07 絶望又は希望
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その日の夕方
部活まできっちり終えた俺達は、いつも通り綱元の車で帰る算段だった
──少なくとも、部活が始まるまでは
「……政宗様、輝宗様より、本家へ寄るようにと」
「このtimingでか」
「……夕歌のことと無関係とは思えません
夕歌も連れてくるようにと添えてありますので」
「………」
一体どういう話をするつもりだ
知らないうちに顔が険しくなっていたようで、くい、と袖を引かれてハッと我に返ると、不安気な表情の夕歌が俺を見上げていた
「……悪いお話ですか?」
「さぁな、行かねぇことには分からねぇらしい」
「………」
「No problem.
今回は俺が呼び出されたんだ、お前に悪いことは起きねぇさ」
夕歌の手を握って、駐車場へ向かう
本家に着くと、玄関先で留守と白石が待っていた
「……坊ちゃん」
「どうした、留守」
「藤野の者がお越しです」
「──!」
背後で夕歌が硬直したのが分かる
この状況下で藤野の手先が来るなんざ、話はほぼ決まっているようなもんだ
「……丁重にお帰り願うぞ」
「ッス!」
しっかりと夕歌の手を繋ぐ
絶対に──離すものか
俺を救ってくれた手を、今度は俺が救う番だ
応接間の襖を開け放す
中に居たのは、うちの両親と──藤野が遣わせたであろう男
「………」
「伊達家次期当主・伊達政宗様」
「要件はなんだ、手短に言え」
席に座ることもせず、そう言い放つ
お袋から叱責が飛んだが、構っている場合じゃねぇ
「斎藤夕歌との離縁を」
「ふざけてんのか」
「まさか」
「Ha!
寝言は寝て言うんだな──アンタの主にはそう伝えな」
「………」
「こいつは俺のモンだ
今更、藤野に返すつもりは毛頭ねぇ」
「では、藤野との提携は破談で宜しいか」
「提携?Ha!
それこそ笑えねぇjokeだ
……俺がいつ、アンタら藤野と手を組むなんざほざいた?」
「………」
「アンタの主は勘違いをしていやがるようだが──
俺は藤野との提携を目的に、コイツと一緒になったわけじゃねぇ
そんなモンはオマケ程度だ
破談でも何でも、好きにすりゃあいいさ」
にべもなくそう突き返せば、野郎は焦ったように目を泳がせた
大方、佳宏の野郎からは、藤野との提携を破談にするとちらつかせれば言う通りになる、とでも言われていたんだろう
生憎だがそれはメディアがつけた尾ひれ──いわば後付けの理由だ
そんなモンは端から予定しちゃいねぇ
「話はそれだけか?
だったら俺と夕歌は帰るぜ」
「──新倉はお前を見限ったぞ、斎藤夕歌」
ぴたり、と夕歌の脚が止まった
コイツは──夕歌が戻らねぇと分かった途端、矛先を俺から夕歌にすり替えやがった
「テメェ──」
「……どう、して」
茫然とした……か細い声が、引き攣ったような悲鳴へと変化する
身を裂かれるような声だった
聞いているこちらが、つらくなるような
「お前が藤野に戻らないのならば、藤野はお前と一切の縁を切る
藤野邸への往来も、芳江会長への面会も、当然、新倉和真との接触も拒否する」
「……それがテメェのやり方だってのか
散々傷ついて、苦しんで、ようやく手に入れた家族の存在を、テメェの私怨で──!!」
「……藤野佳之の血を引かぬ者を、藤野一族として迎え入れるわけにはいかない」
話は終わったと言わんばかりに、そいつは立ち上がって応接間を出て行こうとした
その口元に、夕歌を蔑む笑みが乗っていることを、俺は視界の端で捉えた
「テメェ──」
「──だったら、斎藤夕歌は、正式に伊達家が面倒を見ようじゃねぇか」
親父の静かな声が、応接間に響く
そいつが引きつった顔で振り向くのにつられて親父を振り返ると
──親父は、未だかつてないほどの怒気を纏って、そいつを鬼の形相で睨みつけていた
「テメェらは人を何だと思ってやがんだ?
夕歌ちゃんがどれだけ、テメェらの私怨に振り回されて、人生を棒に振ってきたと思ってやがる!
いいか、夕歌ちゃんはな、ようやく自分の人生を歩き始めたところなんだ
それをテメェらの血統主義で邪魔するんじゃねぇッ!
いらねぇってんなら、ウチが喜んで面倒見らァ!
この子の価値を遺産にしか見出せねぇような──価値すら見出せねぇような凡愚共に、これ以上うちの可愛い義娘が貶められてたまるかってんだ!」
「あなた──」
「分かったら、とっとと帰りやがれ!!
二度とうちの敷居を跨ぐんじゃねぇッ!!
テメェんとこの馬鹿当主にもそう伝えろ!!」
親父の剣幕に呑まれた使者が、自分の脚に縺れながら応接間から逃げ出していく
それを閻魔のような顔で見送った親父は、次の瞬間、人の顔を取り戻した
「夕歌ちゃん、大丈夫か?」
「は……はい」
「親父の剣幕にビビって、震えも止まったらしい」
「あぁ!?
び、ビビらせちまったか!?
あー怖くない、怖くないぞ、な!?
お、お義、お義からもなんか……」
さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったのか、義理の娘に嫌われたかもしれないと自分の嫁に情けなく縋る姿は、ある意味では見慣れた姿だ
それに「はいはい、そんなことはありませんよ」と受け流すお袋も
「……新倉の奴もな、夕歌ちゃんを見限ったりはしてねぇと俺は思うんだ」
「はい……私も、そう思います」
「きっと何か事情があるはずだ
大丈夫だ、俺達の知ってる新倉和真なら、瀕死の重傷でも夕歌ちゃんのところに戻ってくる
あの野郎も相当、夕歌ちゃんに惚れ込んでるからな!」
「安心なさい、夕歌ちゃん
私たち伊達家はあなたの味方よ
あなたはもう斎藤夕歌じゃない、伊達夕歌なのよ
藤野が何だって言うの?
あなたが帰るべき場所は、いつだってこの日本家屋のお屋敷よ
それを忘れないで頂戴ね?」
頬を優しく両手で挟んで、お袋が綺麗に微笑む
それが心からの言葉であることくらい、俺も親父も分かっていた
そっと夕歌の背中に俺が手を当てて、お袋が夕歌を抱きしめる
そして、親父が夕歌の頭を撫でて──
ありがとうございます、と小さな声が呟いて、微かな嗚咽が聞こえ始める
もう、解放されてほしい
この小さな身体を苛む苦しみと痛みから
こんなに痛々しい涙を、もう見ることがないように──
部活まできっちり終えた俺達は、いつも通り綱元の車で帰る算段だった
──少なくとも、部活が始まるまでは
「……政宗様、輝宗様より、本家へ寄るようにと」
「このtimingでか」
「……夕歌のことと無関係とは思えません
夕歌も連れてくるようにと添えてありますので」
「………」
一体どういう話をするつもりだ
知らないうちに顔が険しくなっていたようで、くい、と袖を引かれてハッと我に返ると、不安気な表情の夕歌が俺を見上げていた
「……悪いお話ですか?」
「さぁな、行かねぇことには分からねぇらしい」
「………」
「No problem.
今回は俺が呼び出されたんだ、お前に悪いことは起きねぇさ」
夕歌の手を握って、駐車場へ向かう
本家に着くと、玄関先で留守と白石が待っていた
「……坊ちゃん」
「どうした、留守」
「藤野の者がお越しです」
「──!」
背後で夕歌が硬直したのが分かる
この状況下で藤野の手先が来るなんざ、話はほぼ決まっているようなもんだ
「……丁重にお帰り願うぞ」
「ッス!」
しっかりと夕歌の手を繋ぐ
絶対に──離すものか
俺を救ってくれた手を、今度は俺が救う番だ
応接間の襖を開け放す
中に居たのは、うちの両親と──藤野が遣わせたであろう男
「………」
「伊達家次期当主・伊達政宗様」
「要件はなんだ、手短に言え」
席に座ることもせず、そう言い放つ
お袋から叱責が飛んだが、構っている場合じゃねぇ
「斎藤夕歌との離縁を」
「ふざけてんのか」
「まさか」
「Ha!
寝言は寝て言うんだな──アンタの主にはそう伝えな」
「………」
「こいつは俺のモンだ
今更、藤野に返すつもりは毛頭ねぇ」
「では、藤野との提携は破談で宜しいか」
「提携?Ha!
それこそ笑えねぇjokeだ
……俺がいつ、アンタら藤野と手を組むなんざほざいた?」
「………」
「アンタの主は勘違いをしていやがるようだが──
俺は藤野との提携を目的に、コイツと一緒になったわけじゃねぇ
そんなモンはオマケ程度だ
破談でも何でも、好きにすりゃあいいさ」
にべもなくそう突き返せば、野郎は焦ったように目を泳がせた
大方、佳宏の野郎からは、藤野との提携を破談にするとちらつかせれば言う通りになる、とでも言われていたんだろう
生憎だがそれはメディアがつけた尾ひれ──いわば後付けの理由だ
そんなモンは端から予定しちゃいねぇ
「話はそれだけか?
だったら俺と夕歌は帰るぜ」
「──新倉はお前を見限ったぞ、斎藤夕歌」
ぴたり、と夕歌の脚が止まった
コイツは──夕歌が戻らねぇと分かった途端、矛先を俺から夕歌にすり替えやがった
「テメェ──」
「……どう、して」
茫然とした……か細い声が、引き攣ったような悲鳴へと変化する
身を裂かれるような声だった
聞いているこちらが、つらくなるような
「お前が藤野に戻らないのならば、藤野はお前と一切の縁を切る
藤野邸への往来も、芳江会長への面会も、当然、新倉和真との接触も拒否する」
「……それがテメェのやり方だってのか
散々傷ついて、苦しんで、ようやく手に入れた家族の存在を、テメェの私怨で──!!」
「……藤野佳之の血を引かぬ者を、藤野一族として迎え入れるわけにはいかない」
話は終わったと言わんばかりに、そいつは立ち上がって応接間を出て行こうとした
その口元に、夕歌を蔑む笑みが乗っていることを、俺は視界の端で捉えた
「テメェ──」
「──だったら、斎藤夕歌は、正式に伊達家が面倒を見ようじゃねぇか」
親父の静かな声が、応接間に響く
そいつが引きつった顔で振り向くのにつられて親父を振り返ると
──親父は、未だかつてないほどの怒気を纏って、そいつを鬼の形相で睨みつけていた
「テメェらは人を何だと思ってやがんだ?
夕歌ちゃんがどれだけ、テメェらの私怨に振り回されて、人生を棒に振ってきたと思ってやがる!
いいか、夕歌ちゃんはな、ようやく自分の人生を歩き始めたところなんだ
それをテメェらの血統主義で邪魔するんじゃねぇッ!
いらねぇってんなら、ウチが喜んで面倒見らァ!
この子の価値を遺産にしか見出せねぇような──価値すら見出せねぇような凡愚共に、これ以上うちの可愛い義娘が貶められてたまるかってんだ!」
「あなた──」
「分かったら、とっとと帰りやがれ!!
二度とうちの敷居を跨ぐんじゃねぇッ!!
テメェんとこの馬鹿当主にもそう伝えろ!!」
親父の剣幕に呑まれた使者が、自分の脚に縺れながら応接間から逃げ出していく
それを閻魔のような顔で見送った親父は、次の瞬間、人の顔を取り戻した
「夕歌ちゃん、大丈夫か?」
「は……はい」
「親父の剣幕にビビって、震えも止まったらしい」
「あぁ!?
び、ビビらせちまったか!?
あー怖くない、怖くないぞ、な!?
お、お義、お義からもなんか……」
さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったのか、義理の娘に嫌われたかもしれないと自分の嫁に情けなく縋る姿は、ある意味では見慣れた姿だ
それに「はいはい、そんなことはありませんよ」と受け流すお袋も
「……新倉の奴もな、夕歌ちゃんを見限ったりはしてねぇと俺は思うんだ」
「はい……私も、そう思います」
「きっと何か事情があるはずだ
大丈夫だ、俺達の知ってる新倉和真なら、瀕死の重傷でも夕歌ちゃんのところに戻ってくる
あの野郎も相当、夕歌ちゃんに惚れ込んでるからな!」
「安心なさい、夕歌ちゃん
私たち伊達家はあなたの味方よ
あなたはもう斎藤夕歌じゃない、伊達夕歌なのよ
藤野が何だって言うの?
あなたが帰るべき場所は、いつだってこの日本家屋のお屋敷よ
それを忘れないで頂戴ね?」
頬を優しく両手で挟んで、お袋が綺麗に微笑む
それが心からの言葉であることくらい、俺も親父も分かっていた
そっと夕歌の背中に俺が手を当てて、お袋が夕歌を抱きしめる
そして、親父が夕歌の頭を撫でて──
ありがとうございます、と小さな声が呟いて、微かな嗚咽が聞こえ始める
もう、解放されてほしい
この小さな身体を苛む苦しみと痛みから
こんなに痛々しい涙を、もう見ることがないように──