Episode.3-11
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すっかり日が昇ってしまった頃、私はようやく目を覚ました
軽い倦怠感が残っていて、起き上がる気にはどうにもなれない
そのままぼんやりと天井を見上げていると、隣で身動ぎの音がした
……藤次郎様は、まだ眠っておられる
起こすのは忍びなくて、私は音を立てないよう気をつけながら、上半身だけを起こした
「……よく眠っておられるわ」
さらりと前髪を指で梳いて、端正な目鼻立ちを誇る美丈夫を見下ろす
それから布団を出て、ぐっと背伸びをした
そっと障子を開けて部屋の外へ出てみる
日が高い……朝と言わず、昼前に近いかもしれない
「ひとまずお腹は空いたわね……」
ぐぅ、と鳴った腹を撫でて、それからふと、昨夜の事が思い起こされた
子を成すため──というよりは、ただ私が愛おしいが故に、藤次郎様は何度も愛を囁いて、私の胎に子種を注いだ
流石に出来たろうか……と考えつつも、ここから数えて十月十日となれば、今年の戦に私の参戦は叶わないのだろうな、とも察せられる
「お目覚めでございましたか」
「千夜、おはよう
もうこんにちはの時間かしら?」
「何度かお伺いは致しましたが、よくお休みでいらっしゃったので
義姉上様とも話しまして、そのまま休ませて差し上げようとなったものでございますゆえ」
「ふふ、ありがとう」
「お身体は如何でしょう?
お痛みなどは?」
「大丈夫よ、ちょっと疲れは残ってるけど
お陰様で痛みには強くなったもの、この程度はなんでもないわ」
「左様でございますか
……如何でしたか、殿との初夜は」
似たようなことを、祝言の翌朝に千夜へ尋ねた覚えがある
きっとその時の私も、今の千夜みたいに、悪戯っ子な笑顔をしていたのかもしれない
あの時、千夜は正直に答えてくれた
それなら私も、変に誤魔化すのはいけないわね
「ええと、そうね……
大事にしてもらえたと思うわ……」
「ほうほう」
「私のことを何度も求めてくださって、なんだかもう最後はわけが分からなくて……」
「幸せでしたか?」
「今も幸せが続いてるの……」
そっと胸の辺りに手を置いて、呟く
胸の奥に灯った幸福の温かさは、消えることなく広がっている
この幸せは藤次郎様から頂いたものだと、確かにそう感じる
それでも幸せだけがあるかというと、それも少し違っていて……
「私はたしかに幸せだと思えるわ
でも私が幸せであればあるほど……藤次郎様から幸せを頂けば頂くほど、忘れられない過去の私が静かに問うてくるようだった
私と共にいてくださった三年間、彦一郎様は本当の意味で幸せだったのかって」
「姫様──」
「彦一郎様に大切にして頂いて、人を愛する温かさを知って……
私に欠けていたものを埋めてくださったあの方に、私は何かひとつでも返せたのかしら
そんなことを考えてしまうの」
藤次郎様の妻となって、一身にその愛を受ける権利を得たからこそ、その愛を受け取ることが少しだけ怖い
もし彦一郎様が幸せでなかったなら、私と結ばれた藤次郎様のことを、私は同じように幸せにして差し上げられるの?
臆病になっているだけだと自覚はしている
それでもやっぱり、どうしたってその不安は払拭できなかった
「こればかりは私が自分で向き合わなければね
もういつまでも手を煩わせるわけにはいかないもの」
きっとこれから先、藤次郎様に愛されて、藤次郎様を私なりに愛していく生活を続けていけば、いつかは不安も消えるだろう
私は美稜に嫁いだ頃の、自分の人生を諦めた綾葉じゃない
彦一郎様に愛を与えられ、藤次郎様に光を与えられて、空っぽの人形だった私は中身の詰まった人間になった
人間だから迷うんだと思うし、迷うことは間違いじゃないと思う
惑い揺れたままの今の私が、過去の私に言えることは……
「幸せだと思えていたのなら、きっと彦一郎様もそう思ってくださっていたんじゃないかしら
上手く我儘を言えない私を、あの手この手で甘やかそうとする彦一郎様は、楽しそうだったもの」
「それは殿もそうではないでしょうか
姫様はあの頃から変わらず、我儘をおっしゃることがありませんので
隆政様がそうであられたように、殿も姫様をあの手この手で甘やかされることに楽しみを見出しておられるようでございます」
「我儘、ね……」
ちらりと障子の向こうを見やって、そう呟く
これだけ部屋の前で話をしていても起きてこないなんて
うーん、と考えるふりをして、それから少しだけ声を大きくすることにした
「そろそろ私の愛しい婿殿の腕が恋しい気分になってきたわね」
「まぁ」
千夜が黄色い声を上げた時
背後の障子が開いて、藤次郎様が現れた
振り返る前に背後からぬっと腕が二本伸びて、私を抱き締める
「おはようございます、藤次郎様
よくお休みでしたね」
「いつから気付いてやがった?」
「これだけ部屋の前で話をしていて、気付かないようなお方ではございませんでしょう」
「……フン」
私をぎゅう、と抱き締める腕に力がこもって、背中越しに心の臓の音が伝わってくる
お見通しだっただけではない拗ねた顔が可愛らしい
藤次郎様は心の中で彦一郎様に対抗心を燃やしておられるから、すぐに嫉妬してしまうらしくて、それがなんとも言えず可愛いものだ
「お食事をお持ち致しましょうか」
「お願いするわ」
「かしこまりました
小十郎様へお伝えしておきますので、お二人はお部屋にてお待ちを」
千夜が心得たような顔で去っていくのを見送って、二人で顔を見合わせる
よくできた侍女でしょう、私も誇らしいわ
気配りができすぎてちょっと怖いけれど
「How are you?
少し無理をさせちまったが、身体はキツくねぇか?」
「少し疲労が残ってはおりますが、痛みはもう平気です
藤次郎様に優しくしていただきましたので……」
ちゅ、と戯れのような口付けをしながら答えて微笑む
そうか、と頷く藤次郎様も、いつものような斜に構えた雰囲気は見当たらない
私を抱き締めたままの右腕が、徐に私の腹に触れた
「出来たと思うか?」
「どうでしょうか
私はどちらでも構いませんが」
「Fum?
そんなに俺との夜がクセになったか?」
「そうだ──と申し上げたら、今夜も抱いてくださいますか?」
そんな風に言い返されるとは思っていなかったのか、藤次郎様がつかの間、言葉に詰まったように口を閉ざした
残念ながら私は既に、藤次郎様という光に堕ちている
クセにならないなんて無理な話だ
光に吸い寄せられるなんて、蝶ではなくて蛾のようだけれど……
それだけ貴方様という光は強烈で、私を魅了してやまない
魅せられた私は、藤次郎様という幸福の中で、自由に羽を広げて飛んでいく
「……藤次郎様はいま、幸せですか?」
「そうじゃないように見えたか?」
「そうでなかったなら寂しゅうございます
私ばかりが幸せでは何の意味もございませんので」
私を背後から抱き竦めたまま、藤次郎様が私の頭頂部に顎を乗せ、「そうだな……」と考え込むように呟いた
冬の空は淡い青色で、藤次郎様の蒼には遠く及ばない
そんな遠い空を眺めて、藤次郎様は言った
「幸せだ」
「そうですか」
「惚れた女を嫁に迎えて、テメェのものだと刻み付けた
俺が死なねぇ限り、ソイツは俺の隣に居てくれる」
「はい」
「いつかお前を奥州一の嫁から、日の本一の嫁にしてやる
楽しみに待っておけ」
「……藤次郎様は、幸せですか」
「ああ、幸せだ」
はっきりと繰り返された言葉が、水のように心へと染み込む
それなら良かった
私は、藤次郎様のことを、幸せにして差し上げられた
きっとこれからも──
「綾葉」
「はい」
「無理に忘れなくていい
無理に思い出そうとしなくてもいい
お前の心の九割九分は俺が占めるが、残りの一分くらいは風神にくれてやる」
「ふ、ふふ……心が広いやら狭いやら分かりませんね」
「何言ってやがる、俺はテメェの心の広さに感激したところだぜ
全部埋め尽くしてやるところを、小指の先くらいは譲ってやったんだからな──」
それはやはり心が狭いのでは
そんな反論は、藤次郎様によって封じられた
重ねられた唇が柔らかい
部屋に戻っても藤次郎様は私を離そうとしなくて、結局は膝の上に抱えられたまま、口付けを重ねるばかりだ
まるで今はこれで我慢してやると言わんばかりに
「夜が楽しみだな」
「……ばか……」
はいともいいえとも言えず、私はどうにかこうにか、弱々しい悪態をつくのが精一杯だった
そんなもの……楽しみに決まっている
余裕のない表情、熱い手のひら、真冬なのに滴る汗
そんなふうにさせたのが私だなんて──
最高に唆る事実だと思わない?
軽い倦怠感が残っていて、起き上がる気にはどうにもなれない
そのままぼんやりと天井を見上げていると、隣で身動ぎの音がした
……藤次郎様は、まだ眠っておられる
起こすのは忍びなくて、私は音を立てないよう気をつけながら、上半身だけを起こした
「……よく眠っておられるわ」
さらりと前髪を指で梳いて、端正な目鼻立ちを誇る美丈夫を見下ろす
それから布団を出て、ぐっと背伸びをした
そっと障子を開けて部屋の外へ出てみる
日が高い……朝と言わず、昼前に近いかもしれない
「ひとまずお腹は空いたわね……」
ぐぅ、と鳴った腹を撫でて、それからふと、昨夜の事が思い起こされた
子を成すため──というよりは、ただ私が愛おしいが故に、藤次郎様は何度も愛を囁いて、私の胎に子種を注いだ
流石に出来たろうか……と考えつつも、ここから数えて十月十日となれば、今年の戦に私の参戦は叶わないのだろうな、とも察せられる
「お目覚めでございましたか」
「千夜、おはよう
もうこんにちはの時間かしら?」
「何度かお伺いは致しましたが、よくお休みでいらっしゃったので
義姉上様とも話しまして、そのまま休ませて差し上げようとなったものでございますゆえ」
「ふふ、ありがとう」
「お身体は如何でしょう?
お痛みなどは?」
「大丈夫よ、ちょっと疲れは残ってるけど
お陰様で痛みには強くなったもの、この程度はなんでもないわ」
「左様でございますか
……如何でしたか、殿との初夜は」
似たようなことを、祝言の翌朝に千夜へ尋ねた覚えがある
きっとその時の私も、今の千夜みたいに、悪戯っ子な笑顔をしていたのかもしれない
あの時、千夜は正直に答えてくれた
それなら私も、変に誤魔化すのはいけないわね
「ええと、そうね……
大事にしてもらえたと思うわ……」
「ほうほう」
「私のことを何度も求めてくださって、なんだかもう最後はわけが分からなくて……」
「幸せでしたか?」
「今も幸せが続いてるの……」
そっと胸の辺りに手を置いて、呟く
胸の奥に灯った幸福の温かさは、消えることなく広がっている
この幸せは藤次郎様から頂いたものだと、確かにそう感じる
それでも幸せだけがあるかというと、それも少し違っていて……
「私はたしかに幸せだと思えるわ
でも私が幸せであればあるほど……藤次郎様から幸せを頂けば頂くほど、忘れられない過去の私が静かに問うてくるようだった
私と共にいてくださった三年間、彦一郎様は本当の意味で幸せだったのかって」
「姫様──」
「彦一郎様に大切にして頂いて、人を愛する温かさを知って……
私に欠けていたものを埋めてくださったあの方に、私は何かひとつでも返せたのかしら
そんなことを考えてしまうの」
藤次郎様の妻となって、一身にその愛を受ける権利を得たからこそ、その愛を受け取ることが少しだけ怖い
もし彦一郎様が幸せでなかったなら、私と結ばれた藤次郎様のことを、私は同じように幸せにして差し上げられるの?
臆病になっているだけだと自覚はしている
それでもやっぱり、どうしたってその不安は払拭できなかった
「こればかりは私が自分で向き合わなければね
もういつまでも手を煩わせるわけにはいかないもの」
きっとこれから先、藤次郎様に愛されて、藤次郎様を私なりに愛していく生活を続けていけば、いつかは不安も消えるだろう
私は美稜に嫁いだ頃の、自分の人生を諦めた綾葉じゃない
彦一郎様に愛を与えられ、藤次郎様に光を与えられて、空っぽの人形だった私は中身の詰まった人間になった
人間だから迷うんだと思うし、迷うことは間違いじゃないと思う
惑い揺れたままの今の私が、過去の私に言えることは……
「幸せだと思えていたのなら、きっと彦一郎様もそう思ってくださっていたんじゃないかしら
上手く我儘を言えない私を、あの手この手で甘やかそうとする彦一郎様は、楽しそうだったもの」
「それは殿もそうではないでしょうか
姫様はあの頃から変わらず、我儘をおっしゃることがありませんので
隆政様がそうであられたように、殿も姫様をあの手この手で甘やかされることに楽しみを見出しておられるようでございます」
「我儘、ね……」
ちらりと障子の向こうを見やって、そう呟く
これだけ部屋の前で話をしていても起きてこないなんて
うーん、と考えるふりをして、それから少しだけ声を大きくすることにした
「そろそろ私の愛しい婿殿の腕が恋しい気分になってきたわね」
「まぁ」
千夜が黄色い声を上げた時
背後の障子が開いて、藤次郎様が現れた
振り返る前に背後からぬっと腕が二本伸びて、私を抱き締める
「おはようございます、藤次郎様
よくお休みでしたね」
「いつから気付いてやがった?」
「これだけ部屋の前で話をしていて、気付かないようなお方ではございませんでしょう」
「……フン」
私をぎゅう、と抱き締める腕に力がこもって、背中越しに心の臓の音が伝わってくる
お見通しだっただけではない拗ねた顔が可愛らしい
藤次郎様は心の中で彦一郎様に対抗心を燃やしておられるから、すぐに嫉妬してしまうらしくて、それがなんとも言えず可愛いものだ
「お食事をお持ち致しましょうか」
「お願いするわ」
「かしこまりました
小十郎様へお伝えしておきますので、お二人はお部屋にてお待ちを」
千夜が心得たような顔で去っていくのを見送って、二人で顔を見合わせる
よくできた侍女でしょう、私も誇らしいわ
気配りができすぎてちょっと怖いけれど
「How are you?
少し無理をさせちまったが、身体はキツくねぇか?」
「少し疲労が残ってはおりますが、痛みはもう平気です
藤次郎様に優しくしていただきましたので……」
ちゅ、と戯れのような口付けをしながら答えて微笑む
そうか、と頷く藤次郎様も、いつものような斜に構えた雰囲気は見当たらない
私を抱き締めたままの右腕が、徐に私の腹に触れた
「出来たと思うか?」
「どうでしょうか
私はどちらでも構いませんが」
「Fum?
そんなに俺との夜がクセになったか?」
「そうだ──と申し上げたら、今夜も抱いてくださいますか?」
そんな風に言い返されるとは思っていなかったのか、藤次郎様がつかの間、言葉に詰まったように口を閉ざした
残念ながら私は既に、藤次郎様という光に堕ちている
クセにならないなんて無理な話だ
光に吸い寄せられるなんて、蝶ではなくて蛾のようだけれど……
それだけ貴方様という光は強烈で、私を魅了してやまない
魅せられた私は、藤次郎様という幸福の中で、自由に羽を広げて飛んでいく
「……藤次郎様はいま、幸せですか?」
「そうじゃないように見えたか?」
「そうでなかったなら寂しゅうございます
私ばかりが幸せでは何の意味もございませんので」
私を背後から抱き竦めたまま、藤次郎様が私の頭頂部に顎を乗せ、「そうだな……」と考え込むように呟いた
冬の空は淡い青色で、藤次郎様の蒼には遠く及ばない
そんな遠い空を眺めて、藤次郎様は言った
「幸せだ」
「そうですか」
「惚れた女を嫁に迎えて、テメェのものだと刻み付けた
俺が死なねぇ限り、ソイツは俺の隣に居てくれる」
「はい」
「いつかお前を奥州一の嫁から、日の本一の嫁にしてやる
楽しみに待っておけ」
「……藤次郎様は、幸せですか」
「ああ、幸せだ」
はっきりと繰り返された言葉が、水のように心へと染み込む
それなら良かった
私は、藤次郎様のことを、幸せにして差し上げられた
きっとこれからも──
「綾葉」
「はい」
「無理に忘れなくていい
無理に思い出そうとしなくてもいい
お前の心の九割九分は俺が占めるが、残りの一分くらいは風神にくれてやる」
「ふ、ふふ……心が広いやら狭いやら分かりませんね」
「何言ってやがる、俺はテメェの心の広さに感激したところだぜ
全部埋め尽くしてやるところを、小指の先くらいは譲ってやったんだからな──」
それはやはり心が狭いのでは
そんな反論は、藤次郎様によって封じられた
重ねられた唇が柔らかい
部屋に戻っても藤次郎様は私を離そうとしなくて、結局は膝の上に抱えられたまま、口付けを重ねるばかりだ
まるで今はこれで我慢してやると言わんばかりに
「夜が楽しみだな」
「……ばか……」
はいともいいえとも言えず、私はどうにかこうにか、弱々しい悪態をつくのが精一杯だった
そんなもの……楽しみに決まっている
余裕のない表情、熱い手のひら、真冬なのに滴る汗
そんなふうにさせたのが私だなんて──
最高に唆る事実だと思わない?
