shot.15 あなたに花束を

 ディアナの種族、ドレディアというポケモンは雌しかいない。それ故、ディアナは、女の子らしく身なりを整え、お淑やかに、可愛らしい振る舞いをしなさいと言われて育ってきた。可憐な花であることが常識でディアナ自身もそれが当たり前だと思って、小さい頃から何の疑問も抱かずに過ごしてきた。

「でもね、ある日、お散歩中に6番道路で彼を見かけたの」

 ディアナが見かけた彼——リンエイというダゲキの青年は、木に向かって一心不乱に、己の拳をぶつけていた。その拳撃の美しさに、ディアナは息を吐くのも忘れてしまうほど見惚れてしまう。バトルは野蛮なことというイメージを払拭してしまうような神々しさが彼の身のこなしにはあった。

『あなたとっても優雅ね〜』

 思わずそう声をかけてしまった。彼は驚いて、ディアナの顔を見たが、すぐに何事もなかったかのように黙々と稽古を続ける。
 それでもディアナは毎日彼が稽古をしている、6番道路へと通うようになった。最初は見向きもされず、口もろくに聞いてもらえなかったが。けれど毎日視界の隅にいて、嬉しそうに語りかけてくるディアナに根負けして。リンエイの口からも少しずつ言葉が溢れ、そのうち会話も増えた。
 聞くとリンエイのダゲキという種族も雄だけしかいないポケモンだという。自身の肉体を鍛え上げ、常に高みを目指し、男児たるもの強くあらねばならないという考えを父親に教え込まれたそうだ。

『だが、そんなことは関係ない。拙者は自らの意志で強くなりたいと思っているのでござる』

 生い立ちの所為にせず、自分の意志を貫く純粋でまっすぐな彼の姿に、ディアナは憧れを抱くようになった。

『私もリンエイみたいに強くなりたい!バトルをしてみたいの!』
『然し、貴殿の一族は——』
『一族なんて関係ない!リンエイがそう言ってたの』
『……確かに、そうでござるな』

「その日から、リンエイは私にバトルの稽古をつけてくれるようになったの。大きな樹木を技で切り裂いたり、滝上りの技なしで滝を登ったり、甘い香りに誘われないように我慢したり……」
「ご両親には何も言われなかったの?」
「泥まみれになって帰ってくる私にカンカン!やめなさいって言われたけど、知らんぷりしちゃったの〜」
「それくらい、リンエイとの時間が楽しかったのね」

 しきたりを破ってでも、自分のやりたい気持ちを大切にしたディアナの姿勢は、アンヌにも共感できる部分があった。誰かに決められた生き方ではなく、自分の心で選びたい。その気持ちはきっと同じだったから。
 ディアナはアンヌの言葉に頷き、思い出を噛み締めるように目を細める。

『リンエイ、私達もPWTに出ましょう!いつか、素敵なトレーナーさんが私達の前に現れたら』
『うむ、必ず』

 嘘ついたらハリーセンの針を飲す、そう言いながら指切りをした。

「……でも」

 ディアナの表情が曇る。橙色の瞳が揺れて、その奥には深い悲しみが宿っているように見えた。

「電気石の洞穴で稽古をすることになったの。あそこは洞穴自体が電気を帯びていて、特殊な磁場が流れているから、岩が浮遊していて。普通の岩を砕くより難しいの。だからこそ修行になるってリンエイが言ってたの」

 リンエイとディアナは少し離れた位置で、浮遊している岩を砕こうとしていた。ふたりとも集中していて、辺りの様子に気づいていなかったのだ。
 コゴッ、と何かが動くような音がして、ディアナが不思議に思って音のする方に視線を向けると、リンエイの背後に浮遊する岩が迫っていた。彼は目を瞑り、目の前の岩に集中している様子で、迫っている岩に気づいていない。

『リンエイ!危ないっ!』
『!?』

 ディアナはマジカルリーフを放ったが、帯電している岩はそれを弾いて、打ち消してしまう。彼女の声でハッと我に返るも、リンエイが技を繰り出す時間はもう無いように見えた。
 ディアナは無我夢中で身を乗り出し、そして、彼の体を全力で突き飛ばした。
 直後、激しい衝突音が洞窟中に響いた。岩は別の岩へぶつかり、動きを止める。

『う……うう』
『ディアナ殿ッ!』

 リンエイに怪我はなかった。しかし、彼を庇ったディアナの足は岩の間に挟まれて、身動きが取れず怪我をしていた。

 ディアナは、あの時のリンエイの顔を忘れられない。

 血相を変えて、震える声で彼女の名前を呼ぶ。彼女を抱えながらポケモンセンターに駆け込んだ彼は眉間に皺を寄せ、険しい顔をしていた。深く悔やむような、自分自身を責め立てるような顔だった。

 ——そして、その日以来、リンエイはディアナの前から姿を消した。

「彼がネジ山に籠っているという話を聞いて、怪我が治った後すぐに会いにいったの。でも口を利いてくれなくて……『帰れ』と一言呟いたっきり。それから何度も行ったけれど駄目だったの」
「そんな……」
「きっとリンエイは私を怪我を自分のせいだと思って責めてるの」
「だけどよォ!そンな言い方無ェじゃねェか!助けてもらったンならまずはTHANK YOU!だろォ!」
「言えねぇよ、そんなこと」
「そりゃ、てめェが薄情だからだろォ!クソ犬!」

 ブレイヴが嫌味っぽく返して、いつもならそこでグルートが言い返しそうなものだが、彼は押し黙った。サイルーンが「喧嘩しないの!」とふたりの間に入って、場が静まる。グルートは視線を逸らし、煙草を口に咥えた。

 アンヌは胸の奥が締め付けられるような思いだった。リンエイとディアナがこのままでいていいはずがない。心を通わせたもの同士が、互いを思い合った結果起こした行動によって不幸になるなんて、そんなの悲しすぎる。

「私がリンエイを説得してみる。ディアナがずっとあなたを待っているということを教えてあげなきゃ」
「でも……」
「そのお花だってリンエイに渡すつもりなんでしょう?だったら、今すぐ行きましょうよ」

 アンヌはディアナの手をがっちりと両手で握り締める。その温もりにディアナの心に張り詰めていたものがふっと緩む。

「ありがとう、アンヌ」

 目元にきらりと光るもの。それはディアナの持っていた花束に潤いを与えるようにぽつりと落ちた。
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