43 そして夏は終わらない
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午前中の稽古が終わった
整列して挨拶をした瞬間、私と成実はその場に倒れ込んだ
「死……」
「そ……」
謎の会話が成実との間で繰り広げられる
訳すと「死ぬ」「それな」だ
師範と片倉先生が揃った以上、私達に温情はないのだ
速攻で膝が笑って立てないもん
「婆娑羅学院の元部長コンビがこうなってるから、後輩達が怖いもの見る顔だもんね」
「そーいや俺ら、三年の時に部長やってたな……」
「成実、立てたら教えて……
私しばらく無理」
「奇遇だな、俺も立てる気がしねぇ」
二人で床に大の字になったままでいると、不意に視界に片倉先生が入ってきた
なんですか、と思う間もなく、腕を引っ張られて強制的に立たされる
「ったく、だらしのねぇ教え子共だぜ」
「スパルタにも程があんだろ、こじゅ兄よぉ……」
よろよろと壁際まで歩いて、先輩の肩に掴まる
そのまま更衣室に連れて行ってもらった
これから第二食堂でお昼を食べるために移動するんだけど、もはや歩くことすらままならない
「夕歌ちゃん、おんぶしてあげよっか?」
「先輩……!」
三年生の先輩に頭を下げ、先輩が私を背中におぶさって更衣室を出ていく
政宗さんと成実が私を見て何か言いたい顔をしたあと、互いの顔を見やってから「うげぇ」という顔をした
「おんぶされるにしてもお前だけはねぇわ」と成実の心の声が聞こえてくるようだ
「二年生とか一年生は学院出身の子も多い割には、なんでか知らないけど夕歌ちゃんと距離置きたがるよね
なんでか心当たりある?」
「ファンクラブの掟らしいんですよ
逸脱行為は会員資格の剥奪に繋がりかねないらしくて」
「……そうなんだ
なんていうか……すごいね、ファンクラブ」
「本当にすごいですよね
私にファンクラブがあることも含めて」
「芸能人でもないのにファンクラブができてるんだもんね
漫画とかアニメの世界の話だと思ってたのに」
「現実なんですよ、残念ながら」
学院時代、剣道部はもちろん、ありとあらゆる部活、帰宅部に至るまで私のファンクラブ会員がいたもんだから、私が廊下を歩くだけでそれはもう熱い視線が向けられていた
……それは今でも変わらないんだけど、ファンクラブじゃない人のほうが圧倒的に多いから、気にならずに済んでいる
「私なんて、その辺の人間と大して変わらないんですけどね」
「いやぁそれは……どうだぁ?
まあ確かに言われなきゃ分かんないけどさ、大財閥の孫娘で、世界的大富豪の御曹司の嫁なんて立場の人だって
何も言われなかったら、ちょっと育ちのいいお嬢様なのかなってくらいにしか思わないもんね」
「……お嬢様っぽくはあったのか……」
「お嬢様っぽくないと思ってたの!?
めっちゃお嬢様感あるよ!?」
「そんな!!
高一までずっと一般庶民として生きてきたんです!!
タイムセールが生き甲斐だったのに!!」
「お嬢様なのにタイムセール行くの!?」
「一般庶民にとってタイムセールは戦場ですよ」
タイムセールは歴戦の主婦達との戦い、バトルロイヤルだ
少しでも遠慮をすればすべて掻っ攫われる
全てのコーナーを回りきれる最短ルートの算出、押し合いに負けない胆力──ここに剣道で培った足腰の強さが生きた
「はい、到着〜」
「ありがとうございましたー!」
「今日の日替わりは……B定、コロッケだ!
すいませーん!
日替わりBひとつー!」
メニューを一目見るや否や、先輩はトレーを手にカウンターへと走っていった
ここの食堂ってコロッケ美味しいんだ、知らなかった
「A定食は鯖の塩焼きかぁ
……普通の定食にしようかな」
「二食はカツ丼が美味ぇぞ」
「あ、政宗さん!
……と成実、大丈夫?」
「ここまで歩けた自分がすげぇと思ってる」
よぼよぼしながら成実が食堂に入ってきて、トレーを手にメニューを眺めた
政宗さんはカツ丼の大盛りを頼むらしい
「え!!
梵、今日のB定コロッケだぞ!!」
「What's!?
コロッケは講義期間中だけじゃねぇのか!?」
「それは分かんねぇけど、とりあえず俺B定にする!
お前は?」
「B定に決まってんだろ!」
「え、え?
二食のコロッケってそんなに美味しいんですか?」
「「食えば分かる」」
従兄弟組が揃って言うなら……間違いないんだろう
私も日替わりB定食にしないと!!
慌ててトレーを持って成実についていくと、後ろから政宗さんもついてきた
「俺と後ろ二人まで日替わりのB定、大盛りで!」
成実の声が通るや否や、政宗さんの後ろからも「俺も!」「私も!」もB定食を希望する声が続いていく
第二食堂のコロッケ、どこまで学生達の胃袋を掴んでいるんだ……?
カウンターの向こうから大盛りのご飯が来て、お味噌汁が来て、メインのコロッケが乗った大皿が渡されてくる
それを受け取ってトレーに並べ、レジへ向かってお会計を済ませようとすると
「さっきのお兄さんが、お姉さんと背の高いお兄さんの分まで払ってったよ」
「え!!
マジですか、ありがとうございます!」
政宗さんがこちらへ来て、同じように会計を済ませようとする
「成実が払ってます」と伝えると、政宗さんはちょっと驚いたように目を丸くして、レジのおばちゃんに軽く目礼してから横を通った
スマートな……スマートなお礼だった……
席は成実が取ってくれていたので、政宗さんと三人で固まって座った
「成実、定食代……」
「あーいいよ、高いもんでもなし
俺がいるのにお前らに財布を出させるわけにもいかねぇだろ」
「で、でも」
「きっちりレシートはもらったしな
帰ったら原田に経費申請すればいいだけだ」
「ちゃっかりしてる……」
そういうことならと、手を合わせて「いただきます」と挨拶して、コロッケに橋を通す
サクッ……というそれはとてもいい音がした
「揚げたて……!?」
「二食のコロッケは揚げたてだから美味ぇんだよな」
「なんで成実、そんなこと知ってんの?
いつも私達と一緒に食べてるのに」
「お前が休んでる時に食ったから」
「な!!」
どう考えたって去年の学祭の時の話だ
ひどい、私が記憶喪失になっててんやわんやしていた頃に、成実はこんな美味しそうなコロッケを食べていたなんて
一口大に切り分けて、口へ運ぶ
瞬間、ホクホクのじゃがいもと合い挽きミンチのジューシーな味わいが口の中を駆け抜けた
「……美味しい!」
「だろ!?
これめちゃくちゃ美味いよな!?」
「私が作ってもここまで美味しくならないのに……」
「俺もだ」
政宗さんまで負けを認めるなんて……
恐るべし、二食のコロッケ
しかも周りのトレーを見たら、ほとんどの人間がコロッケを食べていた
すごいな、二食のコロッケの威力
こんなに大人気なら、百個でも足りない気がする
いったいどれほどの数のコロッケを揚げているんだろう……
整列して挨拶をした瞬間、私と成実はその場に倒れ込んだ
「死……」
「そ……」
謎の会話が成実との間で繰り広げられる
訳すと「死ぬ」「それな」だ
師範と片倉先生が揃った以上、私達に温情はないのだ
速攻で膝が笑って立てないもん
「婆娑羅学院の元部長コンビがこうなってるから、後輩達が怖いもの見る顔だもんね」
「そーいや俺ら、三年の時に部長やってたな……」
「成実、立てたら教えて……
私しばらく無理」
「奇遇だな、俺も立てる気がしねぇ」
二人で床に大の字になったままでいると、不意に視界に片倉先生が入ってきた
なんですか、と思う間もなく、腕を引っ張られて強制的に立たされる
「ったく、だらしのねぇ教え子共だぜ」
「スパルタにも程があんだろ、こじゅ兄よぉ……」
よろよろと壁際まで歩いて、先輩の肩に掴まる
そのまま更衣室に連れて行ってもらった
これから第二食堂でお昼を食べるために移動するんだけど、もはや歩くことすらままならない
「夕歌ちゃん、おんぶしてあげよっか?」
「先輩……!」
三年生の先輩に頭を下げ、先輩が私を背中におぶさって更衣室を出ていく
政宗さんと成実が私を見て何か言いたい顔をしたあと、互いの顔を見やってから「うげぇ」という顔をした
「おんぶされるにしてもお前だけはねぇわ」と成実の心の声が聞こえてくるようだ
「二年生とか一年生は学院出身の子も多い割には、なんでか知らないけど夕歌ちゃんと距離置きたがるよね
なんでか心当たりある?」
「ファンクラブの掟らしいんですよ
逸脱行為は会員資格の剥奪に繋がりかねないらしくて」
「……そうなんだ
なんていうか……すごいね、ファンクラブ」
「本当にすごいですよね
私にファンクラブがあることも含めて」
「芸能人でもないのにファンクラブができてるんだもんね
漫画とかアニメの世界の話だと思ってたのに」
「現実なんですよ、残念ながら」
学院時代、剣道部はもちろん、ありとあらゆる部活、帰宅部に至るまで私のファンクラブ会員がいたもんだから、私が廊下を歩くだけでそれはもう熱い視線が向けられていた
……それは今でも変わらないんだけど、ファンクラブじゃない人のほうが圧倒的に多いから、気にならずに済んでいる
「私なんて、その辺の人間と大して変わらないんですけどね」
「いやぁそれは……どうだぁ?
まあ確かに言われなきゃ分かんないけどさ、大財閥の孫娘で、世界的大富豪の御曹司の嫁なんて立場の人だって
何も言われなかったら、ちょっと育ちのいいお嬢様なのかなってくらいにしか思わないもんね」
「……お嬢様っぽくはあったのか……」
「お嬢様っぽくないと思ってたの!?
めっちゃお嬢様感あるよ!?」
「そんな!!
高一までずっと一般庶民として生きてきたんです!!
タイムセールが生き甲斐だったのに!!」
「お嬢様なのにタイムセール行くの!?」
「一般庶民にとってタイムセールは戦場ですよ」
タイムセールは歴戦の主婦達との戦い、バトルロイヤルだ
少しでも遠慮をすればすべて掻っ攫われる
全てのコーナーを回りきれる最短ルートの算出、押し合いに負けない胆力──ここに剣道で培った足腰の強さが生きた
「はい、到着〜」
「ありがとうございましたー!」
「今日の日替わりは……B定、コロッケだ!
すいませーん!
日替わりBひとつー!」
メニューを一目見るや否や、先輩はトレーを手にカウンターへと走っていった
ここの食堂ってコロッケ美味しいんだ、知らなかった
「A定食は鯖の塩焼きかぁ
……普通の定食にしようかな」
「二食はカツ丼が美味ぇぞ」
「あ、政宗さん!
……と成実、大丈夫?」
「ここまで歩けた自分がすげぇと思ってる」
よぼよぼしながら成実が食堂に入ってきて、トレーを手にメニューを眺めた
政宗さんはカツ丼の大盛りを頼むらしい
「え!!
梵、今日のB定コロッケだぞ!!」
「What's!?
コロッケは講義期間中だけじゃねぇのか!?」
「それは分かんねぇけど、とりあえず俺B定にする!
お前は?」
「B定に決まってんだろ!」
「え、え?
二食のコロッケってそんなに美味しいんですか?」
「「食えば分かる」」
従兄弟組が揃って言うなら……間違いないんだろう
私も日替わりB定食にしないと!!
慌ててトレーを持って成実についていくと、後ろから政宗さんもついてきた
「俺と後ろ二人まで日替わりのB定、大盛りで!」
成実の声が通るや否や、政宗さんの後ろからも「俺も!」「私も!」もB定食を希望する声が続いていく
第二食堂のコロッケ、どこまで学生達の胃袋を掴んでいるんだ……?
カウンターの向こうから大盛りのご飯が来て、お味噌汁が来て、メインのコロッケが乗った大皿が渡されてくる
それを受け取ってトレーに並べ、レジへ向かってお会計を済ませようとすると
「さっきのお兄さんが、お姉さんと背の高いお兄さんの分まで払ってったよ」
「え!!
マジですか、ありがとうございます!」
政宗さんがこちらへ来て、同じように会計を済ませようとする
「成実が払ってます」と伝えると、政宗さんはちょっと驚いたように目を丸くして、レジのおばちゃんに軽く目礼してから横を通った
スマートな……スマートなお礼だった……
席は成実が取ってくれていたので、政宗さんと三人で固まって座った
「成実、定食代……」
「あーいいよ、高いもんでもなし
俺がいるのにお前らに財布を出させるわけにもいかねぇだろ」
「で、でも」
「きっちりレシートはもらったしな
帰ったら原田に経費申請すればいいだけだ」
「ちゃっかりしてる……」
そういうことならと、手を合わせて「いただきます」と挨拶して、コロッケに橋を通す
サクッ……というそれはとてもいい音がした
「揚げたて……!?」
「二食のコロッケは揚げたてだから美味ぇんだよな」
「なんで成実、そんなこと知ってんの?
いつも私達と一緒に食べてるのに」
「お前が休んでる時に食ったから」
「な!!」
どう考えたって去年の学祭の時の話だ
ひどい、私が記憶喪失になっててんやわんやしていた頃に、成実はこんな美味しそうなコロッケを食べていたなんて
一口大に切り分けて、口へ運ぶ
瞬間、ホクホクのじゃがいもと合い挽きミンチのジューシーな味わいが口の中を駆け抜けた
「……美味しい!」
「だろ!?
これめちゃくちゃ美味いよな!?」
「私が作ってもここまで美味しくならないのに……」
「俺もだ」
政宗さんまで負けを認めるなんて……
恐るべし、二食のコロッケ
しかも周りのトレーを見たら、ほとんどの人間がコロッケを食べていた
すごいな、二食のコロッケの威力
こんなに大人気なら、百個でも足りない気がする
いったいどれほどの数のコロッケを揚げているんだろう……