Epilogue-2
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──ホテルをチェックアウトして、藤次郎様と共にバイクを走らせること十数分
青葉区内にある高級分譲マンションの前で、藤次郎様はバイクを停めた
「これはまた、なんと言いますか……
ここにずっとおひとりで?」
「んなわけあるか、俺もここに引っ越したのは一昨日だ
新婚の夫婦が新居にするにはもってこいだとかなんとかで、親父とお袋が張り切って買っちまった
あの二人、俺と許嫁の仲が悪かった時のことなんざ、考えちゃいねぇんだろうぜ」
「結果論ですが、お二方のご配慮が功を奏した形でございますね」
苦い顔をして藤次郎様は小さくため息をついた
駐輪場にバイクを二台停めて、藤次郎様のあとからエントランスへと入る
目の前に差し出されたカードキーを受け取ると、藤次郎様はご自身がお持ちのキーでエントランスのロックを解除した
「何階ですか?」
「最上階」
「えっ」
「これを持ってる不動産会社の社長と親父が大の仲良しでな
テメェの倅が嫁を貰うから新居を探してる──と酒の席で漏らしたら、だったら最上階が空いてるから住んでくれだとよ」
「……いくらしたんでしょう」
「さぁな
いわゆるお友達価格ってやつだろうが、それでも億近い値段はしただろうぜ」
「それを今後、我々が支払っていくという話ですか……?」
「Don't worry.
俺の年収は手取りで──」
囁かれた金額に目眩がした
それだけ稼いでいれば、私が仕事をしなくても贅沢をさせてやれると豪語できるはずだ
……辞めたところで日中が暇になるだけだから、辞めるつもりはないけれど
とはいえまあ、私の収入がちょっとした足し程度にしか見えなくなる金額だった
流石は元国主、職を得た今でも収入は人並み以上だ
エレベーターを呼んで、藤次郎様の指が最上階を押す
私たちしかいないのに、藤次郎様が私の肩を抱き寄せてきたから、不意に胸が音を立てた
「どうなされたのです?」
「何がだ?」
「私を抱き寄せられましたゆえ……」
「なんかまずかったか?」
「いえ、そういうわけでは……」
何かがまずいというわけではなくて
ただ単純に、私から離れたくなかっただけなんだろう
あんなにも破天荒な藤次郎様が、プライベートでは一途な方だった──これもまた、私が藤次郎様をかわいいと思う所以だ
藤次郎様は私の言うかわいいを「cute」の意味で捉えているけれど、厳密には違う
だってどこをどう見たって美男子だし、切れ長の両目と鼻筋の通った顔立ちは、可愛いとは対極だ
それでも……実は照れ屋なところ、妻は私だけだと言い切ってそれを守ってくれたところ、民の穏やかで明るい表情を見つめる優しい眼差し
荒事を好む性格であるはずなのに、心の中にある本当の願いは穏やかな日常である彼が、かわいい以外の言葉で表せるだろうか
「藤次郎様はやはり、かわいらしいお方でございますね」
「そいつだけは賛同できる日が来るとは思えねぇな」
「あら、片倉様も深く頷いておられましたから、藤次郎様がかわいらしいのは事実でございますよ」
「……お前らはいっぺんまとめて医者にまるっと診てもらえ」
「失礼な、私も片倉様も至って健康そのものでございます」
私の肩を抱き寄せたまま、顔を片手で覆って、藤次郎様は深くため息をついた
まるで信じてもらえていない様子だ、本当に医者に褒められるくらいの健康体なのに
「……まあいい
その辺を理解しないほうがhappyだと俺の勘が告げてやがるしな……」
「ふふ……」
理解されたところで、藤次郎様のすべてがかわいいと言っているのだから、直しようがない話なのだけれど
それ以上は話を広げず、この話はおしまいになった
最上階まではもう少しだ
*********************
所謂オーナールームというその部屋は、私の荷物が搬入されてもなお、広々としていた
ひとまずお互いの荷解きに専念して、昼頃に一旦、昼食も兼ねて休憩
午後からはホームセンターや家具専門店、そして家電量販店を回って、ベッドやダイニングテーブル、椅子、その他もろもろの家具を一通り買い揃えた
さすがに夕飯を作る時間はなくて、出前を頼むことにしたけれど
「──ひとまず、結婚生活初日としては、上々の滑り出しじゃねぇか」
「ええ、左様でございますね
ホームシアターまで導入されるとは思いもしませんでしたが」
「どうせならいい機材で観てぇだろ」
「……それは、まぁ」
生前、という言い方で正しいのかはさておき、藤次郎様は多趣味な方でもあった
そしてハマったら凝り性……これは今でも変わらないようだ
収入に見合う金の使い方なら文句は言うまい
「ところでhoneymoonの予定だが」
「どこか行きたいところがおありで?」
「……それをお前に聞こうとした」
「そうでしたか
そうですねぇ……先日も申し上げましたとおり、私は仙台、ひいては宮城から出たこともございませんので……
行先は藤次郎様にお任せしようと思います」
「Passportは?」
「宮城から出たこともない人間が、そのようなものを持っているとお思いですか?
高校の修学旅行で作ったきりでございますゆえ、とうの昔に期限切れでございます」
「……お前の親父は相当な過保護らしいな
箱入りなんて柄じゃねぇだろうに」
「どうでしょうか
あの頃もどちらかというと、箱入りの気がありましたが」
事も無げにそう言うと、藤次郎様は胡乱な目つきで私を見やった
どの口が、と言っているようなそれに苦笑を返す
藤次郎様は感じなかったのかと思うと面白い
「実は私、一度だけ自害を試みておりまして」
「じ……ア゛ァ!?」
「もちろん未遂に終わりました、千夜が止めに入りましたので
その時、短刀と二丁銃を取り上げられた上で自室に隔離されたのですが、私はそこで自害の手段を失ったと思ってしまいまして
今思えば舌を噛むなりして死ぬ事はできたのですが、箱入り故に介錯のない状況で死ぬという方向に考えがいかず」
「……Wait.
その話、俺は知らねぇぞ」
「左様でございましたか
恐らくは片倉様が箝口令を敷きなさったのでしょう
ただでさえ藤次郎様は、石田三成にやられた傷で伏せっておられましたので」
「……あの時か……」
苦々しい口ぶりが呟く
たった一度だけの話だったけれど、私はその手段を取るまで自分を追い詰めた
藤次郎様をお守りすることもできず、いたずらに傷を負わせるばかりの私に、生きる価値などないと思い込んで
「そういうわけでして、私は案外、箱入りであったかと
とはいえ、姫として大切にされてきた方々に比べれば、天と地ほどの差がありましょうが」
寿司の最後の一貫を食べて、藤次郎様を見やると、どこか青ざめているように見えた
(てっきり知っている話かと思っていたけれど……)
知らなかったのなら、その反応も仕方ないものだ
ただ勘違いしてほしくないのは、私の自害未遂は藤次郎様のせいではないということ
あれは正しく私の勝手な暴走だった
「藤次郎様」
「……なんでもねぇ
どうやら俺も、千夜に助けられたらしいな」
「藤次郎様も……?」
「もしそのままお前が死んでいたら──」
ほとんど独り言のように呟いて、藤次郎様は口を閉ざした
私が死んでいたら……藤次郎様はどうしただろう
私をずっと気にかけてくれていたことは知っているし、私のことをずっと好きだったらしいということも知っている
私が死んだ失意の中で、藤次郎様が石田三成に立ち向かい、更には第六天魔王との死闘に挑めたかどうか
実はそこまで心配はしていなかった、というのが私の本音だ
藤次郎様のことだから、私のためには戦わない
彼が戦う理由は常に奥州と民のためだ
天下を狙う理由も
「藤次郎様は私がおらずとも敵に立ち向かうお方です
貴方様は、戦う理由を私に見出すようなお方ではございませんでした」
「……」
「私が戦うのは藤次郎様のためでしたし、藤次郎様がおらねば私の命も意味を持たなくなりますが……藤次郎様にとっての私はそうではありません
あえて申し上げれば、私という人間は、ある程度は替えの効く存在です
ですので私がそのまま死んでいたら、の続きは──それでも貴方様は前を向いて進んでいた」
そして彼は奥州のために、相応しい家から妻を貰っただろう
ある意味ではそれが正しい道だったはずだと、今でも思う
家を興してわずか二年の私ではなく
伊達の身内として抱えるべき家の娘を
「……たしかにそうしただろうな
お前のことを過去にして……そうしてでも前を向かなきゃならねぇなら、きっとそうしたと断言できる」
「ええ、それでこそ藤次郎──」
「だが必ず後悔する
お前を……誰よりも愛した女を過去に葬って、切り捨てて置き去りにして──そうやって進んでいった先で、俺に他人を大事にする資格があるか?」
問うてきた彼の瞳を、うまく見つめられなかった
資格なんていくらでもあると頷けばいいだけなのに、問われているのはそれではないような気もして
だって藤次郎様が問うているのは、単に『他人を愛する資格があるのか』ということだけじゃない
最愛と呼べる存在を切り捨てるという選択肢を得てしまった自分が、今後それと同じことを、守るべき者たちへしてしまう可能性がないと言い切れるのか──
「……そこまででしたか」
「今更思い知ったか」
「恥ずかしながら……
藤次郎様に愛されていることは身をもって感じていましたが、まさかその歩みを躊躇わせてしまう程であったとは」
「Ha!
そうでもなけりゃ、わざわざ兵士のcostumeなんざ着て、テメェを攫ったりなんざしねぇ
……何笑ってやがる」
「ふふ……申し訳ございません
本当にあの時は、一之進と名乗った者が藤次郎様であったなどとは思わず……
私がどういう反応をするか、千夜も把握していたようでしたから、どこからどこまでが藤次郎様の手の上だったのかと思いまして」
最初から最後までそうだったと言われても不思議はない
藤次郎様と千夜ほど私のことを理解している人もいないから
粉末緑茶を用意してあげて、藤次郎様に湯呑みごと差し出すと、藤次郎様が流れるようにそれを受け取って口元へ持っていった
長年のやり取りが今になっても同じように続いている
なんだかそれが、あの時代の答えであるような気がした
私と藤次郎様の歩んできた日々が、どんなに幸福なものであったか……その答えが、このなんて事ないやり取りに表れたのだと、何となく思えたのだ
青葉区内にある高級分譲マンションの前で、藤次郎様はバイクを停めた
「これはまた、なんと言いますか……
ここにずっとおひとりで?」
「んなわけあるか、俺もここに引っ越したのは一昨日だ
新婚の夫婦が新居にするにはもってこいだとかなんとかで、親父とお袋が張り切って買っちまった
あの二人、俺と許嫁の仲が悪かった時のことなんざ、考えちゃいねぇんだろうぜ」
「結果論ですが、お二方のご配慮が功を奏した形でございますね」
苦い顔をして藤次郎様は小さくため息をついた
駐輪場にバイクを二台停めて、藤次郎様のあとからエントランスへと入る
目の前に差し出されたカードキーを受け取ると、藤次郎様はご自身がお持ちのキーでエントランスのロックを解除した
「何階ですか?」
「最上階」
「えっ」
「これを持ってる不動産会社の社長と親父が大の仲良しでな
テメェの倅が嫁を貰うから新居を探してる──と酒の席で漏らしたら、だったら最上階が空いてるから住んでくれだとよ」
「……いくらしたんでしょう」
「さぁな
いわゆるお友達価格ってやつだろうが、それでも億近い値段はしただろうぜ」
「それを今後、我々が支払っていくという話ですか……?」
「Don't worry.
俺の年収は手取りで──」
囁かれた金額に目眩がした
それだけ稼いでいれば、私が仕事をしなくても贅沢をさせてやれると豪語できるはずだ
……辞めたところで日中が暇になるだけだから、辞めるつもりはないけれど
とはいえまあ、私の収入がちょっとした足し程度にしか見えなくなる金額だった
流石は元国主、職を得た今でも収入は人並み以上だ
エレベーターを呼んで、藤次郎様の指が最上階を押す
私たちしかいないのに、藤次郎様が私の肩を抱き寄せてきたから、不意に胸が音を立てた
「どうなされたのです?」
「何がだ?」
「私を抱き寄せられましたゆえ……」
「なんかまずかったか?」
「いえ、そういうわけでは……」
何かがまずいというわけではなくて
ただ単純に、私から離れたくなかっただけなんだろう
あんなにも破天荒な藤次郎様が、プライベートでは一途な方だった──これもまた、私が藤次郎様をかわいいと思う所以だ
藤次郎様は私の言うかわいいを「cute」の意味で捉えているけれど、厳密には違う
だってどこをどう見たって美男子だし、切れ長の両目と鼻筋の通った顔立ちは、可愛いとは対極だ
それでも……実は照れ屋なところ、妻は私だけだと言い切ってそれを守ってくれたところ、民の穏やかで明るい表情を見つめる優しい眼差し
荒事を好む性格であるはずなのに、心の中にある本当の願いは穏やかな日常である彼が、かわいい以外の言葉で表せるだろうか
「藤次郎様はやはり、かわいらしいお方でございますね」
「そいつだけは賛同できる日が来るとは思えねぇな」
「あら、片倉様も深く頷いておられましたから、藤次郎様がかわいらしいのは事実でございますよ」
「……お前らはいっぺんまとめて医者にまるっと診てもらえ」
「失礼な、私も片倉様も至って健康そのものでございます」
私の肩を抱き寄せたまま、顔を片手で覆って、藤次郎様は深くため息をついた
まるで信じてもらえていない様子だ、本当に医者に褒められるくらいの健康体なのに
「……まあいい
その辺を理解しないほうがhappyだと俺の勘が告げてやがるしな……」
「ふふ……」
理解されたところで、藤次郎様のすべてがかわいいと言っているのだから、直しようがない話なのだけれど
それ以上は話を広げず、この話はおしまいになった
最上階まではもう少しだ
*********************
所謂オーナールームというその部屋は、私の荷物が搬入されてもなお、広々としていた
ひとまずお互いの荷解きに専念して、昼頃に一旦、昼食も兼ねて休憩
午後からはホームセンターや家具専門店、そして家電量販店を回って、ベッドやダイニングテーブル、椅子、その他もろもろの家具を一通り買い揃えた
さすがに夕飯を作る時間はなくて、出前を頼むことにしたけれど
「──ひとまず、結婚生活初日としては、上々の滑り出しじゃねぇか」
「ええ、左様でございますね
ホームシアターまで導入されるとは思いもしませんでしたが」
「どうせならいい機材で観てぇだろ」
「……それは、まぁ」
生前、という言い方で正しいのかはさておき、藤次郎様は多趣味な方でもあった
そしてハマったら凝り性……これは今でも変わらないようだ
収入に見合う金の使い方なら文句は言うまい
「ところでhoneymoonの予定だが」
「どこか行きたいところがおありで?」
「……それをお前に聞こうとした」
「そうでしたか
そうですねぇ……先日も申し上げましたとおり、私は仙台、ひいては宮城から出たこともございませんので……
行先は藤次郎様にお任せしようと思います」
「Passportは?」
「宮城から出たこともない人間が、そのようなものを持っているとお思いですか?
高校の修学旅行で作ったきりでございますゆえ、とうの昔に期限切れでございます」
「……お前の親父は相当な過保護らしいな
箱入りなんて柄じゃねぇだろうに」
「どうでしょうか
あの頃もどちらかというと、箱入りの気がありましたが」
事も無げにそう言うと、藤次郎様は胡乱な目つきで私を見やった
どの口が、と言っているようなそれに苦笑を返す
藤次郎様は感じなかったのかと思うと面白い
「実は私、一度だけ自害を試みておりまして」
「じ……ア゛ァ!?」
「もちろん未遂に終わりました、千夜が止めに入りましたので
その時、短刀と二丁銃を取り上げられた上で自室に隔離されたのですが、私はそこで自害の手段を失ったと思ってしまいまして
今思えば舌を噛むなりして死ぬ事はできたのですが、箱入り故に介錯のない状況で死ぬという方向に考えがいかず」
「……Wait.
その話、俺は知らねぇぞ」
「左様でございましたか
恐らくは片倉様が箝口令を敷きなさったのでしょう
ただでさえ藤次郎様は、石田三成にやられた傷で伏せっておられましたので」
「……あの時か……」
苦々しい口ぶりが呟く
たった一度だけの話だったけれど、私はその手段を取るまで自分を追い詰めた
藤次郎様をお守りすることもできず、いたずらに傷を負わせるばかりの私に、生きる価値などないと思い込んで
「そういうわけでして、私は案外、箱入りであったかと
とはいえ、姫として大切にされてきた方々に比べれば、天と地ほどの差がありましょうが」
寿司の最後の一貫を食べて、藤次郎様を見やると、どこか青ざめているように見えた
(てっきり知っている話かと思っていたけれど……)
知らなかったのなら、その反応も仕方ないものだ
ただ勘違いしてほしくないのは、私の自害未遂は藤次郎様のせいではないということ
あれは正しく私の勝手な暴走だった
「藤次郎様」
「……なんでもねぇ
どうやら俺も、千夜に助けられたらしいな」
「藤次郎様も……?」
「もしそのままお前が死んでいたら──」
ほとんど独り言のように呟いて、藤次郎様は口を閉ざした
私が死んでいたら……藤次郎様はどうしただろう
私をずっと気にかけてくれていたことは知っているし、私のことをずっと好きだったらしいということも知っている
私が死んだ失意の中で、藤次郎様が石田三成に立ち向かい、更には第六天魔王との死闘に挑めたかどうか
実はそこまで心配はしていなかった、というのが私の本音だ
藤次郎様のことだから、私のためには戦わない
彼が戦う理由は常に奥州と民のためだ
天下を狙う理由も
「藤次郎様は私がおらずとも敵に立ち向かうお方です
貴方様は、戦う理由を私に見出すようなお方ではございませんでした」
「……」
「私が戦うのは藤次郎様のためでしたし、藤次郎様がおらねば私の命も意味を持たなくなりますが……藤次郎様にとっての私はそうではありません
あえて申し上げれば、私という人間は、ある程度は替えの効く存在です
ですので私がそのまま死んでいたら、の続きは──それでも貴方様は前を向いて進んでいた」
そして彼は奥州のために、相応しい家から妻を貰っただろう
ある意味ではそれが正しい道だったはずだと、今でも思う
家を興してわずか二年の私ではなく
伊達の身内として抱えるべき家の娘を
「……たしかにそうしただろうな
お前のことを過去にして……そうしてでも前を向かなきゃならねぇなら、きっとそうしたと断言できる」
「ええ、それでこそ藤次郎──」
「だが必ず後悔する
お前を……誰よりも愛した女を過去に葬って、切り捨てて置き去りにして──そうやって進んでいった先で、俺に他人を大事にする資格があるか?」
問うてきた彼の瞳を、うまく見つめられなかった
資格なんていくらでもあると頷けばいいだけなのに、問われているのはそれではないような気もして
だって藤次郎様が問うているのは、単に『他人を愛する資格があるのか』ということだけじゃない
最愛と呼べる存在を切り捨てるという選択肢を得てしまった自分が、今後それと同じことを、守るべき者たちへしてしまう可能性がないと言い切れるのか──
「……そこまででしたか」
「今更思い知ったか」
「恥ずかしながら……
藤次郎様に愛されていることは身をもって感じていましたが、まさかその歩みを躊躇わせてしまう程であったとは」
「Ha!
そうでもなけりゃ、わざわざ兵士のcostumeなんざ着て、テメェを攫ったりなんざしねぇ
……何笑ってやがる」
「ふふ……申し訳ございません
本当にあの時は、一之進と名乗った者が藤次郎様であったなどとは思わず……
私がどういう反応をするか、千夜も把握していたようでしたから、どこからどこまでが藤次郎様の手の上だったのかと思いまして」
最初から最後までそうだったと言われても不思議はない
藤次郎様と千夜ほど私のことを理解している人もいないから
粉末緑茶を用意してあげて、藤次郎様に湯呑みごと差し出すと、藤次郎様が流れるようにそれを受け取って口元へ持っていった
長年のやり取りが今になっても同じように続いている
なんだかそれが、あの時代の答えであるような気がした
私と藤次郎様の歩んできた日々が、どんなに幸福なものであったか……その答えが、このなんて事ないやり取りに表れたのだと、何となく思えたのだ
