40 五度目の夏
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あの引き出しの中身は、きっと和真さんに渡せなかった誕生日プレゼントだったんだろう
和真さんが引退する時、今までの分をまとめて渡すつもりで、あの引き出しにしまっておいたのかもしれない
「本当に渡すつもりだったと思いますよ、母は」
「そうかもしれませんね」
「だって母の部屋の引き出しに、男性向けのプレゼントが詰め込まれてましたから
お世話になってる人に、いつかまとめて押し付けるんだって
……渡す前に、母と一緒に燃えてなくなっちゃいましたけどね
色々あったんですよ、カフスボタンとか、ネクタイピンとかチーフとか……
ネクタイなんて何本もあって、カシミヤの黒いコートまで、母のクローゼットの中に仕舞われてました」
「……そうでしたか」
「寂しいよね、って母は笑ってましたけどね
プレゼントを受け取ってもらえないとか、お祝いそのものをさせてもらえないとか……
そういうのは、お祝いしたいって気持ちを無碍にされるみたいで寂しいんだって、母は言っていて
だから和真さんがこの仕事を辞める時、問答無用で押し付けるつもりだったんだと思います
その時の和真さんなら、断る理由もないはずだから」
だけどそのプレゼント達は、母と一緒に灰になってしまった
受け取ってもらえず、引き出しに仕舞われたまま、「いつかのその日」を迎えることも出来ずに
「だけど、和真さんがどうしてもと言うのなら、私も無理強いはしません
……大切な人がいつまでも傍にいてくれるとは限らないって、私は知ってしまったから、無意識に焦っているだけなのかもしれないですし」
和真さんは何も言わず、車を運転し続けた
私もそれ以上は言葉をかけなかった
寂しいよね、と笑っていた母の気持ちが、今ならよく分かる
(寂しいね、お母さん)
こんなに自分の全てを捧げるようにして、私に尽くしてくれる人の、誕生日さえ祝うことが出来ないのは──
「着きました」
「ありがとうございます
それじゃあ和真さん、また明日」
「はい、おやすみなさいませ
……それと、奥様」
政宗さんに続いて車を降りようとした私を、和真さんが呼び止める
小首を傾げて見つめると、和真さんは小さく微笑んで
「十一月の九日です」
「えっ」
「私の誕生日です」
「……!」
外から政宗さんの呼ぶ声がする
はっと我に返って車を降りると、和真さんは車の前で恭しく一礼した
「おやすみなさい」
そう返して、家の中に入る
……十一月の九日
忘れないうちにスケジュールに入れておかなきゃ
「何の話だったんだ?」
「和真さんに誕生日を教えてもらってました」
「Ah……まあ、あんなこと言われりゃ、教えるしかねぇだろうな……」
「私も実はそれを狙ってたんですけど、上手くいっちゃって逆に申し訳ない気持ちです」
後ろめたさを笑って誤魔化して、リビングへ入る
そういえば私と政宗さんの誕生日はどうしようかな
「ねえ政宗さん、私達の誕生日はどうしましょう?」
「……そっちが先だったな
Fum…….」
しばらくなにやら考え込んだ政宗さんは、「OK.」と一人で頷き
そして私に言った
「十日間かけて遠出するか」
「えっ」
「手始めにEuropeか、Americaか……」
「そんなに日程取っちゃって大丈夫ですかね……」
「大丈夫にするんだよ
そのために新倉がいるんだろうが」
「……なるほど」
いや、それはいいんだけど
こんな直近も直近で海外旅行なんか決めても、飛行機もホテルも取れないんじゃ……?
「Hey,小十郎
俺の傍に居ねぇってんで暇してるお前にbig workだ
八月二日から十日間、俺のscheduleを押さえろ
それから俺と夕歌のUSA行きticket往復、hotelもNew Yorkで取っておけ
You see?」
「真横で無茶苦茶なこと言ってる」
「これくらいなら、小十郎の手にかかれば軽いもんだぜ」
本当か……?
片倉先生、かなり難題をふっかけられてないか……?
ハラハラしつつ、私は私で和真さんに電話を掛けると、少し笑いを堪えたような声が『はい、新倉です』と答えた
「……もしもし、和真さんですか?」
『片倉様からそれとなくお伺いしておりますよ
奥様のスケジュールも私のほうで調整致しますので、ご心配なく
ただ、ご旅行へは私も護衛として参りますので、その点はご了承ください』
「むしろ心強いです、ありがとうございます」
『旦那様の護衛は成実様が──』
『は?
俺が!?
ぜってーやだ!!
こじゅ兄が行けばいいだろ!!』
『……との事です』
「こんなにはっきり聞こえてくる怒鳴り声ってあるんだなぁ……」
面白いのが、成実は私に言ったのではなく、政宗さんに言ったのだということだ
なにせ私の隣で、政宗さんがスマホを耳から遠ざけたから
「じゃあ、あとはお願いします」
『かしこまりました』
通話を切って政宗さんと顔を見合わせる
とりあえず、旅行の準備が必要なので、それはおいおいやるとして……
「さすがにメシ食うか」
「ですね、行きましょう」
向かうは斜め向かいの伊達家別邸
片倉先生と和真さんが、きっと美味しいご飯を用意してくれているはずだ
意気揚々と家を出た私と政宗さんが別邸に入ると、リビングは騒然としていた
片倉先生と和真さんは電話をあちこちへ掛けまくっており、私達と同じメニューをこなして満身創痍であるはずの成実が、死んだ顔で夕飯を作っている
「……手伝おうか?」
「是非」
成実が短く答える
その声もやはり、死んでいた
……私達の旅行中、登勢とどこかで羽を伸ばしてくれることを願おう
そんなことを思いながら、私はお米を洗うことにした
もちろん今日の夕飯は、カレーだ
和真さんが引退する時、今までの分をまとめて渡すつもりで、あの引き出しにしまっておいたのかもしれない
「本当に渡すつもりだったと思いますよ、母は」
「そうかもしれませんね」
「だって母の部屋の引き出しに、男性向けのプレゼントが詰め込まれてましたから
お世話になってる人に、いつかまとめて押し付けるんだって
……渡す前に、母と一緒に燃えてなくなっちゃいましたけどね
色々あったんですよ、カフスボタンとか、ネクタイピンとかチーフとか……
ネクタイなんて何本もあって、カシミヤの黒いコートまで、母のクローゼットの中に仕舞われてました」
「……そうでしたか」
「寂しいよね、って母は笑ってましたけどね
プレゼントを受け取ってもらえないとか、お祝いそのものをさせてもらえないとか……
そういうのは、お祝いしたいって気持ちを無碍にされるみたいで寂しいんだって、母は言っていて
だから和真さんがこの仕事を辞める時、問答無用で押し付けるつもりだったんだと思います
その時の和真さんなら、断る理由もないはずだから」
だけどそのプレゼント達は、母と一緒に灰になってしまった
受け取ってもらえず、引き出しに仕舞われたまま、「いつかのその日」を迎えることも出来ずに
「だけど、和真さんがどうしてもと言うのなら、私も無理強いはしません
……大切な人がいつまでも傍にいてくれるとは限らないって、私は知ってしまったから、無意識に焦っているだけなのかもしれないですし」
和真さんは何も言わず、車を運転し続けた
私もそれ以上は言葉をかけなかった
寂しいよね、と笑っていた母の気持ちが、今ならよく分かる
(寂しいね、お母さん)
こんなに自分の全てを捧げるようにして、私に尽くしてくれる人の、誕生日さえ祝うことが出来ないのは──
「着きました」
「ありがとうございます
それじゃあ和真さん、また明日」
「はい、おやすみなさいませ
……それと、奥様」
政宗さんに続いて車を降りようとした私を、和真さんが呼び止める
小首を傾げて見つめると、和真さんは小さく微笑んで
「十一月の九日です」
「えっ」
「私の誕生日です」
「……!」
外から政宗さんの呼ぶ声がする
はっと我に返って車を降りると、和真さんは車の前で恭しく一礼した
「おやすみなさい」
そう返して、家の中に入る
……十一月の九日
忘れないうちにスケジュールに入れておかなきゃ
「何の話だったんだ?」
「和真さんに誕生日を教えてもらってました」
「Ah……まあ、あんなこと言われりゃ、教えるしかねぇだろうな……」
「私も実はそれを狙ってたんですけど、上手くいっちゃって逆に申し訳ない気持ちです」
後ろめたさを笑って誤魔化して、リビングへ入る
そういえば私と政宗さんの誕生日はどうしようかな
「ねえ政宗さん、私達の誕生日はどうしましょう?」
「……そっちが先だったな
Fum…….」
しばらくなにやら考え込んだ政宗さんは、「OK.」と一人で頷き
そして私に言った
「十日間かけて遠出するか」
「えっ」
「手始めにEuropeか、Americaか……」
「そんなに日程取っちゃって大丈夫ですかね……」
「大丈夫にするんだよ
そのために新倉がいるんだろうが」
「……なるほど」
いや、それはいいんだけど
こんな直近も直近で海外旅行なんか決めても、飛行機もホテルも取れないんじゃ……?
「Hey,小十郎
俺の傍に居ねぇってんで暇してるお前にbig workだ
八月二日から十日間、俺のscheduleを押さえろ
それから俺と夕歌のUSA行きticket往復、hotelもNew Yorkで取っておけ
You see?」
「真横で無茶苦茶なこと言ってる」
「これくらいなら、小十郎の手にかかれば軽いもんだぜ」
本当か……?
片倉先生、かなり難題をふっかけられてないか……?
ハラハラしつつ、私は私で和真さんに電話を掛けると、少し笑いを堪えたような声が『はい、新倉です』と答えた
「……もしもし、和真さんですか?」
『片倉様からそれとなくお伺いしておりますよ
奥様のスケジュールも私のほうで調整致しますので、ご心配なく
ただ、ご旅行へは私も護衛として参りますので、その点はご了承ください』
「むしろ心強いです、ありがとうございます」
『旦那様の護衛は成実様が──』
『は?
俺が!?
ぜってーやだ!!
こじゅ兄が行けばいいだろ!!』
『……との事です』
「こんなにはっきり聞こえてくる怒鳴り声ってあるんだなぁ……」
面白いのが、成実は私に言ったのではなく、政宗さんに言ったのだということだ
なにせ私の隣で、政宗さんがスマホを耳から遠ざけたから
「じゃあ、あとはお願いします」
『かしこまりました』
通話を切って政宗さんと顔を見合わせる
とりあえず、旅行の準備が必要なので、それはおいおいやるとして……
「さすがにメシ食うか」
「ですね、行きましょう」
向かうは斜め向かいの伊達家別邸
片倉先生と和真さんが、きっと美味しいご飯を用意してくれているはずだ
意気揚々と家を出た私と政宗さんが別邸に入ると、リビングは騒然としていた
片倉先生と和真さんは電話をあちこちへ掛けまくっており、私達と同じメニューをこなして満身創痍であるはずの成実が、死んだ顔で夕飯を作っている
「……手伝おうか?」
「是非」
成実が短く答える
その声もやはり、死んでいた
……私達の旅行中、登勢とどこかで羽を伸ばしてくれることを願おう
そんなことを思いながら、私はお米を洗うことにした
もちろん今日の夕飯は、カレーだ
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