帰郷
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皐月に入ろうかという頃、兄様率いる伊達軍が米沢へと帰郷した。
門前で家臣と共に兄様を待っていると、大手門が開いて、後藤黒に跨った兄様が現れた。
戦装束姿の兄様は初めて見る。
弦月の前立てを象った兜、蒼の陣羽織と稲妻が走る篭手。
そして腰には六本の刀。
よかった、どこもお怪我はないみたい。
「兄様!」
「月夜、I'm home!」
兜を外して後藤黒から軽やかに飛び降りた兄様が、その勢いのまま私を抱き上げる。
投げられた兜は景頼が慌てて受け止めた。
「Nice catch!」と兄様はご機嫌だ。
私を抱き上げた兄様は、そのまま私ごとくるくると回った。
「……仇は討ったぞ、月夜」
「ええ。ありがとう、兄様」
……それでも。
父様の仇を討ったって、父様は帰ってこない。
そんなことは最初から知っている。
胸の中に残り続ける悲しみが癒えないことも。
私が実の父親を見殺しにしたことも。
それが消えることは、永劫にない。
「今日は戦勝祝いだ。お前も参加するだろ?」
「もちろん。兄様のお酌なら私にまかせて」
「妹が飲ませてくれる酒なら、とびきりの美酒だな。テメェら! 一息ついたら、宴の用意に取り掛かれよ!」
私を地面に降ろして、兄様が景頼と共に本丸へと入っていく。
それを見送って、私も自分の部屋に戻ることにした。
兄様の部屋は、兄様が当主になった際に移動してしまったから、私の周囲は静かなままだ。
私がお嫁に行ったらこの部屋も人がいなくなる。
そうしたらいつか、兄様の子供がここに住むのかな。
それともその頃には、違うお城にいるのかも。
(離れると決まった途端、寂しく感じるものね……)
喜多が丁寧に手入れをしてくれている部屋は、七年の時を経て、随分と生活感のある部屋になった。
ここに来た当初は私の物なんて何もなかったのに。
月夜の名を貰って生きてきた七年間の全てを、この部屋は知っている。
そしてそう遠くない未来で、ここからまた新たな日常が始まっていくんだろう。
「月夜姫様。景綱から文が届いております」
「あっ……ありがとう、喜多」
「お部屋の前で如何なさいました?」
「ううん、ちょっと……。離れるのが寂しくなっただけ」
「……そうですね。この喜多めも、月夜姫様とお別れとなりますのが、寂しゅうございます」
「喜多、どうか元気でね。働きすぎちゃ駄目よ。兄様が無茶をしないか、小十郎の分まで見張っていてね」
「畏まりました。この喜多、無理をしない程度に、政宗様を見張ってまいります」
顔を見合わせて吹き出し、笑い合う。
喜多が私の侍女で本当に良かった。
二本松へは、喜多を連れて行けない。
代わりに私の侍女として、ミツとふくが一緒に来てくれることになった。
二人はそれぞれお姉様がおられるから、米沢を離れても問題がないんだそう。
だけど私が嫁ぐのは、顔も知らない誰がじゃなく、私のよく知る小十郎。
何も怖くないと言ったら嘘になるけど、不安はそんなにない。
喜多にお茶をお願いして、部屋に入る。
日当たりのいい縁側に座って手紙を広げ、やはり熱烈な恋文となったそれを読んだ。
小十郎、もう少しだけ待っていてね。
私、ちゃんと小十郎のお嫁さんに相応しくなって、あなたの元へ行くから──。
* * *
そうして、夜。
景頼による戦勝万歳を皮切りに、宴が始まった。
今夜は無礼講ということで、重臣もそうでない家臣も、若い衆までが入り乱れて、大広間はどんちゃん騒ぎだ。
小十郎が居ないのをいいことに兄様も羽目を外して、転がる徳利の数がすごいことになっている。
「兄様、そろそろお水を飲んで?」
「Ah〜? 水なんてつれねぇこと言うんじゃねぇ。オイ、酒は足りてるか?」
「こっちはもうすぐすっからかんになりそうですぜー!」
「蔵から持ってこい! 好きなだけ飲め!」
「ヒュウ〜!! さすが筆頭、気前がいいっすね!!」
……明日はみんな、二日酔いね。
ごめんなさい、小十郎。
私じゃ兄様を止められないの……。
心の中で小十郎に謝りながら、兄様の差し出したお猪口にお酒……とこっそり取り替えた水を注いだ。
「姫様も飲んでますかー!?」
「ばっかオメェ! 月夜姫様に酒飲ませたら、小十郎様からぶっ殺されんぞ!」
「あっやべぇ! じゃあ酒は飲まずに楽しんでくだせぇ!」
……無礼講って言葉、本当にものすごいことになるのね。
一角では泣き上戸との呼び声高い原田宗時が、景康相手に泣きながら何かを叫んでいる。
景康はそれに頷いてやりながら、酒をまるで水のように飲ませていた。
「よぉ〜政宗ぇ! お前よぉく頑張ったなぁ!」
「Hey,留守のオッサンじゃねぇか。酒が入ってんなら寄越しな」
「おっ? いいねいいねぇ! 伊達の男はこれくらい飲みっぷりが良くなきゃなぁ! 月夜ちゃんは飲んでるか? そらグイッと、グイッと行っちまえ!」
徳利を片手に絡んできたのは、私たちの伯父の留守政景様。
父様の弟らしく、性格が父様そっくりで、月夜になったばかりの私にも気さくに話しかけてくれた方のひとり。
普段は岩切城におられるのだけれど、二本松攻めに参陣されていたから、この宴でも盛り上げ役を買って出ているみたい。
「二本松も無事に落としたことだし、次はいよいよ月夜ちゃんと小十郎の婚儀だなぁ! はぁ……輝宗の奴にも見せてやりたかったな、月夜ちゃんの晴れ姿をよ」
「留守の伯父様……」
しょんぼりとした伯父様にかける言葉を見つけられないでいると、ガバッと俯いた顔が持ち上げられた。
そのまま私に迫ってきたから、私が仰け反らざるを得なくて。
「それにしたって、なんッで小十郎なんだ!? もっといい所あったろ!? 成実の野郎とか時宗丸の坊主とか実元殿の倅とかよぉ!?」
「全部同一人物じゃねぇか」
「だって小十郎のこと好きなんだもの」
「いいねぇ、あっちもこっちも春が来てやがる! そらそら、月夜ちゃんも飲め! 祝い酒だ!」
「あ、あの私、お酒はまだ飲んだことなくて」
「どうせ三々九度で飲むことになるんだ。練習だ練習!」
「あ、ああ……っ」
お猪口を持たせられ、留守の伯父様がなみなみとお酒を注いでいく。
兄様に視線を向けると、そっちはそっちで、別の家臣がお酌をしに来ていたから、私と目を合わせてくれない。
……飲むしか、ないのね。
お願い喜多!
私が酔い潰れたら、後のことは頼むわね!
覚悟を決めて、ぐびっとお猪口を煽る。
「おっ、いい飲みっぷりだなぁ!」という留守の伯父様の声を最後に。
──ぷつんと、意識が飛んだ。
門前で家臣と共に兄様を待っていると、大手門が開いて、後藤黒に跨った兄様が現れた。
戦装束姿の兄様は初めて見る。
弦月の前立てを象った兜、蒼の陣羽織と稲妻が走る篭手。
そして腰には六本の刀。
よかった、どこもお怪我はないみたい。
「兄様!」
「月夜、I'm home!」
兜を外して後藤黒から軽やかに飛び降りた兄様が、その勢いのまま私を抱き上げる。
投げられた兜は景頼が慌てて受け止めた。
「Nice catch!」と兄様はご機嫌だ。
私を抱き上げた兄様は、そのまま私ごとくるくると回った。
「……仇は討ったぞ、月夜」
「ええ。ありがとう、兄様」
……それでも。
父様の仇を討ったって、父様は帰ってこない。
そんなことは最初から知っている。
胸の中に残り続ける悲しみが癒えないことも。
私が実の父親を見殺しにしたことも。
それが消えることは、永劫にない。
「今日は戦勝祝いだ。お前も参加するだろ?」
「もちろん。兄様のお酌なら私にまかせて」
「妹が飲ませてくれる酒なら、とびきりの美酒だな。テメェら! 一息ついたら、宴の用意に取り掛かれよ!」
私を地面に降ろして、兄様が景頼と共に本丸へと入っていく。
それを見送って、私も自分の部屋に戻ることにした。
兄様の部屋は、兄様が当主になった際に移動してしまったから、私の周囲は静かなままだ。
私がお嫁に行ったらこの部屋も人がいなくなる。
そうしたらいつか、兄様の子供がここに住むのかな。
それともその頃には、違うお城にいるのかも。
(離れると決まった途端、寂しく感じるものね……)
喜多が丁寧に手入れをしてくれている部屋は、七年の時を経て、随分と生活感のある部屋になった。
ここに来た当初は私の物なんて何もなかったのに。
月夜の名を貰って生きてきた七年間の全てを、この部屋は知っている。
そしてそう遠くない未来で、ここからまた新たな日常が始まっていくんだろう。
「月夜姫様。景綱から文が届いております」
「あっ……ありがとう、喜多」
「お部屋の前で如何なさいました?」
「ううん、ちょっと……。離れるのが寂しくなっただけ」
「……そうですね。この喜多めも、月夜姫様とお別れとなりますのが、寂しゅうございます」
「喜多、どうか元気でね。働きすぎちゃ駄目よ。兄様が無茶をしないか、小十郎の分まで見張っていてね」
「畏まりました。この喜多、無理をしない程度に、政宗様を見張ってまいります」
顔を見合わせて吹き出し、笑い合う。
喜多が私の侍女で本当に良かった。
二本松へは、喜多を連れて行けない。
代わりに私の侍女として、ミツとふくが一緒に来てくれることになった。
二人はそれぞれお姉様がおられるから、米沢を離れても問題がないんだそう。
だけど私が嫁ぐのは、顔も知らない誰がじゃなく、私のよく知る小十郎。
何も怖くないと言ったら嘘になるけど、不安はそんなにない。
喜多にお茶をお願いして、部屋に入る。
日当たりのいい縁側に座って手紙を広げ、やはり熱烈な恋文となったそれを読んだ。
小十郎、もう少しだけ待っていてね。
私、ちゃんと小十郎のお嫁さんに相応しくなって、あなたの元へ行くから──。
* * *
そうして、夜。
景頼による戦勝万歳を皮切りに、宴が始まった。
今夜は無礼講ということで、重臣もそうでない家臣も、若い衆までが入り乱れて、大広間はどんちゃん騒ぎだ。
小十郎が居ないのをいいことに兄様も羽目を外して、転がる徳利の数がすごいことになっている。
「兄様、そろそろお水を飲んで?」
「Ah〜? 水なんてつれねぇこと言うんじゃねぇ。オイ、酒は足りてるか?」
「こっちはもうすぐすっからかんになりそうですぜー!」
「蔵から持ってこい! 好きなだけ飲め!」
「ヒュウ〜!! さすが筆頭、気前がいいっすね!!」
……明日はみんな、二日酔いね。
ごめんなさい、小十郎。
私じゃ兄様を止められないの……。
心の中で小十郎に謝りながら、兄様の差し出したお猪口にお酒……とこっそり取り替えた水を注いだ。
「姫様も飲んでますかー!?」
「ばっかオメェ! 月夜姫様に酒飲ませたら、小十郎様からぶっ殺されんぞ!」
「あっやべぇ! じゃあ酒は飲まずに楽しんでくだせぇ!」
……無礼講って言葉、本当にものすごいことになるのね。
一角では泣き上戸との呼び声高い原田宗時が、景康相手に泣きながら何かを叫んでいる。
景康はそれに頷いてやりながら、酒をまるで水のように飲ませていた。
「よぉ〜政宗ぇ! お前よぉく頑張ったなぁ!」
「Hey,留守のオッサンじゃねぇか。酒が入ってんなら寄越しな」
「おっ? いいねいいねぇ! 伊達の男はこれくらい飲みっぷりが良くなきゃなぁ! 月夜ちゃんは飲んでるか? そらグイッと、グイッと行っちまえ!」
徳利を片手に絡んできたのは、私たちの伯父の留守政景様。
父様の弟らしく、性格が父様そっくりで、月夜になったばかりの私にも気さくに話しかけてくれた方のひとり。
普段は岩切城におられるのだけれど、二本松攻めに参陣されていたから、この宴でも盛り上げ役を買って出ているみたい。
「二本松も無事に落としたことだし、次はいよいよ月夜ちゃんと小十郎の婚儀だなぁ! はぁ……輝宗の奴にも見せてやりたかったな、月夜ちゃんの晴れ姿をよ」
「留守の伯父様……」
しょんぼりとした伯父様にかける言葉を見つけられないでいると、ガバッと俯いた顔が持ち上げられた。
そのまま私に迫ってきたから、私が仰け反らざるを得なくて。
「それにしたって、なんッで小十郎なんだ!? もっといい所あったろ!? 成実の野郎とか時宗丸の坊主とか実元殿の倅とかよぉ!?」
「全部同一人物じゃねぇか」
「だって小十郎のこと好きなんだもの」
「いいねぇ、あっちもこっちも春が来てやがる! そらそら、月夜ちゃんも飲め! 祝い酒だ!」
「あ、あの私、お酒はまだ飲んだことなくて」
「どうせ三々九度で飲むことになるんだ。練習だ練習!」
「あ、ああ……っ」
お猪口を持たせられ、留守の伯父様がなみなみとお酒を注いでいく。
兄様に視線を向けると、そっちはそっちで、別の家臣がお酌をしに来ていたから、私と目を合わせてくれない。
……飲むしか、ないのね。
お願い喜多!
私が酔い潰れたら、後のことは頼むわね!
覚悟を決めて、ぐびっとお猪口を煽る。
「おっ、いい飲みっぷりだなぁ!」という留守の伯父様の声を最後に。
──ぷつんと、意識が飛んだ。
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