Epilogue-2
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ずず、とお茶を飲んだ藤次郎様は、そうだな、とまた呟いた
藤次郎様が兵士の格好をして、名を偽って美稜屋敷に乗り込んできた時、私は自分の輿入れなんてものをすっかり諦めきっていた
そんなものは私が望んでいいものではなかったのだと、目の前まで迫っていた幸せをあっさりと手放して、見えないように蓋をして
そうやって逃げることで自分を守ることしか出来なかった私に、藤次郎様は
「あれは半分賭けだった」
「……そうだったのですか?」
「俺が行ったところで門前払いなのは分かりきった話だ
普通ならこの俺を門前払いなんざ出来るはずもねぇが、お前にゃそれを許していたからな
屋敷の中に入っちまえば、あとはこっちのもんだろ」
「……最初から攫う気であった、と?」
「事と次第によってはな
まぁお前と会う前に千夜の奴が出てきたってんで、そこでちょいと打ち合わせをして、あとは千夜の読み通りって寸法だ」
「藤次郎様というより、千夜の手の上だったということですか……」
「小十郎と阿吽の呼吸で生きてきた俺が言うのもおかしいが……
千夜の奴、想像以上にお前のことはお見通しだったぜ
せいぜい気を付けろよ」
「藤次郎様がおっしゃいますか……?」
気を付けろなどと、どの口がおっしゃるのやら
生前は散々、千夜の予見性を利用して、私の行動を先読みしていたくせに
私も片倉様を味方につけて、同じようなことをやり返したけれど
「……似た者同士だったらしいな」
「誰と誰がです?」
「俺とお前だ」
「ああ……千夜にもよく言われました
藤次郎様と性格が似ているらしいのは、嬉しくもあります
しかし藤次郎様からは、片倉様と似た者同士だと、よく言われました
それはこれからも変わらぬものと存じます」
「あんな小言ばっかの野郎が二人もいてたまるかよ
小十郎ひとりで間に合ってるだろ」
「私は片倉様の右腕でございましたので」
「Shit!」
藤次郎様が悪態をついて、湯呑みを空にする
うんざりしたようなお顔に笑みを返して、私も自分のお茶を飲み干した
「それはさておき、改めてこれから宜しくお願い致します
生前も長い付き合いになりましたが、此度も同じくらいの付き合いになりましょう」
「飽きただのなんだの、ぬかすなよ?」
「その心配を藤次郎様がなさるのですか?」
「俺がお前に飽きることがあると思ったのか」
「いまいち面白みに欠ける人間ではないかと思うておりまして」
「面白みに欠ける、ねぇ……
ま、手のかかるやつだとは思っちゃいるぜ?」
それは明らかに生前の私が被らせた迷惑事を示唆していた
藤次郎様のお手を何度煩わせたか知れない
彦一郎様を喪った絶望から立ち直れず、藤次郎様をお守りできなかった後悔から抜け出せず、挙句の果てには進むべき道さえ分からなくなって
その度に藤次郎様は私の手を引いて、立ち上がらせてくれた
暗闇を抜け出す道を示して、歩むべき道はこちらだと連れて行ってくれた
その事にどれほど感謝しても足りないし、その時のことを私はずっと忘れない
何度もそうお伝えしてきたから、藤次郎様も今更それを疑ったりはしないだろう
……だから、今回はあえて
「手のかかる者ほどかわいいという話でございますね」
「テメェでそれを言っちまうんじゃあおしまいだな」
「あら、手のかからない者は、それだけ記憶に残る印象も薄いというもの
佐助をして似た者同士と言わしめたこの私が、手のかからない素直な人間であるはずがありません」
「それをお前が言うのかよ」
「自他共に認めるというやつです
そも、私も藤次郎様に手を焼かされましたゆえ、藤次郎様に責められる謂れはございません」
私の言わんとした事を察したようで、藤次郎様は舌打ちをしてそっぽを向いた
つまりはまあ、そういうところもかわいいと思っているわけだ
私だけではなく、片倉様もきっと
あの方は私よりもずっと藤次郎様に振り回されてきたから、私よりも藤次郎様をかわいらしく思っておられる
二煎目を淹れようと急須にお湯を注いで、カタンと蓋をしたところで、ふと今更な問いが脳裏に浮かんだ
そもそもなぜ、伊達家と美稜家での結婚の話が持ち上がったのかしら
伊達家にとって美稜家はさほど重要な家というわけではない
もちろん今の今まで続いている家だし、初代当主が伊達家に嫁いだという歴史もあるけれど、歴史的な観点から見れば、それだけの家だ
「What's up?」
「いえ……そもそもなぜ、私と藤次郎様の結婚話が持ち上がったのかと思いまして」
「……ん?」
「私の認識では、伊達と美稜は昔ほどの繋がりはないはずでした
比較的歴史も浅く、功績も少ない家でございますし、忠義者の名も片倉家には及びません
疎遠と言うほど距離が遠いわけでもありませんが、伊達家が美稜の娘を嫁にと望むほどの価値がある家だとは、到底……」
「聞いた話だが、どうやら先々代からの約束だったらしいぜ
当時のうちと美稜の当主はえらく仲が良かったようでな
勝手に伊達の跡取りに美稜の娘を嫁がせる約束をしちまったそうだ
先代じゃあ上手いことタイミングが重ならなかったが、当代で俺とお前がひとつ違いで産まれた
曾祖父さん同士の約束だが、まぁ、約束は約束だろ
こっちから一方的に破っちまうんじゃ、メンツが丸潰れだしな
そういうわけで、俺とお前は産まれた時から許嫁だったってことだ、you see?」
「何もかも初めて聞く話だったのですが」
「俺も昨日聞いた話だ」
「……」
互いに婚約者への興味がまるでゼロだったせいで……
だけどそれだけ奇跡的なことで、普通ならありえない現象なのだと思う
だって自分が生まれ変わっただけでも相当にありえないことなのに、その上さらに藤次郎様までもが……なんて、予想できるわけがない
恐らく藤次郎様も同じことを思っていて、だから私たちは、互いに辿り着くまでこんなにも時間がかかってしまった
「もっと早く婚約者様に興味を抱いていれば、二十数年もすれ違うことはなかったのですが……」
「ま、遠距離恋愛になって寂しい思いをするよりは、この出会い方のほうが良かったんじゃねぇのか」
「もう全国を飛び回ることはない、と?」
「当分はな
短期の出張ならあるだろうが……それも二、三日で帰れる範囲だろう」
「二、三日でも、頻繁に出張へ行かれてしまっては、寂しゅうございますよ」
とぽぽ、と湯のみにお茶を淹れながら呟く
まあそんな我儘を言ったところで、仕事なんだから仕方ない話だ
その時は千夜を話し相手にしてやり過ごすしかないわね
あっちの馴れ初めだって聞きたいもの
「お前は相変わらず……そういうことは素直に言いやがる」
「藤次郎様に隠し事など、するはずがございませんでしょう」
「たしかに隠し事はしねぇな
だがつまらねぇ意地を張りやがる」
絶妙に否定しづらいところを突いてきた
藤次郎様もかなりの意地っ張りだけれど、必要のない意地は張らない
……多分に天邪鬼な方ではあるけれど
「もう意地を張ることもございません
藤次郎様と共に生きてゆくことを許されたのですから、妙な意地を張って離れるようなことは」
「ああ、あれか
まさか同じやり取りを二度も繰り返す羽目になるたぁ、さすがの俺も予想外だったぜ
残念ながら三度目はなかったがな」
「ふふ……」
自分の幸せというものを信じることができなかった私のせいでもあるけれど……もう半分は藤次郎様の言葉が足りなかったせいだ
なんていうことも、今だから言える
それでも私は最後にとびきりの幸福を掴んだし、今だって諦めていたはずの生活を手にしている
私は何も変わっていない
藤次郎様だって、あの頃から何も変わらない
「戦国の世では己の人生に対して、早々に見切りを付けたりもしましたが、今回は意地でも藤次郎様の隣を死守いたします
ようやく巡り会えた奇跡ですから」
「……奇跡なんかじゃねぇさ
俺とお前が揃うのは、必然ってやつだろう
蒼誠繚乱──そう名乗った時から、お前はとっくに俺の……」
「貴方様の番です
もはや何人も……時代でさえも、私たちを分かつことはできません
愛しています、藤次郎様」
「末永くは、俺の台詞だったかもしれねぇな
いつまでも傍にいろ
今生でも、また生まれ変わっても、何度も繰り返すその度に、俺はお前を見つけ出す」
向かい合った席から互いに身を乗り出して、唇が触れ合う
優しく重ねられたそれは、まるで誓いのキスのようだった
真実、これは私たちの誓いであるのだろう
病める時も健やかなる時も、私たちは互いを愛して慈しみ、手を取り合って艱難辛苦に立ち向かう
貴方様の隣が私の幸せで、私の隣が貴方様の幸せだと知っているから
過去の私が書き綴った、蒼誠伝
その続きが今ようやく──幕を開けた
<完>
藤次郎様が兵士の格好をして、名を偽って美稜屋敷に乗り込んできた時、私は自分の輿入れなんてものをすっかり諦めきっていた
そんなものは私が望んでいいものではなかったのだと、目の前まで迫っていた幸せをあっさりと手放して、見えないように蓋をして
そうやって逃げることで自分を守ることしか出来なかった私に、藤次郎様は
「あれは半分賭けだった」
「……そうだったのですか?」
「俺が行ったところで門前払いなのは分かりきった話だ
普通ならこの俺を門前払いなんざ出来るはずもねぇが、お前にゃそれを許していたからな
屋敷の中に入っちまえば、あとはこっちのもんだろ」
「……最初から攫う気であった、と?」
「事と次第によってはな
まぁお前と会う前に千夜の奴が出てきたってんで、そこでちょいと打ち合わせをして、あとは千夜の読み通りって寸法だ」
「藤次郎様というより、千夜の手の上だったということですか……」
「小十郎と阿吽の呼吸で生きてきた俺が言うのもおかしいが……
千夜の奴、想像以上にお前のことはお見通しだったぜ
せいぜい気を付けろよ」
「藤次郎様がおっしゃいますか……?」
気を付けろなどと、どの口がおっしゃるのやら
生前は散々、千夜の予見性を利用して、私の行動を先読みしていたくせに
私も片倉様を味方につけて、同じようなことをやり返したけれど
「……似た者同士だったらしいな」
「誰と誰がです?」
「俺とお前だ」
「ああ……千夜にもよく言われました
藤次郎様と性格が似ているらしいのは、嬉しくもあります
しかし藤次郎様からは、片倉様と似た者同士だと、よく言われました
それはこれからも変わらぬものと存じます」
「あんな小言ばっかの野郎が二人もいてたまるかよ
小十郎ひとりで間に合ってるだろ」
「私は片倉様の右腕でございましたので」
「Shit!」
藤次郎様が悪態をついて、湯呑みを空にする
うんざりしたようなお顔に笑みを返して、私も自分のお茶を飲み干した
「それはさておき、改めてこれから宜しくお願い致します
生前も長い付き合いになりましたが、此度も同じくらいの付き合いになりましょう」
「飽きただのなんだの、ぬかすなよ?」
「その心配を藤次郎様がなさるのですか?」
「俺がお前に飽きることがあると思ったのか」
「いまいち面白みに欠ける人間ではないかと思うておりまして」
「面白みに欠ける、ねぇ……
ま、手のかかるやつだとは思っちゃいるぜ?」
それは明らかに生前の私が被らせた迷惑事を示唆していた
藤次郎様のお手を何度煩わせたか知れない
彦一郎様を喪った絶望から立ち直れず、藤次郎様をお守りできなかった後悔から抜け出せず、挙句の果てには進むべき道さえ分からなくなって
その度に藤次郎様は私の手を引いて、立ち上がらせてくれた
暗闇を抜け出す道を示して、歩むべき道はこちらだと連れて行ってくれた
その事にどれほど感謝しても足りないし、その時のことを私はずっと忘れない
何度もそうお伝えしてきたから、藤次郎様も今更それを疑ったりはしないだろう
……だから、今回はあえて
「手のかかる者ほどかわいいという話でございますね」
「テメェでそれを言っちまうんじゃあおしまいだな」
「あら、手のかからない者は、それだけ記憶に残る印象も薄いというもの
佐助をして似た者同士と言わしめたこの私が、手のかからない素直な人間であるはずがありません」
「それをお前が言うのかよ」
「自他共に認めるというやつです
そも、私も藤次郎様に手を焼かされましたゆえ、藤次郎様に責められる謂れはございません」
私の言わんとした事を察したようで、藤次郎様は舌打ちをしてそっぽを向いた
つまりはまあ、そういうところもかわいいと思っているわけだ
私だけではなく、片倉様もきっと
あの方は私よりもずっと藤次郎様に振り回されてきたから、私よりも藤次郎様をかわいらしく思っておられる
二煎目を淹れようと急須にお湯を注いで、カタンと蓋をしたところで、ふと今更な問いが脳裏に浮かんだ
そもそもなぜ、伊達家と美稜家での結婚の話が持ち上がったのかしら
伊達家にとって美稜家はさほど重要な家というわけではない
もちろん今の今まで続いている家だし、初代当主が伊達家に嫁いだという歴史もあるけれど、歴史的な観点から見れば、それだけの家だ
「What's up?」
「いえ……そもそもなぜ、私と藤次郎様の結婚話が持ち上がったのかと思いまして」
「……ん?」
「私の認識では、伊達と美稜は昔ほどの繋がりはないはずでした
比較的歴史も浅く、功績も少ない家でございますし、忠義者の名も片倉家には及びません
疎遠と言うほど距離が遠いわけでもありませんが、伊達家が美稜の娘を嫁にと望むほどの価値がある家だとは、到底……」
「聞いた話だが、どうやら先々代からの約束だったらしいぜ
当時のうちと美稜の当主はえらく仲が良かったようでな
勝手に伊達の跡取りに美稜の娘を嫁がせる約束をしちまったそうだ
先代じゃあ上手いことタイミングが重ならなかったが、当代で俺とお前がひとつ違いで産まれた
曾祖父さん同士の約束だが、まぁ、約束は約束だろ
こっちから一方的に破っちまうんじゃ、メンツが丸潰れだしな
そういうわけで、俺とお前は産まれた時から許嫁だったってことだ、you see?」
「何もかも初めて聞く話だったのですが」
「俺も昨日聞いた話だ」
「……」
互いに婚約者への興味がまるでゼロだったせいで……
だけどそれだけ奇跡的なことで、普通ならありえない現象なのだと思う
だって自分が生まれ変わっただけでも相当にありえないことなのに、その上さらに藤次郎様までもが……なんて、予想できるわけがない
恐らく藤次郎様も同じことを思っていて、だから私たちは、互いに辿り着くまでこんなにも時間がかかってしまった
「もっと早く婚約者様に興味を抱いていれば、二十数年もすれ違うことはなかったのですが……」
「ま、遠距離恋愛になって寂しい思いをするよりは、この出会い方のほうが良かったんじゃねぇのか」
「もう全国を飛び回ることはない、と?」
「当分はな
短期の出張ならあるだろうが……それも二、三日で帰れる範囲だろう」
「二、三日でも、頻繁に出張へ行かれてしまっては、寂しゅうございますよ」
とぽぽ、と湯のみにお茶を淹れながら呟く
まあそんな我儘を言ったところで、仕事なんだから仕方ない話だ
その時は千夜を話し相手にしてやり過ごすしかないわね
あっちの馴れ初めだって聞きたいもの
「お前は相変わらず……そういうことは素直に言いやがる」
「藤次郎様に隠し事など、するはずがございませんでしょう」
「たしかに隠し事はしねぇな
だがつまらねぇ意地を張りやがる」
絶妙に否定しづらいところを突いてきた
藤次郎様もかなりの意地っ張りだけれど、必要のない意地は張らない
……多分に天邪鬼な方ではあるけれど
「もう意地を張ることもございません
藤次郎様と共に生きてゆくことを許されたのですから、妙な意地を張って離れるようなことは」
「ああ、あれか
まさか同じやり取りを二度も繰り返す羽目になるたぁ、さすがの俺も予想外だったぜ
残念ながら三度目はなかったがな」
「ふふ……」
自分の幸せというものを信じることができなかった私のせいでもあるけれど……もう半分は藤次郎様の言葉が足りなかったせいだ
なんていうことも、今だから言える
それでも私は最後にとびきりの幸福を掴んだし、今だって諦めていたはずの生活を手にしている
私は何も変わっていない
藤次郎様だって、あの頃から何も変わらない
「戦国の世では己の人生に対して、早々に見切りを付けたりもしましたが、今回は意地でも藤次郎様の隣を死守いたします
ようやく巡り会えた奇跡ですから」
「……奇跡なんかじゃねぇさ
俺とお前が揃うのは、必然ってやつだろう
蒼誠繚乱──そう名乗った時から、お前はとっくに俺の……」
「貴方様の番です
もはや何人も……時代でさえも、私たちを分かつことはできません
愛しています、藤次郎様」
「末永くは、俺の台詞だったかもしれねぇな
いつまでも傍にいろ
今生でも、また生まれ変わっても、何度も繰り返すその度に、俺はお前を見つけ出す」
向かい合った席から互いに身を乗り出して、唇が触れ合う
優しく重ねられたそれは、まるで誓いのキスのようだった
真実、これは私たちの誓いであるのだろう
病める時も健やかなる時も、私たちは互いを愛して慈しみ、手を取り合って艱難辛苦に立ち向かう
貴方様の隣が私の幸せで、私の隣が貴方様の幸せだと知っているから
過去の私が書き綴った、蒼誠伝
その続きが今ようやく──幕を開けた
<完>
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