謀計
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いよいよ天下に名乗りを上げた奥州伊達軍はまず、長年の膠着を見せる川中島へと進軍した。
結果として三軍の勝敗はつかなかったものの、兄様はそこで、武田に仕える真田幸村という部将と刃を交えたという。
立場も背負うものも違う二人は、ただ一度の交わりだけれど、互いの存在を深く刻みつけた様子だった。
黒川城へ戻った兄様は大人しくなるかと思いきや、佐竹を攻めると宣言。
長年苦しめられてきた相手だけに、難色を示す者も一定数はいたけれど、綱元らによる調略や、摺上原での結果を見た佐竹からの離反者もあり、数としては五分の勝負となった。
純粋な数の力で五分ならば、婆娑羅者の数が多いこちらの優勢。
それでも激戦となった大戦は、見事な伊達の勝利となり、佐竹はようやく伊達に頭を垂れた。
兄様は佐竹に対して、奥州にまたがった佐竹の領土と、奥州に隣接する土地を召し上げ、その他ほとんどの領地を安堵すると約束。
召し上げた領地には新たに館を立て、佐竹から離反して伊達に戻っていた石川様が任されることになった。
「……っくしゅん」
早朝の冷気で体が震え、くしゃみが出た。
もう冬が近いなんて、一年が経つのもあっという間。
そっと障子を開けて外へ出ると、庭には霜が降りていた。
衣替えを済ませておいて正解だったみたい。
すっかりお疲れの旦那様は、まだ私の布団で眠ったまま。
その手が何かを探すように布団の上を撫でていて、そっと枕を抱かせた。
佐竹との戦いが終わってからというもの、黒川城で戦後処理に追われていた小十郎。
それもようやく目処が立って、戦が終わって実に一ヶ月ぶりに、ここ大森へ戻ってきたのが昨日のこと。
夕餉を食べて行水を済ませるや否や、閨で私のことをこれでもかと抱き締めた小十郎は、雨のように口付けを降らせた後、私を腕に抱いたまま気絶するように眠った。
あまりにも突然の眠りで私が驚いたのだけれど、何とも幸せそうに眠っているものだから、呆気にとられてしまって。
それでもこうして小十郎が熟睡できるのなら、私も甘んじて抱き枕にされてあげようと思ったものだった。
「うぅ……ん? 月夜姫様……随分と、小さく……」
そんな唸り声だかなんだか分からない声が聞こえて、部屋の中を振り向く。
眠気のほうが勝るのか小十郎の目はまだ開いてないけれど、抱き締めているそれが私じゃないらしいことは、うっすら気付いているみたい。
……まあ、枕だものね。
その様子が可笑しくて、いつ気付くかとにこにこしながら見守っていたら、枕の形を確かめるように撫でた小十郎の目が半分ほど開き。
自分の手にあるものが枕だとようやく気付いて、がばりと跳ね起きた。
「おはよう、小十郎」
「おッ……はよう、ございまする、月夜姫様……。え、あの、なぜ枕など握って……?」
「小十郎の手が私を探していたから、何か握らせてあげようと思って」
「あ、ああ……なるほど……?」
納得したのかどうなのかは分からないけれど、小十郎は握っていた枕をそっと元の位置に戻した。
ちょうどその時、開けていた障子の隙間から冷たい風がぴゅうっと吹き込んで、くしゅん、とまたくしゃみが出た。
案の定、小十郎の顔色が変わり、私の夜着を持ち上げてすぐさま、それで私をがばっと覆ってきた。
「こんなにもお体が冷えて……。お風邪を召されてからでは遅い。温かくなされよ」
「ふふ……小十郎は心配性ね」
「風邪を甘く見てはなりませぬ。拗らせて死ぬ者も多い。月夜姫様をそのような理由で失うわけにはまいりませぬ」
「じゃあ小十郎がちゃんと看病してね」
「風邪を召されるなと申し上げたのですが」
「だって風邪を引く時は引くじゃない」
「とにかく! 温かくしてお身体を冷やされませぬよう!」
「わかってるわ。風邪なんて引いたら、心配性な旦那様が顔を真っ青にして倒れそうだもの」
「小十郎の為ではなく、ご自分の為に……はぁ、何でも結構ですので、とにかくご自愛ください」
溜息をついた小十郎が、自分の夜着を肩に羽織る。
そのまま私を膝に抱えて座らせ、自分の夜着ごとすっぽりと抱き締めてきた。
小十郎の体温が移って温かい。
火鉢の中は灰だらけで火をつけてないから、部屋の中も寒くなる一方。
それでも心は温かく満たされていて、ちっとも寒さは感じない。
「私、こんなにも幸せでいいのかしら」
「もっと幸せになっていただきます」
「今よりもっと?」
「この程度で満足されては困る。貴女に誓った幸せは、こんなものではありませぬ」
「小十郎に一人の女として愛されて、奥方として大切にされて、それでもまだ足りないの?」
「申し上げたはずです。こう見えて欲張りだと」
「……ふふ、どこかで聞いた気がするわ」
どこかで、なんて曖昧に誤魔化してみたけれど、本当はちゃんと覚えている。
宮森城で小十郎は、たしかにそう言った。
ただでさえ今の私は、小十郎からの愛情に溺れそうなくらいなのに、こんなものじゃ足りないなんて。
ねぇ小十郎、あなたは知っている?
生きる意味も持たなかった人形に光をくれて、愛を与えてくれて、自由も心も取り戻させてくれて、人形は人間になった。
……だけれど。
兄様が右目に瑕疵を残したように、私は存在そのものが瑕疵だった。
あなたはその瑕疵すら愛おしいと言ってくれたの。
私が背負う業のようなものすら、あなたは関係ないと笑ってくれる。
あなたが私をこうして愛して、求めてくれる限り、私はまともな人間でいられる。
だからどうか私を人間にしたまま、共に死んでほしい。
あなたのいない世界に残された私はきっと、また人形に戻ってしまう。
だって光も愛も自由も心も、あなたがくれたものだもの。
あなたが愛した『人間』のままで、私はあなたと死んでいきたいの。
結果として三軍の勝敗はつかなかったものの、兄様はそこで、武田に仕える真田幸村という部将と刃を交えたという。
立場も背負うものも違う二人は、ただ一度の交わりだけれど、互いの存在を深く刻みつけた様子だった。
黒川城へ戻った兄様は大人しくなるかと思いきや、佐竹を攻めると宣言。
長年苦しめられてきた相手だけに、難色を示す者も一定数はいたけれど、綱元らによる調略や、摺上原での結果を見た佐竹からの離反者もあり、数としては五分の勝負となった。
純粋な数の力で五分ならば、婆娑羅者の数が多いこちらの優勢。
それでも激戦となった大戦は、見事な伊達の勝利となり、佐竹はようやく伊達に頭を垂れた。
兄様は佐竹に対して、奥州にまたがった佐竹の領土と、奥州に隣接する土地を召し上げ、その他ほとんどの領地を安堵すると約束。
召し上げた領地には新たに館を立て、佐竹から離反して伊達に戻っていた石川様が任されることになった。
「……っくしゅん」
早朝の冷気で体が震え、くしゃみが出た。
もう冬が近いなんて、一年が経つのもあっという間。
そっと障子を開けて外へ出ると、庭には霜が降りていた。
衣替えを済ませておいて正解だったみたい。
すっかりお疲れの旦那様は、まだ私の布団で眠ったまま。
その手が何かを探すように布団の上を撫でていて、そっと枕を抱かせた。
佐竹との戦いが終わってからというもの、黒川城で戦後処理に追われていた小十郎。
それもようやく目処が立って、戦が終わって実に一ヶ月ぶりに、ここ大森へ戻ってきたのが昨日のこと。
夕餉を食べて行水を済ませるや否や、閨で私のことをこれでもかと抱き締めた小十郎は、雨のように口付けを降らせた後、私を腕に抱いたまま気絶するように眠った。
あまりにも突然の眠りで私が驚いたのだけれど、何とも幸せそうに眠っているものだから、呆気にとられてしまって。
それでもこうして小十郎が熟睡できるのなら、私も甘んじて抱き枕にされてあげようと思ったものだった。
「うぅ……ん? 月夜姫様……随分と、小さく……」
そんな唸り声だかなんだか分からない声が聞こえて、部屋の中を振り向く。
眠気のほうが勝るのか小十郎の目はまだ開いてないけれど、抱き締めているそれが私じゃないらしいことは、うっすら気付いているみたい。
……まあ、枕だものね。
その様子が可笑しくて、いつ気付くかとにこにこしながら見守っていたら、枕の形を確かめるように撫でた小十郎の目が半分ほど開き。
自分の手にあるものが枕だとようやく気付いて、がばりと跳ね起きた。
「おはよう、小十郎」
「おッ……はよう、ございまする、月夜姫様……。え、あの、なぜ枕など握って……?」
「小十郎の手が私を探していたから、何か握らせてあげようと思って」
「あ、ああ……なるほど……?」
納得したのかどうなのかは分からないけれど、小十郎は握っていた枕をそっと元の位置に戻した。
ちょうどその時、開けていた障子の隙間から冷たい風がぴゅうっと吹き込んで、くしゅん、とまたくしゃみが出た。
案の定、小十郎の顔色が変わり、私の夜着を持ち上げてすぐさま、それで私をがばっと覆ってきた。
「こんなにもお体が冷えて……。お風邪を召されてからでは遅い。温かくなされよ」
「ふふ……小十郎は心配性ね」
「風邪を甘く見てはなりませぬ。拗らせて死ぬ者も多い。月夜姫様をそのような理由で失うわけにはまいりませぬ」
「じゃあ小十郎がちゃんと看病してね」
「風邪を召されるなと申し上げたのですが」
「だって風邪を引く時は引くじゃない」
「とにかく! 温かくしてお身体を冷やされませぬよう!」
「わかってるわ。風邪なんて引いたら、心配性な旦那様が顔を真っ青にして倒れそうだもの」
「小十郎の為ではなく、ご自分の為に……はぁ、何でも結構ですので、とにかくご自愛ください」
溜息をついた小十郎が、自分の夜着を肩に羽織る。
そのまま私を膝に抱えて座らせ、自分の夜着ごとすっぽりと抱き締めてきた。
小十郎の体温が移って温かい。
火鉢の中は灰だらけで火をつけてないから、部屋の中も寒くなる一方。
それでも心は温かく満たされていて、ちっとも寒さは感じない。
「私、こんなにも幸せでいいのかしら」
「もっと幸せになっていただきます」
「今よりもっと?」
「この程度で満足されては困る。貴女に誓った幸せは、こんなものではありませぬ」
「小十郎に一人の女として愛されて、奥方として大切にされて、それでもまだ足りないの?」
「申し上げたはずです。こう見えて欲張りだと」
「……ふふ、どこかで聞いた気がするわ」
どこかで、なんて曖昧に誤魔化してみたけれど、本当はちゃんと覚えている。
宮森城で小十郎は、たしかにそう言った。
ただでさえ今の私は、小十郎からの愛情に溺れそうなくらいなのに、こんなものじゃ足りないなんて。
ねぇ小十郎、あなたは知っている?
生きる意味も持たなかった人形に光をくれて、愛を与えてくれて、自由も心も取り戻させてくれて、人形は人間になった。
……だけれど。
兄様が右目に瑕疵を残したように、私は存在そのものが瑕疵だった。
あなたはその瑕疵すら愛おしいと言ってくれたの。
私が背負う業のようなものすら、あなたは関係ないと笑ってくれる。
あなたが私をこうして愛して、求めてくれる限り、私はまともな人間でいられる。
だからどうか私を人間にしたまま、共に死んでほしい。
あなたのいない世界に残された私はきっと、また人形に戻ってしまう。
だって光も愛も自由も心も、あなたがくれたものだもの。
あなたが愛した『人間』のままで、私はあなたと死んでいきたいの。
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