絶対零度が溶けていく
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「………へ? 怖い? リヴァイさんが?」
思わず出てしまった。急にどうしたんだろう?
「なんでそんなのいまさら聞くんですか。変ですよ」
「……。さっきあんな事をしたばかりだ。普通はもう少し警戒するだろ」
「あんなこと……?」
“さっきあんな事をした”
リヴァイにそう言われて思いつくのは一つしかない。
でも。あの時の包まれた感触を思い出しても、さっきだって今だって、フェリーチェに嫌な感情など全く無かった。
「でもあれは、私がまたリヴァイさんにフォローしてもらったって事ですよね。リヴァイさんが理由も無く女性を傷付ける人だとは、私は思ってませんので」
「……呆れるほど甘い奴だな、お前は」
「でも、リヴァイさんだからですよ? 私だってそこまでお人好しじゃありません。これでも一応は普通の女です」
「俺だって普通の男だ。野犬が俺自身だったらどうしてた」
「リヴァイさんが……野、犬? ――ふっ、あははははっ! リヴァイさんは犬ってキャラじゃ……あいたたたた! ごめんなさいごめんなさい」
指で眉間をグリグリと押され、椅子から落ちそうになった。
容赦無いです、それ。容赦無いからやめてくださいっ。
「よし。お前がいかに馬鹿かよーく分かった。脳天気もここまでくると病気だな。今すぐ病院でその頭ん中開いて緩んでるネジをしめてもらってこい」
「もう! だから言ってるじゃないですか! リヴァイさんだから、私は大丈夫なんだって!」
「………何……?」
「私は貴方のことを信頼してます。これまで一緒に仕事をしていればリヴァイさんがどんな人かくらい分かりますから。本当はとても優しい人です」
「…………」
リヴァイは今日一番の厳しい顔になった。アホかお前、と小さい呟きがフェリーチェの耳に届く。そして、彼はまた顔をそむけてしまった。
照れているのかな?
フェリーチェはそんな風に思いながら、リヴァイを覗き込もうとする。その顔は見た事が無い。どうしても見て見たい。何かしろ今後に参考になりそうだから……。
(今日はいつもと違うんだよね、リヴァイさん)
それが何かと問われても、フェリーチェには上手く説明が出来なかった。自分にもいまいちピンとこないのだ。だからこそ知りたい。
「もしかして私の事心配してくれてるんですか? 街に出た早々色々とご迷惑かけちゃいましたし……。あ! でもそれなら私、本部から出るなと言われればそうします。それだけは得意です」
「……は?」
「でもその代わり、私がどうしても外出したい時はリヴァイさん一緒について来てくださいね? リヴァイさんがいるなら安心ですし、さっきみたいな事になっても全然平気な気がします! だってリヴァイさんの石鹸の香り、とってもいい匂いで好きだし……。そう言えばその石鹸はどこで? 私も欲し……いたたたたたた!! 痛いですって!」
「いい加減その口閉じろ。その口もどこかの留め金外れてやがんのか? あ?」
「は、外れて……ませんっ」
再びリヴァイに眉間攻撃を受けたフェリーチェは、攻撃を続けるリヴァイの手を思わず両手で掴んでしまった。それは咄嗟の行動で。
「………ッ!!」
「………っ!?」
ビクッとリヴァイの手が驚きに跳ねる。それにフェリーチェも驚く。
そうなればもうどうしていいか分からなくなってしまった手がすぐに離せる訳ないし、一方のリヴァイもどうしていいのか困惑してるのか、こちらの手を振り払う気配も無い。
……反撃? いや、そんな事したら倍返しどころじゃ済まない。どうしよう?
――リヴァイとフェリーチェは二人して固まっていた。
「……私の眉間、いつか穴開きますよ」
「お前が生意気な口きかなきゃ開かずに済むだろうな」
「本音言ってるだけなのに」
「その本音がいつもトラブルの元なんだろうが」
戸惑いに止まっている体より早く、お互い口の方が先に動き出す。
すると自然と緊張は解け、リヴァイとフェリーチェは同時に小さく溜息を吐いた――。
「おやおや。お二人は随分と仲がよろしいんですね」
声が聞こえたのはそんな時だ。
紅茶を淹れた店主が戻って来た。並んで座るリヴァイとフェリーチェに微笑みと言葉を向けてくる。
「コレがか?」
「店長さんにはリヴァイさんがどう見えてるんですか?」
声が重なった。
「ほらそういう所ですよ」と店主に笑われ、リヴァイは頭を抱え、フェリーチェはガッカリする。
これは仲良しなんじゃなく、恒例の補佐苛めです。リヴァイさんはいっつもこうなんですよ? まぁ、十五回に一回くらいは優しくなりますけど。でも本当に滅多に無いんです。レアものです。
喉まで出かかったけど我慢する。
言ったあかつきには、もれなく目の前の美味しそうな紅茶を頂く前に店から放り出されるだろう。
勿論、リヴァイにだ。
足の悪い店主に「手伝います」と、フェリーチェは立ち上がり彼の持つトレーに手を伸ばした。
ああ、ありがとう。
微笑む店主とトレーの受け渡しの際、店主と指先が触れ、ただそれだけなのにフェリーチェは一瞬手を引っ込めようとしてしまった。
こんなに優しく紳士的な人でも、雰囲気につられ一言二言普通に言葉が口から零れたとしても、フェリーチェにとって初対面の人間や慣れない人間はやはり怖い。
店主に微笑み返したが、フェリーチェは自分の頬が無駄に緊張しているのが分かった。
「いい香りでしょう? 最近入荷出来たものです。試しにどうぞ。お客様もきっと気に入ると思いますよ」
店主はリヴァイにそう伝えながら紅茶をカップに注ぐ。
ふわり、と甘い香りが漂った。この花のような香りはどうやって出しているのだろう?
「フェリーチェ」
リヴァイに呼ばれ、フェリーチェはハッと我に返り彼を見る。
チラッとフェリーチェに視線を向けたリヴァイはすぐに店主の手元にそれを移し、
「なに突っ立ってる。早く座れ。店主の淹れた紅茶は格別に美味いぞ」
ぽつりと言った。
「お前なら、一回飲めば違いがよく分かるだろう」
「ほぉ。こちらのお嬢さんはお客様と同じく紅茶をお好きでいらっしゃるんですか」
「好きか……それはどうか分からんが、フェリーチェは一度飲んだものの味は完璧に覚える。そういう記憶力だけはいいんだ。俺の言う事はちっとも覚えんがな」
リヴァイの褒め言葉なんだか嫌味なんだか分からない言葉に、店主はクスクスと笑う。
彼はきっと褒め言葉に取ったのだろう。
フェリーチェも同じく褒め言葉に聞こえ嬉しかった。そして、探していた答えも分かって更に嬉しかった。
今日はいつものリヴァイと違う。
(私の事、初めて名前で呼んでくれてる……っ!)
――ほんのちょっと感じていた違和感の正体は、これだったんだ。
フェリーチェはリヴァイの隣に座り、淹れて貰った紅茶の香りと味を存分に楽しんだ。
なんだか心が、ほわほわする。
紅茶効果とリヴァイ効果は相乗して、最高のよろこびを自分にもたらしてくれたようだ。
「何ニヤニヤしてやがる。気持ち悪い奴だな」
そんなリヴァイの言葉だって今は黙って受け入れる。
調査兵団に来てから、沢山の人が自分の名前を憶え呼んでくれたけど……。
リヴァイが当たり前に名前を呼んでくれた事が、何より嬉しく感じたフェリーチェだった。