Epilogue-1
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多様性や女性の自立、結婚率や出生率の低下が叫ばれている現代で、まさか未だに許嫁などという古臭い概念が残っているとは、夢にも思うまい
秋の気配が微かに漂い始めた残暑の九月、依然として暑い外を見やり、私は小さくため息をついた
今日は華の金曜日ということもあり、男性陣は仕事終わりにどこで飲むかという話で盛り上がっているし、女性陣はそんな男性陣を眺めながら、夕飯を何にするか頭を悩ませている
そんな中、私はというと、職場の方たちに見送られながら、午後から有給休暇を取って退社した
彼ら彼女らは、私が美稜家という歴史ある家の娘だということは知っていても、私に顔も名前も知らない婚約者がいることは知らない
だからきっと驚くはずだ
週が明けたら私の苗字が変わっているのだから
結婚式と入籍は明日
婚姻届は向こうのおうちの方が役所へ提出してくれるそうだから、全てお任せしている
結局、今日になるまで、婚約者とは顔も合わせなかった
名前だけは父から聞けたので、婚約者が伊達家の歴史で三人目の『伊達政宗』だということは知っている
けれど父もそれ以上の情報は持っていないらしかった
(……まあでも、今更関係ないわね
藤次郎様であるはずがないもの)
相手が藤次郎様だったら、私のことを放っておくはずがない
あんなに私にご執心だった人が、私のことを覚えていないはずがないのだし
愛車のバイクで仙台市内を走り抜け、指定されたホテルへと入る
婚約者とはホテルのロビーで会うことになっているけれど、顔が分からないのにどうやって会うんだという話だ
バイクを預けてホテルのロビーに入ると、ラウンジには観光客に混じって、やたらとスタイルのいい男性がソファに座っていた
黒のライダースジャケットを着ている姿から、バイク乗りだと一目で分かる
その後ろ姿から目を逸らして、私はフロントへ声をかけた
「二泊で予約の美稜です」
「美稜様、お待ちしておりました」
フロントで恭しく頭を下げたスタッフが、私の婿殿となる婚約者を呼んでくれると言うので、そのままカウンターで待つことに
スマートフォンで通知や仕事のメールを確認していると、私の背後でコツ、と足音がした
半分ほど振り返って、ああ、と相槌を打つ
スマートフォンをポケットにしまって、私は背後に立ったその人を振り返った
「初めまして、美稜──」
「……綾葉」
婚約者様が呟いたのは、今の私が呼ばれるはずのない名前
私は美稜綾葉の直系子孫だけれど、今の名前は綾葉ではない
だから、私を見て綾葉なんて名前で呼ぶ人なんて、この世にいるはずがないのに
「俺が分かるか」
「私の婚約者となる方……ですよね?」
「ひょっとして俺のことが分からねぇのか
I can't believe……一年でも長いと思ったが、四世紀半はもう分かりっこねぇな」
「……四世紀半?」
婚約者様の呟かれたそれ
四世紀半も前というと、間違いなく乱世の頃だ
はっとそれに気付いて婚約者様を見上げる
すっと通った鼻筋に、薄い唇
金色にも見える、竜のように鋭い両の瞳──
……まさか
そんなはずない、だってそんなこと有り得ない
「……藤次郎様?」
あなたが藤次郎様である可能性なんてないのに、私はどうしてその名を
自分に戸惑う私の前で、婚約者様は泣きそうな顔で私を抱き締めた
「……やっと会えたな」
何かを問う前に、婚約者様が私を離す
そうして私の手にカードキーを押し付けた
「行くぞ
Check inはもう済ませた」
「は、はい……」
フロントの方に見送られながら、エレベーターへと進んでいく
離したくないというように、私の手を握ったままの婚約者
……お顔を忘れていたわけじゃない
ただ、咄嗟にお顔が出てこなかっただけだ
エレベーターで最上階近い部屋へ昇って、フロアへ降りる
手の中にあるカードキーには号室が書かれていなくて、婚約者様が歩くのについていくことしか出来ない
「ここだ」
婚約者様がカードキーを翳して、解錠の音が小さく聞こえた
ドアを開ければ、大きな窓とテレビ、ソファが見えた
寝室は隣の部屋……ただのスタンダードツインというわけではなさそうだ
「あの……」
「荷物は寝室に置いてこい
まずはlunchを食べつつ、今後の話でもしようじゃねぇか」
戸惑いつつも頷き、荷物を寝室へ運んだ
仕事着のまま来てしまったことを思い出したけれど、着替えるのも面倒だから、そのままでいいだろう
メイクだけを簡単に整えて、リビングで待つ婚約者様に声をかけた
「お待たせ致しました」
「……随分と他人行儀だな
俺が誰かは分かってるはずじゃねぇか」
「え、あ……」
ロビーでの会話が思い出されて、私は思わず両手を握り合わせた
……そんな奇跡は起きないと思っていたから、今でも半信半疑だ
あの頃とは違う顔立ちでも、婚約者様は素晴らしく美人で、隣にいると気後れするくらい
それでも……違うのは、右目があること
片倉様が近くにおられないのは、そのせいなのだろうか
自身の右目を失わなかった代わりに、竜の右目はここにいない……?
「その……右目、は」
「右目?」
「竜の右目は、何処に」
閊えながらもどうにかそれを尋ねると、小首を傾げた婚約者様が、「ああ」と頷いた
仮にこの方が藤次郎様だとしたら、彼のお傍には片倉様がおられなければならない
それがあの時代の約束だった
「アイツは……小十郎はいねぇ
俺の右目を残した代わりに、生まれ変われなかったらしい」
「……」
「お前こそ、千夜はどうした?」
「千夜はおりません……」
そのことに気付いたとき、まるで半身を持っていかれたみたいに絶望した
従姉妹でももっと遠い親戚でも、親戚じゃなくてもいいから、千夜に会いたい
そう願ってきたけれど、結局は会えなかった
「……やはりあなたは、藤次郎様なのですね」
「That's right.
三人目の伊達政宗の正体は、奥州筆頭の独眼竜だったってわけだ
さて、俺のことを仮名で呼んだということは、お前は──」
「蒼誠繚乱、奥州の揚羽蝶、美稜の桜吹雪……
藤次郎様はどれがお好みですか?」
「Fum……そうだな
その三つのうち二つは、どっかの誰かが勝手に呼び始めたモンだ
だから俺は、俺が与えた名で呼ばせてもらうぜ
──蒼誠繚乱・美稜綾葉、そうなんだろう?」
藤次郎様の両目が私を射抜く
あの頃のように真っ直ぐと、曇りのない瞳で
静かに口角を上げて微笑んで、私は頭を下げた
「ようやくお会いできました
我らが奥州筆頭……私のかわいい藤次郎様」
「Ha!
この俺に面と向かってcuteなんざ言いやがるのは、後にも先にも綾葉だけだ
それが答え合わせになるのはかなり癪だがな」
「では改めて自己紹介を」
「Um?」
「私は美稜若葉
貴方様の妻となる者です」
そう名乗った瞬間
藤次郎様の目が、これでもかと見開かれた
それはそう……そうなるのも当然だ
私もそう思った
巡り巡って、どうしてこの名前が本名になってしまったのか、と
秋の気配が微かに漂い始めた残暑の九月、依然として暑い外を見やり、私は小さくため息をついた
今日は華の金曜日ということもあり、男性陣は仕事終わりにどこで飲むかという話で盛り上がっているし、女性陣はそんな男性陣を眺めながら、夕飯を何にするか頭を悩ませている
そんな中、私はというと、職場の方たちに見送られながら、午後から有給休暇を取って退社した
彼ら彼女らは、私が美稜家という歴史ある家の娘だということは知っていても、私に顔も名前も知らない婚約者がいることは知らない
だからきっと驚くはずだ
週が明けたら私の苗字が変わっているのだから
結婚式と入籍は明日
婚姻届は向こうのおうちの方が役所へ提出してくれるそうだから、全てお任せしている
結局、今日になるまで、婚約者とは顔も合わせなかった
名前だけは父から聞けたので、婚約者が伊達家の歴史で三人目の『伊達政宗』だということは知っている
けれど父もそれ以上の情報は持っていないらしかった
(……まあでも、今更関係ないわね
藤次郎様であるはずがないもの)
相手が藤次郎様だったら、私のことを放っておくはずがない
あんなに私にご執心だった人が、私のことを覚えていないはずがないのだし
愛車のバイクで仙台市内を走り抜け、指定されたホテルへと入る
婚約者とはホテルのロビーで会うことになっているけれど、顔が分からないのにどうやって会うんだという話だ
バイクを預けてホテルのロビーに入ると、ラウンジには観光客に混じって、やたらとスタイルのいい男性がソファに座っていた
黒のライダースジャケットを着ている姿から、バイク乗りだと一目で分かる
その後ろ姿から目を逸らして、私はフロントへ声をかけた
「二泊で予約の美稜です」
「美稜様、お待ちしておりました」
フロントで恭しく頭を下げたスタッフが、私の婿殿となる婚約者を呼んでくれると言うので、そのままカウンターで待つことに
スマートフォンで通知や仕事のメールを確認していると、私の背後でコツ、と足音がした
半分ほど振り返って、ああ、と相槌を打つ
スマートフォンをポケットにしまって、私は背後に立ったその人を振り返った
「初めまして、美稜──」
「……綾葉」
婚約者様が呟いたのは、今の私が呼ばれるはずのない名前
私は美稜綾葉の直系子孫だけれど、今の名前は綾葉ではない
だから、私を見て綾葉なんて名前で呼ぶ人なんて、この世にいるはずがないのに
「俺が分かるか」
「私の婚約者となる方……ですよね?」
「ひょっとして俺のことが分からねぇのか
I can't believe……一年でも長いと思ったが、四世紀半はもう分かりっこねぇな」
「……四世紀半?」
婚約者様の呟かれたそれ
四世紀半も前というと、間違いなく乱世の頃だ
はっとそれに気付いて婚約者様を見上げる
すっと通った鼻筋に、薄い唇
金色にも見える、竜のように鋭い両の瞳──
……まさか
そんなはずない、だってそんなこと有り得ない
「……藤次郎様?」
あなたが藤次郎様である可能性なんてないのに、私はどうしてその名を
自分に戸惑う私の前で、婚約者様は泣きそうな顔で私を抱き締めた
「……やっと会えたな」
何かを問う前に、婚約者様が私を離す
そうして私の手にカードキーを押し付けた
「行くぞ
Check inはもう済ませた」
「は、はい……」
フロントの方に見送られながら、エレベーターへと進んでいく
離したくないというように、私の手を握ったままの婚約者
……お顔を忘れていたわけじゃない
ただ、咄嗟にお顔が出てこなかっただけだ
エレベーターで最上階近い部屋へ昇って、フロアへ降りる
手の中にあるカードキーには号室が書かれていなくて、婚約者様が歩くのについていくことしか出来ない
「ここだ」
婚約者様がカードキーを翳して、解錠の音が小さく聞こえた
ドアを開ければ、大きな窓とテレビ、ソファが見えた
寝室は隣の部屋……ただのスタンダードツインというわけではなさそうだ
「あの……」
「荷物は寝室に置いてこい
まずはlunchを食べつつ、今後の話でもしようじゃねぇか」
戸惑いつつも頷き、荷物を寝室へ運んだ
仕事着のまま来てしまったことを思い出したけれど、着替えるのも面倒だから、そのままでいいだろう
メイクだけを簡単に整えて、リビングで待つ婚約者様に声をかけた
「お待たせ致しました」
「……随分と他人行儀だな
俺が誰かは分かってるはずじゃねぇか」
「え、あ……」
ロビーでの会話が思い出されて、私は思わず両手を握り合わせた
……そんな奇跡は起きないと思っていたから、今でも半信半疑だ
あの頃とは違う顔立ちでも、婚約者様は素晴らしく美人で、隣にいると気後れするくらい
それでも……違うのは、右目があること
片倉様が近くにおられないのは、そのせいなのだろうか
自身の右目を失わなかった代わりに、竜の右目はここにいない……?
「その……右目、は」
「右目?」
「竜の右目は、何処に」
閊えながらもどうにかそれを尋ねると、小首を傾げた婚約者様が、「ああ」と頷いた
仮にこの方が藤次郎様だとしたら、彼のお傍には片倉様がおられなければならない
それがあの時代の約束だった
「アイツは……小十郎はいねぇ
俺の右目を残した代わりに、生まれ変われなかったらしい」
「……」
「お前こそ、千夜はどうした?」
「千夜はおりません……」
そのことに気付いたとき、まるで半身を持っていかれたみたいに絶望した
従姉妹でももっと遠い親戚でも、親戚じゃなくてもいいから、千夜に会いたい
そう願ってきたけれど、結局は会えなかった
「……やはりあなたは、藤次郎様なのですね」
「That's right.
三人目の伊達政宗の正体は、奥州筆頭の独眼竜だったってわけだ
さて、俺のことを仮名で呼んだということは、お前は──」
「蒼誠繚乱、奥州の揚羽蝶、美稜の桜吹雪……
藤次郎様はどれがお好みですか?」
「Fum……そうだな
その三つのうち二つは、どっかの誰かが勝手に呼び始めたモンだ
だから俺は、俺が与えた名で呼ばせてもらうぜ
──蒼誠繚乱・美稜綾葉、そうなんだろう?」
藤次郎様の両目が私を射抜く
あの頃のように真っ直ぐと、曇りのない瞳で
静かに口角を上げて微笑んで、私は頭を下げた
「ようやくお会いできました
我らが奥州筆頭……私のかわいい藤次郎様」
「Ha!
この俺に面と向かってcuteなんざ言いやがるのは、後にも先にも綾葉だけだ
それが答え合わせになるのはかなり癪だがな」
「では改めて自己紹介を」
「Um?」
「私は美稜若葉
貴方様の妻となる者です」
そう名乗った瞬間
藤次郎様の目が、これでもかと見開かれた
それはそう……そうなるのも当然だ
私もそう思った
巡り巡って、どうしてこの名前が本名になってしまったのか、と
