なぜ出合ったかについて《番外編》
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◆彼女が調査兵団にやってきた日のこと◆
馬車を降り、大きな建物を見上げてまず思ったのは……。
私、本当にここでしばらく暮らして仕事するの……!?
私のいた研究室と比べ物にならない。
建物外にも内にも、とにかく目の前を多くの人が通る。音が溢れかえってて耳がおかしくなりそう。脳が衝撃を受けていた。
「フェリーチェ。悪いんだがここで少し待てるかな? あそこにいる者に指示を与えてやらねばならないんだ」
「……え……?」
ここにひとりぼっち!?
今この調査兵団で私が頼れ喋れるのは、目の前にいる団長のエルヴィンさんだけ。
彼を見上げると、心配そうな顔が私を見ていた。
エルヴィンさんは、私が人を怖がるのを知ってる。開発部でも、滅多に来ないお客様や、たまに来る技術科の人にまでも、半径1m以内に近付いたら固まりますよ、みたいな感じだったのを部長が話したからだ。
エルヴィンさんの背後数メートル先を見たら、綺麗な女性が私にお辞儀をした。あんな綺麗な人も命を投げうって巨人との闘いに挑むのだろうか……?
私も女性に尊敬の念をこめてお辞儀を返す。
「大丈夫です。問題ありません」
「そうか……。ほんの数分でいい。すぐ戻るからね」
頷くとエルヴィンさんは女性の所へ走っていった。二人でこちらに背を向け何かを話し始める。
ぼんやりとそれを見ながら、「ほんの数分、ほんの数分、すぐに戻る……」と繰り返し自分に言い聞かせた。
「おーい! 何やってんだよ! 早く戻れ! また怒られるだろー」
「悪い悪い! すぐ行く」
突然の誰かの大きな声。それが私のお守り呪文を吹き飛ばす。
途端、呪文が聞こえなくなった私の耳には、消えかかっていた沢山の音が一気に戻って来た。まるで音の洪水に巻き込まれた様に。
数人が目の前を走って行った。
叫んだ人は分からないけど、あの走って行った人達の先にいるんだと思う。
たった数人。
でも、それも今の私にはキツい。
あの人数ですら、目の前を走って行くなんて事は研究室では無かったんだもの。
目まぐるしく動く小さな機械部品はともかく、目まぐるしく動く大きな人達は、自分の目を回して地面をもグニャリと歪ませる。
あ。駄目だ……。
そう思った時には貧血っぽくなって、その場に崩れた。
さああっ、と全身の血が沈んでいく感覚。指先と背中が一気に冷え、額には冷や汗が滲んで。
独りぼっちの空間がより狭く固まっていった。
「おい。誰だ、客人のお前を放って消えた奴は」
その時だった。うずくまって俯く私の視界に誰かの足が現れた。
「いえ……。放って置かれたんじゃなく、待ってるんです……私……」
「そんな死にそうな声出して、待ってるだと?」
男性は低い声で言う。見える足先だけでもすごい威圧感を感じるのに、声はそれをはるかに上回る重い威圧だ。
こんな人には未だかつて出会った事が無い。
物凄い恐怖を覚える。
見た事の無い幽霊や想像計り知れない巨人にあったら、きっとこんな気持ちになるのかもしれないと思う。
まさか生きてる人間にそれを教わるとは思わなかったけど。
「だ、大丈夫です……。問題ありません……」
「んなワケあるか。……クソッ! 面倒臭ぇもん拾っちまったな」
ひ、酷い……!
それならこの面倒臭いものから一刻も
早く離れて下さい。
怖いんですよ、あなた!
足だけでそんなって、どれだけ半端無いおぞましさ持ってるんですか!?
元気な時、慣れてる人にだったらそう言い返していた。
だけど残念ながら、今の私には元気も無ければ慣れも無い。
黙ってじっと耐えるしか無い。
クラクラする頭が吐き気まで連れて来た。これはいよいよ危険だ。
この恐ろしいものを前に私は自分を手放すの……?
(エルヴィンさん、助けてください……)
「……ここまで面倒くせぇのは骨が折れる……」
(面倒臭い面倒臭いって連呼しないで欲しいんですけど……)
すると、呟いた足先男はサッと私の視界から消えた。
助かった……。
けど、死にそう……。
視界が徐々に狭くなってきて、倒れる予感だけ自分に残った。
「おい」
それはさっきの足先男の声だった。
パッと意識が浮上する。
姿は見えないけど、背後に気配を感じた。
も、も、戻って来た……!!!!
「少し頭を冷やせ。お前がこうなる事を知ってても知らなくても、ここに置いて行った事に変わりはねぇんだ。そんなのどうせマシなヤツじゃないだろう。律儀に待ってる必要ねぇぞ」
ぽさ、と頭の上に何かが乗った。
「…………え?」
気配が消えていく。恐怖は残ったままだった。だけど、同時に頭の上に現れた、ひんやりした清涼感。これは?
取ってみると真っ白なハンカチ。
きっちりと畳まれたそれは濡らされていた。
これ、わざわざ持って来てくれたの……?
額や頬にハンカチを当てるとひんやり気持ちよくて、徐々に心が落ち着いてくる。
ハンカチからは清らかな香りがした。
「フェリーチェ! どうしたんだ、何があった!? 大丈夫か!?」
「エルヴィンさん……。すみませんちょっと気分悪くなっちゃって」
「すまない。私のせいだな……。すぐに部屋で休めるよう手配しよう。立てるかい?」
「はい」
その場を立ち去る時、少し辺りを見回したけど、私にハンカチを渡してくれた人はもう居なかった。
怖い空気は足先男とともに消えたのだ。
とはいえ、あの人も調査兵団の兵士。そのうち兵団内で会う可能性は高い。
そっか会う事あるのか!
だけどあの凄まじい恐怖の気配は忘れられないから、次会った時だってきっとそれですぐ分かる。
そしたら一目散に走って逃げよう。あんな怖いの冗談じゃない!
(あ。でも逃げたらコレ返せない……)
つまり、返すにはまたあの恐怖と向き合わなきゃいけないのかっ!?
「……どうしよう……」
「まだ具合が悪いかい? 今後はこんな事が起きないようにせねばな。君を近くで守れる私の部下達を今夜にでも紹介するよ。こういう事は早い方がいいからね」
「はい……」
「ところでフェリーチェ。君がさっきから握りしめてるそれは?」
「これは……私がうずくまってたらある足先男……いえ、ある男性がこれで頭冷やせって……」
「ほぅ……そのハンカチを、ね」
あの恐怖の足先男は、エルヴィンさんの事を知らないとはいえ、マシな奴じゃないと言ってた……。
でも私は、エルヴィンさんは紳士的で優しい人だと思う。こんな風に気遣いをしてくれるし。
あの人だって、これを貸してくれたという事は、少しくらいは優しいのかも……しれない……?
いやいやいや! もしかしたら、頭に冷えたハンカチを乗せるのは、「今すぐ失せろ」という調査兵団内では言わずと知れた隠語的行為という可能性もある。
どちらにしてもあれは駄目だ。とにかく怖過ぎる! 出来ればもう関わりたくない部類。ああ……。調査兵団にはあんな恐ろしい人が居るのか……。
「今夜会う人達は怖くないですか?」
「勿論。皆優しいよ。特に一人、印象よりずっと優しい男がいる」
「そうですか。……良かった」
エルヴィンさんは笑った。
君はその男の側に居るのが一番安全だろうな。
横で聞きながらハンカチを握り、そんなに優しい人なら、一緒にあの恐怖の足先男の所に行って貰おう。そう思った。
優しい人と一緒なら、あの恐怖、少しは和らぐかも!
なんて思っていたら。数時間後。
私は、その“印象よりずっと優しい”という恐怖の足先男にふたたび会う事となった。
(っ!? こ、ここここの人っ!!!!)
(やっぱり凄い怖いっ!!)
しかも彼の補佐になるなんて……だ、大丈夫なんだろうか!? 私っ! やっていけるの!?
――卒倒しそうになった。
唯一良かったのは、ハンカチをすぐに返せたというだけで。
しばらくは恐ろしい日々が待っていた。
でもやがて。
エルヴィンさんが言っていた“印象よりずっと優しい”という意味を私は知るのだ。
――誰よりも一番近くで。
馬車を降り、大きな建物を見上げてまず思ったのは……。
私、本当にここでしばらく暮らして仕事するの……!?
私のいた研究室と比べ物にならない。
建物外にも内にも、とにかく目の前を多くの人が通る。音が溢れかえってて耳がおかしくなりそう。脳が衝撃を受けていた。
「フェリーチェ。悪いんだがここで少し待てるかな? あそこにいる者に指示を与えてやらねばならないんだ」
「……え……?」
ここにひとりぼっち!?
今この調査兵団で私が頼れ喋れるのは、目の前にいる団長のエルヴィンさんだけ。
彼を見上げると、心配そうな顔が私を見ていた。
エルヴィンさんは、私が人を怖がるのを知ってる。開発部でも、滅多に来ないお客様や、たまに来る技術科の人にまでも、半径1m以内に近付いたら固まりますよ、みたいな感じだったのを部長が話したからだ。
エルヴィンさんの背後数メートル先を見たら、綺麗な女性が私にお辞儀をした。あんな綺麗な人も命を投げうって巨人との闘いに挑むのだろうか……?
私も女性に尊敬の念をこめてお辞儀を返す。
「大丈夫です。問題ありません」
「そうか……。ほんの数分でいい。すぐ戻るからね」
頷くとエルヴィンさんは女性の所へ走っていった。二人でこちらに背を向け何かを話し始める。
ぼんやりとそれを見ながら、「ほんの数分、ほんの数分、すぐに戻る……」と繰り返し自分に言い聞かせた。
「おーい! 何やってんだよ! 早く戻れ! また怒られるだろー」
「悪い悪い! すぐ行く」
突然の誰かの大きな声。それが私のお守り呪文を吹き飛ばす。
途端、呪文が聞こえなくなった私の耳には、消えかかっていた沢山の音が一気に戻って来た。まるで音の洪水に巻き込まれた様に。
数人が目の前を走って行った。
叫んだ人は分からないけど、あの走って行った人達の先にいるんだと思う。
たった数人。
でも、それも今の私にはキツい。
あの人数ですら、目の前を走って行くなんて事は研究室では無かったんだもの。
目まぐるしく動く小さな機械部品はともかく、目まぐるしく動く大きな人達は、自分の目を回して地面をもグニャリと歪ませる。
あ。駄目だ……。
そう思った時には貧血っぽくなって、その場に崩れた。
さああっ、と全身の血が沈んでいく感覚。指先と背中が一気に冷え、額には冷や汗が滲んで。
独りぼっちの空間がより狭く固まっていった。
「おい。誰だ、客人のお前を放って消えた奴は」
その時だった。うずくまって俯く私の視界に誰かの足が現れた。
「いえ……。放って置かれたんじゃなく、待ってるんです……私……」
「そんな死にそうな声出して、待ってるだと?」
男性は低い声で言う。見える足先だけでもすごい威圧感を感じるのに、声はそれをはるかに上回る重い威圧だ。
こんな人には未だかつて出会った事が無い。
物凄い恐怖を覚える。
見た事の無い幽霊や想像計り知れない巨人にあったら、きっとこんな気持ちになるのかもしれないと思う。
まさか生きてる人間にそれを教わるとは思わなかったけど。
「だ、大丈夫です……。問題ありません……」
「んなワケあるか。……クソッ! 面倒臭ぇもん拾っちまったな」
ひ、酷い……!
それならこの面倒臭いものから一刻も
早く離れて下さい。
怖いんですよ、あなた!
足だけでそんなって、どれだけ半端無いおぞましさ持ってるんですか!?
元気な時、慣れてる人にだったらそう言い返していた。
だけど残念ながら、今の私には元気も無ければ慣れも無い。
黙ってじっと耐えるしか無い。
クラクラする頭が吐き気まで連れて来た。これはいよいよ危険だ。
この恐ろしいものを前に私は自分を手放すの……?
(エルヴィンさん、助けてください……)
「……ここまで面倒くせぇのは骨が折れる……」
(面倒臭い面倒臭いって連呼しないで欲しいんですけど……)
すると、呟いた足先男はサッと私の視界から消えた。
助かった……。
けど、死にそう……。
視界が徐々に狭くなってきて、倒れる予感だけ自分に残った。
「おい」
それはさっきの足先男の声だった。
パッと意識が浮上する。
姿は見えないけど、背後に気配を感じた。
も、も、戻って来た……!!!!
「少し頭を冷やせ。お前がこうなる事を知ってても知らなくても、ここに置いて行った事に変わりはねぇんだ。そんなのどうせマシなヤツじゃないだろう。律儀に待ってる必要ねぇぞ」
ぽさ、と頭の上に何かが乗った。
「…………え?」
気配が消えていく。恐怖は残ったままだった。だけど、同時に頭の上に現れた、ひんやりした清涼感。これは?
取ってみると真っ白なハンカチ。
きっちりと畳まれたそれは濡らされていた。
これ、わざわざ持って来てくれたの……?
額や頬にハンカチを当てるとひんやり気持ちよくて、徐々に心が落ち着いてくる。
ハンカチからは清らかな香りがした。
「フェリーチェ! どうしたんだ、何があった!? 大丈夫か!?」
「エルヴィンさん……。すみませんちょっと気分悪くなっちゃって」
「すまない。私のせいだな……。すぐに部屋で休めるよう手配しよう。立てるかい?」
「はい」
その場を立ち去る時、少し辺りを見回したけど、私にハンカチを渡してくれた人はもう居なかった。
怖い空気は足先男とともに消えたのだ。
とはいえ、あの人も調査兵団の兵士。そのうち兵団内で会う可能性は高い。
そっか会う事あるのか!
だけどあの凄まじい恐怖の気配は忘れられないから、次会った時だってきっとそれですぐ分かる。
そしたら一目散に走って逃げよう。あんな怖いの冗談じゃない!
(あ。でも逃げたらコレ返せない……)
つまり、返すにはまたあの恐怖と向き合わなきゃいけないのかっ!?
「……どうしよう……」
「まだ具合が悪いかい? 今後はこんな事が起きないようにせねばな。君を近くで守れる私の部下達を今夜にでも紹介するよ。こういう事は早い方がいいからね」
「はい……」
「ところでフェリーチェ。君がさっきから握りしめてるそれは?」
「これは……私がうずくまってたらある足先男……いえ、ある男性がこれで頭冷やせって……」
「ほぅ……そのハンカチを、ね」
あの恐怖の足先男は、エルヴィンさんの事を知らないとはいえ、マシな奴じゃないと言ってた……。
でも私は、エルヴィンさんは紳士的で優しい人だと思う。こんな風に気遣いをしてくれるし。
あの人だって、これを貸してくれたという事は、少しくらいは優しいのかも……しれない……?
いやいやいや! もしかしたら、頭に冷えたハンカチを乗せるのは、「今すぐ失せろ」という調査兵団内では言わずと知れた隠語的行為という可能性もある。
どちらにしてもあれは駄目だ。とにかく怖過ぎる! 出来ればもう関わりたくない部類。ああ……。調査兵団にはあんな恐ろしい人が居るのか……。
「今夜会う人達は怖くないですか?」
「勿論。皆優しいよ。特に一人、印象よりずっと優しい男がいる」
「そうですか。……良かった」
エルヴィンさんは笑った。
君はその男の側に居るのが一番安全だろうな。
横で聞きながらハンカチを握り、そんなに優しい人なら、一緒にあの恐怖の足先男の所に行って貰おう。そう思った。
優しい人と一緒なら、あの恐怖、少しは和らぐかも!
なんて思っていたら。数時間後。
私は、その“印象よりずっと優しい”という恐怖の足先男にふたたび会う事となった。
(っ!? こ、ここここの人っ!!!!)
(やっぱり凄い怖いっ!!)
しかも彼の補佐になるなんて……だ、大丈夫なんだろうか!? 私っ! やっていけるの!?
――卒倒しそうになった。
唯一良かったのは、ハンカチをすぐに返せたというだけで。
しばらくは恐ろしい日々が待っていた。
でもやがて。
エルヴィンさんが言っていた“印象よりずっと優しい”という意味を私は知るのだ。
――誰よりも一番近くで。