輿入れ
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じわりと目に涙が浮かんで、ぱっと横を向く。
泣いちゃ駄目。
私が泣いたところなんて小十郎が見たら、自分から兄様に詫びの手紙をやって、速攻で腹を切ろうとしてしまう。
それでも小十郎の胸倉を掴む手だけは緩めなかった。
小十郎の力なら、いとも容易く引き剥がせるだろうけど、それでも。
小十郎から顔を背けたままでいると……不意に私の手に、小十郎の手が触れた。
「……申し訳ございませぬ」
「謝罪がほしいんじゃないの……」
「では、約束致します。二度と俺以外の嫁になどと戯言は申しません。貴女には、俺の妻として生き、俺の妻として死んでいただく」
それはまるで、外つ国の婚姻で述べるという、誓いの言葉のよう。
病める時も健やかなる時も、私は小十郎の妻としてここに在る。
そう在れと……小十郎の口からようやく、その言葉を聞けた。
「……言ったわね?」
「はい」
「約束は、守るから約束なのよ」
「はい」
「……本当にその約束を守る気があるなら、守ると誓ってキスをして」
「外つ国にある誓いの口付けをご存知とは」
「誰の妹だと思ってるの」
ぐすっと鼻をすすって、拗ねたように呟く。
事ここに至っても小十郎という人は、私の覚悟を甘く見て。
私、本気で怒ったんだから。
相変わらず私の両手を片手で掴める小十郎の手は、もう片方を私の頬に伸ばしてきた。
「早速泣かせてしまいましたな」
「泣いていないわ。欠伸をしただけなの」
「ははっ……。では、そういうことで」
小十郎の手が私の顔を優しく引き寄せる。
そうして優しく唇が重ねられた。
二対の布団に跨るように寝転がった小十郎に、私はすっぽりと覆い被さって、いつの間にか小十郎の両腕は私の背中を抱き締めていた。
ほんの少し離れた唇が名残惜しい。
「これで誓いになりましたか」
「……ん」
「これでも足りぬと申されますなら……そうですな。今宵の見事な満月にも誓います。貴女と小十郎の、夫婦の契となる約束ゆえ」
「望月の契ってこと? 月を背に掲げる小十郎らしいわね」
「ああ……望月の契。良い響きですな。夜毎に月を見上げる度、約束を思い出せそうです」
「絶対に忘れちゃ駄目よ。私たちはお互いでなければ意味がないから、夫婦になったの。小十郎の妻は私じゃなければ意味がないし、私の夫も小十郎でなければ意味がないのよ」
「はい。この小十郎、月夜姫様と共にいつまでも」
「うん。いつまでも一緒よ」
互いに見つめ合って、微笑みを浮かべる。
そうして小十郎は、私を抱き締めたまま、器用に起き上がった。
そのまま私を横向きにして膝に座らせて。
「しかしながら、やはり今宵は、交合うことは遠慮させて頂く」
「ど、どうして!?」
「その……それは……あの。……が……ので……」
「えっ、なぁに? ごめんなさい、こんなに近いのに聞こえなくて……」
うぐ、と変な声を喉の奥で唸らせて、小十郎がまたもやため息をついた。
変な小十郎、餅でも詰まらせたみたいにして。
ほんとうに餅を詰まらせたのなら、初夜どころじゃないけれど。
小十郎は私をぎゅうっと抱き締めてから、蚊の鳴くような声で言った。
「……小十郎の逸物は、その……人並みよりもでかいので……」
「えっ」
予想外の台詞が飛んできて、思わず固まってしまった。
それから私のお尻の下にあるであろう、小十郎の小十郎をちらりと見てしまって、ちょっと後悔。
で、でも、いずれはすることだと思うし……。
それが今か今じゃないかの違いでしかないなら、今でも問題はないはず……よね?
「だ、大丈夫よ。受け止めるわ! ばっちこいよ!」
「はッ!?」
「初夜は痛いって喜多からも聞いてるの。気にしないで、耐えられると思うから! お腹を刺された時よりは痛くないと思うもの!」
「勘弁してください、月夜姫様に痛い思いをさせるくらいなら死んだ方がマシです」
「じ、じゃあ言い直すわ! 小十郎にこのまま抱いてもらえないなら、さすがに泣くわよ?」
「脅し文句を増やされるな!!」
「尼寺なら、行く気は更々ないから、脅し文句にはならないけど……」
「いえ、そうではなく……」
初夜って、始まるまでこんなにすったもんだするものなの?
喜多からは「景綱に身を任せてくださいませ」としか聞いていないから、教えてもらっていないことの連続で、どうしたらいいのかわからない。
だけど私だって子供じゃないもの、武家の妻の役目が跡取りを産むことだって知っている。
それに、小十郎との子供なら、何人だって嬉しい。
……ううん、違う。
そんな建前なんかじゃなくて、もっと簡単な理屈よ。
好きな人と繋がりたいと思うのは、自然なことだもの。
「百歩譲って小十郎のが大丈夫だったとしても……やはりやめておくべきかと」
「まだ理由があるの?」
「この小十郎に身を委ねんとなさるお気持ちは、男冥利に尽きまするが……。おそれながらこの小十郎、しばらくは月夜姫様と二人の暮らしも悪くないと思っております」
「どうして?」
「建前を申し上げれば、政宗様にまだご正室様も、お子様もおられぬ故。そして本音を申し上げますれば……貴女を小十郎だけが独り占めできるひと時を、堪能したいが為です」
小十郎の左手が私の頬を撫でる。
たいそう愛おしそうに触れる指をそっと捕まえて、私は小十郎を見つめ……それから首を振った。
小十郎の願いなら、叶えてあげたい。
だけど同時に、私だって武家の妻になったのだから、務めは果たすべきとも思う。
「小十郎。私の役目は、あなたの跡継ぎを産み育てることよね。そしてゆくゆくはその子が、兄様の跡継ぎとなる子を支えてゆくわ。だったら先に子を成しておいた方が、一番自然な形で兄様の子の側近になれると思うの」
「それはこの小十郎とて承知しておりまする。だがそれを差し引いても、今しばらくは月夜姫様と二人きりで居たいと」
「私を独り占めするのが、そんなに大事なことなの?」
「義姉もおらず、政宗様もおられず、義兄の邪魔も入らぬというのは、至福にも等しいものです、月夜姫様」
そこまで言うなら仕方ないのかも。
その代わり、小十郎には何が何でも戦から生きて帰ってきてもらわなきゃ。
小十郎との子供が欲しいのは本当だもの。
そして兄様に名付け親になってもらわないと。
元服したときの烏帽子親もお願いしたいし、女の子だったら裳着の着物を奮発してくれそう。
「……だけど小十郎。私の勘だけれど、初夜で何もしない理由って、それだけじゃないわよね」
「……さすが政宗様の妹君。完敗です」
絶対そうだと思った!
もちろん私と二人きりがいいというのも本当だろうけど、私に痛い思いをさせるくらいなら死んだ方がましとまで言う人だもの。
本音の本音があると思ったら、大正解だったわ。
「仮に今日これから、月夜姫様を抱いたとして」
「抱いたとして?」
「一度や二度では、止まれそうにありません……。貴女が欲しいと思ってきた、その欲は、貴女が思う以上だ」
「どれくらい止まれないの?」
「確実に孕ませるまでは」
「望むところよ」
「二人での生活を楽しみにしていた小十郎の願いは、叶えてくださらぬか」
「……どうしても駄目?」
「月夜姫様は、この小十郎に抱いてほしいと仰せで?」
「だって……は、はしたないと思わないでほしいのだけれど、小十郎のものにしてもらえるのが、楽しみだったから……」
尻すぼみになった声は、けれど小十郎にしっかり聞こえていたみたい。
戯れるように私の手で遊んでいた小十郎の左手が、ぐっと私の手を握った。
眉間にものすごい皺が寄っているのが見えて、そこまで葛藤する程か、と喉元までその一言が出かかったのを飲み込む。
「……俺一人が我慢すりゃいいと思ってたんだがな……
「えっ?」
「貴女にそこまで言わせてしまったのなら、もう何も言いますまい。優しくするよう努めまするが……先程も申し上げた通り、月夜姫様を孕ませるまで終われませぬゆえ、お覚悟を」
「さっきも言ったけれど、望むところなの。でもお手柔らかにね?」
「それは無理な相談だ……」
困ったように微笑んで、小十郎が私にまた口付けをした。
それは先程のものとはまるで違う、息さえ奪うような、深いキス。
舌を絡めて口を吸われ、呼吸がままならなくなって、頭の中がぼんやりとしていく。
いつの間にか私の体は布団に寝かされていて、その上に小十郎が覆い被さっていた。
「こじゅ、ろ」
「お慕いしております。月夜姫様。貴女はもう、俺の妻だ」
「そうよ……小十郎はもう、私の旦那様になったのよ」
小十郎の大きな背中を抱き締めて、口付けを重ね続ける。
奥州の初夏の夜は、戸を開ければ冷たい風が吹き抜けて、涼しくて過ごしやすい。
けれど今夜だけは戸を閉めて、風さえ覗くことは許さない。
互いの熱が部屋に籠もって、汗ばんだ肌が何度も触れ合う。
互いを貪るように溺れていく私たちを、望月はただ静かに見守っていた。
泣いちゃ駄目。
私が泣いたところなんて小十郎が見たら、自分から兄様に詫びの手紙をやって、速攻で腹を切ろうとしてしまう。
それでも小十郎の胸倉を掴む手だけは緩めなかった。
小十郎の力なら、いとも容易く引き剥がせるだろうけど、それでも。
小十郎から顔を背けたままでいると……不意に私の手に、小十郎の手が触れた。
「……申し訳ございませぬ」
「謝罪がほしいんじゃないの……」
「では、約束致します。二度と俺以外の嫁になどと戯言は申しません。貴女には、俺の妻として生き、俺の妻として死んでいただく」
それはまるで、外つ国の婚姻で述べるという、誓いの言葉のよう。
病める時も健やかなる時も、私は小十郎の妻としてここに在る。
そう在れと……小十郎の口からようやく、その言葉を聞けた。
「……言ったわね?」
「はい」
「約束は、守るから約束なのよ」
「はい」
「……本当にその約束を守る気があるなら、守ると誓ってキスをして」
「外つ国にある誓いの口付けをご存知とは」
「誰の妹だと思ってるの」
ぐすっと鼻をすすって、拗ねたように呟く。
事ここに至っても小十郎という人は、私の覚悟を甘く見て。
私、本気で怒ったんだから。
相変わらず私の両手を片手で掴める小十郎の手は、もう片方を私の頬に伸ばしてきた。
「早速泣かせてしまいましたな」
「泣いていないわ。欠伸をしただけなの」
「ははっ……。では、そういうことで」
小十郎の手が私の顔を優しく引き寄せる。
そうして優しく唇が重ねられた。
二対の布団に跨るように寝転がった小十郎に、私はすっぽりと覆い被さって、いつの間にか小十郎の両腕は私の背中を抱き締めていた。
ほんの少し離れた唇が名残惜しい。
「これで誓いになりましたか」
「……ん」
「これでも足りぬと申されますなら……そうですな。今宵の見事な満月にも誓います。貴女と小十郎の、夫婦の契となる約束ゆえ」
「望月の契ってこと? 月を背に掲げる小十郎らしいわね」
「ああ……望月の契。良い響きですな。夜毎に月を見上げる度、約束を思い出せそうです」
「絶対に忘れちゃ駄目よ。私たちはお互いでなければ意味がないから、夫婦になったの。小十郎の妻は私じゃなければ意味がないし、私の夫も小十郎でなければ意味がないのよ」
「はい。この小十郎、月夜姫様と共にいつまでも」
「うん。いつまでも一緒よ」
互いに見つめ合って、微笑みを浮かべる。
そうして小十郎は、私を抱き締めたまま、器用に起き上がった。
そのまま私を横向きにして膝に座らせて。
「しかしながら、やはり今宵は、交合うことは遠慮させて頂く」
「ど、どうして!?」
「その……それは……あの。……が……ので……」
「えっ、なぁに? ごめんなさい、こんなに近いのに聞こえなくて……」
うぐ、と変な声を喉の奥で唸らせて、小十郎がまたもやため息をついた。
変な小十郎、餅でも詰まらせたみたいにして。
ほんとうに餅を詰まらせたのなら、初夜どころじゃないけれど。
小十郎は私をぎゅうっと抱き締めてから、蚊の鳴くような声で言った。
「……小十郎の逸物は、その……人並みよりもでかいので……」
「えっ」
予想外の台詞が飛んできて、思わず固まってしまった。
それから私のお尻の下にあるであろう、小十郎の小十郎をちらりと見てしまって、ちょっと後悔。
で、でも、いずれはすることだと思うし……。
それが今か今じゃないかの違いでしかないなら、今でも問題はないはず……よね?
「だ、大丈夫よ。受け止めるわ! ばっちこいよ!」
「はッ!?」
「初夜は痛いって喜多からも聞いてるの。気にしないで、耐えられると思うから! お腹を刺された時よりは痛くないと思うもの!」
「勘弁してください、月夜姫様に痛い思いをさせるくらいなら死んだ方がマシです」
「じ、じゃあ言い直すわ! 小十郎にこのまま抱いてもらえないなら、さすがに泣くわよ?」
「脅し文句を増やされるな!!」
「尼寺なら、行く気は更々ないから、脅し文句にはならないけど……」
「いえ、そうではなく……」
初夜って、始まるまでこんなにすったもんだするものなの?
喜多からは「景綱に身を任せてくださいませ」としか聞いていないから、教えてもらっていないことの連続で、どうしたらいいのかわからない。
だけど私だって子供じゃないもの、武家の妻の役目が跡取りを産むことだって知っている。
それに、小十郎との子供なら、何人だって嬉しい。
……ううん、違う。
そんな建前なんかじゃなくて、もっと簡単な理屈よ。
好きな人と繋がりたいと思うのは、自然なことだもの。
「百歩譲って小十郎のが大丈夫だったとしても……やはりやめておくべきかと」
「まだ理由があるの?」
「この小十郎に身を委ねんとなさるお気持ちは、男冥利に尽きまするが……。おそれながらこの小十郎、しばらくは月夜姫様と二人の暮らしも悪くないと思っております」
「どうして?」
「建前を申し上げれば、政宗様にまだご正室様も、お子様もおられぬ故。そして本音を申し上げますれば……貴女を小十郎だけが独り占めできるひと時を、堪能したいが為です」
小十郎の左手が私の頬を撫でる。
たいそう愛おしそうに触れる指をそっと捕まえて、私は小十郎を見つめ……それから首を振った。
小十郎の願いなら、叶えてあげたい。
だけど同時に、私だって武家の妻になったのだから、務めは果たすべきとも思う。
「小十郎。私の役目は、あなたの跡継ぎを産み育てることよね。そしてゆくゆくはその子が、兄様の跡継ぎとなる子を支えてゆくわ。だったら先に子を成しておいた方が、一番自然な形で兄様の子の側近になれると思うの」
「それはこの小十郎とて承知しておりまする。だがそれを差し引いても、今しばらくは月夜姫様と二人きりで居たいと」
「私を独り占めするのが、そんなに大事なことなの?」
「義姉もおらず、政宗様もおられず、義兄の邪魔も入らぬというのは、至福にも等しいものです、月夜姫様」
そこまで言うなら仕方ないのかも。
その代わり、小十郎には何が何でも戦から生きて帰ってきてもらわなきゃ。
小十郎との子供が欲しいのは本当だもの。
そして兄様に名付け親になってもらわないと。
元服したときの烏帽子親もお願いしたいし、女の子だったら裳着の着物を奮発してくれそう。
「……だけど小十郎。私の勘だけれど、初夜で何もしない理由って、それだけじゃないわよね」
「……さすが政宗様の妹君。完敗です」
絶対そうだと思った!
もちろん私と二人きりがいいというのも本当だろうけど、私に痛い思いをさせるくらいなら死んだ方がましとまで言う人だもの。
本音の本音があると思ったら、大正解だったわ。
「仮に今日これから、月夜姫様を抱いたとして」
「抱いたとして?」
「一度や二度では、止まれそうにありません……。貴女が欲しいと思ってきた、その欲は、貴女が思う以上だ」
「どれくらい止まれないの?」
「確実に孕ませるまでは」
「望むところよ」
「二人での生活を楽しみにしていた小十郎の願いは、叶えてくださらぬか」
「……どうしても駄目?」
「月夜姫様は、この小十郎に抱いてほしいと仰せで?」
「だって……は、はしたないと思わないでほしいのだけれど、小十郎のものにしてもらえるのが、楽しみだったから……」
尻すぼみになった声は、けれど小十郎にしっかり聞こえていたみたい。
戯れるように私の手で遊んでいた小十郎の左手が、ぐっと私の手を握った。
眉間にものすごい皺が寄っているのが見えて、そこまで葛藤する程か、と喉元までその一言が出かかったのを飲み込む。
「……俺一人が我慢すりゃいいと思ってたんだがな……
「えっ?」
「貴女にそこまで言わせてしまったのなら、もう何も言いますまい。優しくするよう努めまするが……先程も申し上げた通り、月夜姫様を孕ませるまで終われませぬゆえ、お覚悟を」
「さっきも言ったけれど、望むところなの。でもお手柔らかにね?」
「それは無理な相談だ……」
困ったように微笑んで、小十郎が私にまた口付けをした。
それは先程のものとはまるで違う、息さえ奪うような、深いキス。
舌を絡めて口を吸われ、呼吸がままならなくなって、頭の中がぼんやりとしていく。
いつの間にか私の体は布団に寝かされていて、その上に小十郎が覆い被さっていた。
「こじゅ、ろ」
「お慕いしております。月夜姫様。貴女はもう、俺の妻だ」
「そうよ……小十郎はもう、私の旦那様になったのよ」
小十郎の大きな背中を抱き締めて、口付けを重ね続ける。
奥州の初夏の夜は、戸を開ければ冷たい風が吹き抜けて、涼しくて過ごしやすい。
けれど今夜だけは戸を閉めて、風さえ覗くことは許さない。
互いの熱が部屋に籠もって、汗ばんだ肌が何度も触れ合う。
互いを貪るように溺れていく私たちを、望月はただ静かに見守っていた。
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