Episode.3-10
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美稜領に到着した頃には、すっかり夕方だった
先触れもなく帰ってきたせいで、屋敷の者たちが慌てふためいていたけれど、すぐに私のことを出迎えてくれた
「ご無事であるとの知らせは受けておりましたが、やはりこうしてお帰り頂けますと安心いたします
よくぞご無事でおられました」
「ありがとう
留守の間、変わったことはない?」
「お陰様で、領内は平和そのものでございます」
名代として置いていた作次郎から報告を受けつつ、自室へと向かうと
部屋の中から女中が二人、楽しそうな顔をして出てきた
「姫様!
お戻りでございましたか!」
「お帰りなさいませ!
ちょうど今、姫様の白無垢が完成致しまして」
……白無垢
幸せの象徴のようなそれが、今の私にはとても重い
部屋へ入れば、衣紋掛けに、綺麗な刺繍を施された白無垢が掛けられていた
「……素晴らしいわ
とても綺麗な刺繍で……
村の女たちに礼を言わないといけないわね
こんなに綺麗な白無垢を貰えて、私は……」
ぽたり
左目からそれが零れたのは、その瞬間だった
固まる私をよそに、それは右目からも落ちていく
白無垢にそっと指先を触れさせて──私の足は力を失って、白無垢の足元に座り込むことしかできなかった
「姫様……?」
「……ごめんなさい、せっかく皆で作ってくれたのに
私……輿入れの話、無くなってしまったの」
「……な、何故です!?」
「政宗様に嫁ぐには、政略的な意味がなくて……
奥州筆頭に嫁ぐということは、それだけで大変な意味を持つわ
私には……美稜家は、それに見合うだけの価値がないのよ」
悲しいかな、それが事実
私は政宗様に嫁げるだけの価値を持たない
田舎娘はおとなしく、婿でもとって静かに暮らせという天からのお達しだ
「政宗様がおっしゃったのですか」
そう静かに問うてきた作次郎は、確かな怒りを抱いていた
いいえ、と首を振って、白無垢を見上げる
政宗様は何もおっしゃらなかった
……何も、おっしゃらなかったのだ
「はっきりと口にされたのは成実様だったわ
だけど政宗様は否定されなかった」
「……」
「それが答えなのだと思うわ
……皆、私のためにありがとう
報酬はちゃんと渡すから、少しだけ時間をくれる?
少し……心の整理をしたいの」
「かしこまりました
それでは我々は挙兵の準備をして参ります」
「ええ、ありが……なんて?」
聞き間違いかしら
いま、作次郎は「挙兵」と言った?
どこに向かって出陣するつもりなのかしら
「ここまで輿入れの話を進めておきながら、直前になって取り止めるなどと
あまりにも美稜家を軽んじておられる
我らは奥州に家を興して日も浅い、それは政宗様とて百も承知のはずでござる
しかしこれはあまりにも人の心が無いと言わざるを得ませぬ
綾葉様の幸せを踏み躙り、ぬか喜びさせて終わる……それが伊達のやり方と申すのなら、我ら美稜衆は黙ってはおれませぬ!」
「ま、待って、待ちなさい!
輿入れの件は私から辞退を申し入れたのよ!
政宗様に非はないわ!」
「しかしそうせざるを得ないまでに仕向けたのは、政宗様でござろう!
某の目は誤魔化せませんぞ!
綾葉様が理由もなくそのような申し出、なされるはずもない!」
「それは!
……そうなのだけれど」
魔王の因縁も蝮の呪縛も解けたはずなのに、どうしてこうなっているのだろう
関ヶ原の合戦を生き抜いて、復活した第六天魔王さえ打ち倒して
蒼紅の決着こそつかなかったけれど、私と政宗様は何の憂いもなく祝言を挙げるだけのはずだったのに
私の為にと、領内の女たちが張り切って刺してくれた刺繍の白無垢は、職人の腕が光る白無垢にも引けを取らないほど美しい
美稜の象徴である桜があしらわれ、鶴が二羽、桜から飛び立つ図柄の刺繍は、正しく私の幸せを願われたものだ
「挙兵なんて馬鹿なことはやめてちょうだい
政宗様と夫婦になれないことは残念だけれど、私も観念して婿を探すべきなのかしらね」
「綾葉様──」
「三人ともご苦労様
今日はもう帰りなさい
千夜がいるから私は平気よ」
気遣わしげな目で私を見遣りながら、作次郎と女中たちが部屋を出ていく
しんと静まり返った室内には私しかいなくて、夕陽が沈もうとしているのも相まって、部屋の中は更に薄暗くなったように思えた
「……本当に綺麗な白無垢」
正絹の白無垢は、私の輿入れを一年伸ばしたからこそ手に入れられたもの
お陰でまたもや質素倹約生活に逆戻りしてしまったけれど、それすらも幸せに思えたものだった
「仕方ないわよね
政宗様がそうお考えなら……」
仕方ない、なんて
自分の輿入れの話が消えたのを、そんな言葉で片付けることになるとは思わなかった
「……藤次郎様……」
いつか、誰かが
この名前を呼ぶのかしら
私だけに許された名前ではなくなって……
私ではない、他の誰かが、藤次郎様とお呼びして
「貴方様に相応しいのは私だけだと、おっしゃってくださったではないですか……
奥州筆頭が嘘など吐いて……悪いお方でございますね……」
抱えている感情が何かも分からない
悲しみか、怒りか……いや、怒りは抱いていないはずだから、では悲しみだけなのかしら
ぽっかりと胸に洞が空いたようで、何も感じない
白無垢にそっと手を伸ばして、滑らかな生地を指先が撫でる
これを纏って藤次郎様の元へ嫁ぐことができたら、どんなに幸せだったか
壊れたように涙を流し続ける両目は、涙が止まる気配もない
「……姫様」
「あ……あら、千夜
いつからそこにいたの?
声を掛けてくれたら良かったのに」
「……申し訳ございません」
「どうして謝るのよ?
それよりほら、見てちょうだい
私の白無垢なんですって
桜と鶴で、縁起のいい絵柄の刺繍なのよ
これを着て藤次郎様の、元に、お嫁に行けたら……」
どんなに、幸せだったか
どうにか持たせていた虚勢が剥がれていく
一時の夢だったと諦めるには、一年という期間は長すぎた
伊達家にとって価値ある家となるには、二年という歳月は短すぎた
姫様──と千夜の声が背中から聞こえた
私を包むように抱き締める千夜の腕が温かい
そうされたら、もう駄目だった
美稜家の当主なんて仮面も落ちてしまって
残ったのは、叶わぬ恋に翻弄されただけの、憐れな私だけ
「……無様ね」
「そのようにおっしゃらないでください
殿を直向きに慕っておられた姫様は、眩しいほどでした」
「そう……かしら
もう分からないわ……」
「そうですとも
殿に恋をする姫様はお美しゅうございますから」
「……千夜」
「はい」
「今だけ……少し、甘えてもいい……?」
「勿論ですとも」
くるりと千夜のほうを振り向いて、その膝に顔を伏せる
泣き顔を人に見られたくない私の、斎藤家にいた頃からの癖だ
そうすれば千夜はただ黙って私の頭を撫でてくれる
母親が娘にするように、優しく温かい手で
「姫様」
「……ねぇや……」
「はい、姫様
ねぇやはここにおりますよ……」
やさしい手が私の頭を撫で続ける
ねぇやがいてくれるなら……もう、それでいい
ねぇやの幸せが私の幸せになればいい
私に幸せなんて……今更、あるはずもないものだったのだから
先触れもなく帰ってきたせいで、屋敷の者たちが慌てふためいていたけれど、すぐに私のことを出迎えてくれた
「ご無事であるとの知らせは受けておりましたが、やはりこうしてお帰り頂けますと安心いたします
よくぞご無事でおられました」
「ありがとう
留守の間、変わったことはない?」
「お陰様で、領内は平和そのものでございます」
名代として置いていた作次郎から報告を受けつつ、自室へと向かうと
部屋の中から女中が二人、楽しそうな顔をして出てきた
「姫様!
お戻りでございましたか!」
「お帰りなさいませ!
ちょうど今、姫様の白無垢が完成致しまして」
……白無垢
幸せの象徴のようなそれが、今の私にはとても重い
部屋へ入れば、衣紋掛けに、綺麗な刺繍を施された白無垢が掛けられていた
「……素晴らしいわ
とても綺麗な刺繍で……
村の女たちに礼を言わないといけないわね
こんなに綺麗な白無垢を貰えて、私は……」
ぽたり
左目からそれが零れたのは、その瞬間だった
固まる私をよそに、それは右目からも落ちていく
白無垢にそっと指先を触れさせて──私の足は力を失って、白無垢の足元に座り込むことしかできなかった
「姫様……?」
「……ごめんなさい、せっかく皆で作ってくれたのに
私……輿入れの話、無くなってしまったの」
「……な、何故です!?」
「政宗様に嫁ぐには、政略的な意味がなくて……
奥州筆頭に嫁ぐということは、それだけで大変な意味を持つわ
私には……美稜家は、それに見合うだけの価値がないのよ」
悲しいかな、それが事実
私は政宗様に嫁げるだけの価値を持たない
田舎娘はおとなしく、婿でもとって静かに暮らせという天からのお達しだ
「政宗様がおっしゃったのですか」
そう静かに問うてきた作次郎は、確かな怒りを抱いていた
いいえ、と首を振って、白無垢を見上げる
政宗様は何もおっしゃらなかった
……何も、おっしゃらなかったのだ
「はっきりと口にされたのは成実様だったわ
だけど政宗様は否定されなかった」
「……」
「それが答えなのだと思うわ
……皆、私のためにありがとう
報酬はちゃんと渡すから、少しだけ時間をくれる?
少し……心の整理をしたいの」
「かしこまりました
それでは我々は挙兵の準備をして参ります」
「ええ、ありが……なんて?」
聞き間違いかしら
いま、作次郎は「挙兵」と言った?
どこに向かって出陣するつもりなのかしら
「ここまで輿入れの話を進めておきながら、直前になって取り止めるなどと
あまりにも美稜家を軽んじておられる
我らは奥州に家を興して日も浅い、それは政宗様とて百も承知のはずでござる
しかしこれはあまりにも人の心が無いと言わざるを得ませぬ
綾葉様の幸せを踏み躙り、ぬか喜びさせて終わる……それが伊達のやり方と申すのなら、我ら美稜衆は黙ってはおれませぬ!」
「ま、待って、待ちなさい!
輿入れの件は私から辞退を申し入れたのよ!
政宗様に非はないわ!」
「しかしそうせざるを得ないまでに仕向けたのは、政宗様でござろう!
某の目は誤魔化せませんぞ!
綾葉様が理由もなくそのような申し出、なされるはずもない!」
「それは!
……そうなのだけれど」
魔王の因縁も蝮の呪縛も解けたはずなのに、どうしてこうなっているのだろう
関ヶ原の合戦を生き抜いて、復活した第六天魔王さえ打ち倒して
蒼紅の決着こそつかなかったけれど、私と政宗様は何の憂いもなく祝言を挙げるだけのはずだったのに
私の為にと、領内の女たちが張り切って刺してくれた刺繍の白無垢は、職人の腕が光る白無垢にも引けを取らないほど美しい
美稜の象徴である桜があしらわれ、鶴が二羽、桜から飛び立つ図柄の刺繍は、正しく私の幸せを願われたものだ
「挙兵なんて馬鹿なことはやめてちょうだい
政宗様と夫婦になれないことは残念だけれど、私も観念して婿を探すべきなのかしらね」
「綾葉様──」
「三人ともご苦労様
今日はもう帰りなさい
千夜がいるから私は平気よ」
気遣わしげな目で私を見遣りながら、作次郎と女中たちが部屋を出ていく
しんと静まり返った室内には私しかいなくて、夕陽が沈もうとしているのも相まって、部屋の中は更に薄暗くなったように思えた
「……本当に綺麗な白無垢」
正絹の白無垢は、私の輿入れを一年伸ばしたからこそ手に入れられたもの
お陰でまたもや質素倹約生活に逆戻りしてしまったけれど、それすらも幸せに思えたものだった
「仕方ないわよね
政宗様がそうお考えなら……」
仕方ない、なんて
自分の輿入れの話が消えたのを、そんな言葉で片付けることになるとは思わなかった
「……藤次郎様……」
いつか、誰かが
この名前を呼ぶのかしら
私だけに許された名前ではなくなって……
私ではない、他の誰かが、藤次郎様とお呼びして
「貴方様に相応しいのは私だけだと、おっしゃってくださったではないですか……
奥州筆頭が嘘など吐いて……悪いお方でございますね……」
抱えている感情が何かも分からない
悲しみか、怒りか……いや、怒りは抱いていないはずだから、では悲しみだけなのかしら
ぽっかりと胸に洞が空いたようで、何も感じない
白無垢にそっと手を伸ばして、滑らかな生地を指先が撫でる
これを纏って藤次郎様の元へ嫁ぐことができたら、どんなに幸せだったか
壊れたように涙を流し続ける両目は、涙が止まる気配もない
「……姫様」
「あ……あら、千夜
いつからそこにいたの?
声を掛けてくれたら良かったのに」
「……申し訳ございません」
「どうして謝るのよ?
それよりほら、見てちょうだい
私の白無垢なんですって
桜と鶴で、縁起のいい絵柄の刺繍なのよ
これを着て藤次郎様の、元に、お嫁に行けたら……」
どんなに、幸せだったか
どうにか持たせていた虚勢が剥がれていく
一時の夢だったと諦めるには、一年という期間は長すぎた
伊達家にとって価値ある家となるには、二年という歳月は短すぎた
姫様──と千夜の声が背中から聞こえた
私を包むように抱き締める千夜の腕が温かい
そうされたら、もう駄目だった
美稜家の当主なんて仮面も落ちてしまって
残ったのは、叶わぬ恋に翻弄されただけの、憐れな私だけ
「……無様ね」
「そのようにおっしゃらないでください
殿を直向きに慕っておられた姫様は、眩しいほどでした」
「そう……かしら
もう分からないわ……」
「そうですとも
殿に恋をする姫様はお美しゅうございますから」
「……千夜」
「はい」
「今だけ……少し、甘えてもいい……?」
「勿論ですとも」
くるりと千夜のほうを振り向いて、その膝に顔を伏せる
泣き顔を人に見られたくない私の、斎藤家にいた頃からの癖だ
そうすれば千夜はただ黙って私の頭を撫でてくれる
母親が娘にするように、優しく温かい手で
「姫様」
「……ねぇや……」
「はい、姫様
ねぇやはここにおりますよ……」
やさしい手が私の頭を撫で続ける
ねぇやがいてくれるなら……もう、それでいい
ねぇやの幸せが私の幸せになればいい
私に幸せなんて……今更、あるはずもないものだったのだから
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