40 五度目の夏
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空調の効いた室内はひんやりとしていて、心地いい
しんと静まり返ったその空間を裂くように、チャイムが鳴り
一斉に紙をめくる音、そしてシャーペンを走らせる音が小さく響いた
40 五度目の夏
終了を告げるチャイムが鳴って、答案用紙が回収されていく
試験監督の指示で教室を出て、私達は講義棟から真夏の炎天下へと放り出された
「あっつい!!」
「終わったー!
じゃないんだ」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、とは申しまするが、斯様に気温が高いとなれば、気合いだけではどうにもならぬようでござる」
「……お前からそのような言葉を聞くことになるとは思わなかったぞ」
チーム商学部は今、最後の科目である必修科目の期末試験を終えたところだ
つまりこの瞬間から夏休みというわけである
楽しい楽しい夏休みの始まりだー!
……と思えたのは去年まで
今年は朝から晩まで、後継者育成のプログラムがみっちりだ
「剣道が息抜きになることあるんだって自分で思ったもん」
「師範が泣くぞ、色んな意味で」
「え、なんで」
「あれだけの練習メニューを課しておいて、それが息抜きと言われることへの悲しみと、それを息抜きと言ってしまうほどのストレスに晒されているお前への同情で」
「この数ヶ月で、お前もすっかり胃薬と仲良くなってしまったな」
かすがが私を撫でて労わってくれる
私もこの年で胃薬と友達になるとは思わなかった
そういうのはもっと歳をとってからだと思っていたのにな
「つっても、夏休み全部それってわけじゃないだろ?
たまには息抜きがてら、俺らと遊ぼうぜ」
「もちろんぜひ喜んで」
「切実なお顔でござるな」
「八月の上旬は避けた方がいいだろうな
独眼竜と誕生日を祝うだろう?」
「は?」
隣で成実が、素っ頓狂な声を上げた
なんだその「聞いてませんけど」みたいな顔
「……お前、誕生日近いのか?」
「え、うん
八月十日だし……」
「早く言えよ!!!」
「声デカ」
成実の大声がその場に響く
いやまあ、気持ちは分かる
このメンツの誰一人として、誰かの誕生日をお祝いしたことがないんだもんね
今気付くのもおかしいけどさ
「そういう成実はいつなの、誕生日?」
「え、俺?
俺はもう終わったぞ
六月だし」
「早く言ってよ!?」
成実が勢いよく耳を塞いだ
お前の真似をしたのに、その反応は酷いぞ
「だってなあ、別に誕生日なんか祝われたこともそんなにないし」
「なんで?
登勢がお祝いしてくれたりしない?」
「うーん……
祝う習慣がないってのも、あるかもしれねぇな」
「……どういうこと?」
「忘れてるようだから言っとくけど、俺と登勢やら、梵やこじゅ兄やらは、前世の記憶があるだろ──断片的にだけど
俺達の関係性は、前世の頃からのそれが続いてる
そもそも誕生日って概念も、ずっと後になって、外から入ってきた文化だ
あの頃の俺達にゃ、誕生日なんて概念が無かったんだよ」
そう言って校門へと歩いていく成実を、私達は慌てて追いかけた
なんだかそれって、寂しい気がする
そりゃあ政宗さんや成実や、片倉先生達は、前世で政宗さんに仕えていた家臣だったかもしれないけど
そのことを覚えているから、みんな、今でも政宗さんに仕えているんだと知っているけど
その頃にそんな風習はなかったから──なんて理由で、誕生日をお祝いしないって、なんだか……
「あまり、友人を馬鹿にするな」
私が心の中に浮かべた一言を、かすがが言った
腕を組んだかすがは、不満げに口を曲げている
「かすが殿が、よもやそのようにおっしゃるとは……」
「意外か?
だろうな、私もそう思った自分に驚いている
だが私達は五年間を共にしてきた仲だぞ
友人、と……私はお前達のことをそう認識している
その友人の誕生日を祝うのは、当たり前のことではないのか」
成実が呆気にとられたように口をぽかんと開けた
こ、こいつ、本気で今の今まで、自分の誕生日を祝ってもらうって考えがなかったのか!?
「かすが……なんか悪いモンでも食ったんじゃ……」
「私は春日山の人間だぞ
毒には耐性がある」
「分かっちゃいるけど、まさかお前からそんなセリフが聞けるとは思ってなかったつーか……
あー……まぁ、じゃあ来年は……なんか適当に頼むわ」
照れくさそうにぼそぼそと呟いて、成実はわざとらしく咳払いをした
でも耳が赤いから、照れくささは隠し切れていない
「とにかく今年の夏は、どっかでぜってー遊ぶからな!
スケジュール確認しとけよ!」
「先に集まる日を決めておくのはいかがでござろうか?
そのほうが、夕歌殿も予定を合わせやすいかと思いまする」
「たしかにそれもそうだな
つっても俺はぶっちゃけ、剣道部の稽古日以外は暇なんだけどよ」
稽古のスケジュールは出ているから、私と成実は予定を合わせやすい
おばあちゃんは「同行できない日を教えてね」と言っていたから、先にみんなで集まる日を決めておくのがいいかな
「某は、さぁくるの練習日を確認してからお返事致しまする」
「私も既に決まっている仕事の日程を確認しておく
今日の夜には連絡できるはずだ」
「分かった
それじゃあみんな、良い夏休みを!」
「うむ!
またお会い致しましょうぞ!」
「風邪など引かぬよう気を付けるんだぞ」
サッカー部の練習に向かう幸村君と、家に帰るかすがをそれぞれ見送って、私と成実は剣道場へと向かった
……かすがと幸村君の誕生日、聞きそびれたな
今度会う時、聞いておこう
しんと静まり返ったその空間を裂くように、チャイムが鳴り
一斉に紙をめくる音、そしてシャーペンを走らせる音が小さく響いた
40 五度目の夏
終了を告げるチャイムが鳴って、答案用紙が回収されていく
試験監督の指示で教室を出て、私達は講義棟から真夏の炎天下へと放り出された
「あっつい!!」
「終わったー!
じゃないんだ」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、とは申しまするが、斯様に気温が高いとなれば、気合いだけではどうにもならぬようでござる」
「……お前からそのような言葉を聞くことになるとは思わなかったぞ」
チーム商学部は今、最後の科目である必修科目の期末試験を終えたところだ
つまりこの瞬間から夏休みというわけである
楽しい楽しい夏休みの始まりだー!
……と思えたのは去年まで
今年は朝から晩まで、後継者育成のプログラムがみっちりだ
「剣道が息抜きになることあるんだって自分で思ったもん」
「師範が泣くぞ、色んな意味で」
「え、なんで」
「あれだけの練習メニューを課しておいて、それが息抜きと言われることへの悲しみと、それを息抜きと言ってしまうほどのストレスに晒されているお前への同情で」
「この数ヶ月で、お前もすっかり胃薬と仲良くなってしまったな」
かすがが私を撫でて労わってくれる
私もこの年で胃薬と友達になるとは思わなかった
そういうのはもっと歳をとってからだと思っていたのにな
「つっても、夏休み全部それってわけじゃないだろ?
たまには息抜きがてら、俺らと遊ぼうぜ」
「もちろんぜひ喜んで」
「切実なお顔でござるな」
「八月の上旬は避けた方がいいだろうな
独眼竜と誕生日を祝うだろう?」
「は?」
隣で成実が、素っ頓狂な声を上げた
なんだその「聞いてませんけど」みたいな顔
「……お前、誕生日近いのか?」
「え、うん
八月十日だし……」
「早く言えよ!!!」
「声デカ」
成実の大声がその場に響く
いやまあ、気持ちは分かる
このメンツの誰一人として、誰かの誕生日をお祝いしたことがないんだもんね
今気付くのもおかしいけどさ
「そういう成実はいつなの、誕生日?」
「え、俺?
俺はもう終わったぞ
六月だし」
「早く言ってよ!?」
成実が勢いよく耳を塞いだ
お前の真似をしたのに、その反応は酷いぞ
「だってなあ、別に誕生日なんか祝われたこともそんなにないし」
「なんで?
登勢がお祝いしてくれたりしない?」
「うーん……
祝う習慣がないってのも、あるかもしれねぇな」
「……どういうこと?」
「忘れてるようだから言っとくけど、俺と登勢やら、梵やこじゅ兄やらは、前世の記憶があるだろ──断片的にだけど
俺達の関係性は、前世の頃からのそれが続いてる
そもそも誕生日って概念も、ずっと後になって、外から入ってきた文化だ
あの頃の俺達にゃ、誕生日なんて概念が無かったんだよ」
そう言って校門へと歩いていく成実を、私達は慌てて追いかけた
なんだかそれって、寂しい気がする
そりゃあ政宗さんや成実や、片倉先生達は、前世で政宗さんに仕えていた家臣だったかもしれないけど
そのことを覚えているから、みんな、今でも政宗さんに仕えているんだと知っているけど
その頃にそんな風習はなかったから──なんて理由で、誕生日をお祝いしないって、なんだか……
「あまり、友人を馬鹿にするな」
私が心の中に浮かべた一言を、かすがが言った
腕を組んだかすがは、不満げに口を曲げている
「かすが殿が、よもやそのようにおっしゃるとは……」
「意外か?
だろうな、私もそう思った自分に驚いている
だが私達は五年間を共にしてきた仲だぞ
友人、と……私はお前達のことをそう認識している
その友人の誕生日を祝うのは、当たり前のことではないのか」
成実が呆気にとられたように口をぽかんと開けた
こ、こいつ、本気で今の今まで、自分の誕生日を祝ってもらうって考えがなかったのか!?
「かすが……なんか悪いモンでも食ったんじゃ……」
「私は春日山の人間だぞ
毒には耐性がある」
「分かっちゃいるけど、まさかお前からそんなセリフが聞けるとは思ってなかったつーか……
あー……まぁ、じゃあ来年は……なんか適当に頼むわ」
照れくさそうにぼそぼそと呟いて、成実はわざとらしく咳払いをした
でも耳が赤いから、照れくささは隠し切れていない
「とにかく今年の夏は、どっかでぜってー遊ぶからな!
スケジュール確認しとけよ!」
「先に集まる日を決めておくのはいかがでござろうか?
そのほうが、夕歌殿も予定を合わせやすいかと思いまする」
「たしかにそれもそうだな
つっても俺はぶっちゃけ、剣道部の稽古日以外は暇なんだけどよ」
稽古のスケジュールは出ているから、私と成実は予定を合わせやすい
おばあちゃんは「同行できない日を教えてね」と言っていたから、先にみんなで集まる日を決めておくのがいいかな
「某は、さぁくるの練習日を確認してからお返事致しまする」
「私も既に決まっている仕事の日程を確認しておく
今日の夜には連絡できるはずだ」
「分かった
それじゃあみんな、良い夏休みを!」
「うむ!
またお会い致しましょうぞ!」
「風邪など引かぬよう気を付けるんだぞ」
サッカー部の練習に向かう幸村君と、家に帰るかすがをそれぞれ見送って、私と成実は剣道場へと向かった
……かすがと幸村君の誕生日、聞きそびれたな
今度会う時、聞いておこう
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