Episode.3-9
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
浮き足立ったまま、藤次郎様のお部屋へと赴くと、成実様の声が聞こえてきて、思わず足を止めた
その声音はかなり厳しいものだったからだ
「本当に綾葉を正室に迎えるのか?」
「今更テメェが待ったをかけてくるとはな
どういう風の吹き回しだ?」
「奥州筆頭の正室は特別な意味を持つだろ
中立を保つ家の娘を娶って、うちの味方につけようとは思わねぇのか」
「……政略結婚、か
よくある手だな」
「綾葉を側室として抱えるなら俺もまあ、文句は言わねぇけど
言っちゃ悪いが、俺もお前も、自由に嫁を選べる立場じゃねぇんだって、分かってるんだろ」
……頭から冷や水を浴びせられたみたいだった
そう、よね……私が正室になって、何の利があるっていうの
片倉様も賛成してくださったから忘れていた
今の私には、政略結婚の価値がないんだと
(どうしよう、足が動かない……
早くここから立ち去りたいのに……)
心臓が嫌な脈を立てて、耳の奥で喧しく鳴っている
流れる汗は残暑のせいじゃない
冷え切った手を握り合わせたとき、背後からぽんと肩を叩かれた
「ッ、きゃ……」
「どうしたんですか、姐御?
筆頭なら、手当も終わってると思いますよ」
「あ……」
部屋の中から聞こえていた会話はピタリと止んだ
私がいるなんて知らなかったんだろう
声を掛けてくれた良直にどうにか笑って、藤次郎様の部屋へと足を動かした
……逃げ出したい
もし藤次郎様から、輿入れを拒否されたら
私は何を支えにしていけば──
「……綾葉」
「藤次郎、様」
気まずそうな顔をする成実様は、私を見ようとしない
……藤次郎様も否定の言葉を口にしない
それが答えであると察した
伊達家から輿入れの話を破棄するのは体裁が悪い
美稜家から申し入れなければならない──それが美稜家当主である私の役目なのだ
「……委細、承知致しました」
「ッ、綾葉──」
「伊達家の益々の発展を、お祈り申し上げます
私ではやはり、力不足でございますね……」
ああ、馬鹿みたい
惨めな私を見てほしくない
ありもしない夢物語に現を抜かして、恋に溺れた愚かな女
ほんとうに……馬鹿みたいだわ
「……藤次郎様から、一時でも情を頂けましたこと、嬉しゅうございました
夢のような心地でしたが……夢から醒める時でございますね
奥州美稜家当主綾葉、伊達家当主藤次郎政宗様への輿入れを──正式に辞退させて頂きます」
手をついて頭を下げたまま、そう言い切って顔を上げる
政宗様の顔色は青ざめているように見えて、何かを言おうと形のいい唇が動いた
それが言葉を告げる前に、私は立ち上がって
「美稜領に帰らせていただきますので、これにて御前を失礼致します」
政宗様の許可も得ないまま、足早にお部屋の前から立ち去る
千夜は……片倉様の元へ預けていこう
もうあの子は片倉様の正室なんだから、私にいつまでも付き従わせるわけにはいかない
冷静なのかそうでないのか分からない頭が、そんなことを考えた
片倉様はまだ千夜の部屋にいて、部屋の外にまで楽しげな声が漏れている
それを羨ましいと思うことすら、愚かしく感じてしまった
「片倉様
急で申し訳ございませんが、私は美稜領へ帰ります
千夜はそのまま置いていきますので、ご心配なさらぬよう」
部屋の外から声を掛ければ、話し声はピタリと止み
次いで慌ただしい手つきで障子が開いた
「姫様!?
せめてお怪我が塞がってからに──」
「ここまで馬に乗って帰ってこられたのよ
美稜領へ戻るくらい、なんて事ないわ
それじゃあ千夜……私の分まで、片倉様とお幸せにね」
それだけを言い残して自室へと戻る
不思議と涙は出ないものだ
やっぱり諦め癖がついてしまったのかしら
は、と乾いた笑いを零して、荷物をまとめていると
「姫様、先程のお言葉はどういう意味でございますか」
「千夜……」
「姫様の分までとおっしゃいましたが、姫様こそ殿とお幸せになられるはずです
なにゆえあのような……」
「その話なら、正式に辞退を申し入れたわ
まあそれも当然の話よね、今の私に政略的な意味なんか持たせられないもの」
風呂敷に詰められる分の荷物は詰め込みながら答える
それから風呂敷を背負って立ち上がり、千夜の頭をぽんと撫でた
「別に悲しくはないの
当然のことだもの、仕方ない話でしょう?
政宗様の正室は、奥州で最も特別な意味を持つ
私なんかが収まっていい席じゃないわ」
「そんな……!!」
「いいの
……もういいのよ」
こんなふうに無理やり終わらせるやり方を、千夜は狡いと思うでしょうね
でもこれが一番楽なのよ
全部を私のせいにしてしまえば、私だけが傷ついて済む話になる
家名に傷がつくのは致し方ないけれど、奥州から見た美稜家なんて、ちっぽけな存在だもの
国主たる政宗様がその名に瑕疵を追うべきじゃない
「お、お待ちください、姫様!
この千夜も共に……!」
「……千夜、あなたにもいつか暇を出さねばと思っていたわ
あなたはもう私の侍女じゃない、片倉様の妻だもの
これもいい機会ね
……片倉千夜、お前に暇を申し付ける
片倉様の妻として、その献身をもってお支えせよ」
「姫様──」
「長い間、私に仕えてくれたこと、本当に感謝しているわ
今この場でとはいかないけれど、後日あなたには退職金を与えるから、有意義に使ってちょうだいね」
姫様、と縋るような声を振り切って部屋を出る
庭に降りて厩へと向かう間も、千夜は私を呼び止めてくれた
それでも私は、ここに留まるわけにはいかない
「千夜、私の命令が聞けないの?」
「……聞けません」
「ついてくるなと言っているのに」
「意地でもついて行きます!
今の姫様をおひとりにはさせたくありません!」
「あなたはもう私の侍女ではなく、片倉様の妻なのよ
そんなについて来たいなら、片倉様のお許しを頂いてきなさい」
「姫様──」
「ただし、待ってはやらないわ
私はこの後すぐ厩に行って雛菊を連れ出す
正面の門にいなかったら置いていくわよ」
ここからなら、走れば間に合う
千夜の部屋と正門は、そう遠くない
片倉様に許しをもらって、着の身着のままで帰る覚悟を持てば、そのまま正門まで走ればいい
「かしこまりました!」
千夜がそう答え切らないうちに走り出す
やれやれと首を振って、私は厩へと足を進めた
厩では雛菊がのんびりと藁を食んでいる
「雛菊」
声を掛けてやれば、雛菊が耳をピンと立てて、私の方へ顔を向けた
そんな雛菊の顔を撫でて、「帰りましょうか」と呟く
雛菊を連れ出して鞍をつけていると、何も知らない厩番の兵が「お帰りッスか?」と声をかけてきた
「美稜領に帰るわ
当分は戻れないから、片倉様にそれだけ伝えておいて」
「了解しやした!
お気を付けて!」
鐙も着けて準備は完了
正門へと雛菊を歩かせていると、後ろから「姫様!」と千夜の声がした
肩で大きく息をしているから、本当に走ってきたんだろう
「片倉様に帰郷のお許しを頂きました
千夜めも連れ帰って頂きとうございます」
「仕方ないわね
そういう約束だもの」
先に千夜を雛菊の背に乗せて、その後ろに私が乗る
千夜を背後から抱き込むようにして手綱を握って、雛菊の腹を蹴った
雛菊の脚が力強く地を蹴り、美稜領への道を走り始める
結局、政宗様は……現れなかった
それが答えであるのだろう
私の価値なんて、所詮そのようなものだったのだ
己の価値を理解していなかった私が、ただ愚かにひとりで舞い上がっただけ
ただ、それだけだ
その声音はかなり厳しいものだったからだ
「本当に綾葉を正室に迎えるのか?」
「今更テメェが待ったをかけてくるとはな
どういう風の吹き回しだ?」
「奥州筆頭の正室は特別な意味を持つだろ
中立を保つ家の娘を娶って、うちの味方につけようとは思わねぇのか」
「……政略結婚、か
よくある手だな」
「綾葉を側室として抱えるなら俺もまあ、文句は言わねぇけど
言っちゃ悪いが、俺もお前も、自由に嫁を選べる立場じゃねぇんだって、分かってるんだろ」
……頭から冷や水を浴びせられたみたいだった
そう、よね……私が正室になって、何の利があるっていうの
片倉様も賛成してくださったから忘れていた
今の私には、政略結婚の価値がないんだと
(どうしよう、足が動かない……
早くここから立ち去りたいのに……)
心臓が嫌な脈を立てて、耳の奥で喧しく鳴っている
流れる汗は残暑のせいじゃない
冷え切った手を握り合わせたとき、背後からぽんと肩を叩かれた
「ッ、きゃ……」
「どうしたんですか、姐御?
筆頭なら、手当も終わってると思いますよ」
「あ……」
部屋の中から聞こえていた会話はピタリと止んだ
私がいるなんて知らなかったんだろう
声を掛けてくれた良直にどうにか笑って、藤次郎様の部屋へと足を動かした
……逃げ出したい
もし藤次郎様から、輿入れを拒否されたら
私は何を支えにしていけば──
「……綾葉」
「藤次郎、様」
気まずそうな顔をする成実様は、私を見ようとしない
……藤次郎様も否定の言葉を口にしない
それが答えであると察した
伊達家から輿入れの話を破棄するのは体裁が悪い
美稜家から申し入れなければならない──それが美稜家当主である私の役目なのだ
「……委細、承知致しました」
「ッ、綾葉──」
「伊達家の益々の発展を、お祈り申し上げます
私ではやはり、力不足でございますね……」
ああ、馬鹿みたい
惨めな私を見てほしくない
ありもしない夢物語に現を抜かして、恋に溺れた愚かな女
ほんとうに……馬鹿みたいだわ
「……藤次郎様から、一時でも情を頂けましたこと、嬉しゅうございました
夢のような心地でしたが……夢から醒める時でございますね
奥州美稜家当主綾葉、伊達家当主藤次郎政宗様への輿入れを──正式に辞退させて頂きます」
手をついて頭を下げたまま、そう言い切って顔を上げる
政宗様の顔色は青ざめているように見えて、何かを言おうと形のいい唇が動いた
それが言葉を告げる前に、私は立ち上がって
「美稜領に帰らせていただきますので、これにて御前を失礼致します」
政宗様の許可も得ないまま、足早にお部屋の前から立ち去る
千夜は……片倉様の元へ預けていこう
もうあの子は片倉様の正室なんだから、私にいつまでも付き従わせるわけにはいかない
冷静なのかそうでないのか分からない頭が、そんなことを考えた
片倉様はまだ千夜の部屋にいて、部屋の外にまで楽しげな声が漏れている
それを羨ましいと思うことすら、愚かしく感じてしまった
「片倉様
急で申し訳ございませんが、私は美稜領へ帰ります
千夜はそのまま置いていきますので、ご心配なさらぬよう」
部屋の外から声を掛ければ、話し声はピタリと止み
次いで慌ただしい手つきで障子が開いた
「姫様!?
せめてお怪我が塞がってからに──」
「ここまで馬に乗って帰ってこられたのよ
美稜領へ戻るくらい、なんて事ないわ
それじゃあ千夜……私の分まで、片倉様とお幸せにね」
それだけを言い残して自室へと戻る
不思議と涙は出ないものだ
やっぱり諦め癖がついてしまったのかしら
は、と乾いた笑いを零して、荷物をまとめていると
「姫様、先程のお言葉はどういう意味でございますか」
「千夜……」
「姫様の分までとおっしゃいましたが、姫様こそ殿とお幸せになられるはずです
なにゆえあのような……」
「その話なら、正式に辞退を申し入れたわ
まあそれも当然の話よね、今の私に政略的な意味なんか持たせられないもの」
風呂敷に詰められる分の荷物は詰め込みながら答える
それから風呂敷を背負って立ち上がり、千夜の頭をぽんと撫でた
「別に悲しくはないの
当然のことだもの、仕方ない話でしょう?
政宗様の正室は、奥州で最も特別な意味を持つ
私なんかが収まっていい席じゃないわ」
「そんな……!!」
「いいの
……もういいのよ」
こんなふうに無理やり終わらせるやり方を、千夜は狡いと思うでしょうね
でもこれが一番楽なのよ
全部を私のせいにしてしまえば、私だけが傷ついて済む話になる
家名に傷がつくのは致し方ないけれど、奥州から見た美稜家なんて、ちっぽけな存在だもの
国主たる政宗様がその名に瑕疵を追うべきじゃない
「お、お待ちください、姫様!
この千夜も共に……!」
「……千夜、あなたにもいつか暇を出さねばと思っていたわ
あなたはもう私の侍女じゃない、片倉様の妻だもの
これもいい機会ね
……片倉千夜、お前に暇を申し付ける
片倉様の妻として、その献身をもってお支えせよ」
「姫様──」
「長い間、私に仕えてくれたこと、本当に感謝しているわ
今この場でとはいかないけれど、後日あなたには退職金を与えるから、有意義に使ってちょうだいね」
姫様、と縋るような声を振り切って部屋を出る
庭に降りて厩へと向かう間も、千夜は私を呼び止めてくれた
それでも私は、ここに留まるわけにはいかない
「千夜、私の命令が聞けないの?」
「……聞けません」
「ついてくるなと言っているのに」
「意地でもついて行きます!
今の姫様をおひとりにはさせたくありません!」
「あなたはもう私の侍女ではなく、片倉様の妻なのよ
そんなについて来たいなら、片倉様のお許しを頂いてきなさい」
「姫様──」
「ただし、待ってはやらないわ
私はこの後すぐ厩に行って雛菊を連れ出す
正面の門にいなかったら置いていくわよ」
ここからなら、走れば間に合う
千夜の部屋と正門は、そう遠くない
片倉様に許しをもらって、着の身着のままで帰る覚悟を持てば、そのまま正門まで走ればいい
「かしこまりました!」
千夜がそう答え切らないうちに走り出す
やれやれと首を振って、私は厩へと足を進めた
厩では雛菊がのんびりと藁を食んでいる
「雛菊」
声を掛けてやれば、雛菊が耳をピンと立てて、私の方へ顔を向けた
そんな雛菊の顔を撫でて、「帰りましょうか」と呟く
雛菊を連れ出して鞍をつけていると、何も知らない厩番の兵が「お帰りッスか?」と声をかけてきた
「美稜領に帰るわ
当分は戻れないから、片倉様にそれだけ伝えておいて」
「了解しやした!
お気を付けて!」
鐙も着けて準備は完了
正門へと雛菊を歩かせていると、後ろから「姫様!」と千夜の声がした
肩で大きく息をしているから、本当に走ってきたんだろう
「片倉様に帰郷のお許しを頂きました
千夜めも連れ帰って頂きとうございます」
「仕方ないわね
そういう約束だもの」
先に千夜を雛菊の背に乗せて、その後ろに私が乗る
千夜を背後から抱き込むようにして手綱を握って、雛菊の腹を蹴った
雛菊の脚が力強く地を蹴り、美稜領への道を走り始める
結局、政宗様は……現れなかった
それが答えであるのだろう
私の価値なんて、所詮そのようなものだったのだ
己の価値を理解していなかった私が、ただ愚かにひとりで舞い上がっただけ
ただ、それだけだ
6/6ページ
