Episode.3-11
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桜が舞い散る中で、私と藤次郎様は寄り添いながら、酒を飲み交わしていた
兵たちは全員、離れたところで大宴会の大騒ぎだ
それを遠巻きに見やる私と藤次郎様は、余計な語らいなど不要というように、ただ静かに酒を飲むだけ
「失礼致します
追加の酒をお持ちしました」
「ありがとう、お喜多」
いつもならこれは片倉様の役目なのだけれど、片倉様はただいま、千夜と二人で夫婦の時間だから、私と藤次郎様の世話はお喜多の役目
酒の入った徳利を受け取って、藤次郎様の差し出したお猪口に注いだ
くいと煽った藤次郎様が私の手から徳利を取り上げて、私の手元にある空のお猪口を視線で示す
それを差し出して、藤次郎様が酒を注いでくれた
「出来なかったな」
さして残念がるような口ぶりでもなく、藤次郎様はただそう言った
私が酒を飲んでいるということは、初夜で子は出来なかったということになる
藤次郎様が本気で子を欲しがったのなら、私も多少は心が痛んだけれど、そうではないということを私も分かっている
「もうじき周辺も騒がしくなる頃でございます
藤次郎様と共に戦えという、天からの思し召しでございましょう」
「お前は天命とやらを信じるか?」
「以前は信じておりました
すべては天が決めること、私のような存在は、それに抗うことなどできないと」
「……」
「しかしこの身が抱えていた因縁や呪縛を解き、藤次郎様のお傍にいられるとなった時から、程々に信じるようにしました」
「程々か」
「私たちの全てを天に委ねる必要はない
自らの力で切り開ける道もある……
藤次郎様はその最たる例でございますから、妻の私もそのように生きてみようと」
ただ天命に従うのみが生き方ではない
天がそうと定めたとしても、それに真っ向から否を突きつけ、天の思惑すらも超えて我が道を切り開くのが藤次郎様だ
我が夫がそうなのだから、妻の私もそうでなくて、どうするのか
「いい心掛けだ」
「恐れ入ります」
微笑んで酒を飲み、頭上に広がる桜を見上げる
この先、私は何度も立ち止まるだろう
私は藤次郎様のように強くないから、あれこれと思い悩んで、その度に藤次郎様に叱咤されて
立ち止まって、進んで、また立ち止まって
藤次郎様に置いていかれないよう、その度に追いかけて
「藤次郎様の妻として、地獄の果てまで共に往きましょう」
「三途の川まで迎えに行ってやる」
「それは私の役目でございましょうに」
「俺より先に死ぬとはいい度胸だ」
「置いていかれるよりは、置いていくほうが性に合っております
藤次郎様は日ノ本の行く末を見届けてからおいでくださいませ」
「Fum……それも悪くねぇな」
静かに口許で微笑んで、藤次郎様がお猪口を揺らした
見ればお猪口の中に桜の花びらが浮かんでいる
三年前、武蔵国にあるとある山中で、花見に興じた時のことを思い出した
あの時も若い衆たちは、花より団子と言わんばかりに宴会を催して騒ぎ立て、小高い丘の上から私たちはそれを見下ろしていた
その時に、藤次郎様の手元にあったお猪口に、今のように花びらが入ってしまったのだ
「替えますか?」
「No.
これはこれで乙なもんだろ」
酒が回ったのか、藤次郎様の目元はほんのりと赤い
幾分か気がおおらかであるらしい我が夫は、私からしてみれば大変に目の毒である
可愛すぎて襲おうかと思ったわ、流石に人の目があるところではやらないけれど
「どうした?」
「藤次郎様は本当に可愛らしいお方だと見蕩れておりました」
「お前……しょっちゅう言ってやがるが、大の男を捕まえて言う台詞じゃねぇだろう」
「何をおっしゃいますやら
藤次郎様だからこそ、私には可愛らしく見えるのですよ
食べてしまいたくなるくらいには」
「……お前の目には、この俺がどう映ってやがる?」
「強く美しく、力強く天を翔け、鮮烈なまでの輝きを残して戦場に迸る蒼い稲妻──奥州の独眼竜
しかしてその実態は、民の明日を思い、奥州の未来を背負う、我らが奥州筆頭
そして私に全てを預けてくださる、この世の誰よりも愛おしく可愛らしい、藤次郎様でございます」
「……小十郎に感化されすぎだろ」
「そうでしょうか?
たしかに片倉様とは、藤次郎様に対するこの講釈で、互いに手を握ったところではありますが」
「……そうか……
小十郎の奴も俺をcuteだのなんだの言ってやがるってこったな」
「藤次郎様が幼少の頃よりお傍にてお仕えしてこられた方ですから、可愛らしいと思う心も当然のことでございましょう」
心底理解できないという顔で、藤次郎様はお猪口に口をつけた
可愛いという言葉を女だけに使うと思ったら大間違いだ
少なくとも私は藤次郎様のことを可愛らしく思っている
具体的にどこが、と言われたら、それは内緒だけれど
だってそれは私だけが知っていればいいことだから
「藤次郎様」
「ん?」
「いつか私は、戦場にお供できなくなります
そう遠くない未来に」
「……」
「それでも私は藤次郎様の妻であり、政宗様に仕える美稜家当主です
蒼き竜に誓った私の忠誠は、何も変わっていません」
私を真っ直ぐに見つめてくる藤次郎様の左目を、私もしかと見つめ返した
政宗様にお仕えすることになった日から、藤次郎様と夫婦になった時まで、私の心には奥州筆頭への忠誠心で埋め尽くされていた
今はそれに愛の名を与えて、藤次郎様のことを心から慕っている
たとえ私が戦場に立てなくても──私が藤次郎様を想い、政宗様に忠誠を誓う臣下であることは、何も変わらない
なんて、わざわざ言うまでもないことかもしれないけれど
「お前の向けるモンについちゃあ、ひとつとして疑っちゃいねぇさ
分かりやすい奴だからな」
「分かりやすい、ですか?
では藤次郎様が天下を治めることになったあと、私が何をしようとしているのかも、お見通しでしょうか」
「やりたいことでもできたか?
Coolなideaだったら、俺も乗ってやるぜ」
「そのような大層なものではなく……
自伝など書いてみるのもよいかと思っております」
「自伝?」
「はい、美稜の名を──美稜家がどのようにして奥州に名を残したのかを、後世に残してみようと思いまして」
美稜の名は、伊達の歴史において突然現れる
だから実際はそうではなかったのだと……美稜が奥州で家を興すに至った理由を、当事者である私の言葉で残したい
信州にあった家は、何を経て奥州に根付いたのか
信州美稜家の終わりと、奥州美稜家の始まりを知っているのは、私だけだから
「ただ、どうにも良い題名が浮かばず、少し困っておりまして
藤次郎様のお知恵をお借りしようかと思っておりました」
「……Fum,本のtitleか……」
ようやくお猪口から桜の花弁を取って、藤次郎様がそれを手の中で弄んだ
「だったら──」と藤次郎様が伏せていた視線を持ち上げる
竜のように鋭い独眼の眼差しが、私のことを射抜くように見つめて──
「──蒼誠伝」
芯のある声がそれだけを告げた
私を表わす四字、蒼誠繚乱から取って、ということだろうか
それとも他に理由があるのかしら
「信州美稜の終わりと奥州美稜の始まりは、お前の物語だ
お前に相応しいtitleを与えてやれ
お堅いtitleで無難に決めるより、coolな印象だろ」
「なるほど、たしかにその通りです
蒼誠伝……とても良い名でございます」
私が歩んできた道のりは、初めから藤次郎様に続いていたわけではない
それでも私は最後、藤次郎様の隣を選んでここにいる
捧げた忠義が心からの愛情に変わっても、私がいる場所は藤次郎様のお傍だ
それ故に私は、自らの半生を綴るこの物語に、名を与えることにした
奥州から天下へ名乗りを上げた蒼き独眼の竜に、残りの全てを捧げた我が人生
その物語の名は
──蒼誠伝
兵たちは全員、離れたところで大宴会の大騒ぎだ
それを遠巻きに見やる私と藤次郎様は、余計な語らいなど不要というように、ただ静かに酒を飲むだけ
「失礼致します
追加の酒をお持ちしました」
「ありがとう、お喜多」
いつもならこれは片倉様の役目なのだけれど、片倉様はただいま、千夜と二人で夫婦の時間だから、私と藤次郎様の世話はお喜多の役目
酒の入った徳利を受け取って、藤次郎様の差し出したお猪口に注いだ
くいと煽った藤次郎様が私の手から徳利を取り上げて、私の手元にある空のお猪口を視線で示す
それを差し出して、藤次郎様が酒を注いでくれた
「出来なかったな」
さして残念がるような口ぶりでもなく、藤次郎様はただそう言った
私が酒を飲んでいるということは、初夜で子は出来なかったということになる
藤次郎様が本気で子を欲しがったのなら、私も多少は心が痛んだけれど、そうではないということを私も分かっている
「もうじき周辺も騒がしくなる頃でございます
藤次郎様と共に戦えという、天からの思し召しでございましょう」
「お前は天命とやらを信じるか?」
「以前は信じておりました
すべては天が決めること、私のような存在は、それに抗うことなどできないと」
「……」
「しかしこの身が抱えていた因縁や呪縛を解き、藤次郎様のお傍にいられるとなった時から、程々に信じるようにしました」
「程々か」
「私たちの全てを天に委ねる必要はない
自らの力で切り開ける道もある……
藤次郎様はその最たる例でございますから、妻の私もそのように生きてみようと」
ただ天命に従うのみが生き方ではない
天がそうと定めたとしても、それに真っ向から否を突きつけ、天の思惑すらも超えて我が道を切り開くのが藤次郎様だ
我が夫がそうなのだから、妻の私もそうでなくて、どうするのか
「いい心掛けだ」
「恐れ入ります」
微笑んで酒を飲み、頭上に広がる桜を見上げる
この先、私は何度も立ち止まるだろう
私は藤次郎様のように強くないから、あれこれと思い悩んで、その度に藤次郎様に叱咤されて
立ち止まって、進んで、また立ち止まって
藤次郎様に置いていかれないよう、その度に追いかけて
「藤次郎様の妻として、地獄の果てまで共に往きましょう」
「三途の川まで迎えに行ってやる」
「それは私の役目でございましょうに」
「俺より先に死ぬとはいい度胸だ」
「置いていかれるよりは、置いていくほうが性に合っております
藤次郎様は日ノ本の行く末を見届けてからおいでくださいませ」
「Fum……それも悪くねぇな」
静かに口許で微笑んで、藤次郎様がお猪口を揺らした
見ればお猪口の中に桜の花びらが浮かんでいる
三年前、武蔵国にあるとある山中で、花見に興じた時のことを思い出した
あの時も若い衆たちは、花より団子と言わんばかりに宴会を催して騒ぎ立て、小高い丘の上から私たちはそれを見下ろしていた
その時に、藤次郎様の手元にあったお猪口に、今のように花びらが入ってしまったのだ
「替えますか?」
「No.
これはこれで乙なもんだろ」
酒が回ったのか、藤次郎様の目元はほんのりと赤い
幾分か気がおおらかであるらしい我が夫は、私からしてみれば大変に目の毒である
可愛すぎて襲おうかと思ったわ、流石に人の目があるところではやらないけれど
「どうした?」
「藤次郎様は本当に可愛らしいお方だと見蕩れておりました」
「お前……しょっちゅう言ってやがるが、大の男を捕まえて言う台詞じゃねぇだろう」
「何をおっしゃいますやら
藤次郎様だからこそ、私には可愛らしく見えるのですよ
食べてしまいたくなるくらいには」
「……お前の目には、この俺がどう映ってやがる?」
「強く美しく、力強く天を翔け、鮮烈なまでの輝きを残して戦場に迸る蒼い稲妻──奥州の独眼竜
しかしてその実態は、民の明日を思い、奥州の未来を背負う、我らが奥州筆頭
そして私に全てを預けてくださる、この世の誰よりも愛おしく可愛らしい、藤次郎様でございます」
「……小十郎に感化されすぎだろ」
「そうでしょうか?
たしかに片倉様とは、藤次郎様に対するこの講釈で、互いに手を握ったところではありますが」
「……そうか……
小十郎の奴も俺をcuteだのなんだの言ってやがるってこったな」
「藤次郎様が幼少の頃よりお傍にてお仕えしてこられた方ですから、可愛らしいと思う心も当然のことでございましょう」
心底理解できないという顔で、藤次郎様はお猪口に口をつけた
可愛いという言葉を女だけに使うと思ったら大間違いだ
少なくとも私は藤次郎様のことを可愛らしく思っている
具体的にどこが、と言われたら、それは内緒だけれど
だってそれは私だけが知っていればいいことだから
「藤次郎様」
「ん?」
「いつか私は、戦場にお供できなくなります
そう遠くない未来に」
「……」
「それでも私は藤次郎様の妻であり、政宗様に仕える美稜家当主です
蒼き竜に誓った私の忠誠は、何も変わっていません」
私を真っ直ぐに見つめてくる藤次郎様の左目を、私もしかと見つめ返した
政宗様にお仕えすることになった日から、藤次郎様と夫婦になった時まで、私の心には奥州筆頭への忠誠心で埋め尽くされていた
今はそれに愛の名を与えて、藤次郎様のことを心から慕っている
たとえ私が戦場に立てなくても──私が藤次郎様を想い、政宗様に忠誠を誓う臣下であることは、何も変わらない
なんて、わざわざ言うまでもないことかもしれないけれど
「お前の向けるモンについちゃあ、ひとつとして疑っちゃいねぇさ
分かりやすい奴だからな」
「分かりやすい、ですか?
では藤次郎様が天下を治めることになったあと、私が何をしようとしているのかも、お見通しでしょうか」
「やりたいことでもできたか?
Coolなideaだったら、俺も乗ってやるぜ」
「そのような大層なものではなく……
自伝など書いてみるのもよいかと思っております」
「自伝?」
「はい、美稜の名を──美稜家がどのようにして奥州に名を残したのかを、後世に残してみようと思いまして」
美稜の名は、伊達の歴史において突然現れる
だから実際はそうではなかったのだと……美稜が奥州で家を興すに至った理由を、当事者である私の言葉で残したい
信州にあった家は、何を経て奥州に根付いたのか
信州美稜家の終わりと、奥州美稜家の始まりを知っているのは、私だけだから
「ただ、どうにも良い題名が浮かばず、少し困っておりまして
藤次郎様のお知恵をお借りしようかと思っておりました」
「……Fum,本のtitleか……」
ようやくお猪口から桜の花弁を取って、藤次郎様がそれを手の中で弄んだ
「だったら──」と藤次郎様が伏せていた視線を持ち上げる
竜のように鋭い独眼の眼差しが、私のことを射抜くように見つめて──
「──蒼誠伝」
芯のある声がそれだけを告げた
私を表わす四字、蒼誠繚乱から取って、ということだろうか
それとも他に理由があるのかしら
「信州美稜の終わりと奥州美稜の始まりは、お前の物語だ
お前に相応しいtitleを与えてやれ
お堅いtitleで無難に決めるより、coolな印象だろ」
「なるほど、たしかにその通りです
蒼誠伝……とても良い名でございます」
私が歩んできた道のりは、初めから藤次郎様に続いていたわけではない
それでも私は最後、藤次郎様の隣を選んでここにいる
捧げた忠義が心からの愛情に変わっても、私がいる場所は藤次郎様のお傍だ
それ故に私は、自らの半生を綴るこの物語に、名を与えることにした
奥州から天下へ名乗りを上げた蒼き独眼の竜に、残りの全てを捧げた我が人生
その物語の名は
──蒼誠伝
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