絶対零度が溶けていく
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✽6✽
仕事を終え少し遅い昼食を取った後。大通りを歩きながら、リヴァイはフェリーチェに「ある程度なら街の所要施設くらい説明をしてやる」と言った。
そうして歩きつつの最終目的地は、メインの通りからは少し外れた小さな店。リヴァイの行きつけの紅茶専門店だ。
距離にしてそんなに遠くない。いつもならサッと行ってサッと帰れる。当然、その程度の移動に疲れを感じるなんて、この身に限って有り得ない――。
「リヴァイさん! あれは?」
「……役所だ。覚えておけ」
「じゃあ、あっち」
「……本屋だ。覚えておけ」
「あそこは……お店……ですよね?」
「飲み屋は夜しか開かない。お前には関係無いだろう。覚えなくていい」
……疲れる! なんだこの異常な精神疲労度は。
数歩前を行くフェリーチェの背を見ながら、リヴァイはもう溜息も出なくなっていた。
ある程度、というからにはある程度だ。ガイドブックでも書けそうな程とは俺は言ってない。
すっかり街歩きの主導権を握っているフェリーチェに一応は言ったものの、
「リヴァイさん……。あっちの細い道は……?」
全く聞く耳を持たない。……これでは自分の身も持たない……。
「……ッ! 馬鹿! そっちは……ッ」
いつの間に、細い小路に入りこもうとするフェリーチェの腕を引っ掴んで止めた。
その小路の向こうは歓楽街だ。昼間でも陽があまり当たらない路とその向こう側は、暗さに紛れて欲を満たす者が昼夜無く集まっている。
フェリーチェなんかが入ったら、あっという間に娼婦と勘違いされてどこかへ連れ込まれるだろう。
リヴァイは、引っ張ったフェリーチェの身体を、腰に軽く手を回し抱き締める様に受け止める。
視界の向こうに一人の男を見たからだ。
小路の暗がりに隠れる様に立つ男は、薄ら笑いを浮かべこちらを見ていた。
否、フェリーチェを見ていた。
呑気に歩いていたフェリーチェをあの男はどこまで認識したか。気になる所はそこだ。
あの男が、もしあの界隈の元締め連中の一人だったら……。
目を付けられたら最後。厄介な事になる。
見るからに生娘感丸出しのフェリーチェは、初出の商品価値としては申し分無いはずだからだ。
男の目は、フェリーチェの後ろ姿、足元から舐める様に見ていた。
それが、客が売女を探しているのか、雇い元が商品を見定めているのかまでは分からない。
だが明らかなのは、あのイカれた目には自分は映っていないだろうという事。
(どうする……下手な真似は出来ない)
中途半端に口や手を出せば、相手の気持ちを変に煽るだけだ。
手に入りにくいもの程、尚更手にしたくなる。
ああいった輩の性質を知っているリヴァイだからこそ、今はフェリーチェの身だけを考えた。
彼女の今後に不安が残るような事だけは、絶対に避けなければならない。そう思った。
「あ、あの……リヴァイさん?」
胸元に納まっていたフェリーチェが不思議そうにリヴァイを見上げようとした。
出来るならば、これ以上彼女の顔が知れる様な事はしたくない。
リヴァイは自分を見上げようとした小さな頭を胸元へ押し付け、そしてフェリーチェの耳元で囁く。
「野犬に襲われるぞ。黙っていろ」
リヴァイの声にビクッと震える肩。少ししてから、こくんとフェリーチェは大人しく頷いた。
「いいか、フェリーチェ。お前は俺が良いというまで顔を上げるな。俯いて歩け。当然お喋りも禁止だ。分かるな?」
「……」
「自分の身が惜しいならば、今は大人しく俺の言う事を聞け」
「……」
「……」
――そこは首を傾げるんじゃなく、頷くべきところだろうが。
小突いてやろうかと思ったが、今はそれどころではない。小突くのは後で存分にしてやる事にする。
リヴァイは男へ目を向けた。相手と初めて視線が合う。
この体勢は上手く利用できると思った。フェリーチェを抱きしめ耳元で囁く姿は、傍から見れば愛を囁く恋人に見えるはずだ。
この女は自分のモノだ。
そう瞳に無言の圧をかけ相手を一瞥すると、男はリヴァイの視線に慄いたのか薄ら笑いを引き攣らせ固まった。
男が一歩後ずさりする。……これで大丈夫だろう。
男の様子を横目に、リヴァイはフェリーチェの肩を抱きその場を離れた。
「もういいぞ」
少し歩いた後、リヴァイは横で小さい身体をより小さくしているフェリーチェに声をかけた。
一緒に歩いている間、彼女の肩が微かに震えていたのは気の所為ではないと思う。
(怖い思いをさせたか……? 事情を呑み込めているとは思えなかったが……。あとは)
思い当たる節が一つあると言えばある。
フェリーチェが男慣れしていないのは、兵団に来てからの様子を見ていれば分かる。
いや。男慣れどころか極度の人見知りをする位だ。安易に他人を自分のパーソナルスペースへ入れるとは思えない。
フェリーチェにしてみれば、訳も分からずいきなりリヴァイに抱き寄せられる……なんて思いもしなかったのだろう。突然の事に動揺するのも無理はない。
しかし、分かってはいてもあの場では仕方なかった。
「すまない。驚かせたな」
それでも怖がらせた事は事実なのだから謝っておくのが当然だ。リヴァイは、まだ俯いたままのフェリーチェの頭を撫でようとそっと手を伸ばした。
今度は怖がらせない様にしてやらなければ……。
だが、その手が触れる前にフェリーチェは顔を上げ言った。何故か目を輝かせて。
「喋るなって言われたから、ここまでずっと我慢してたんですけど……。リヴァイさんって、石鹸のいい香りがしますね!」
「……」
伸ばした手を引っ込めた。
そうだ。コイツはこういう奴だった……。
少しは可愛い所もあるかもしれない、そう思った自分が馬鹿だった……とリヴァイは大きな溜息を漏らした。
仕事を終え少し遅い昼食を取った後。大通りを歩きながら、リヴァイはフェリーチェに「ある程度なら街の所要施設くらい説明をしてやる」と言った。
そうして歩きつつの最終目的地は、メインの通りからは少し外れた小さな店。リヴァイの行きつけの紅茶専門店だ。
距離にしてそんなに遠くない。いつもならサッと行ってサッと帰れる。当然、その程度の移動に疲れを感じるなんて、この身に限って有り得ない――。
「リヴァイさん! あれは?」
「……役所だ。覚えておけ」
「じゃあ、あっち」
「……本屋だ。覚えておけ」
「あそこは……お店……ですよね?」
「飲み屋は夜しか開かない。お前には関係無いだろう。覚えなくていい」
……疲れる! なんだこの異常な精神疲労度は。
数歩前を行くフェリーチェの背を見ながら、リヴァイはもう溜息も出なくなっていた。
ある程度、というからにはある程度だ。ガイドブックでも書けそうな程とは俺は言ってない。
すっかり街歩きの主導権を握っているフェリーチェに一応は言ったものの、
「リヴァイさん……。あっちの細い道は……?」
全く聞く耳を持たない。……これでは自分の身も持たない……。
「……ッ! 馬鹿! そっちは……ッ」
いつの間に、細い小路に入りこもうとするフェリーチェの腕を引っ掴んで止めた。
その小路の向こうは歓楽街だ。昼間でも陽があまり当たらない路とその向こう側は、暗さに紛れて欲を満たす者が昼夜無く集まっている。
フェリーチェなんかが入ったら、あっという間に娼婦と勘違いされてどこかへ連れ込まれるだろう。
リヴァイは、引っ張ったフェリーチェの身体を、腰に軽く手を回し抱き締める様に受け止める。
視界の向こうに一人の男を見たからだ。
小路の暗がりに隠れる様に立つ男は、薄ら笑いを浮かべこちらを見ていた。
否、フェリーチェを見ていた。
呑気に歩いていたフェリーチェをあの男はどこまで認識したか。気になる所はそこだ。
あの男が、もしあの界隈の元締め連中の一人だったら……。
目を付けられたら最後。厄介な事になる。
見るからに生娘感丸出しのフェリーチェは、初出の商品価値としては申し分無いはずだからだ。
男の目は、フェリーチェの後ろ姿、足元から舐める様に見ていた。
それが、客が売女を探しているのか、雇い元が商品を見定めているのかまでは分からない。
だが明らかなのは、あのイカれた目には自分は映っていないだろうという事。
(どうする……下手な真似は出来ない)
中途半端に口や手を出せば、相手の気持ちを変に煽るだけだ。
手に入りにくいもの程、尚更手にしたくなる。
ああいった輩の性質を知っているリヴァイだからこそ、今はフェリーチェの身だけを考えた。
彼女の今後に不安が残るような事だけは、絶対に避けなければならない。そう思った。
「あ、あの……リヴァイさん?」
胸元に納まっていたフェリーチェが不思議そうにリヴァイを見上げようとした。
出来るならば、これ以上彼女の顔が知れる様な事はしたくない。
リヴァイは自分を見上げようとした小さな頭を胸元へ押し付け、そしてフェリーチェの耳元で囁く。
「野犬に襲われるぞ。黙っていろ」
リヴァイの声にビクッと震える肩。少ししてから、こくんとフェリーチェは大人しく頷いた。
「いいか、フェリーチェ。お前は俺が良いというまで顔を上げるな。俯いて歩け。当然お喋りも禁止だ。分かるな?」
「……」
「自分の身が惜しいならば、今は大人しく俺の言う事を聞け」
「……」
「……」
――そこは首を傾げるんじゃなく、頷くべきところだろうが。
小突いてやろうかと思ったが、今はそれどころではない。小突くのは後で存分にしてやる事にする。
リヴァイは男へ目を向けた。相手と初めて視線が合う。
この体勢は上手く利用できると思った。フェリーチェを抱きしめ耳元で囁く姿は、傍から見れば愛を囁く恋人に見えるはずだ。
この女は自分のモノだ。
そう瞳に無言の圧をかけ相手を一瞥すると、男はリヴァイの視線に慄いたのか薄ら笑いを引き攣らせ固まった。
男が一歩後ずさりする。……これで大丈夫だろう。
男の様子を横目に、リヴァイはフェリーチェの肩を抱きその場を離れた。
「もういいぞ」
少し歩いた後、リヴァイは横で小さい身体をより小さくしているフェリーチェに声をかけた。
一緒に歩いている間、彼女の肩が微かに震えていたのは気の所為ではないと思う。
(怖い思いをさせたか……? 事情を呑み込めているとは思えなかったが……。あとは)
思い当たる節が一つあると言えばある。
フェリーチェが男慣れしていないのは、兵団に来てからの様子を見ていれば分かる。
いや。男慣れどころか極度の人見知りをする位だ。安易に他人を自分のパーソナルスペースへ入れるとは思えない。
フェリーチェにしてみれば、訳も分からずいきなりリヴァイに抱き寄せられる……なんて思いもしなかったのだろう。突然の事に動揺するのも無理はない。
しかし、分かってはいてもあの場では仕方なかった。
「すまない。驚かせたな」
それでも怖がらせた事は事実なのだから謝っておくのが当然だ。リヴァイは、まだ俯いたままのフェリーチェの頭を撫でようとそっと手を伸ばした。
今度は怖がらせない様にしてやらなければ……。
だが、その手が触れる前にフェリーチェは顔を上げ言った。何故か目を輝かせて。
「喋るなって言われたから、ここまでずっと我慢してたんですけど……。リヴァイさんって、石鹸のいい香りがしますね!」
「……」
伸ばした手を引っ込めた。
そうだ。コイツはこういう奴だった……。
少しは可愛い所もあるかもしれない、そう思った自分が馬鹿だった……とリヴァイは大きな溜息を漏らした。