用していた。最初の頃は、それでも騒ぎ声が耳につきうるさいと感じていたが、慣れてしまえばなんてことは無い。適度なBGM程度の音だ。
それに、巨人が迫り来る時の音などに比べれば、人間の騒ぎ声なんか静かなものだ。
……最近その常識を覆す娘が、自分のもとにやって来たが……。
「でさ、その時フェリーチェは何て言ったと思う? あの人は巨人の仲間ですか!? だって! アハハッ! 傑作だねっ」
間違えた。元々ここにも一人非常識が居た……。
「アイツからしたら、長身の男はみんな巨人だろうな」
「いっつもリヴァイが側にいるから、余計大きく見えちゃうんじゃない?」
「何が言いたいんだ、テメェ」
テーブルの下にあったハンジの足に思い切り蹴りを入れると、ハンジは痛いと言いながらもヘラヘラ笑っていた。
余程の酔っ払いか、余程のマゾか。
呆れたリヴァイはヘラヘラ笑うハンジを無視し、酒を口にした。
誘いを断る理由も無いし、酒も嫌いではない。少しおかしい奴とはいえ、ハンジとは昔からの付き合いだ。こうしてたまに酌み交わすのも、お互いのいい気分転換にはなる。
「でね、フェリーチェがね」
「お前の話はそれしか無ぇのかよ」
こんな風にややこしそうな話を持って来なければ、だが。
「だってさぁ。最近はよく私の所に来てくれるんだよ? 頼って貰えるというのは実に気分が良いね」
「フェリーチェが? また居ない事が増えたと思ったら……お前の所か。何しに行ってんだアイツは」
「主に……男問題の件で?」
「ハァ!?」
それは、一番有り得なさそうな問題だ。仮にもしあったとしても、さすがに自分だって気付くだろう。
リヴァイがそう思う位、フェリーチェは男に免疫が無い娘だった。
第一、背の高い男を巨人呼ばわりする位だ。人見知りも相まって、彼女にとって兵団内の近付いてくる男どもは避けるべき敵じゃないかとも思える。
(そのフェリーチェが……男問題、だと?)
「やだなぁ、そんな怖い顔すんなって! 逃げ込んで来てるだけだよ。彼女にとっての巨人からさ」
「……まだアイツを追い回す奴らがいるのか」
「まだ、って。何言ってんの。ずっと進行形だよ。最初の頃はリヴァイが怖くて遠巻き組も多かったけど、最近はその彼らも様子が違うね」
「馬鹿かアイツは。ハンジの所に逃げる位なら……」
そこまで言って、ハッと言葉を止めた。
今、俺は何を言おうとしていた……?
「俺の所に来ればいいのに、って?」
「そんな事は言ってない」
「でも、そんな顔してるけど?」
「…………」
違う。そういう意味じゃない。
自分の職場である執務室に戻ってくればいい、そういう話だ。
リヴァイの言葉に、ハンジは「へぇ……」と意味有り気に微笑み、酒を飲み干した。
そして、自分とリヴァイの分の酒の追加を店員に頼むと、
「ま。気にしなくても大丈夫さ」
今度はカラカラと陽気に笑いだした。
「リヴァイは見たこと無いか。フェリーチェが彼らから声をかけられて、顔面蒼白で逃げていく所。まさに脱兎の如くって言葉そのままさ」
「脱兎? それでそのままお前の所へ逃げ込むって訳か」
「あの子、いつもはそんな風に見えないけど、いざって時はとんでもなく俊敏に動くね~。それだけ必死ってコトか。ま、確かにすごい顔で来るなぁ」
「とんでもなく……か」
ハンジは店員が持ってきた酒を受け取り、「はいよ」とリヴァイの前に置いた。
早速酒に手を付けながら、うんうんと楽しげに頷いている。
「前から、フェリーチェは小動物みたいだなぁって思ってたんだけど。ほら、ご飯食べてる時とか普段の仕草とか? のんびりなのにちょこちょこって動く感じだよ!」
今度は料理に手を出し、ハンジは口を動かしながら斜め上を見つつ、しばし考えている様だった。
リヴァイも何も言わずにいるので、二人の間には静かな時間が少し出来る。
対照的に背後からは常連客達の豪快な笑い声が上がり、更には誰かがギターを持ち出したのか、今度は手拍子とともに歌声までもがまじって聞こえてきた。
――巨人の脅威とはかけ離れた日常が、彼らの世界なのだ。
「フェリーチェがうさぎなら、リヴァイは鷹かな」
二人の沈黙の間を止めたのはハンジの方だった。リヴァイが不審げな目を向けると、少し得意げな瞳が笑みに細まる。
「逃げてるフェリーチェをさ、上からザァッ! ってあっという間に拾い上げるんだ。立体機動を巧みに使ってね。実に君らしいじゃないか。あの子を助け上げるのは、リヴァイ以外にいない気がする」
「なんだそれは……」
「そんな気がするってだけさ」
あくまで私の予測なんだけど。
まるでリヴァイの答えを誘いだそうとしてるかの様だった。ハンジは酒を飲んで時間を作り出す。
それでも何も言わないリヴァイに、ハンジはジョッキを置くと一言向けた。そこに、今までの楽しげな笑顔は無かった。
「何があったんだい? 君らしくもない」
見ていない様で周りの状況をよく見ている。考えていない様に思わせていても、頭の回転の速さと推察力は必要時に誰よりも頼りになる。
ハンジにはその能力があるのだ。それをすっかり忘れていた。
言ってみるか。
ハンジが自分の話を聞き、どう考えるか、気になる所もある。
リヴァイは酒を一口飲むと、やっと口を開いた。
「アイツは放って置くと何をしだすか分からねぇ。……危ない奴だと思う」
「危ないかぁ。……まぁ、確かにあの子は私達の想像の斜め上をいく時があるからね。どこか危なげな感じもするよ。さすが変わり者揃いの開発部の子だ」
「そういう意味じゃねぇよ」
呑気な顔をしているハンジに、リヴァイは苦々しく言った。
リヴァイの言葉にハンジが表情を変えた。
常に不機嫌を絵に描いた様な顔をしているリヴァイだが、最近はフェリーチェの表情を覗き見、思わず不機嫌とは別な厳しい顔つきになってしまう事が度々ある。
嫌な予感めいたものが、どうしても自分の胸から離れていかないのだ。
それは、フェリーチェと街に出かけた日からずっとだった。
店の騒がしさは全く変わらない。
加えて、自分たちの周りにも酔いが程よく回ってきた者が増えたのだろう、談笑の静かだった声が僅か強まっている。
いつもなら、わざわざ選んでこの奥の席に座っているのにと苛立ったりするが、今日に限ってはそれが逆に自分の気を紛らわせ鎮めている気さえした。
「なにそれ? それこそどういう意味?」
「フェリーチェの奴、街に出た途端に音酔いしてぶっ倒れそうになった」
「え!?――そっかぁ……きっと今まで静かな環境にいたせいだろうね。でもそこまでとはなぁ。どうやら開発部とやらは随分と静粛たる所らしいね」
「さぁな。そこまでは知らんが」
すぐに休ませたが、フェリーチェはしばらく動けない程に混乱している様だった。
しかし、よく分からないことを言っていたものの、その後は自分で指定した通りの短時間で復活してみせた。それこそが、彼女が開発部にいる所以 なのだろう。
そこらの者とは違う“なにか"を持っているのかもしれない。
「……一緒に連れて行って、下手な事を言ったり余計な事をされたら適わねぇと思ってた。すぐに終わるような仕事も片付かなくなるからな。そっちの方が色々な意味で面倒臭い。だから外で待たせていた」
「なるほど? でも、リヴァイのその考えはフェリーチェに脆くも破壊されちゃった訳だ。違う方向で」
「あぁ」
「それで? それの何が問題? 君は倒れそうになった面倒なフェリーチェを休ませた。フェリーチェは見事復活した。問題は解決だろう?」
「確かにな。一度そんな状態になった奴を懲りもせず外で待たせる程、俺は馬鹿じゃない。仕方がねぇが、仕事相手の前には出さず、少しでも静かな中で待たせる方が良いと考えた」
「うん。まぁ賢明な判断だね」
思った通り仕事は滞りなく進んだ。
その後に回った先々では、フェリーチェに別室を用意し、待機出来る様に手配してくれたおかげでもあった。
短時間で終わるものとはいえ、元気を取り戻したフェリーチェは、その短い間ですら何をするか分からない。用意して貰った部屋が、どこも簡素な応接室や小さな会議室だったのが救いだったと思う。
研究室みたいだとぼやく彼女に、引きこもり娘には丁度良いだろうと嫌味も言えた。なんとか終わりが見えた仕事に胸を撫で下ろしたからだ。
――だが、最後に回った場所。
最後の最後で、まさかあんな思いをするとは。
「何かしちゃったの? フェリーチェは」
「いや。何もしてねぇよ。珍しく大人しくしてやがった」
「もうっ! だから何なんだ! いい加減教えてくれよ、まわりくどいなぁ」
「うるせぇ。最後まで聞け。……そこの新人が使えない奴でな。相手に引き継ぐ手際が悪いのなんの。本当にいい迷惑だった。今までで一番時間がかかったからな」
あの時の事を思い出すと、未だに苦く重いものが身体の内側から湧いてくる。使えなかった新人に対してではない。
が自分の補佐に、だ。
あの時の思いを単刀直入に言うならば——そうだな。
「ゾッとした……」
「……え? 何にだよ……。まさかフェリーチェとか言わないよね?」
「そのまさかだ」
「うっそだぁっ! またまたリヴァイってば、冗談キツイよ」
「……嘘じゃねぇ」
「いや、だって……。あのフェリーチェでしょ?」
「あぁそうだ。だが、お前もあの時のアイツを見たら、きっと俺と同じ気分になっただろうよ」
「人類最強の男が、可愛い女の子相手にゾッとするって?――ハハッ! やっぱり冗談キツイよ。珍しく酔ってんのかい?」
ひょいと両肩を上げ、ハンジはからかう様に笑ってみせる。
冗談ならば、余程そっちの方が良いかもしれない。
大体、いい大人が七歳も下の娘に恐怖するなんて、そんなこと誰だって思わないだろう。
自分だってそうだったのだから。
「あの時の俺が酔っていたのだとしたら、どうかしていたと笑い話にもなっただろう。だが残念ながら、あの時も今も、俺はこれっぽっちも酔ってねぇんだよ」
「だって……。ねぇリヴァイ。君はなんでそんな事を言うの?」
リヴァイが眉根を寄せ酒をあおる姿に、やっとハンジが真面目な表情を見せた。
その顔にリヴァイは「助かった」と胸中思う。
酒場で飲みながら、それこそ有り得なさそうな人間の信じられない話。笑い飛ばされても不思議じゃない。
自分が見たものを再び思い返すのも苦々しいが、それでもリヴァイはハンジに語る。
彼女が自分の話を聞いて判断する事が、どうか同じであって欲しいとどこかで願っていたからだった。
その日の酒場も、酔いを楽しむ客で賑わっていた。
仲間と外へ飲みに来る時はこの店を使う事が多い。料理も酒も、味は申し分ない。何より落ち着けるところが良いと思う。
入口付近のテーブル席は、席数が充実し広々しているせいだろう、次々と訪れる常連客がどんどん輪を広げ盛り上がるのでいつも騒がしかった。
だが、店の奥の座席は静かに飲みたい客を考慮しているのか、大騒ぎする客を背にしても談笑出来る様造りが工夫されている。
リヴァイ達はいつもこの席を利用していた。最初の頃は、それでも騒ぎ声が耳につきうるさいと感じていたが、慣れてしまえばなんてことは無い。適度なBGM程度の音だ。
それに、巨人が迫り来る時の音などに比べれば、人間の騒ぎ声なんか静かなものだ。
……最近その常識を覆す娘が、自分のもとにやって来たが……。
「でさ、その時フェリーチェは何て言ったと思う? あの人は巨人の仲間ですか!? だって! アハハッ! 傑作だねっ」
間違えた。元々ここにも一人非常識が居た……。
「アイツからしたら、長身の男はみんな巨人だろうな」
「いっつもリヴァイが側にいるから、余計大きく見えちゃうんじゃない?」
「何が言いたいんだ、テメェ」
テーブルの下にあったハンジの足に思い切り蹴りを入れると、ハンジは痛いと言いながらもヘラヘラ笑っていた。
余程の酔っ払いか、余程のマゾか。
呆れたリヴァイはヘラヘラ笑うハンジを無視し、酒を口にした。
誘いを断る理由も無いし、酒も嫌いではない。少しおかしい奴とはいえ、ハンジとは昔からの付き合いだ。こうしてたまに酌み交わすのも、お互いのいい気分転換にはなる。
「でね、フェリーチェがね」
「お前の話はそれしか無ぇのかよ」
こんな風にややこしそうな話を持って来なければ、だが。
「だってさぁ。最近はよく私の所に来てくれるんだよ? 頼って貰えるというのは実に気分が良いね」
「フェリーチェが? また居ない事が増えたと思ったら……お前の所か。何しに行ってんだアイツは」
「主に……男問題の件で?」
「ハァ!?」
それは、一番有り得なさそうな問題だ。仮にもしあったとしても、さすがに自分だって気付くだろう。
リヴァイがそう思う位、フェリーチェは男に免疫が無い娘だった。
第一、背の高い男を巨人呼ばわりする位だ。人見知りも相まって、彼女にとって兵団内の近付いてくる男どもは避けるべき敵じゃないかとも思える。
(そのフェリーチェが……男問題、だと?)
「やだなぁ、そんな怖い顔すんなって! 逃げ込んで来てるだけだよ。彼女にとっての巨人からさ」
「……まだアイツを追い回す奴らがいるのか」
「まだ、って。何言ってんの。ずっと進行形だよ。最初の頃はリヴァイが怖くて遠巻き組も多かったけど、最近はその彼らも様子が違うね」
「馬鹿かアイツは。ハンジの所に逃げる位なら……」
そこまで言って、ハッと言葉を止めた。
今、俺は何を言おうとしていた……?
「俺の所に来ればいいのに、って?」
「そんな事は言ってない」
「でも、そんな顔してるけど?」
「…………」
違う。そういう意味じゃない。
自分の職場である執務室に戻ってくればいい、そういう話だ。
リヴァイの言葉に、ハンジは「へぇ……」と意味有り気に微笑み、酒を飲み干した。
そして、自分とリヴァイの分の酒の追加を店員に頼むと、
「ま。気にしなくても大丈夫さ」
今度はカラカラと陽気に笑いだした。
「リヴァイは見たこと無いか。フェリーチェが彼らから声をかけられて、顔面蒼白で逃げていく所。まさに脱兎の如くって言葉そのままさ」
「脱兎? それでそのままお前の所へ逃げ込むって訳か」
「あの子、いつもはそんな風に見えないけど、いざって時はとんでもなく俊敏に動くね~。それだけ必死ってコトか。ま、確かにすごい顔で来るなぁ」
「とんでもなく……か」
ハンジは店員が持ってきた酒を受け取り、「はいよ」とリヴァイの前に置いた。
早速酒に手を付けながら、うんうんと楽しげに頷いている。
「前から、フェリーチェは小動物みたいだなぁって思ってたんだけど。ほら、ご飯食べてる時とか普段の仕草とか? のんびりなのにちょこちょこって動く感じだよ!」
今度は料理に手を出し、ハンジは口を動かしながら斜め上を見つつ、しばし考えている様だった。
リヴァイも何も言わずにいるので、二人の間には静かな時間が少し出来る。
対照的に背後からは常連客達の豪快な笑い声が上がり、更には誰かがギターを持ち出したのか、今度は手拍子とともに歌声までもがまじって聞こえてきた。
――巨人の脅威とはかけ離れた日常が、彼らの世界なのだ。
「フェリーチェがうさぎなら、リヴァイは鷹かな」
二人の沈黙の間を止めたのはハンジの方だった。リヴァイが不審げな目を向けると、少し得意げな瞳が笑みに細まる。
「逃げてるフェリーチェをさ、上からザァッ! ってあっという間に拾い上げるんだ。立体機動を巧みに使ってね。実に君らしいじゃないか。あの子を助け上げるのは、リヴァイ以外にいない気がする」
「なんだそれは……」
「そんな気がするってだけさ」
あくまで私の予測なんだけど。
まるでリヴァイの答えを誘いだそうとしてるかの様だった。ハンジは酒を飲んで時間を作り出す。
それでも何も言わないリヴァイに、ハンジはジョッキを置くと一言向けた。そこに、今までの楽しげな笑顔は無かった。
「何があったんだい? 君らしくもない」
見ていない様で周りの状況をよく見ている。考えていない様に思わせていても、頭の回転の速さと推察力は必要時に誰よりも頼りになる。
ハンジにはその能力があるのだ。それをすっかり忘れていた。
言ってみるか。
ハンジが自分の話を聞き、どう考えるか、気になる所もある。
リヴァイは酒を一口飲むと、やっと口を開いた。
「アイツは放って置くと何をしだすか分からねぇ。……危ない奴だと思う」
「危ないかぁ。……まぁ、確かにあの子は私達の想像の斜め上をいく時があるからね。どこか危なげな感じもするよ。さすが変わり者揃いの開発部の子だ」
「そういう意味じゃねぇよ」
呑気な顔をしているハンジに、リヴァイは苦々しく言った。
リヴァイの言葉にハンジが表情を変えた。
常に不機嫌を絵に描いた様な顔をしているリヴァイだが、最近はフェリーチェの表情を覗き見、思わず不機嫌とは別な厳しい顔つきになってしまう事が度々ある。
嫌な予感めいたものが、どうしても自分の胸から離れていかないのだ。
それは、フェリーチェと街に出かけた日からずっとだった。
店の騒がしさは全く変わらない。
加えて、自分たちの周りにも酔いが程よく回ってきた者が増えたのだろう、談笑の静かだった声が僅か強まっている。
いつもなら、わざわざ選んでこの奥の席に座っているのにと苛立ったりするが、今日に限ってはそれが逆に自分の気を紛らわせ鎮めている気さえした。
「なにそれ? それこそどういう意味?」
「フェリーチェの奴、街に出た途端に音酔いしてぶっ倒れそうになった」
「え!?――そっかぁ……きっと今まで静かな環境にいたせいだろうね。でもそこまでとはなぁ。どうやら開発部とやらは随分と静粛たる所らしいね」
「さぁな。そこまでは知らんが」
すぐに休ませたが、フェリーチェはしばらく動けない程に混乱している様だった。
しかし、よく分からないことを言っていたものの、その後は自分で指定した通りの短時間で復活してみせた。それこそが、彼女が開発部にいる
そこらの者とは違う“なにか"を持っているのかもしれない。
「……一緒に連れて行って、下手な事を言ったり余計な事をされたら適わねぇと思ってた。すぐに終わるような仕事も片付かなくなるからな。そっちの方が色々な意味で面倒臭い。だから外で待たせていた」
「なるほど? でも、リヴァイのその考えはフェリーチェに脆くも破壊されちゃった訳だ。違う方向で」
「あぁ」
「それで? それの何が問題? 君は倒れそうになった面倒なフェリーチェを休ませた。フェリーチェは見事復活した。問題は解決だろう?」
「確かにな。一度そんな状態になった奴を懲りもせず外で待たせる程、俺は馬鹿じゃない。仕方がねぇが、仕事相手の前には出さず、少しでも静かな中で待たせる方が良いと考えた」
「うん。まぁ賢明な判断だね」
思った通り仕事は滞りなく進んだ。
その後に回った先々では、フェリーチェに別室を用意し、待機出来る様に手配してくれたおかげでもあった。
短時間で終わるものとはいえ、元気を取り戻したフェリーチェは、その短い間ですら何をするか分からない。用意して貰った部屋が、どこも簡素な応接室や小さな会議室だったのが救いだったと思う。
研究室みたいだとぼやく彼女に、引きこもり娘には丁度良いだろうと嫌味も言えた。なんとか終わりが見えた仕事に胸を撫で下ろしたからだ。
――だが、最後に回った場所。
最後の最後で、まさかあんな思いをするとは。
「何かしちゃったの? フェリーチェは」
「いや。何もしてねぇよ。珍しく大人しくしてやがった」
「もうっ! だから何なんだ! いい加減教えてくれよ、まわりくどいなぁ」
「うるせぇ。最後まで聞け。……そこの新人が使えない奴でな。相手に引き継ぐ手際が悪いのなんの。本当にいい迷惑だった。今までで一番時間がかかったからな」
あの時の事を思い出すと、未だに苦く重いものが身体の内側から湧いてくる。使えなかった新人に対してではない。
が自分の補佐に、だ。
あの時の思いを単刀直入に言うならば——そうだな。
「ゾッとした……」
「……え? 何にだよ……。まさかフェリーチェとか言わないよね?」
「そのまさかだ」
「うっそだぁっ! またまたリヴァイってば、冗談キツイよ」
「……嘘じゃねぇ」
「いや、だって……。あのフェリーチェでしょ?」
「あぁそうだ。だが、お前もあの時のアイツを見たら、きっと俺と同じ気分になっただろうよ」
「人類最強の男が、可愛い女の子相手にゾッとするって?――ハハッ! やっぱり冗談キツイよ。珍しく酔ってんのかい?」
ひょいと両肩を上げ、ハンジはからかう様に笑ってみせる。
冗談ならば、余程そっちの方が良いかもしれない。
大体、いい大人が七歳も下の娘に恐怖するなんて、そんなこと誰だって思わないだろう。
自分だってそうだったのだから。
「あの時の俺が酔っていたのだとしたら、どうかしていたと笑い話にもなっただろう。だが残念ながら、あの時も今も、俺はこれっぽっちも酔ってねぇんだよ」
「だって……。ねぇリヴァイ。君はなんでそんな事を言うの?」
リヴァイが眉根を寄せ酒をあおる姿に、やっとハンジが真面目な表情を見せた。
その顔にリヴァイは「助かった」と胸中思う。
酒場で飲みながら、それこそ有り得なさそうな人間の信じられない話。笑い飛ばされても不思議じゃない。
自分が見たものを再び思い返すのも苦々しいが、それでもリヴァイはハンジに語る。
彼女が自分の話を聞いて判断する事が、どうか同じであって欲しいとどこかで願っていたからだった。