Episode.3-10
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人払いが解かれた藤次郎様の部屋に、片倉様がやってきた
なんとご丁寧に成実様まで連れられている
なんなら襟首を掴まれて持ち上げられていた
さながら捕獲された猫だ
「あの、片倉様
なぜそのように成実様をお抱えなのです?」
「こうすればオメェでも殴りやすいかと思ってな」
「はい?
あの……殴る、とは?」
「前回はオメェが一人で突っ走りやがった結果だが、今回に限ってはこの考え無しが原因だ
ケジメも含めて一発殴っておけ」
「わ、私がでございますか!?
いくらなんでも、成実様相手にそれは……!」
そもそも成実様だって、間違ったことをおっしゃったわけじゃない
美稜家よりも藤次郎様の正室に迎えるべき家はある
それでも藤次郎様は、私でなければご自身につり合わないとお考えなのだ
つり合う、つり合わないはさておき、私でなければ藤次郎様の無茶に合わせられないのは事実かもしれない
……閑話休題
つまりそういうわけで、成実様のご意見は至極真っ当なものであって──
「左様でございますか
それならば姫様に代わりまして、僭越ながらこの千夜めが、一発お見舞いいたしましょう」
「なんでいるのよ!?」
「勿論、姫様と殿の後を追って来たからでございます
雛菊を屋敷に留め置かれたままでございましたので、お届けに上がるのも含めて、大変失礼ですが私が雛菊に乗って参りました
姫様のおわすところに侍女たる私がおらずして、何と致しましょう」
つらつらとよく言葉が出てくるものだ
ぽかんとしてしまった私を置き去りにして、「それでは一発」と着物の袖を捲り、気合いも充分
「あ、あの、千夜
私は怒ってないから、成実様に一発なんてそんな──」
「姫様のお心を曇らせた上に、嫁入りを三ヶ月も遅らせ!
更にはようやく織田の呪縛から解き放たれて、心のままに殿を愛してゆけるはずだった姫様から、一時でもその幸せな時間を奪いましたこと!
心の底から悔いて赦しを乞いなさいませ!!」
バチィィン!!
静かな藤次郎様のお部屋に、強烈な平手打ちの音が鳴り響いた
ま、まずいわ……!!
私が成実様を殴るならまだギリギリ許されるけれど、千夜は私の侍女で、片倉様の嫁
成実様と片倉様では、伊達家における地位だけで見れば、圧倒的に成実様に軍配が上がる……!!
「し、成実様、大丈夫ですか!?
大丈夫ではございませんね!?
かなり手形がくっきりついておりますものね!?
申し訳ございません、まさか千夜が乗り込んで来るとは思わず!」
「いや……俺のほうが悪かったから……」
「いいえ、成実様はなにも悪くありません
一般的に考えれば、やはり美稜家は、伊達家の正室たりうる家門ではございません
前身は信州の国境にあった小さな家でございますし、奥州で再興してからわずか二年です
伊達家の味方につけておくべき歴史と力のある家門は、この奥州にいくつも存在します
私もそのことは承知しておりますし、それ故に一度は辞退申し上げたのです
……ですが」
そこで言葉を切って、背後で不機嫌を顕にする藤次郎様を見上げる
私とぱちりと目が合うや否や、藤次郎様の左目は緩りと細められ、形の良い唇がうっすらと笑みを描いた
そんな仕草ひとつで、私がどれだけ藤次郎様から望まれているか、理解できてしまう
「……申し訳ございません、成実様
我が家よりも相応しい家がどれほどあろうと、藤次郎様のお隣を譲りたくないのです
私が正室となることに、一門の皆様はあまり良い顔をされないでしょうが──」
「あーあー!
分かった、分かったから!
頼むからもう謝らんでくれ!
俺が謝罪すべき相手から、逆に謝られるなんざ、俺の立場がなくなるじゃねぇか」
「成実様が謝罪されることなど
正しいことを正しく申し上げられただけでございましょう?」
暗に「お前のやらかしを水に流すから、千夜の平手打ちも水に流せ」と伝えてやれば、成実様は観念したように笑って頷いた
察しが良い方で助かるわ
「綾葉の心の広さに感謝するんだな、馬鹿実」
「今回ばかりはその最悪な渾名に物申すこともできねぇな……
まあここから先はお前ら二人で頑張る話だ
うちは賛成しておいてやるから、他の家も面と向かって文句は言ってこなくなるはずだ」
「ありがとうございます、成実様」
「……お似合いの二人だと思うよ
俺が言うのもなんだけど、末永くお幸せに
喧嘩してもいいが、仲良くな」
片倉様からようやく下ろされた成実様は、喉の辺りを頻りに擦りながら、藤次郎様の部屋を出て行った
まあ、襟首を掴まれていらっしゃったから、詰まるわよね、喉が
大事無いことを祈るばかりだ
「しかし……まさかお前じゃなく、千夜がビンタをやるとはな」
「姫様は心根の大変お優しいお方でございますから、お身内へお怒りになることも、ましてや手を上げることも決してなさいません
どれほど無礼な物言いや行動をされてもです
ですので代わりに千夜めが手を上げました
昔から、姫様の代わりに怒って差し上げるのが、私の役割でございましたゆえ」
「ふふ……そうだったわね
おかげで斎藤家でも美稜家でも、家中での千夜の評価は、短気で導火線の短い侍女……だったわ」
怒りを抱くことすら烏滸がましい──と、そう卑屈になっていた私にも「怒ってよい」と怒り、私の代わりに無礼な振る舞いをする者へ食ってかかった、私の侍女
私の代わりにたくさん怒ってくれた彼女は、気性の荒い女という札を貼られ、斎藤でも美稜でも敬遠された
そんなふうにしてしまった負い目も多少はあって、片倉様が千夜を見初めて、嫁に迎えてくださった……千夜の祝言で、私は人目も憚らずに大泣きしたのだ
私の半身のごとく連れ添った、大切な人だからこそ、その幸せを誰よりも願い続けてきた
それを願ってきたのは私だけではなく、千夜もそうだったのだと、私は藤次郎様と心を通わせたことで、ようやく気付けたのだけれど
立ち話もなんだし、と四人で円を描くように座って、千夜が「お茶を」とすぐに立ち上がり、部屋を出ていく
雑談などして千夜の帰りを待って、淹れたてのお茶を飲んで一息ついてから、改めて私たち四人は丸くなって会議を始めた
「さて、期せずして全員が集まったわけだ
祝言の日取りを決めなけりゃな」
藤次郎様のその一言で、片倉様がそうですな、と頷いて、そのまま喋り始めた
「春になりますと、また奥州も騒がしくなりまするゆえ、冬の間に済ませてしまうのが良いかと
美稜の側は輿入れの用意も終わっているんだったな?」
「はい、輿も担ぎ手の男たちも揃っておりますし、嫁入り道具や白無垢も完成しております
白無垢については、まだ姫様に合わせた最後の調整をしておりませんが、十日もあればそれも問題ないでしょう」
「Great!
ただ、年末から年明けにかけて、新年の儀で慌しくなるとすりゃ……
睦月の下旬辺りがbetterか?」
「そうですな、その辺りの大安で日取りを致しましょう」
暦を見ながら、千夜と片倉様が日取りを確認してくれて、無事に祝言の日は決まった
あとは道中の警備だけれど……
「奥州内でもそれほど離れちゃいねぇとはいえ、警備が手薄なのは頂けねぇな
うちから何人かつけてやる
希望はあるか?」
「それでは、良直、左馬助、文七郎、孫兵衛をお願いします
あの関ヶ原を生き残った四人でございますから、護衛としては申し分ございません」
「アイツらにとっちゃあ結構な大役だな」
可笑しそうに肩を揺らして、わかった、と藤次郎様が頷く
それとは別に伊達家からの使者も必要だから、こちらは藤次郎様が片倉様を選ばれた
……まさか竜の右目が使者を務めることになるとは思わなかったけれど、片倉様も二つ返事で引き受けてくださったから、何も言うまい
それから細々とした決め事も、その日のうちに決められるものは決めて、調整が必要なものは一度お互いに持ち帰って連絡する、ということで話はついた
外を見ればすっかり夕方だ
道理で千夜の腹から音が鳴るわけである
「美稜へは明日帰りな
この時期は特に日の入りが早い
腕に覚えがあるとはいえ、女二人の夜道は危険だ」
「お心遣いに感謝申し上げます」
解散の指示を出して、藤次郎様が私たちに背を向ける
それに頭を下げ、私と千夜はお部屋を辞した
……なんだか一気に現実味を帯びてきたわね
「ついさっきまで、どこか他人事みたいに思えていたけれど、夢でも幻でも、嘘でもないのよね
私、ほんとうに……藤次郎様の」
そこから先は恥ずかしくて、言葉にできなかった
顔が赤いのも自覚している
ただひとり嬉しそうに笑う侍女が、大きく頷いて言った
「殿の花嫁様になられますね」
「も、もう!
わざと言わなかったのに、どうしてわざわざ言うの!」
「お可愛らしい姫様が見られて、千夜は嬉しゅうございます」
「揶揄わないで!
今更こんな、初心な反応……恥ずかしいわ……」
「あらあらまあまあ、恋する乙女のなんと可憐でお美しいことでしょう
殿がご覧になったならば、ますます姫様を好いてくださるでしょうね」
「い、嫌よ、絶対に見せないわよ!
ただでさえ藤次郎様といると、心の臓が喧しくて落ち着かないのに……!」
……いや、いま確実に、余計なことを口走ったわね
ハッとして千夜を見遣れば、そこにはかつてなくニコニコとする、腹心の侍女
加えて言えば、ここはまだ藤次郎様の居室からさほど離れてはおらず、大声を出せば届く距離
すう、と千夜が息を吸う
私が千夜の口を塞ぐより先に──千夜が叫んだ
「殿──!!
申し訳ございませんが、千夜めは手が離せぬ用事ができましたゆえ、姫様をお頼み申します──!!」
「な……何言ってるの千夜!」
「では!」
「では、じゃなくて!!」
いい笑顔を残して、千夜が早足で去っていく
それを追いかけて歩こうとしたところで、背後から足音がした
「なんだったんだ?」
「な、なんでしょう、まったく見当もつきません……」
「顔が赤いぞ、平気か?」
「平気か平気でないかと言われれば、平気ではないような感じではあります……」
藤次郎様の手が私の額を覆う
残念ながら熱があるわけでもないし、体調が優れないわけでもない
単純に自分の恋心に振り回されているだけで……
額から頬へするりと手が降りて、顎の裏をすり、と指が撫でて離れる
それを視線で追うと、藤次郎様がふいと横を向いた
「藤次郎様?」
「なんでもねぇ……」
そう言いながら私を腕の中に仕舞い込む藤次郎様は、たぶん、何でもなくはないと思うのだけれど
そのまま私を抱き上げて、向かった先は先程までいた、藤次郎様の居室
少しでも離れていたくないと言うように、私は藤次郎様の膝の上に抱えられたまま、口付けを受け、髪を撫でられ、思う存分に甘やかされた
心の臓が破裂しなかったのは奇跡としか言いようがない
どれほど藤次郎様に愛されているのか、否が応でも分からせられた気分だった
なんとご丁寧に成実様まで連れられている
なんなら襟首を掴まれて持ち上げられていた
さながら捕獲された猫だ
「あの、片倉様
なぜそのように成実様をお抱えなのです?」
「こうすればオメェでも殴りやすいかと思ってな」
「はい?
あの……殴る、とは?」
「前回はオメェが一人で突っ走りやがった結果だが、今回に限ってはこの考え無しが原因だ
ケジメも含めて一発殴っておけ」
「わ、私がでございますか!?
いくらなんでも、成実様相手にそれは……!」
そもそも成実様だって、間違ったことをおっしゃったわけじゃない
美稜家よりも藤次郎様の正室に迎えるべき家はある
それでも藤次郎様は、私でなければご自身につり合わないとお考えなのだ
つり合う、つり合わないはさておき、私でなければ藤次郎様の無茶に合わせられないのは事実かもしれない
……閑話休題
つまりそういうわけで、成実様のご意見は至極真っ当なものであって──
「左様でございますか
それならば姫様に代わりまして、僭越ながらこの千夜めが、一発お見舞いいたしましょう」
「なんでいるのよ!?」
「勿論、姫様と殿の後を追って来たからでございます
雛菊を屋敷に留め置かれたままでございましたので、お届けに上がるのも含めて、大変失礼ですが私が雛菊に乗って参りました
姫様のおわすところに侍女たる私がおらずして、何と致しましょう」
つらつらとよく言葉が出てくるものだ
ぽかんとしてしまった私を置き去りにして、「それでは一発」と着物の袖を捲り、気合いも充分
「あ、あの、千夜
私は怒ってないから、成実様に一発なんてそんな──」
「姫様のお心を曇らせた上に、嫁入りを三ヶ月も遅らせ!
更にはようやく織田の呪縛から解き放たれて、心のままに殿を愛してゆけるはずだった姫様から、一時でもその幸せな時間を奪いましたこと!
心の底から悔いて赦しを乞いなさいませ!!」
バチィィン!!
静かな藤次郎様のお部屋に、強烈な平手打ちの音が鳴り響いた
ま、まずいわ……!!
私が成実様を殴るならまだギリギリ許されるけれど、千夜は私の侍女で、片倉様の嫁
成実様と片倉様では、伊達家における地位だけで見れば、圧倒的に成実様に軍配が上がる……!!
「し、成実様、大丈夫ですか!?
大丈夫ではございませんね!?
かなり手形がくっきりついておりますものね!?
申し訳ございません、まさか千夜が乗り込んで来るとは思わず!」
「いや……俺のほうが悪かったから……」
「いいえ、成実様はなにも悪くありません
一般的に考えれば、やはり美稜家は、伊達家の正室たりうる家門ではございません
前身は信州の国境にあった小さな家でございますし、奥州で再興してからわずか二年です
伊達家の味方につけておくべき歴史と力のある家門は、この奥州にいくつも存在します
私もそのことは承知しておりますし、それ故に一度は辞退申し上げたのです
……ですが」
そこで言葉を切って、背後で不機嫌を顕にする藤次郎様を見上げる
私とぱちりと目が合うや否や、藤次郎様の左目は緩りと細められ、形の良い唇がうっすらと笑みを描いた
そんな仕草ひとつで、私がどれだけ藤次郎様から望まれているか、理解できてしまう
「……申し訳ございません、成実様
我が家よりも相応しい家がどれほどあろうと、藤次郎様のお隣を譲りたくないのです
私が正室となることに、一門の皆様はあまり良い顔をされないでしょうが──」
「あーあー!
分かった、分かったから!
頼むからもう謝らんでくれ!
俺が謝罪すべき相手から、逆に謝られるなんざ、俺の立場がなくなるじゃねぇか」
「成実様が謝罪されることなど
正しいことを正しく申し上げられただけでございましょう?」
暗に「お前のやらかしを水に流すから、千夜の平手打ちも水に流せ」と伝えてやれば、成実様は観念したように笑って頷いた
察しが良い方で助かるわ
「綾葉の心の広さに感謝するんだな、馬鹿実」
「今回ばかりはその最悪な渾名に物申すこともできねぇな……
まあここから先はお前ら二人で頑張る話だ
うちは賛成しておいてやるから、他の家も面と向かって文句は言ってこなくなるはずだ」
「ありがとうございます、成実様」
「……お似合いの二人だと思うよ
俺が言うのもなんだけど、末永くお幸せに
喧嘩してもいいが、仲良くな」
片倉様からようやく下ろされた成実様は、喉の辺りを頻りに擦りながら、藤次郎様の部屋を出て行った
まあ、襟首を掴まれていらっしゃったから、詰まるわよね、喉が
大事無いことを祈るばかりだ
「しかし……まさかお前じゃなく、千夜がビンタをやるとはな」
「姫様は心根の大変お優しいお方でございますから、お身内へお怒りになることも、ましてや手を上げることも決してなさいません
どれほど無礼な物言いや行動をされてもです
ですので代わりに千夜めが手を上げました
昔から、姫様の代わりに怒って差し上げるのが、私の役割でございましたゆえ」
「ふふ……そうだったわね
おかげで斎藤家でも美稜家でも、家中での千夜の評価は、短気で導火線の短い侍女……だったわ」
怒りを抱くことすら烏滸がましい──と、そう卑屈になっていた私にも「怒ってよい」と怒り、私の代わりに無礼な振る舞いをする者へ食ってかかった、私の侍女
私の代わりにたくさん怒ってくれた彼女は、気性の荒い女という札を貼られ、斎藤でも美稜でも敬遠された
そんなふうにしてしまった負い目も多少はあって、片倉様が千夜を見初めて、嫁に迎えてくださった……千夜の祝言で、私は人目も憚らずに大泣きしたのだ
私の半身のごとく連れ添った、大切な人だからこそ、その幸せを誰よりも願い続けてきた
それを願ってきたのは私だけではなく、千夜もそうだったのだと、私は藤次郎様と心を通わせたことで、ようやく気付けたのだけれど
立ち話もなんだし、と四人で円を描くように座って、千夜が「お茶を」とすぐに立ち上がり、部屋を出ていく
雑談などして千夜の帰りを待って、淹れたてのお茶を飲んで一息ついてから、改めて私たち四人は丸くなって会議を始めた
「さて、期せずして全員が集まったわけだ
祝言の日取りを決めなけりゃな」
藤次郎様のその一言で、片倉様がそうですな、と頷いて、そのまま喋り始めた
「春になりますと、また奥州も騒がしくなりまするゆえ、冬の間に済ませてしまうのが良いかと
美稜の側は輿入れの用意も終わっているんだったな?」
「はい、輿も担ぎ手の男たちも揃っておりますし、嫁入り道具や白無垢も完成しております
白無垢については、まだ姫様に合わせた最後の調整をしておりませんが、十日もあればそれも問題ないでしょう」
「Great!
ただ、年末から年明けにかけて、新年の儀で慌しくなるとすりゃ……
睦月の下旬辺りがbetterか?」
「そうですな、その辺りの大安で日取りを致しましょう」
暦を見ながら、千夜と片倉様が日取りを確認してくれて、無事に祝言の日は決まった
あとは道中の警備だけれど……
「奥州内でもそれほど離れちゃいねぇとはいえ、警備が手薄なのは頂けねぇな
うちから何人かつけてやる
希望はあるか?」
「それでは、良直、左馬助、文七郎、孫兵衛をお願いします
あの関ヶ原を生き残った四人でございますから、護衛としては申し分ございません」
「アイツらにとっちゃあ結構な大役だな」
可笑しそうに肩を揺らして、わかった、と藤次郎様が頷く
それとは別に伊達家からの使者も必要だから、こちらは藤次郎様が片倉様を選ばれた
……まさか竜の右目が使者を務めることになるとは思わなかったけれど、片倉様も二つ返事で引き受けてくださったから、何も言うまい
それから細々とした決め事も、その日のうちに決められるものは決めて、調整が必要なものは一度お互いに持ち帰って連絡する、ということで話はついた
外を見ればすっかり夕方だ
道理で千夜の腹から音が鳴るわけである
「美稜へは明日帰りな
この時期は特に日の入りが早い
腕に覚えがあるとはいえ、女二人の夜道は危険だ」
「お心遣いに感謝申し上げます」
解散の指示を出して、藤次郎様が私たちに背を向ける
それに頭を下げ、私と千夜はお部屋を辞した
……なんだか一気に現実味を帯びてきたわね
「ついさっきまで、どこか他人事みたいに思えていたけれど、夢でも幻でも、嘘でもないのよね
私、ほんとうに……藤次郎様の」
そこから先は恥ずかしくて、言葉にできなかった
顔が赤いのも自覚している
ただひとり嬉しそうに笑う侍女が、大きく頷いて言った
「殿の花嫁様になられますね」
「も、もう!
わざと言わなかったのに、どうしてわざわざ言うの!」
「お可愛らしい姫様が見られて、千夜は嬉しゅうございます」
「揶揄わないで!
今更こんな、初心な反応……恥ずかしいわ……」
「あらあらまあまあ、恋する乙女のなんと可憐でお美しいことでしょう
殿がご覧になったならば、ますます姫様を好いてくださるでしょうね」
「い、嫌よ、絶対に見せないわよ!
ただでさえ藤次郎様といると、心の臓が喧しくて落ち着かないのに……!」
……いや、いま確実に、余計なことを口走ったわね
ハッとして千夜を見遣れば、そこにはかつてなくニコニコとする、腹心の侍女
加えて言えば、ここはまだ藤次郎様の居室からさほど離れてはおらず、大声を出せば届く距離
すう、と千夜が息を吸う
私が千夜の口を塞ぐより先に──千夜が叫んだ
「殿──!!
申し訳ございませんが、千夜めは手が離せぬ用事ができましたゆえ、姫様をお頼み申します──!!」
「な……何言ってるの千夜!」
「では!」
「では、じゃなくて!!」
いい笑顔を残して、千夜が早足で去っていく
それを追いかけて歩こうとしたところで、背後から足音がした
「なんだったんだ?」
「な、なんでしょう、まったく見当もつきません……」
「顔が赤いぞ、平気か?」
「平気か平気でないかと言われれば、平気ではないような感じではあります……」
藤次郎様の手が私の額を覆う
残念ながら熱があるわけでもないし、体調が優れないわけでもない
単純に自分の恋心に振り回されているだけで……
額から頬へするりと手が降りて、顎の裏をすり、と指が撫でて離れる
それを視線で追うと、藤次郎様がふいと横を向いた
「藤次郎様?」
「なんでもねぇ……」
そう言いながら私を腕の中に仕舞い込む藤次郎様は、たぶん、何でもなくはないと思うのだけれど
そのまま私を抱き上げて、向かった先は先程までいた、藤次郎様の居室
少しでも離れていたくないと言うように、私は藤次郎様の膝の上に抱えられたまま、口付けを受け、髪を撫でられ、思う存分に甘やかされた
心の臓が破裂しなかったのは奇跡としか言いようがない
どれほど藤次郎様に愛されているのか、否が応でも分からせられた気分だった
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