出立
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「──う、ん……。あれ……?」
泥に埋もれたように重い身体を持ち上げて、目を開ける。
いつの間にか寝てしまったようで、私はしっかり部屋の布団に横になっていた。
……あれ、でも昨日は、戦勝祝いで宴だったはずで……?
私、兄様にお酌していて……そこへ留守の伯父様が来て……。
留守の伯父様からお酒を飲まされて……それで……?
「月夜姫様、お目覚めですか?」
「喜多……?」
出てきた声は、聞いたこともないくらい掠れていた。
自分でびっくりして口を閉ざしてしまうと、襖を開けて入ってきた喜多の手には、お水の入った湯呑みが。
起き上がろうとすると頭が痛くて、どうしてこんなことになっているのかも分からない。
「喜多……頭が、痛いの。なにかの病気……? 私、小十郎に輿入れする前に死んだりしない……?」
「死んだりなど致しませんとも。それは二日酔いというものにございます。留守様から無理矢理に酒を飲まされたことを覚えておいでですか?」
「留守の伯父様から……。そこまでは覚えてる、けど……」
ようやっと起き上がって、喜多からお水を受け取る。
それを飲んだら、ほんの少しだけ気分がましになった気がした。
それにしても二日酔いなんて、たったあの量で?
お猪口の一杯しか飲んでいないのに。
「初めての酒があれだけキツい酒でしたら、そうなるのも無理はありません。留守様には事の次第をお伝えし、反省いただきます」
「……えっと? それじゃあ私、本当にあの一杯で酔い潰れてしまったの?」
「ええ、それはもう、ばったりと倒れられまして。留守様の悲鳴で政宗様もお気付きになられて、そこから先は宴どころではなくなりました」
「そ、そんな……! せっかくの楽しい宴だったのに……」
「構うものですか。そもそもお傍におられながら、留守様をお止めすることもなさらなかった政宗様が悪うございます」
「でも兄様は、他の人たちからお酌されていたし……」
「そのようなもの、関係ございません!」
喜多は相当ご立腹みたいで、普段なら向かない兄様にまで、怒りの矛先が向いている。
でも兄様だって、私がお酒を止めようとしても言うことを聞いてくれなかったから、擁護はできない。
お酒が弱いのは父様の影響なのかな、それとも母様の血?
「私、こんなにお酒に弱くて、三々九度なんてできるの……?」
「御神酒はさほど強くない酒をご用意致しますので、今回のようなことにはならないかと。しかし三杯は飲まねばなりませんので、少しずつ慣れて参りましょう」
部屋の外から運ばれてきた朝餉は、何とも胃に優しそうな献立。
普通の味噌汁じゃなくてあさり汁なのは、昨日の宴に参加した人達が軒並み二日酔いに倒れることを見越していたからなのかもしれない。
一口飲んだだけで、全身にその優しさが沁み渡ってくる。
だけどもうお酒は懲り懲り、私はお酌するだけで充分。
「兄様はどうしてる?」
「二日酔いで死んでおります。今日一日は使い物にならぬとお思いください」
「……そうよね、あれだけ飲んだんだもの。蔵にあったお酒も、すっかりなくなったんじゃない?」
「お陰様で綺麗に片付きました。蔵掃除が捗りそうです」
「兄様ったら……。あとで私から叱っておくわ。私の話を聞かなかったせいだもの」
「ええ、是非そうなさいませ。月夜姫様からであれば、政宗様にもよく効きましょう」
呆れ返った口ぶりの喜多は、もはや母様みたい。
……母様とお会いしたことが無いわけではないけれど、兄様や小十郎が会わせたがらないあたりで、何となく理由は察している。
母様にとっては、千子姫を殺した存在としか映っていないのだろう。
私のことを娘として見てくれるはずもない。
……兄様があそこまで疎まれているのなら尚更。
朝餉を食べ終わってから、それぞれの家へ帰っていく家臣たちを見送った。
誰もが二日酔いで大変なことになりながら馬に揺られていて、道中お気をつけてという言葉がここまで切実な響きを持つことはそうそうないだろうなと、冷静な頭がそんなことを考えていた。
ちなみに私を潰した張本人こと留守の伯父様は、私と顔を合わせるなり、頭が床にめり込むのではないかと思うくらいの勢いで土下座をしてきた。
「この度はッ! まことに申し訳ございませぬ!!」
「気にしないで伯父様! 私はまだ起きて歩ける程度だから!」
「お気遣い痛み入りまする。されど無礼講という言葉にかまけて、月夜姫様へ無理に酒を飲ませるなどという失態! この政景、心よりお詫び申し上げまする!」
「そもそも伯父様、そんな性格じゃないでしょう!? 急に敬ってきてどうしたの? 今まで通り『月夜ちゃん』でいいのよ?」
「何卒ご勘弁を! まだ首と胴が離れるわけにはまいりませぬ!」
「誰に首を斬られるの!?」
「無論この喜多めが」
「駄目よ!?」
腕捲りをした喜多を必死で押し留めて、留守の伯父様に顔を上げてもらった。
喜多の力が兄様より上なんじゃないかと思うようになったのは、兄様が家督を継いでからのこと。
あれ、でもその喜多に敬われている私が、実は伊達家で一番強かったりするの……?
二日酔いで顔色が土気色の兄様をそっと見やる。
ほんの少し顔を上げた兄様は、留守の伯父様へ「See you……」とだけ言って、また布団に突っ伏した。
「見なかったことにしてあげて、伯父様……」
「既に綱元殿がご覧になっておられましたぞ」
「……あっ……」
平時なら主君でさえ揶揄う対象にするのが綱元。
今頃、嬉々として二本松へ手紙を書いているに違いない。
こうやって兄様の恥ずかしい思い出が、家臣に共有されていくのね……。
去っていく伯父様を門前で見送り、綺麗に晴れた春の空を見上げる。
私の輿入れまで、あとひと月足らず。
どうかしばらくは平和な日々が続きますように──。
泥に埋もれたように重い身体を持ち上げて、目を開ける。
いつの間にか寝てしまったようで、私はしっかり部屋の布団に横になっていた。
……あれ、でも昨日は、戦勝祝いで宴だったはずで……?
私、兄様にお酌していて……そこへ留守の伯父様が来て……。
留守の伯父様からお酒を飲まされて……それで……?
「月夜姫様、お目覚めですか?」
「喜多……?」
出てきた声は、聞いたこともないくらい掠れていた。
自分でびっくりして口を閉ざしてしまうと、襖を開けて入ってきた喜多の手には、お水の入った湯呑みが。
起き上がろうとすると頭が痛くて、どうしてこんなことになっているのかも分からない。
「喜多……頭が、痛いの。なにかの病気……? 私、小十郎に輿入れする前に死んだりしない……?」
「死んだりなど致しませんとも。それは二日酔いというものにございます。留守様から無理矢理に酒を飲まされたことを覚えておいでですか?」
「留守の伯父様から……。そこまでは覚えてる、けど……」
ようやっと起き上がって、喜多からお水を受け取る。
それを飲んだら、ほんの少しだけ気分がましになった気がした。
それにしても二日酔いなんて、たったあの量で?
お猪口の一杯しか飲んでいないのに。
「初めての酒があれだけキツい酒でしたら、そうなるのも無理はありません。留守様には事の次第をお伝えし、反省いただきます」
「……えっと? それじゃあ私、本当にあの一杯で酔い潰れてしまったの?」
「ええ、それはもう、ばったりと倒れられまして。留守様の悲鳴で政宗様もお気付きになられて、そこから先は宴どころではなくなりました」
「そ、そんな……! せっかくの楽しい宴だったのに……」
「構うものですか。そもそもお傍におられながら、留守様をお止めすることもなさらなかった政宗様が悪うございます」
「でも兄様は、他の人たちからお酌されていたし……」
「そのようなもの、関係ございません!」
喜多は相当ご立腹みたいで、普段なら向かない兄様にまで、怒りの矛先が向いている。
でも兄様だって、私がお酒を止めようとしても言うことを聞いてくれなかったから、擁護はできない。
お酒が弱いのは父様の影響なのかな、それとも母様の血?
「私、こんなにお酒に弱くて、三々九度なんてできるの……?」
「御神酒はさほど強くない酒をご用意致しますので、今回のようなことにはならないかと。しかし三杯は飲まねばなりませんので、少しずつ慣れて参りましょう」
部屋の外から運ばれてきた朝餉は、何とも胃に優しそうな献立。
普通の味噌汁じゃなくてあさり汁なのは、昨日の宴に参加した人達が軒並み二日酔いに倒れることを見越していたからなのかもしれない。
一口飲んだだけで、全身にその優しさが沁み渡ってくる。
だけどもうお酒は懲り懲り、私はお酌するだけで充分。
「兄様はどうしてる?」
「二日酔いで死んでおります。今日一日は使い物にならぬとお思いください」
「……そうよね、あれだけ飲んだんだもの。蔵にあったお酒も、すっかりなくなったんじゃない?」
「お陰様で綺麗に片付きました。蔵掃除が捗りそうです」
「兄様ったら……。あとで私から叱っておくわ。私の話を聞かなかったせいだもの」
「ええ、是非そうなさいませ。月夜姫様からであれば、政宗様にもよく効きましょう」
呆れ返った口ぶりの喜多は、もはや母様みたい。
……母様とお会いしたことが無いわけではないけれど、兄様や小十郎が会わせたがらないあたりで、何となく理由は察している。
母様にとっては、千子姫を殺した存在としか映っていないのだろう。
私のことを娘として見てくれるはずもない。
……兄様があそこまで疎まれているのなら尚更。
朝餉を食べ終わってから、それぞれの家へ帰っていく家臣たちを見送った。
誰もが二日酔いで大変なことになりながら馬に揺られていて、道中お気をつけてという言葉がここまで切実な響きを持つことはそうそうないだろうなと、冷静な頭がそんなことを考えていた。
ちなみに私を潰した張本人こと留守の伯父様は、私と顔を合わせるなり、頭が床にめり込むのではないかと思うくらいの勢いで土下座をしてきた。
「この度はッ! まことに申し訳ございませぬ!!」
「気にしないで伯父様! 私はまだ起きて歩ける程度だから!」
「お気遣い痛み入りまする。されど無礼講という言葉にかまけて、月夜姫様へ無理に酒を飲ませるなどという失態! この政景、心よりお詫び申し上げまする!」
「そもそも伯父様、そんな性格じゃないでしょう!? 急に敬ってきてどうしたの? 今まで通り『月夜ちゃん』でいいのよ?」
「何卒ご勘弁を! まだ首と胴が離れるわけにはまいりませぬ!」
「誰に首を斬られるの!?」
「無論この喜多めが」
「駄目よ!?」
腕捲りをした喜多を必死で押し留めて、留守の伯父様に顔を上げてもらった。
喜多の力が兄様より上なんじゃないかと思うようになったのは、兄様が家督を継いでからのこと。
あれ、でもその喜多に敬われている私が、実は伊達家で一番強かったりするの……?
二日酔いで顔色が土気色の兄様をそっと見やる。
ほんの少し顔を上げた兄様は、留守の伯父様へ「See you……」とだけ言って、また布団に突っ伏した。
「見なかったことにしてあげて、伯父様……」
「既に綱元殿がご覧になっておられましたぞ」
「……あっ……」
平時なら主君でさえ揶揄う対象にするのが綱元。
今頃、嬉々として二本松へ手紙を書いているに違いない。
こうやって兄様の恥ずかしい思い出が、家臣に共有されていくのね……。
去っていく伯父様を門前で見送り、綺麗に晴れた春の空を見上げる。
私の輿入れまで、あとひと月足らず。
どうかしばらくは平和な日々が続きますように──。
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