絶対零度が溶けていく
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✽7✽
リヴァイがいつも来ているという紅茶店は、小さいが品のある店だった。
外観も内観も趣のある造りで、あたたかみがありどこかノスタルジックな雰囲気。ドアを開けると、チリンと可愛らしいベルが来客を告げる。
表通りから離れ人通りも少ない立地に、フェリーチェはあの大通りで店を構えればもっと繁盛するのにな、と考えた。
「いらっしゃいませ。……おや、」
奥から老紳士が現れる。店の雰囲気と同じくとても品の良い男性だ。彼がここの店主なのだろう。
店主はまずリヴァイを見て頭を下げ、次にフェリーチェを見てから再びリヴァイへと向いた。
「初めてですね。お客様が女性と一緒におみえになるのは」
「……あぁ。コイツは今俺の仕事の補佐をしている。仕事終わりに寄ったせいで、もれなくついて来ちまった」
「ついて来たって……連れてってくれるって言ったのリヴァイさんじゃないですか」
「お前がしつこく言ったからだ。だから朝も言っただろう? 昨日の俺はどうかしてた」
「昨日のリヴァイさんがどうかしてても、今日のリヴァイさんは私を連れてきてくれました」
「……ったく、お前は」
フェリーチェとリヴァイが話していると店主がクスクスと笑いだした。「まぁまぁ二人とも」と、にこやかに場を鎮める。
「せっかくいらしたんですから、またゆっくりしていってください。今、紅茶を淹れてまいりますので」
「いつも悪い」
「いえいえ、とんでもない。たまに来てくださるお客様と一緒にお茶を飲むのが、私の唯一の楽しみなんですよ。どうかこの老人に付き合ってやってください」
「あの……店長さん。棚の商品見ててもいいですか?」
「もちろん。気になるお品があれば試飲も出来ますよ。では、少々お待ちください」
奥へ消えていく店主が左足を引き摺っている事にフェリーチェは気付いた。杖こそついていないが、ゆっくりと確かめる様に進んでいく後ろ姿を見て、だから彼はここで店を営んでいるのかもしれないと思った。
忙しく働いてお金を沢山稼ぐ、というよりも、自分の好きな場所で自分の好きな物に囲まれて暮らす。
彼は自分の人生がどうすれば幸せになるのかを知っている人なのだ。それはとても羨ましい事だと思う。
(だからここは居心地良く感じるのかな)
外の世界と違って空間が優しい。店主の人柄と静かな店の空気がここ全体を柔らかくしている。
「どうしてリヴァイさんがこのお店好きなのか分かりました」
「あのジイさんの目は確かだからな。品揃えも申し分ない」
「店長さんが好きなのでは?」
品揃えや品質のいい店は他に探せば在る筈。わざわざ通りを離れた遠い場所まで来る必要も無い。だってこの街は広いから。紅茶を扱う店はきっと多い。
「……淹れる紅茶が美味いからだ」
(……素直じゃない)
窓際の席に座り腕と脚を組んでいたリヴァイは、窓の外へ顔をそむけてしまった。
素直じゃない。
もう一度心の中で繰り返したフェリーチェは、リヴァイにばれない様にこっそり笑うと紅茶缶が並ぶ棚へ向き合った。
(それにしても、紅茶ってこんなに種類あるんだ……)
似た様な缶に入っているが、ラベルや色は様々だ。開発部に入って来ていた紅茶は一種類だったし、コーヒーの豆も種類はあったが、こんなお洒落な缶じゃなくて味気ない麻袋に入っていた。
目の前の紅茶缶がまるで宝箱や宝石箱の山に見える。
フェリーチェはドキドキしながらラベルの文字を追った。
こんなに種類があるという事は、味も当然それぞれ違う。それはリヴァイの持っている数種の紅茶を真似して淹れた時に分かったが、という事は一つ一つベストな淹れ方もあるという事で……。
どうしよう。ウズウズしてきた。知識欲をくすぐられる。
全部を全部覚えようとしてもきっと今日だけじゃ時間が足りない。それに、その前にリヴァイに「もう帰る。いい加減にしろ」と怒られる。
(今日は残念だけど名前だけ覚えていこう……)
それだけ分かっていれば後で調べる事が出来るし、なんなら機会を作ってまたリヴァイとこの店に来ればいいのだ。
あの親切な店主なら丁寧に教えてくれると思う。
よし。と変な気合を入れたフェリーチェは早速棚の端から紅茶缶をチェックする。
文字を記憶する時のフェリーチェの癖は指でなぞりながら頭の中で復唱する事。
前は口に出していたが、同僚に「呪いの言葉でも呟いてるみたいだ」と怖がられてから止めた。今でも癖で呟いてしまう時もあるが、意識しているから前よりは減っている。……はず。
(同じ茶葉でも製造会社で違いがあるの……? 季節限定のブレンドもある……!)
これは奥が深そう。ちょっと面白い。
夢中で文字をなぞり頭の中に入れていく。
だから、フェリーチェは全く気付かなかった。少し大き目な声が耳に入ってきて、頭の中の文字を弾くまで。
「――……、……ッ! フェリーチェ!」
ハッと我に帰る。
が横を見ると、リヴァイが自分を見ていた。
「あ……リヴァイさん。ごめんなさい。ちょっと集中しちゃって……」
「いや……。……少し大人しく座ってろ」
怒っている様には見えないが、声のトーンがいつもより低い。そして、心なしか表情が……硬い……?
(もしかして、ブツブツ呟いちゃってたのかな)
リヴァイにも自分が呪いの言葉を吐いている様に見えたのだろうか? 紅茶缶相手に?
まさかとは思ったが、同僚が怖いと言った時の顔を思い出してみれば、今のリヴァイと似た様な顔をしてたような気もする……。
――やっぱり一人でブツブツ言ってたのかもしれない。
フェリーチェは誤魔化し笑いをしつつ、リヴァイの側へ寄った。言われた通り大人しく彼の隣の席に座る。
すると、寄り添う様に座ったフェリーチェに、リヴァイがまた表情を硬くした。今度はハッキリ分かった。そして何故か固まっている。
「どうしたんですか?」
「………お前、」
固まった体と表情を溜息で溶かし、リヴァイは呆れ声で言った。
「俺が怖くないのか?」
リヴァイがいつも来ているという紅茶店は、小さいが品のある店だった。
外観も内観も趣のある造りで、あたたかみがありどこかノスタルジックな雰囲気。ドアを開けると、チリンと可愛らしいベルが来客を告げる。
表通りから離れ人通りも少ない立地に、フェリーチェはあの大通りで店を構えればもっと繁盛するのにな、と考えた。
「いらっしゃいませ。……おや、」
奥から老紳士が現れる。店の雰囲気と同じくとても品の良い男性だ。彼がここの店主なのだろう。
店主はまずリヴァイを見て頭を下げ、次にフェリーチェを見てから再びリヴァイへと向いた。
「初めてですね。お客様が女性と一緒におみえになるのは」
「……あぁ。コイツは今俺の仕事の補佐をしている。仕事終わりに寄ったせいで、もれなくついて来ちまった」
「ついて来たって……連れてってくれるって言ったのリヴァイさんじゃないですか」
「お前がしつこく言ったからだ。だから朝も言っただろう? 昨日の俺はどうかしてた」
「昨日のリヴァイさんがどうかしてても、今日のリヴァイさんは私を連れてきてくれました」
「……ったく、お前は」
フェリーチェとリヴァイが話していると店主がクスクスと笑いだした。「まぁまぁ二人とも」と、にこやかに場を鎮める。
「せっかくいらしたんですから、またゆっくりしていってください。今、紅茶を淹れてまいりますので」
「いつも悪い」
「いえいえ、とんでもない。たまに来てくださるお客様と一緒にお茶を飲むのが、私の唯一の楽しみなんですよ。どうかこの老人に付き合ってやってください」
「あの……店長さん。棚の商品見ててもいいですか?」
「もちろん。気になるお品があれば試飲も出来ますよ。では、少々お待ちください」
奥へ消えていく店主が左足を引き摺っている事にフェリーチェは気付いた。杖こそついていないが、ゆっくりと確かめる様に進んでいく後ろ姿を見て、だから彼はここで店を営んでいるのかもしれないと思った。
忙しく働いてお金を沢山稼ぐ、というよりも、自分の好きな場所で自分の好きな物に囲まれて暮らす。
彼は自分の人生がどうすれば幸せになるのかを知っている人なのだ。それはとても羨ましい事だと思う。
(だからここは居心地良く感じるのかな)
外の世界と違って空間が優しい。店主の人柄と静かな店の空気がここ全体を柔らかくしている。
「どうしてリヴァイさんがこのお店好きなのか分かりました」
「あのジイさんの目は確かだからな。品揃えも申し分ない」
「店長さんが好きなのでは?」
品揃えや品質のいい店は他に探せば在る筈。わざわざ通りを離れた遠い場所まで来る必要も無い。だってこの街は広いから。紅茶を扱う店はきっと多い。
「……淹れる紅茶が美味いからだ」
(……素直じゃない)
窓際の席に座り腕と脚を組んでいたリヴァイは、窓の外へ顔をそむけてしまった。
素直じゃない。
もう一度心の中で繰り返したフェリーチェは、リヴァイにばれない様にこっそり笑うと紅茶缶が並ぶ棚へ向き合った。
(それにしても、紅茶ってこんなに種類あるんだ……)
似た様な缶に入っているが、ラベルや色は様々だ。開発部に入って来ていた紅茶は一種類だったし、コーヒーの豆も種類はあったが、こんなお洒落な缶じゃなくて味気ない麻袋に入っていた。
目の前の紅茶缶がまるで宝箱や宝石箱の山に見える。
フェリーチェはドキドキしながらラベルの文字を追った。
こんなに種類があるという事は、味も当然それぞれ違う。それはリヴァイの持っている数種の紅茶を真似して淹れた時に分かったが、という事は一つ一つベストな淹れ方もあるという事で……。
どうしよう。ウズウズしてきた。知識欲をくすぐられる。
全部を全部覚えようとしてもきっと今日だけじゃ時間が足りない。それに、その前にリヴァイに「もう帰る。いい加減にしろ」と怒られる。
(今日は残念だけど名前だけ覚えていこう……)
それだけ分かっていれば後で調べる事が出来るし、なんなら機会を作ってまたリヴァイとこの店に来ればいいのだ。
あの親切な店主なら丁寧に教えてくれると思う。
よし。と変な気合を入れたフェリーチェは早速棚の端から紅茶缶をチェックする。
文字を記憶する時のフェリーチェの癖は指でなぞりながら頭の中で復唱する事。
前は口に出していたが、同僚に「呪いの言葉でも呟いてるみたいだ」と怖がられてから止めた。今でも癖で呟いてしまう時もあるが、意識しているから前よりは減っている。……はず。
(同じ茶葉でも製造会社で違いがあるの……? 季節限定のブレンドもある……!)
これは奥が深そう。ちょっと面白い。
夢中で文字をなぞり頭の中に入れていく。
だから、フェリーチェは全く気付かなかった。少し大き目な声が耳に入ってきて、頭の中の文字を弾くまで。
「――……、……ッ! フェリーチェ!」
ハッと我に帰る。
が横を見ると、リヴァイが自分を見ていた。
「あ……リヴァイさん。ごめんなさい。ちょっと集中しちゃって……」
「いや……。……少し大人しく座ってろ」
怒っている様には見えないが、声のトーンがいつもより低い。そして、心なしか表情が……硬い……?
(もしかして、ブツブツ呟いちゃってたのかな)
リヴァイにも自分が呪いの言葉を吐いている様に見えたのだろうか? 紅茶缶相手に?
まさかとは思ったが、同僚が怖いと言った時の顔を思い出してみれば、今のリヴァイと似た様な顔をしてたような気もする……。
――やっぱり一人でブツブツ言ってたのかもしれない。
フェリーチェは誤魔化し笑いをしつつ、リヴァイの側へ寄った。言われた通り大人しく彼の隣の席に座る。
すると、寄り添う様に座ったフェリーチェに、リヴァイがまた表情を硬くした。今度はハッキリ分かった。そして何故か固まっている。
「どうしたんですか?」
「………お前、」
固まった体と表情を溜息で溶かし、リヴァイは呆れ声で言った。
「俺が怖くないのか?」