輿入れ
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翌日、花嫁行列は、まだ日も高いうちに大森城を出立した。
ここで別れることになる伊達家側の者たちは、悲喜交々といった様子だ。
その中でも成実と白石様だけは、笑って見送ってくれた。
白石様は表情があまり変わらない方だけれど、輿に乗る前に見えたお顔は、柔らかく微笑んでおられて、成実が「珍しい」と揶揄っていた。
片倉家からの護衛にがっちりと守られた行列は、野を越え川を越え、夕闇の中、二本松城に到着した。
門前は松明の灯りが照らし、その下を行列は静かに通っていく。
本丸の玄関で嫁入り道具の受け渡しが進んでいき、輿がゆっくりと地面に下ろされた。
城内へと入った輿から数刻ぶりに降りて、二本松城の玄関へ足を踏み入れる。
小十郎は……さすがに出迎えには来られないみたい。
出迎えに来ていたら私がまだ怒るところだった。
大森から二本松まで、伊達領を移動するだけなのに、何の危険があると言うんだか……。
私の婿様は、どうにも心配性でいけない。
化粧の間で旅の疲れをつかの間癒して、身なりを整える。
そうして目の前に並んだ膳をぼんやりと眺めていると、白の直垂姿に身を包んだ小十郎が現れた。
膳の前に胡座をかき、私と、侍女臈となったふくへ向かって、無言で頭を下げた。
「これより、伊達家、片倉家の婚儀を執り行います。月夜姫様。米沢より遠路はるばるご苦労様でございました。こちらが、婿殿となられます、片倉小十郎景綱様でございます」
「片倉小十郎景綱にござりまする」
仲人の侍女が告げ、小十郎は私に名乗ってから、小さく目礼をした。
本心ではしっかりと手をついて頭を下げたいんだろうけれど、それはさっきやってしまったから。
三十になって初婚というのも、なんだか面白い。
それだけ私に一途でいてくれたのよね、小十郎は。
「景綱様。こちらが、嫁御となられます、月夜姫様でございます」
「月夜でございます」
私も同じように名乗って頭を下げる。
そうして顔を上げた先で、小十郎が頬の内側を噛んでいることに気付いた。
守っているのね!
この厳かな婚儀の雰囲気を……!
「泣かされたら速攻連れ戻しにくる」と言って、雰囲気よりも兄としての愛が勝った兄様とは大違いね!
「早速ですが、まずは一献」
侍女たちが御神酒を盃に注ぎ、それを三度に分けて飲み下す。
大きな盃から、一回り小さな盃へ、そして更に小さな盃へ。
(どうか倒れませんように……!!)
祈る思いで酒を飲み干す。
留守様が飲ませたお酒よりは、胸がカッとしなかったけれど、それでも体が熱くなる程度には度数がある。
気遣わしげな眼差しを見せる小十郎に、大丈夫よ、と視線で訴え、ようやく式三献が終わった。
婚儀はそれで終わりで、このあとは水屋で身を清めて……。
──初夜になる。
寝所で向かい合った私たちは、長いこと無言を重ねている。
だって風呂上がりの小十郎なんて初めて見るもの!
前髪が降りただけで、こんな色男になるなんて聞いてない!
でも気恥ずかしくて顔を上げられないのは私だけなのかもしれなくて、小十郎は私のことを待っているかもしれなくて……。
埒が明かない、女は度胸よ月夜!
覚悟を決めて顔を上げる。
──その先で、小十郎は。
「……」
「……小十郎?」
「……」
「あの、小十郎……?」
「……」
「小十郎!」
目の前で、パン! と手を叩く。
「おわ!」と我に返ったらしい小十郎が、慌てたように居住まいを正した。
……緊張していたのが阿呆らしくなってきたわ。
そうよね、小十郎だって緊張するものよね。
ドキドキしていたのは私だけじゃないと分かって、なんだかホッとした。
「まだお酒が残っているの?」
「いえ……緊張の連続で、とても酔える状況になく……」
「私もよ。特に私、お酒にすこぶる弱いみたいで。三々九度の最中に倒れてしまわないか心配だったもの」
「……倒れたことがおありで?」
「ちょっと前の、二本松落城を記念した祝いの宴でね。留守の伯父様にお酒を飲まされて、飲み干した瞬間に倒れてしまったの」
「なッ」
「兄様は家臣に囲まれていてこちらを止めることもできなくて。喜多が言うには、とても強いお酒だったそうなの。あっでも安心していいの。留守の伯父様はその後、喜多にこってり絞られたから」
「義姉上から……。それは、さすがに留守様に同情致し……いや、自業自得ではございますが……」
「まだ首と胴が離れるわけにはいかないって、私に向かって土下座してきたわ。勢いが良すぎて床に穴が空くかと思ったの」
「目に浮かぶようですな。さすが輝宗様の弟君……」
「本当にね。父様に私の晴れ姿を見せてあげたかったって、しんみりして見せたのは最初だけよ。しっかり反省なさってくれたかしら」
「反省せねば、今度こそ義姉が留守様の首を獲らんと致すものと……」
「……そうね」
喜多ったら、私の事となるとすぐに手が出るから……。
……手が出る、といえば。
目の前に座る私の旦那様は、いつになったら私に手を出すの?
今更知らない仲でもなし、何を躊躇うことがあるのかしら。
なんなら最初は胡座だったのに、今じゃすっかり正座だもの。
おまけに、まるで叱られる子供のように、背を丸くして……。
これじゃあ私が恐妻みたい、私そんなふうになるつもりはないのに。
ここで別れることになる伊達家側の者たちは、悲喜交々といった様子だ。
その中でも成実と白石様だけは、笑って見送ってくれた。
白石様は表情があまり変わらない方だけれど、輿に乗る前に見えたお顔は、柔らかく微笑んでおられて、成実が「珍しい」と揶揄っていた。
片倉家からの護衛にがっちりと守られた行列は、野を越え川を越え、夕闇の中、二本松城に到着した。
門前は松明の灯りが照らし、その下を行列は静かに通っていく。
本丸の玄関で嫁入り道具の受け渡しが進んでいき、輿がゆっくりと地面に下ろされた。
城内へと入った輿から数刻ぶりに降りて、二本松城の玄関へ足を踏み入れる。
小十郎は……さすがに出迎えには来られないみたい。
出迎えに来ていたら私がまだ怒るところだった。
大森から二本松まで、伊達領を移動するだけなのに、何の危険があると言うんだか……。
私の婿様は、どうにも心配性でいけない。
化粧の間で旅の疲れをつかの間癒して、身なりを整える。
そうして目の前に並んだ膳をぼんやりと眺めていると、白の直垂姿に身を包んだ小十郎が現れた。
膳の前に胡座をかき、私と、侍女臈となったふくへ向かって、無言で頭を下げた。
「これより、伊達家、片倉家の婚儀を執り行います。月夜姫様。米沢より遠路はるばるご苦労様でございました。こちらが、婿殿となられます、片倉小十郎景綱様でございます」
「片倉小十郎景綱にござりまする」
仲人の侍女が告げ、小十郎は私に名乗ってから、小さく目礼をした。
本心ではしっかりと手をついて頭を下げたいんだろうけれど、それはさっきやってしまったから。
三十になって初婚というのも、なんだか面白い。
それだけ私に一途でいてくれたのよね、小十郎は。
「景綱様。こちらが、嫁御となられます、月夜姫様でございます」
「月夜でございます」
私も同じように名乗って頭を下げる。
そうして顔を上げた先で、小十郎が頬の内側を噛んでいることに気付いた。
守っているのね!
この厳かな婚儀の雰囲気を……!
「泣かされたら速攻連れ戻しにくる」と言って、雰囲気よりも兄としての愛が勝った兄様とは大違いね!
「早速ですが、まずは一献」
侍女たちが御神酒を盃に注ぎ、それを三度に分けて飲み下す。
大きな盃から、一回り小さな盃へ、そして更に小さな盃へ。
(どうか倒れませんように……!!)
祈る思いで酒を飲み干す。
留守様が飲ませたお酒よりは、胸がカッとしなかったけれど、それでも体が熱くなる程度には度数がある。
気遣わしげな眼差しを見せる小十郎に、大丈夫よ、と視線で訴え、ようやく式三献が終わった。
婚儀はそれで終わりで、このあとは水屋で身を清めて……。
──初夜になる。
寝所で向かい合った私たちは、長いこと無言を重ねている。
だって風呂上がりの小十郎なんて初めて見るもの!
前髪が降りただけで、こんな色男になるなんて聞いてない!
でも気恥ずかしくて顔を上げられないのは私だけなのかもしれなくて、小十郎は私のことを待っているかもしれなくて……。
埒が明かない、女は度胸よ月夜!
覚悟を決めて顔を上げる。
──その先で、小十郎は。
「……」
「……小十郎?」
「……」
「あの、小十郎……?」
「……」
「小十郎!」
目の前で、パン! と手を叩く。
「おわ!」と我に返ったらしい小十郎が、慌てたように居住まいを正した。
……緊張していたのが阿呆らしくなってきたわ。
そうよね、小十郎だって緊張するものよね。
ドキドキしていたのは私だけじゃないと分かって、なんだかホッとした。
「まだお酒が残っているの?」
「いえ……緊張の連続で、とても酔える状況になく……」
「私もよ。特に私、お酒にすこぶる弱いみたいで。三々九度の最中に倒れてしまわないか心配だったもの」
「……倒れたことがおありで?」
「ちょっと前の、二本松落城を記念した祝いの宴でね。留守の伯父様にお酒を飲まされて、飲み干した瞬間に倒れてしまったの」
「なッ」
「兄様は家臣に囲まれていてこちらを止めることもできなくて。喜多が言うには、とても強いお酒だったそうなの。あっでも安心していいの。留守の伯父様はその後、喜多にこってり絞られたから」
「義姉上から……。それは、さすがに留守様に同情致し……いや、自業自得ではございますが……」
「まだ首と胴が離れるわけにはいかないって、私に向かって土下座してきたわ。勢いが良すぎて床に穴が空くかと思ったの」
「目に浮かぶようですな。さすが輝宗様の弟君……」
「本当にね。父様に私の晴れ姿を見せてあげたかったって、しんみりして見せたのは最初だけよ。しっかり反省なさってくれたかしら」
「反省せねば、今度こそ義姉が留守様の首を獲らんと致すものと……」
「……そうね」
喜多ったら、私の事となるとすぐに手が出るから……。
……手が出る、といえば。
目の前に座る私の旦那様は、いつになったら私に手を出すの?
今更知らない仲でもなし、何を躊躇うことがあるのかしら。
なんなら最初は胡座だったのに、今じゃすっかり正座だもの。
おまけに、まるで叱られる子供のように、背を丸くして……。
これじゃあ私が恐妻みたい、私そんなふうになるつもりはないのに。
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