出立
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大広間に集まった者たちの度肝を抜いてしまったらしい私の白無垢姿。
先に我に返ったのは景康で、景頼の頭をスパーンと叩いて正気に戻させた。
当主たる兄様へ向かい合って座り、手をついて頭を下げる。
「兄様。月夜はこれより、二本松城代・片倉家へ嫁ぎます。七年間、まことにお世話になりました。どうかこれからも息災で。恙なく奥州をお治めください」
「伊達家当主政宗、月夜姫の片倉家への輿入れを承諾する。……小十郎に宜しく伝えてくれ。お前を泣かせたら、この俺が速攻で連れ戻しに来るってな」
「せっかくの厳かな雰囲気が台無しにも程があるのよ」
でもそれも私らしい輿入れなのかもしれない。
御一門ではなく一家臣の元へ嫁ぐのは、伊達宗家の体裁としてはあまり格好がつかないかもしれないけど、それも私だから許される。
幸か不幸か、私の縁談がことごとく破談になったおかげで、勝手に小十郎の外堀が埋められてしまったもの。
色々あったけれど、これでよかったのだと思う。
玄関から出た先には、輿と担ぎ手が揃っていた。
信夫にある大森城までの護衛は、大森城主の成実と、そこからちょっと近い白石城の主である、白石宗実。
私の花嫁行列は、大森城で片倉家の者たちと護衛を引き継ぐことになっている。
米沢から二本松への輿入れとなれば、山を越えなければならないから、とてもじゃないけど冬の時期なんて無理な話。
水無月の手前辺り──ちょうど今くらいが、雪も雨も降らずに動きやすい。
黒漆の輿に乗り、戸が閉まる。
小さな小窓からは見送りの家臣たちが見え、ひょいっと綱元が覗き込んできた。
小さく悲鳴を上げると、してやったりの笑顔が向けられる。
最後の最後で私の事まで揶揄うなんて!
「綱元!」
「月夜姫様、どうか笑顔をお見せください。我々もそうしてお見送り致します」
「あ……」
「たしかに米沢を去るのは寂しいことでしょう。しかし月夜姫様が嫁ぎますのは、伊達家の重臣・片倉家。なに、我々も景綱を揶揄いに、しょっちゅう参りますよ。今生の別れではございません」
「ふふ……小十郎を揶揄うのは確定なのね。その時は私にもちゃんと顔を見せてね?」
「勿論ですとも。そのために二本松へ行くと言っても過言では無いのですから」
「そこは小十郎に会いにきたって言っておいて?」
嫁いでもなお、私より小十郎の立場が低いなんて、そんなことがあってはいけない。
みんなは私が小十郎を尻に敷くと思っているようだけれど、喜多から武家の妻としての心得は学んだもの。
ちゃんと小十郎を、旦那様として盛り立てていかないと!
……小十郎、夫婦になったあとも、私に対して従者の態度を取ったりしないわよね?
「お元気で、月夜姫様。どうかお幸せに」
「ありがとう、綱元。幸せになるわ」
嬉しそうに頷いて、綱元が担ぎ手に合図を出した。
輿が揺れ、小窓の視界が高くなる。
「開門!」と威勢のいい声が響き、本丸の門が開く音が聞こえた。
外は夕刻になり、花嫁行列に参加する者も見送る者も、手には松明を灯している。
いざ輿が門を出ようという頃、後方から「お元気でー!」「お幸せにー!」「姫様ぁぁー!」と元気すぎる見送りの声が飛んできた。
その中に紛れて「泣かされたら呼べよ!!」と叫んだのは兄様だったと思う。
寂しさを見せたくない兄様なりの別れの言葉なのだと思うと、どうにも愛おしい。
お言葉に甘えて、小十郎に泣かされた時は、遠慮なく米沢に手紙を送ることにしよう。
輿は城下町へと降り、大手門から真っ直ぐ伸びた通りの両脇には、民たちが列を成して松明を片手に見送りに出ていた。
ここでも輿が過ぎ去ると「姫様ー!」と元気な声が私を見送ってくれて、しんみりした気分が吹き飛んでいく。
私が生きてきた七年間の答えを、民たちがくれた気がした。
私は立派な伊達家の姫だと、他でもない彼らがお墨付きをくれたようだった。
総勢五百人を越えた大行列は、冬ならば絶対に通れないであろう板谷峠を、夏だからよかろうと登っていく。
二井宿峠から七ヶ宿を通ると遠回りになるから、夏場はこの道が山越えにはもってこいと聞いたことがある。
その代わり雪が降ると、ここは通るのも難しくなるから、そのときは二井宿峠のほうから越えるんだとか。
米沢城を発ってどのくらい経ったのか。
輿が下ろされ、小窓から覗く景色は……相変わらず真っ暗でよく分からないけれど、どうやら無事に大森城へ入ったらしい。
大森は成実の治める地、他のどこよりも信頼のおける場所。
それもあって兄様は、ここを輿の引継ぎの場に選んだのだろう。
「──え? お、お前ッ、何してやがる、こんなところで!?」
「無論、月夜姫様の道中をお守りすべく、参上した次第」
「そうじゃなくてな!? どうすんだよ!? えっお前ほんとに何してんの!?」
成実の声が焦っている。
それを掻い潜って聞こえてきた声は、私の聞き間違いでなければ小十郎だった気が……。
……さすがに気のせいよね、そんなことあるはずないわよね?
「何をやっているのだお前は」と白石様の声も聞こえてきた。
ここに小十郎がいるはずがない、きっと他人の空似のはず……。
でも小十郎ならやりかねない……!
「月夜姫様の当家へのご入輿とあらば、万全の警備でお守りすべきもの。ならばこの小十郎、竜の右目として振るってきた力を、月夜姫様の御身をお守りすべく──」
「だからって婿自身が護衛に来んな!! お前ら、誰も止めなかったのかよ!?」
「そりゃ止めたに決まってるじゃないすか! でも俺らの言うことを聞いてくださると思います!?」
「聞くはずねぇよな! ごめん!」
怒鳴り続けていた成実がゼェゼェと息を荒らげる気配。
それからすぐに輿の近くで声がした。
「俺だ俺、成実だ」と名乗ったのはその成実。
叫び続けた彼の喉が心配だけれど、今ここで心配すべきは成実の喉じゃないというのは、さすがの私でも察している。
「あー、月夜。もう聞こえてたかもしれねぇが、ちょっと前代未聞の事態が起きた」
「……ひょっとして片倉家の護衛に、小十郎が来ちゃったの……?」
「来ちゃったんだなぁ……」
「なんで!?」
「俺も知りてぇよ。なんで嫁入り先からの護衛が婿本人なんだよ。つかお前はなんで陣羽織なんだよ!? 直垂は!?」
「護衛には不向きと考え、置いてきました」
「置いてくんな!? いやそもそもお前が来るな!!」
ああ、また成実が怒鳴ってる……。
というか、どうして片倉家からの引継ぎに、小十郎が来てしまうの?
任せられる人がいなかったわけじゃないはずなのに。
「お前も言ってやれ月夜!」と輿の外から成実の声が聞こえてきたから、私もすうっと息を吸って。
「小十郎! 二本松で待ってくれなきゃ駄目なの!」
「し、しかし……!」
「しかしもかかしもないの! いいから二本松に戻って! じゃなきゃ泣くわよ!」
「ぐっ! ……月夜姫様の命とあらば……ッ!」
「普通はお前が来るもんじゃねぇからな? マジで反省しろ馬鹿」
辛辣な一言が成実から飛び出て、小十郎が「はい……」と、目には見えなくとも項垂れたのが分かった。
こうして小十郎は二本松へ戻らされ、当初の予定通り、大森城にて輿の引継ぎが行われた。
ここからは二本松城までまっすぐ向かうだけ。
ただし、出発はまた明日。
今日はここで夜を明かして、明日になったら──いよいよ二本松領へ足を踏み入れることになる。
なにより座りっぱなしで私も足が限界。
明日の夕方頃、また行列が始まる。
それまではここで、ひと休み。
明かりのない部屋でひとり、故郷への寂しさと、二本松への待ち遠しさを抱えて。
出立の日は、涙と共に去っていった。
先に我に返ったのは景康で、景頼の頭をスパーンと叩いて正気に戻させた。
当主たる兄様へ向かい合って座り、手をついて頭を下げる。
「兄様。月夜はこれより、二本松城代・片倉家へ嫁ぎます。七年間、まことにお世話になりました。どうかこれからも息災で。恙なく奥州をお治めください」
「伊達家当主政宗、月夜姫の片倉家への輿入れを承諾する。……小十郎に宜しく伝えてくれ。お前を泣かせたら、この俺が速攻で連れ戻しに来るってな」
「せっかくの厳かな雰囲気が台無しにも程があるのよ」
でもそれも私らしい輿入れなのかもしれない。
御一門ではなく一家臣の元へ嫁ぐのは、伊達宗家の体裁としてはあまり格好がつかないかもしれないけど、それも私だから許される。
幸か不幸か、私の縁談がことごとく破談になったおかげで、勝手に小十郎の外堀が埋められてしまったもの。
色々あったけれど、これでよかったのだと思う。
玄関から出た先には、輿と担ぎ手が揃っていた。
信夫にある大森城までの護衛は、大森城主の成実と、そこからちょっと近い白石城の主である、白石宗実。
私の花嫁行列は、大森城で片倉家の者たちと護衛を引き継ぐことになっている。
米沢から二本松への輿入れとなれば、山を越えなければならないから、とてもじゃないけど冬の時期なんて無理な話。
水無月の手前辺り──ちょうど今くらいが、雪も雨も降らずに動きやすい。
黒漆の輿に乗り、戸が閉まる。
小さな小窓からは見送りの家臣たちが見え、ひょいっと綱元が覗き込んできた。
小さく悲鳴を上げると、してやったりの笑顔が向けられる。
最後の最後で私の事まで揶揄うなんて!
「綱元!」
「月夜姫様、どうか笑顔をお見せください。我々もそうしてお見送り致します」
「あ……」
「たしかに米沢を去るのは寂しいことでしょう。しかし月夜姫様が嫁ぎますのは、伊達家の重臣・片倉家。なに、我々も景綱を揶揄いに、しょっちゅう参りますよ。今生の別れではございません」
「ふふ……小十郎を揶揄うのは確定なのね。その時は私にもちゃんと顔を見せてね?」
「勿論ですとも。そのために二本松へ行くと言っても過言では無いのですから」
「そこは小十郎に会いにきたって言っておいて?」
嫁いでもなお、私より小十郎の立場が低いなんて、そんなことがあってはいけない。
みんなは私が小十郎を尻に敷くと思っているようだけれど、喜多から武家の妻としての心得は学んだもの。
ちゃんと小十郎を、旦那様として盛り立てていかないと!
……小十郎、夫婦になったあとも、私に対して従者の態度を取ったりしないわよね?
「お元気で、月夜姫様。どうかお幸せに」
「ありがとう、綱元。幸せになるわ」
嬉しそうに頷いて、綱元が担ぎ手に合図を出した。
輿が揺れ、小窓の視界が高くなる。
「開門!」と威勢のいい声が響き、本丸の門が開く音が聞こえた。
外は夕刻になり、花嫁行列に参加する者も見送る者も、手には松明を灯している。
いざ輿が門を出ようという頃、後方から「お元気でー!」「お幸せにー!」「姫様ぁぁー!」と元気すぎる見送りの声が飛んできた。
その中に紛れて「泣かされたら呼べよ!!」と叫んだのは兄様だったと思う。
寂しさを見せたくない兄様なりの別れの言葉なのだと思うと、どうにも愛おしい。
お言葉に甘えて、小十郎に泣かされた時は、遠慮なく米沢に手紙を送ることにしよう。
輿は城下町へと降り、大手門から真っ直ぐ伸びた通りの両脇には、民たちが列を成して松明を片手に見送りに出ていた。
ここでも輿が過ぎ去ると「姫様ー!」と元気な声が私を見送ってくれて、しんみりした気分が吹き飛んでいく。
私が生きてきた七年間の答えを、民たちがくれた気がした。
私は立派な伊達家の姫だと、他でもない彼らがお墨付きをくれたようだった。
総勢五百人を越えた大行列は、冬ならば絶対に通れないであろう板谷峠を、夏だからよかろうと登っていく。
二井宿峠から七ヶ宿を通ると遠回りになるから、夏場はこの道が山越えにはもってこいと聞いたことがある。
その代わり雪が降ると、ここは通るのも難しくなるから、そのときは二井宿峠のほうから越えるんだとか。
米沢城を発ってどのくらい経ったのか。
輿が下ろされ、小窓から覗く景色は……相変わらず真っ暗でよく分からないけれど、どうやら無事に大森城へ入ったらしい。
大森は成実の治める地、他のどこよりも信頼のおける場所。
それもあって兄様は、ここを輿の引継ぎの場に選んだのだろう。
「──え? お、お前ッ、何してやがる、こんなところで!?」
「無論、月夜姫様の道中をお守りすべく、参上した次第」
「そうじゃなくてな!? どうすんだよ!? えっお前ほんとに何してんの!?」
成実の声が焦っている。
それを掻い潜って聞こえてきた声は、私の聞き間違いでなければ小十郎だった気が……。
……さすがに気のせいよね、そんなことあるはずないわよね?
「何をやっているのだお前は」と白石様の声も聞こえてきた。
ここに小十郎がいるはずがない、きっと他人の空似のはず……。
でも小十郎ならやりかねない……!
「月夜姫様の当家へのご入輿とあらば、万全の警備でお守りすべきもの。ならばこの小十郎、竜の右目として振るってきた力を、月夜姫様の御身をお守りすべく──」
「だからって婿自身が護衛に来んな!! お前ら、誰も止めなかったのかよ!?」
「そりゃ止めたに決まってるじゃないすか! でも俺らの言うことを聞いてくださると思います!?」
「聞くはずねぇよな! ごめん!」
怒鳴り続けていた成実がゼェゼェと息を荒らげる気配。
それからすぐに輿の近くで声がした。
「俺だ俺、成実だ」と名乗ったのはその成実。
叫び続けた彼の喉が心配だけれど、今ここで心配すべきは成実の喉じゃないというのは、さすがの私でも察している。
「あー、月夜。もう聞こえてたかもしれねぇが、ちょっと前代未聞の事態が起きた」
「……ひょっとして片倉家の護衛に、小十郎が来ちゃったの……?」
「来ちゃったんだなぁ……」
「なんで!?」
「俺も知りてぇよ。なんで嫁入り先からの護衛が婿本人なんだよ。つかお前はなんで陣羽織なんだよ!? 直垂は!?」
「護衛には不向きと考え、置いてきました」
「置いてくんな!? いやそもそもお前が来るな!!」
ああ、また成実が怒鳴ってる……。
というか、どうして片倉家からの引継ぎに、小十郎が来てしまうの?
任せられる人がいなかったわけじゃないはずなのに。
「お前も言ってやれ月夜!」と輿の外から成実の声が聞こえてきたから、私もすうっと息を吸って。
「小十郎! 二本松で待ってくれなきゃ駄目なの!」
「し、しかし……!」
「しかしもかかしもないの! いいから二本松に戻って! じゃなきゃ泣くわよ!」
「ぐっ! ……月夜姫様の命とあらば……ッ!」
「普通はお前が来るもんじゃねぇからな? マジで反省しろ馬鹿」
辛辣な一言が成実から飛び出て、小十郎が「はい……」と、目には見えなくとも項垂れたのが分かった。
こうして小十郎は二本松へ戻らされ、当初の予定通り、大森城にて輿の引継ぎが行われた。
ここからは二本松城までまっすぐ向かうだけ。
ただし、出発はまた明日。
今日はここで夜を明かして、明日になったら──いよいよ二本松領へ足を踏み入れることになる。
なにより座りっぱなしで私も足が限界。
明日の夕方頃、また行列が始まる。
それまではここで、ひと休み。
明かりのない部屋でひとり、故郷への寂しさと、二本松への待ち遠しさを抱えて。
出立の日は、涙と共に去っていった。
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