謀計
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『小十郎へ。知らせておきたいことがあるの。もし急ぎの仕事がなければ、大森城へ帰ってきて』
大森城に残した月夜姫様から早馬で届けられた手紙は、いつになく乱雑で、走り書きだった。
只事ではないと判断して、政宗様に事の次第を伝えたところ、今すぐ帰れと送り出してくれたことには、感謝しなければならない。
はやる気持ちもそのままに馬を走らせ、日も落ちた頃、ようやく大森城へと辿り着いた。
「月夜姫様! 片倉小十郎、ただ今戻りました! 月夜姫様!!」
廊下を走って部屋へ飛び込めば、灯りもない部屋の中で、文机に凭れて微動だになさらない月夜姫様が、目に飛び込んできた。
「月夜姫様──」慌てて駆け寄って、そのお身体を起こす。
虚ろな瞳が俺を捉え、血の気を失ったような顔が向けられた。
「小十郎……?」とか細い声が絞り出される。
あまりにも痛々しい姿に、言葉を失ってしまいそうになった。
「一体何があったのです、このようにやつれて」
「……小十郎。私は……小十郎のお嫁さんでいて、いいのよね……?」
「何を当たり前のことを。この小十郎の奥方は、月夜姫様以外に有り得ませぬ。貴女でなければ、貴女以外では意味が無い」
「……小十郎。もっと強く抱き締めて……。寒いの。震えが止まらなくて……ずっと寒いままなの」
打掛の袖から覗く手は冷たく、カタカタと震えていた。
何があった、俺の不在中にいったい何が!?
どこかが攻め入ったような形跡はなかった。
争いが起こったような気配もだ。
それなのになぜ!?
締め切られていたかに思えた障子は、少しだけ開いていたらしい。
冷たい月の光が一筋差し込んで、それが月夜姫様の横顔を淡く照らし出した。
光のない竜の瞳は、どこまでも深い奈落のようだ。
色を失った唇は噛んで血の出た跡が残り、乾いてひび割れている。
わけも分からず叫び出したくなって、俺は必死になって月夜姫様を抱き締めた。
耳元で何度も囁く──貴女だけが俺の妻だと。
俺には貴女だけだ、貴女でなければ意味がない。
どこへもやりはしない。
尼寺だろうが何だろうが、月夜姫様を寄越せと言うなら俺が正面からぶっ潰す。
「……尾張へ嫁に行けと言われたわ」
「なッ!? 誰がそのようなことを!?」
「母様の……手の者から。小十郎が不在だと知って、先触れもなしに押し掛けてきたの……。母様の名を出されては、片倉家の者も追い返せなかったんだと思う」
「それは……しかし!」
「もちろんそんな話、頷くはずがないでしょう。米沢へ追い返したわ。……でも、彼らの言うことも一理あると思ったの」
「尾張へ嫁に行く事が……?」
「もし北条が落ちたら、次は奥州よ。伊達一軍で相手するには、敵が大きすぎる……」
「それ故にこの小十郎と離縁し、織田へ嫁げと!?」
月夜姫様は何も仰らない。
だがそれは無言の肯定だ。
不安になってしまわれたのだろう、ご自身の判断が正しいのか。
押しかけた者たちの言い分も理解できてしまったが故に。
こんな時、俺は月夜姫様の聡明さが恨めしい。
「どこへもやりません。貴女は俺の妻だ。何度でも申し上げる。俺の妻は貴女でなければ意味がないと」
「……小十郎」
「はい」
「小十郎の信条に反することはわかってるの。だけどお願い……。私、小十郎に抱かれたい」
「月夜姫様──」
「拒まないで、お願い。貴方に拒まれたら私、気が狂ってしまいそう」
「拒んだりなど致しませぬ。お心、しかと受け止めました。それでは後ほど、寝所にて」
「今からでいいの。今すぐ抱いて。お願い……私、小十郎と離れたくない……」
月夜姫様が打掛を脱ぎ捨て、細帯を解く。
止める間もなく目の前に晒された肢体は、艶めかしく俺を誘うのに。
その姿はどこまでも痛々しく映った。
「小十郎……」
「……月夜姫様」
腕の中へ倒れ込むように飛び込んだ、小さな身体を抱き締める。
小袖と打掛を布団の代わりにして月夜姫様を寝かせ、荒っぽく唇を奪った。
俺が戻ってくるまで、どれほど思い詰めただろう。
月夜姫様のことだ、仮に織田へ向かったとして、その先でどんな扱いを受けるかなど、理解されておられるはず。
それを知った上でそれでも、俺を捨ててでも織田へ向かうべきなのか。
ようやく結ばれた俺との手を離すことなく、固く握り締めたままでいいのか。
縋るように背中を抱く小さな手は、ずっと震えている。
……今の俺がしてさしあげられることは、優しく蕩けるように抱くことじゃねぇ。
何もかもを上書きする──痛みも苦しみも、何もかもを忘れさせるために、手荒に抱くことだけだ。
突然に命じられた、『伊達家の姫』としての役目。
それは月夜姫様が抱えてきた傷に塩を塗り込むのと同義。
塞がりかけた傷をほじくり返されたお心は、血を流して横たわる寸前だ。
何度やろうとしてもできなかった事を、必要がなくなった今になってやれと言うなんて。
家のため、輝宗様のため、政宗様のため、どんなに願おうとも何一つ力になれなかったことを、月夜姫様が負い目として抱えている事が、なぜ奴らには分からない?
だからこそ、その負い目から解放したいと思って俺の元へ嫁がせてくださった政宗様の、月夜姫様を想うお気持ちに、奴らは真っ向から泥を塗りやがった。
……許せねえ。
月夜姫様が許せば、今すぐにでも米沢に走ってぶっ殺してやるところだ。
だが月夜姫様が望んでおられるのは、奴らの首じゃない。
痛みを塗り替え、何もかも忘れてしまえるくらいの、底のない強烈な快楽だ。
月夜姫様が悲鳴に似た嬌声を何度も繰り返す。
桃色に染まった肌は、俺の劣情を否応なく昂らせ──それに縋ることしかできない痛ましさに、どうしようもなく胸が苦しかった。
大森城に残した月夜姫様から早馬で届けられた手紙は、いつになく乱雑で、走り書きだった。
只事ではないと判断して、政宗様に事の次第を伝えたところ、今すぐ帰れと送り出してくれたことには、感謝しなければならない。
はやる気持ちもそのままに馬を走らせ、日も落ちた頃、ようやく大森城へと辿り着いた。
「月夜姫様! 片倉小十郎、ただ今戻りました! 月夜姫様!!」
廊下を走って部屋へ飛び込めば、灯りもない部屋の中で、文机に凭れて微動だになさらない月夜姫様が、目に飛び込んできた。
「月夜姫様──」慌てて駆け寄って、そのお身体を起こす。
虚ろな瞳が俺を捉え、血の気を失ったような顔が向けられた。
「小十郎……?」とか細い声が絞り出される。
あまりにも痛々しい姿に、言葉を失ってしまいそうになった。
「一体何があったのです、このようにやつれて」
「……小十郎。私は……小十郎のお嫁さんでいて、いいのよね……?」
「何を当たり前のことを。この小十郎の奥方は、月夜姫様以外に有り得ませぬ。貴女でなければ、貴女以外では意味が無い」
「……小十郎。もっと強く抱き締めて……。寒いの。震えが止まらなくて……ずっと寒いままなの」
打掛の袖から覗く手は冷たく、カタカタと震えていた。
何があった、俺の不在中にいったい何が!?
どこかが攻め入ったような形跡はなかった。
争いが起こったような気配もだ。
それなのになぜ!?
締め切られていたかに思えた障子は、少しだけ開いていたらしい。
冷たい月の光が一筋差し込んで、それが月夜姫様の横顔を淡く照らし出した。
光のない竜の瞳は、どこまでも深い奈落のようだ。
色を失った唇は噛んで血の出た跡が残り、乾いてひび割れている。
わけも分からず叫び出したくなって、俺は必死になって月夜姫様を抱き締めた。
耳元で何度も囁く──貴女だけが俺の妻だと。
俺には貴女だけだ、貴女でなければ意味がない。
どこへもやりはしない。
尼寺だろうが何だろうが、月夜姫様を寄越せと言うなら俺が正面からぶっ潰す。
「……尾張へ嫁に行けと言われたわ」
「なッ!? 誰がそのようなことを!?」
「母様の……手の者から。小十郎が不在だと知って、先触れもなしに押し掛けてきたの……。母様の名を出されては、片倉家の者も追い返せなかったんだと思う」
「それは……しかし!」
「もちろんそんな話、頷くはずがないでしょう。米沢へ追い返したわ。……でも、彼らの言うことも一理あると思ったの」
「尾張へ嫁に行く事が……?」
「もし北条が落ちたら、次は奥州よ。伊達一軍で相手するには、敵が大きすぎる……」
「それ故にこの小十郎と離縁し、織田へ嫁げと!?」
月夜姫様は何も仰らない。
だがそれは無言の肯定だ。
不安になってしまわれたのだろう、ご自身の判断が正しいのか。
押しかけた者たちの言い分も理解できてしまったが故に。
こんな時、俺は月夜姫様の聡明さが恨めしい。
「どこへもやりません。貴女は俺の妻だ。何度でも申し上げる。俺の妻は貴女でなければ意味がないと」
「……小十郎」
「はい」
「小十郎の信条に反することはわかってるの。だけどお願い……。私、小十郎に抱かれたい」
「月夜姫様──」
「拒まないで、お願い。貴方に拒まれたら私、気が狂ってしまいそう」
「拒んだりなど致しませぬ。お心、しかと受け止めました。それでは後ほど、寝所にて」
「今からでいいの。今すぐ抱いて。お願い……私、小十郎と離れたくない……」
月夜姫様が打掛を脱ぎ捨て、細帯を解く。
止める間もなく目の前に晒された肢体は、艶めかしく俺を誘うのに。
その姿はどこまでも痛々しく映った。
「小十郎……」
「……月夜姫様」
腕の中へ倒れ込むように飛び込んだ、小さな身体を抱き締める。
小袖と打掛を布団の代わりにして月夜姫様を寝かせ、荒っぽく唇を奪った。
俺が戻ってくるまで、どれほど思い詰めただろう。
月夜姫様のことだ、仮に織田へ向かったとして、その先でどんな扱いを受けるかなど、理解されておられるはず。
それを知った上でそれでも、俺を捨ててでも織田へ向かうべきなのか。
ようやく結ばれた俺との手を離すことなく、固く握り締めたままでいいのか。
縋るように背中を抱く小さな手は、ずっと震えている。
……今の俺がしてさしあげられることは、優しく蕩けるように抱くことじゃねぇ。
何もかもを上書きする──痛みも苦しみも、何もかもを忘れさせるために、手荒に抱くことだけだ。
突然に命じられた、『伊達家の姫』としての役目。
それは月夜姫様が抱えてきた傷に塩を塗り込むのと同義。
塞がりかけた傷をほじくり返されたお心は、血を流して横たわる寸前だ。
何度やろうとしてもできなかった事を、必要がなくなった今になってやれと言うなんて。
家のため、輝宗様のため、政宗様のため、どんなに願おうとも何一つ力になれなかったことを、月夜姫様が負い目として抱えている事が、なぜ奴らには分からない?
だからこそ、その負い目から解放したいと思って俺の元へ嫁がせてくださった政宗様の、月夜姫様を想うお気持ちに、奴らは真っ向から泥を塗りやがった。
……許せねえ。
月夜姫様が許せば、今すぐにでも米沢に走ってぶっ殺してやるところだ。
だが月夜姫様が望んでおられるのは、奴らの首じゃない。
痛みを塗り替え、何もかも忘れてしまえるくらいの、底のない強烈な快楽だ。
月夜姫様が悲鳴に似た嬌声を何度も繰り返す。
桃色に染まった肌は、俺の劣情を否応なく昂らせ──それに縋ることしかできない痛ましさに、どうしようもなく胸が苦しかった。
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