Episode.3-3
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銃術の鍛錬をと思って部屋から出て、最初の角を曲がった時だった
向かおうとした先から、それは恐ろしい怒気を感じたのだ
(私、斬り殺されるのかしら……)
あまりも殺気立ったそれに、無意識に二の腕を摩ってしまった
そうして現れたのは、怒り心頭の奥州筆頭だ
袖から出た腕や首元には真っ白な包帯が痛々しく、とてもではないが起き上がれる怪我ではないはずなのだけれど……と、かえって冷静になった頭が疑問符を飛ばす
「ツラ貸せ」
「新手の恐喝でございますか」
「ぶった斬られてぇか?」
「それが政宗様のご意思とあらば、どうぞご随意に」
さらりと髪を片側へ流して、首筋を晒す
左手に刀を携えた政宗様が目を剥いて、更に怒りが沸騰してしまったようだった
更に上の怒りがまだあったのか……と、純粋な驚きでいっぱいだ
「テメェ、ふざけるのも大概にしやがれ!!」
「ふざけてなど
私はいつでも本気です」
「本気だと!?
だとしたら何だ?
テメェは俺に相応しくねぇと、テメェの呼び名ひとつで俺の明日が決まると、本気で思ってやがるのか!」
「……事実、政宗様は、生死の境を彷徨う程の深手を負われました
私がお傍にいたにも関わらずです
私は美稜家や隆政様に続き、貴方様までをも喪うところだった
身の丈に合わぬ幸せなど掴もうとした罰です」
「テメェ、さっきから何を──」
「私などのことはどうぞ構わず、貴方様は貴方様の道を歩みなさいませ
先日も申し上げました通り、私の忠義は変わることなく貴方様へ捧げられておりますれば」
政宗様が言葉を失ったように押し黙る
口から先に生まれたようなお方が、珍しいこともあるものだ
政宗様のお気持ちは痛いほど伝わっている
だからこそ私から離れなければならないと知っていた
これ以上、私を愛してはいけない
貴方様を愛しているからこそ、私は貴方様から離れるのです
「……それが、テメェの望みだってのか」
「幻滅されましたか?」
「今更だろう」
そうとだけ、吐き捨てるように言って、政宗様は去っていった
今更──そう、あまりにも今更すぎるのだとわかっている
数年も共にしておいて今更、貴方様から離れたところで、この身に纏わりつく呪いが効果を失うはずもない
本当に離れたいのなら、奥州だって捨てるくらいの覚悟を決めなければならないのに、今更この場所を捨てる決意なんて固められない
(……たとえ今更だとしても、貴方様を喪う未来に辿り着くより何倍もましでしょう)
もう政宗様のことを愛さないと決めたはずなのに
去っていく背中に、思わず手を伸ばしてしまいそうになった
……本当に馬鹿ね
愛してはいけない人だったと思い知ったというのに
私はまだ未練がましく、政宗様のことを愛してしまっている
──私の幸福なんて、そんなもの……初めからこの世に存在するものじゃなかったのに
*********************
ようやく政宗様の包帯が減ってきた頃には、石田三成との戦いから二ヶ月程が過ぎていた
石田三成が奥州に侵攻してくる可能性は薄いと見て、美稜屋敷に戻った私は、溜まりに溜まった執務を片付ける日々に追われている
兎にも角にも、この地を不幸に染めることだけは避けなければならない
私の婚礼衣裳である白無垢の縫製も、村の女たちに謝罪して中止してもらった
石田三成の脅威は完全には去っておらず、いつまたこの奥州に凶王の手が及ぶか分からない
そこにケリをつけるまで、私の輿入れは延期される──と、嘘と真実を半分ずつ織り交ぜて説明すると、女たちは誰もが顔を真っ赤にして石田三成への怒りを顕にした
「……作次郎、茶を」
「すぐに」
伊達屋敷に残してきた千夜の代わりに、私の世話は家臣が担ってくれている
屋敷内の世話も、領内の村から女の奉公を募ったところ、応募が殺到して、振るいにかけなければならなかった程だ
「綾葉様、お茶が入りましてござる」
「ありがとう……あら、この菓子は?」
「そちらは政宗様より遣わされた者が、綾葉様にと
政宗様が手ずから作られたとかで」
「……そう」
ずんだを餅の上ではなく、大福の中に餡として詰められたらしい
黒文字で切り分けて口の中へ運ぶと、枝豆の風味と砂糖のほんのりとした甘さが口の中に広がった
「それと綾葉様、こちらは政宗様からの書状になりまする」
「あとで確認するわ、そこに置いておいて」
書状の山の一番上にそっと乗せられた、政宗様からの便り
以前までは他愛のない文を交わして、屋敷に参上する日までの会えない時間を慰めていたものだ
けれど私が政宗様と離れてから、そのやり取りもすっかり途絶えてしまった
屋敷の外からは、農作業に勤しむ民たちの朗らかな声が、風に乗って遠く聞こえてくる
(穏やかで平和な日常であるはずなのに……
どうしてこうも空虚なのかしら)
……否、原因など分かっている
ただしそれは私が求めていいものではない
美稜家を奥州の地に残せたこと──それが私にとって最大の幸福であるべきだ
(それでも──そうだとしても、虚しいものは虚しいのよ)
夏の色をした空は、政宗様を思わせるように濃い青を広げている
私のことなんて気に掛けて下さらなくてもいいのに、政宗様はこうして私へ手作りの菓子をくださった
その気持ちが何なのかなんて、誰かに言われなくても知っている
お茶とお菓子を食べ終えてようやく政宗様の書状を開くと、見慣れた字が目に飛び込んできた
十日後に出陣するから屋敷に来い、とのことだ
急いで書いたから読んだら燃やせと書いてあるそれを文箱に入れ、私はその文箱をつかの間、じっと見つめてしまった
その文箱は政宗様から頂いた書状だけを保管しているもので、政に関わるものから、ただの世間話に至るまで、様々な文が収められている
その文箱の蓋を閉めて、私はため息と共にそれを部屋の隅へと押しやったのだった
向かおうとした先から、それは恐ろしい怒気を感じたのだ
(私、斬り殺されるのかしら……)
あまりも殺気立ったそれに、無意識に二の腕を摩ってしまった
そうして現れたのは、怒り心頭の奥州筆頭だ
袖から出た腕や首元には真っ白な包帯が痛々しく、とてもではないが起き上がれる怪我ではないはずなのだけれど……と、かえって冷静になった頭が疑問符を飛ばす
「ツラ貸せ」
「新手の恐喝でございますか」
「ぶった斬られてぇか?」
「それが政宗様のご意思とあらば、どうぞご随意に」
さらりと髪を片側へ流して、首筋を晒す
左手に刀を携えた政宗様が目を剥いて、更に怒りが沸騰してしまったようだった
更に上の怒りがまだあったのか……と、純粋な驚きでいっぱいだ
「テメェ、ふざけるのも大概にしやがれ!!」
「ふざけてなど
私はいつでも本気です」
「本気だと!?
だとしたら何だ?
テメェは俺に相応しくねぇと、テメェの呼び名ひとつで俺の明日が決まると、本気で思ってやがるのか!」
「……事実、政宗様は、生死の境を彷徨う程の深手を負われました
私がお傍にいたにも関わらずです
私は美稜家や隆政様に続き、貴方様までをも喪うところだった
身の丈に合わぬ幸せなど掴もうとした罰です」
「テメェ、さっきから何を──」
「私などのことはどうぞ構わず、貴方様は貴方様の道を歩みなさいませ
先日も申し上げました通り、私の忠義は変わることなく貴方様へ捧げられておりますれば」
政宗様が言葉を失ったように押し黙る
口から先に生まれたようなお方が、珍しいこともあるものだ
政宗様のお気持ちは痛いほど伝わっている
だからこそ私から離れなければならないと知っていた
これ以上、私を愛してはいけない
貴方様を愛しているからこそ、私は貴方様から離れるのです
「……それが、テメェの望みだってのか」
「幻滅されましたか?」
「今更だろう」
そうとだけ、吐き捨てるように言って、政宗様は去っていった
今更──そう、あまりにも今更すぎるのだとわかっている
数年も共にしておいて今更、貴方様から離れたところで、この身に纏わりつく呪いが効果を失うはずもない
本当に離れたいのなら、奥州だって捨てるくらいの覚悟を決めなければならないのに、今更この場所を捨てる決意なんて固められない
(……たとえ今更だとしても、貴方様を喪う未来に辿り着くより何倍もましでしょう)
もう政宗様のことを愛さないと決めたはずなのに
去っていく背中に、思わず手を伸ばしてしまいそうになった
……本当に馬鹿ね
愛してはいけない人だったと思い知ったというのに
私はまだ未練がましく、政宗様のことを愛してしまっている
──私の幸福なんて、そんなもの……初めからこの世に存在するものじゃなかったのに
*********************
ようやく政宗様の包帯が減ってきた頃には、石田三成との戦いから二ヶ月程が過ぎていた
石田三成が奥州に侵攻してくる可能性は薄いと見て、美稜屋敷に戻った私は、溜まりに溜まった執務を片付ける日々に追われている
兎にも角にも、この地を不幸に染めることだけは避けなければならない
私の婚礼衣裳である白無垢の縫製も、村の女たちに謝罪して中止してもらった
石田三成の脅威は完全には去っておらず、いつまたこの奥州に凶王の手が及ぶか分からない
そこにケリをつけるまで、私の輿入れは延期される──と、嘘と真実を半分ずつ織り交ぜて説明すると、女たちは誰もが顔を真っ赤にして石田三成への怒りを顕にした
「……作次郎、茶を」
「すぐに」
伊達屋敷に残してきた千夜の代わりに、私の世話は家臣が担ってくれている
屋敷内の世話も、領内の村から女の奉公を募ったところ、応募が殺到して、振るいにかけなければならなかった程だ
「綾葉様、お茶が入りましてござる」
「ありがとう……あら、この菓子は?」
「そちらは政宗様より遣わされた者が、綾葉様にと
政宗様が手ずから作られたとかで」
「……そう」
ずんだを餅の上ではなく、大福の中に餡として詰められたらしい
黒文字で切り分けて口の中へ運ぶと、枝豆の風味と砂糖のほんのりとした甘さが口の中に広がった
「それと綾葉様、こちらは政宗様からの書状になりまする」
「あとで確認するわ、そこに置いておいて」
書状の山の一番上にそっと乗せられた、政宗様からの便り
以前までは他愛のない文を交わして、屋敷に参上する日までの会えない時間を慰めていたものだ
けれど私が政宗様と離れてから、そのやり取りもすっかり途絶えてしまった
屋敷の外からは、農作業に勤しむ民たちの朗らかな声が、風に乗って遠く聞こえてくる
(穏やかで平和な日常であるはずなのに……
どうしてこうも空虚なのかしら)
……否、原因など分かっている
ただしそれは私が求めていいものではない
美稜家を奥州の地に残せたこと──それが私にとって最大の幸福であるべきだ
(それでも──そうだとしても、虚しいものは虚しいのよ)
夏の色をした空は、政宗様を思わせるように濃い青を広げている
私のことなんて気に掛けて下さらなくてもいいのに、政宗様はこうして私へ手作りの菓子をくださった
その気持ちが何なのかなんて、誰かに言われなくても知っている
お茶とお菓子を食べ終えてようやく政宗様の書状を開くと、見慣れた字が目に飛び込んできた
十日後に出陣するから屋敷に来い、とのことだ
急いで書いたから読んだら燃やせと書いてあるそれを文箱に入れ、私はその文箱をつかの間、じっと見つめてしまった
その文箱は政宗様から頂いた書状だけを保管しているもので、政に関わるものから、ただの世間話に至るまで、様々な文が収められている
その文箱の蓋を閉めて、私はため息と共にそれを部屋の隅へと押しやったのだった
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