Epilogue-2
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披露宴が終わり、二次会までお開きになる頃には、日付も変わろうかという頃だった
へとへとになった身体を引き摺るようにして部屋へ帰り、広いバスタブへ湯を張っていく
風呂トイレが別の部屋でこれほど助かったことはない
幾重にも差し込まれたヘアピンを藤次郎様が器用に外してくれて、私の髪は十数時間ぶりに自由になった
「どんだけぶっ刺さってたんだ」と藤次郎様は、ヘアピンの山を見て呆れるように呟いた
「湯張りが終わりましたら、お先にどうぞ
私は風呂にも時間がかかりますゆえ」
「んなつれねぇこと言うなよ
隅から隅まで綺麗に洗ってやるぜ?」
「あら……ならばお言葉に甘えさせていただきます」
まさか承諾されるとは思っていなかったようで、藤次郎様の反応が一瞬だけ遅れた
それでもすぐに手が伸びてきて、私の背中にあるパーティードレスのファスナーを、殊更焦らすようにゆっくりと下げていく
袖を引き抜いてぱさりと落とされたそれを拾うより先に、藤次郎様の手がキャミソールの裾から入り込んで、背中をつ、と撫でた
「まだ風呂も済ませておりませんよ」
「I know.」
「せっかちなお方ですこと……」
性急な手つきでネクタイを緩め、皺になるのも厭わないというふうに、藤次郎様はスーツを脱ぎ捨てた
点々と床に落ちた私たちの服
それには目もくれず、藤次郎様は私を抱えたまま脱衣所へ向かい、洗面台に私を座らせた
「藤次郎様?
まだ風呂の湯は貯まって──」
重ねられた唇は火傷しそうなくらい熱い
それだけで意図を察して、私は藤次郎様のシャツのボタンを上から全て外した
ベルトのバックルも外してあげて、腕を上げてキャミソールを脱ぐ
言葉は必要なかった
ただそこに私と藤次郎様がいるだけでいい
二十数年間の空白を埋める時間は、もう既に始まっているのだ
藤次郎様、とキスの合間に囁く
浴室は湯張りが半分ほど終わっていて、なんとはなしに暖かい
藤次郎様の手が私から離れて、蛇口からシャワーへとお湯を切り替えた
頭から湯を被って、それでも私たちはキスを止めない
触れ合う素肌の温かさを求めて、ただひたすらに互いを貪った
貴方のいなかった日々がどんなに空虚で、満たされなかったか
貴方のことをどれほど待ち侘びて、恋い焦がれていたか
きっと同じだけの思いを藤次郎様も抱えていた
唇が離れて、藤次郎様が前髪をかき上げる
──二つの瞳が、熱を帯びて私を見下ろしている
「やっと両目でお前を見られる」
「藤次郎様……」
「好きだ、綾葉」
「はい、私も……私も、愛しています」
キスを繰り返して、愛を伝える
心と身体が目の前の人を求めていた
この人の愛がほしい、いえ、全てがほしい
「私のすべてを、蒼き竜に」
「俺のすべてを、桜の蝶に」
今度こそすべてを差し出せる
私の愛を受け取るのは貴方だけ
他の誰でもなく──藤次郎様だけに差し出す心だ
*********************
翌朝、披露宴に参列してくれたゲストの皆から、次々と写真が送られてきた
それを藤次郎様と一緒になって眺めながら、藤次郎様だけが時折、何かを悔やむようにため息をついた
「藤次郎様、やはりお疲れが残っておられるのではございませんか?
今はもう片倉様もおられませんから、わずかな体調不良に気付ける者もおりません
些細なことでも、この綾葉にお伝えくださいませ」
「No……そうじゃねぇ
体調はいつも通りだ
ただ、お前の衣装が……」
「私の衣装……?」
藤次郎様のスマートフォンには、お色直しで色打掛を着た私の姿が映っている
白無垢こそ『伊達家に嫁ぐ際は桜に鶴』と決まっているため、柄を選べなかったけれど、色打掛に関しては私が自由に選んでいいと言われた
まあそもそも興味のない相手との披露宴だと思い込んでいたせいで、似合わない色でなければなんでもいいか、と適当に選んでしまったところはある
どうも藤次郎様はそれがお気に召さなかったらしい
「その場に俺がいたなら、もっと似合う柄を選んでやったってのに……」
「そこまで後悔されておられたとは……」
……でもたしかに、私も少しだけ後悔している
相手が藤次郎様だと知っていれば、もっと真剣に柄を選んだのに
かといって披露宴のやり直しなんてできないし……
……やり直すことは、できないけれど
「藤次郎様、写真を撮りませんか?」
「写真?」
「私たち、前撮りもしておりませんゆえ」
「そうか……そうだったな
そうするか」
藤次郎様の顔色が晴れて、そのまま徐に誰かへ電話をかけ始めた
きっと伊達家の方だろう
美稜と違って、あちらは使用人と呼べる方がいらっしゃるようだから
「Hey!
俺だ、ちょいと無茶ぶりを頼むぜ」
どんな会話の切り口なのかしらと思ったけれど、まあ……藤次郎様だから許されるのだと思うことにした
伊達家の長男だもの、多少の無茶ぶりなら融通も効くのだろう
「ああ、後撮りを……Ah?
もちろん最短でやるに決まってるだろ
動かせる人手はぜんぶそっちに回せ……親父?
知ったこっちゃねぇな、可愛い義理の娘が着飾った姿を拝みてぇなら金出せっつっとけ」
「またそんな無茶苦茶を……」
『だから再三申し上げましたでしょう、本当に前撮りはなさらずともよいのかと!
必要ねぇ、興味のない相手との式にそこまでする義理があるかよ、などと抜かしたのは政宗様ですぞ!』
「電話口で怒鳴るなよ、血圧上がんぞジジイ」
『誰のせいで儂の血圧が上がっておるとお思いですかな!?』
藤次郎様がスマートフォンを耳から遠ざける
「そういうわけだ、用意は頼むぜ」とだけ一方的に告げて、藤次郎様は通話を切った
……本当に大丈夫なのかしら、これ
疑いの目で見てしまうと、藤次郎様は肩を竦めて見せて、スマートフォンをポケットに入れた
「ひとまず朝飯にするか」
「またえらく怒られておられましたね」
「どうせ半分隠居して暇してやがるんだ
有効活用してやったんだから、感謝されるべきところだと思うがな」
「そうでしょうか……」
会ったこともない使用人の方に同情してしまう
向こうからすれば、昨日の今日で何があった、というくらいの変わりようだ
何があったのかというと、婚約者がかつての妻だった……という、おそらく誰も理解してくれない事態が起きていた
という話はさておき、まずは朝食をとりながら、今後の話をしたい
挙式と披露宴に追われていた昨日の間に、私の荷物は実家から藤次郎様と暮らす家へと運び出されている
ただ、その家の鍵をまだもらっていない上、そもそもどこに家があるのかも知らないので、一度は藤次郎様と一緒に帰らなくてはならない
「お前の仕事についてだが──」
部屋を出てエレベーターへと向かいながら、藤次郎様は言った
「続けたけりゃ続ければいい
辞めても贅沢させてやれるだけの収入はある」
「贅沢……ですか」
「俺のほうは始業が十時、定時が夜七時
朝はゆっくりできるが帰りは遅い
さらに役職持ちで定時上がりはほぼ不可能だし、接待だなんだで飲み会もある上、土日に仕事が入ることもザラだ
ま、朝食と弁当係は任せな」
「……私は九時始業、定時は夕方の五時半です
事務職なので残業は少なく、定時で上がれることのほうが殆どです
夕食と掃除洗濯はお任せください」
「……なるべく定時で上がる努力はする
保証はねぇがな」
藤次郎様の指がエレベーターのボタンを押した
綺麗な指だ、傷のひとつもない
じっと手を見てしまったからか、藤次郎様が私の前に手を差し出してきた
「繋ぎたかったか?」
「……ではお言葉に甘えて」
藤次郎様の手をそっと握って、エレベーターを待つ
手のひらには肉刺が潰れて硬くなった皮膚があって、おそらく剣道か何かをされておられるのだろうと推測したけれど、どうだろう
意外と野球をやられていたりするかもしれない
「綺麗な手だな」
「銃は握っておりませんので」
「だったら今のお前は何を握る?」
「藤次郎様の手を」
「……上出来だ」
本当は肩を抱き寄せでもしたかったろうに、私が手を握ると言ったためにそうすることしか出来ない彼が面白い
くすくすと笑ってしまうと、怪訝なお顔で藤次郎様が私を見下ろした
それに「なんでもございません」と返す私の声は、依然として笑ったままだった、
へとへとになった身体を引き摺るようにして部屋へ帰り、広いバスタブへ湯を張っていく
風呂トイレが別の部屋でこれほど助かったことはない
幾重にも差し込まれたヘアピンを藤次郎様が器用に外してくれて、私の髪は十数時間ぶりに自由になった
「どんだけぶっ刺さってたんだ」と藤次郎様は、ヘアピンの山を見て呆れるように呟いた
「湯張りが終わりましたら、お先にどうぞ
私は風呂にも時間がかかりますゆえ」
「んなつれねぇこと言うなよ
隅から隅まで綺麗に洗ってやるぜ?」
「あら……ならばお言葉に甘えさせていただきます」
まさか承諾されるとは思っていなかったようで、藤次郎様の反応が一瞬だけ遅れた
それでもすぐに手が伸びてきて、私の背中にあるパーティードレスのファスナーを、殊更焦らすようにゆっくりと下げていく
袖を引き抜いてぱさりと落とされたそれを拾うより先に、藤次郎様の手がキャミソールの裾から入り込んで、背中をつ、と撫でた
「まだ風呂も済ませておりませんよ」
「I know.」
「せっかちなお方ですこと……」
性急な手つきでネクタイを緩め、皺になるのも厭わないというふうに、藤次郎様はスーツを脱ぎ捨てた
点々と床に落ちた私たちの服
それには目もくれず、藤次郎様は私を抱えたまま脱衣所へ向かい、洗面台に私を座らせた
「藤次郎様?
まだ風呂の湯は貯まって──」
重ねられた唇は火傷しそうなくらい熱い
それだけで意図を察して、私は藤次郎様のシャツのボタンを上から全て外した
ベルトのバックルも外してあげて、腕を上げてキャミソールを脱ぐ
言葉は必要なかった
ただそこに私と藤次郎様がいるだけでいい
二十数年間の空白を埋める時間は、もう既に始まっているのだ
藤次郎様、とキスの合間に囁く
浴室は湯張りが半分ほど終わっていて、なんとはなしに暖かい
藤次郎様の手が私から離れて、蛇口からシャワーへとお湯を切り替えた
頭から湯を被って、それでも私たちはキスを止めない
触れ合う素肌の温かさを求めて、ただひたすらに互いを貪った
貴方のいなかった日々がどんなに空虚で、満たされなかったか
貴方のことをどれほど待ち侘びて、恋い焦がれていたか
きっと同じだけの思いを藤次郎様も抱えていた
唇が離れて、藤次郎様が前髪をかき上げる
──二つの瞳が、熱を帯びて私を見下ろしている
「やっと両目でお前を見られる」
「藤次郎様……」
「好きだ、綾葉」
「はい、私も……私も、愛しています」
キスを繰り返して、愛を伝える
心と身体が目の前の人を求めていた
この人の愛がほしい、いえ、全てがほしい
「私のすべてを、蒼き竜に」
「俺のすべてを、桜の蝶に」
今度こそすべてを差し出せる
私の愛を受け取るのは貴方だけ
他の誰でもなく──藤次郎様だけに差し出す心だ
*********************
翌朝、披露宴に参列してくれたゲストの皆から、次々と写真が送られてきた
それを藤次郎様と一緒になって眺めながら、藤次郎様だけが時折、何かを悔やむようにため息をついた
「藤次郎様、やはりお疲れが残っておられるのではございませんか?
今はもう片倉様もおられませんから、わずかな体調不良に気付ける者もおりません
些細なことでも、この綾葉にお伝えくださいませ」
「No……そうじゃねぇ
体調はいつも通りだ
ただ、お前の衣装が……」
「私の衣装……?」
藤次郎様のスマートフォンには、お色直しで色打掛を着た私の姿が映っている
白無垢こそ『伊達家に嫁ぐ際は桜に鶴』と決まっているため、柄を選べなかったけれど、色打掛に関しては私が自由に選んでいいと言われた
まあそもそも興味のない相手との披露宴だと思い込んでいたせいで、似合わない色でなければなんでもいいか、と適当に選んでしまったところはある
どうも藤次郎様はそれがお気に召さなかったらしい
「その場に俺がいたなら、もっと似合う柄を選んでやったってのに……」
「そこまで後悔されておられたとは……」
……でもたしかに、私も少しだけ後悔している
相手が藤次郎様だと知っていれば、もっと真剣に柄を選んだのに
かといって披露宴のやり直しなんてできないし……
……やり直すことは、できないけれど
「藤次郎様、写真を撮りませんか?」
「写真?」
「私たち、前撮りもしておりませんゆえ」
「そうか……そうだったな
そうするか」
藤次郎様の顔色が晴れて、そのまま徐に誰かへ電話をかけ始めた
きっと伊達家の方だろう
美稜と違って、あちらは使用人と呼べる方がいらっしゃるようだから
「Hey!
俺だ、ちょいと無茶ぶりを頼むぜ」
どんな会話の切り口なのかしらと思ったけれど、まあ……藤次郎様だから許されるのだと思うことにした
伊達家の長男だもの、多少の無茶ぶりなら融通も効くのだろう
「ああ、後撮りを……Ah?
もちろん最短でやるに決まってるだろ
動かせる人手はぜんぶそっちに回せ……親父?
知ったこっちゃねぇな、可愛い義理の娘が着飾った姿を拝みてぇなら金出せっつっとけ」
「またそんな無茶苦茶を……」
『だから再三申し上げましたでしょう、本当に前撮りはなさらずともよいのかと!
必要ねぇ、興味のない相手との式にそこまでする義理があるかよ、などと抜かしたのは政宗様ですぞ!』
「電話口で怒鳴るなよ、血圧上がんぞジジイ」
『誰のせいで儂の血圧が上がっておるとお思いですかな!?』
藤次郎様がスマートフォンを耳から遠ざける
「そういうわけだ、用意は頼むぜ」とだけ一方的に告げて、藤次郎様は通話を切った
……本当に大丈夫なのかしら、これ
疑いの目で見てしまうと、藤次郎様は肩を竦めて見せて、スマートフォンをポケットに入れた
「ひとまず朝飯にするか」
「またえらく怒られておられましたね」
「どうせ半分隠居して暇してやがるんだ
有効活用してやったんだから、感謝されるべきところだと思うがな」
「そうでしょうか……」
会ったこともない使用人の方に同情してしまう
向こうからすれば、昨日の今日で何があった、というくらいの変わりようだ
何があったのかというと、婚約者がかつての妻だった……という、おそらく誰も理解してくれない事態が起きていた
という話はさておき、まずは朝食をとりながら、今後の話をしたい
挙式と披露宴に追われていた昨日の間に、私の荷物は実家から藤次郎様と暮らす家へと運び出されている
ただ、その家の鍵をまだもらっていない上、そもそもどこに家があるのかも知らないので、一度は藤次郎様と一緒に帰らなくてはならない
「お前の仕事についてだが──」
部屋を出てエレベーターへと向かいながら、藤次郎様は言った
「続けたけりゃ続ければいい
辞めても贅沢させてやれるだけの収入はある」
「贅沢……ですか」
「俺のほうは始業が十時、定時が夜七時
朝はゆっくりできるが帰りは遅い
さらに役職持ちで定時上がりはほぼ不可能だし、接待だなんだで飲み会もある上、土日に仕事が入ることもザラだ
ま、朝食と弁当係は任せな」
「……私は九時始業、定時は夕方の五時半です
事務職なので残業は少なく、定時で上がれることのほうが殆どです
夕食と掃除洗濯はお任せください」
「……なるべく定時で上がる努力はする
保証はねぇがな」
藤次郎様の指がエレベーターのボタンを押した
綺麗な指だ、傷のひとつもない
じっと手を見てしまったからか、藤次郎様が私の前に手を差し出してきた
「繋ぎたかったか?」
「……ではお言葉に甘えて」
藤次郎様の手をそっと握って、エレベーターを待つ
手のひらには肉刺が潰れて硬くなった皮膚があって、おそらく剣道か何かをされておられるのだろうと推測したけれど、どうだろう
意外と野球をやられていたりするかもしれない
「綺麗な手だな」
「銃は握っておりませんので」
「だったら今のお前は何を握る?」
「藤次郎様の手を」
「……上出来だ」
本当は肩を抱き寄せでもしたかったろうに、私が手を握ると言ったためにそうすることしか出来ない彼が面白い
くすくすと笑ってしまうと、怪訝なお顔で藤次郎様が私を見下ろした
それに「なんでもございません」と返す私の声は、依然として笑ったままだった、
