帰郷
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義姉と義兄から揃って「勿体ない」と言われてしまった小十郎。
二本松にいる彼に同情しつつ、私は改めて綱元を見上げた。
私の記憶が正しければ、綱元も二本松攻めに出陣していたはず。
どうしてここに?
「綱元、二本松にいたんじゃないの?」
「早馬の役目を譲ってもらいました。久しぶりに月夜姫様にお会い出来る機会でしたので」
「それ、本当に譲ってもらったのよね? 決して脅したわけじゃないのよね……?」
「勿論です。当人からも『綱元様に譲ります』と言質は取れておりますので」
本人がそう言うなら、きっとそうなのだと思う……。
違ったとしても、そういうことにしておかないといけない。
綱元は怒らなくても怖いもの……。
それはさておき、早馬ということは、綱元に聞けば戦況も分かるということ。
前回のような佐竹の横槍は入らないと思うから、あとは向こうの持久力が尽きるのを待つだけなのだろうけど。
「二本松の状況は?」
「昨日、畠山より使者が本陣を訪れ、降伏するとの申し出がありました。政宗様はその場で承諾され、本日は降伏の調印を行っております。当主の国王丸は、蘆名家へ亡命するつもりのようです」
「そう……。やっと終わったのね、父様の弔い合戦が」
「はい。やっと終わりました」
昨年の冬手前から、今日まで。
本当に長かった。
これで父様の墓前に報告ができる。
畠山が倒れたということは、奥州に残るのは蘆名のみ。
蘆名の背後には佐竹もついているから、ここを攻めるなら慎重に動かなければ。
「二本松へは城代として景綱が残ります。……彼奴もとうとう一城の主とは、頼もしくなりましたな、義姉上」
「なにを。政宗様の右目となった時から、景綱はすっかり頼もしい武士になりましたとも」
「そうですな。義姉上に手を引かれていた幼い頃を知る身としては、時が経つのも早いと申しますか……」
「ふふ……。あの頃はよもや、喜多共々に伊達家へお仕えできるようになるとは、思いもしませんでした。あの荒くれ者が梵天丸様の指南役として抜擢された時など、梵天丸様のお命を本気で心配したくらいで」
「それがいまや奥州の双竜、竜の右目とまで呼ばれるようになる訳ですから、人生何があるか分かりませんな」
この人たち、小十郎がいないところだと、こんなにも手放しで褒めるのね。
大出世を果たした義弟が誇らしいって顔をしているのに。
……どうして私が絡むと、途端に小十郎は扱いが酷くなってしまうのだろう。
そんなことを聞けるはずもないから、私はただ聞き役に徹しているけれど。
「諸々に片が付きましたら、政宗様も米沢へお戻りになられます。もうしばらく辛抱ください。景綱はそのまま二本松に残りますが……」
「大丈夫。小十郎からは手紙をもらってるから、寂しくないの。今日はまだ届いていないけど……」
「……あ!」
何かを思い出したように手を叩き、綱元が懐から文を取り出した。
宛名は「月夜姫様」──私宛て。
この文字には見覚えがある。
差し出された文を裏返せば、そこには「片倉小十郎」の名前。
「小十郎から!」
「申し訳ございません、すっかり失念しておりまして」
「ううん、大丈夫よ」
逸る気持ちを押さえて、文の封を開ける。
中に収められていた手紙を広げて、この一年ですっかり馴染みになった文字を追いかけた。
『拝啓。花桃の香りが春を漂わせるこの頃、月夜姫様は如何お過ごしでしょうか。お身体も無事に快復され、米沢へお戻りになるとの由。この小十郎、安堵致しました』
小十郎はいつもそう。
季節の挨拶の後は、必ず私の様子を伺ってくる。
そんなふうに心配してもらわなくても、私は平気なのに。
でも心配してくれるのは嬉しい。
『二本松はようやく落城と相成りまして、予定通り城代として残ることとなりました。本心は今すぐにでも米沢へ戻り、月夜姫様をこの腕に抱き締めたいところではありまするが、只今はそれを堪え、二本松にてお輿入れをお待ち申し上げる次第。嫁御殿となられました月夜姫様とお会い出来る日を、この片倉小十郎、待ち遠しく思っております』
……こんな熱烈な手紙、小十郎ったらどんな顔で書いているのかしら。
私だったら書いている途中で恥ずかしくなって、燃やしてしまいたくなる。
自然と頬が緩む私を、綱元は慈愛を帯びた瞳で見つめていた。
小首を傾げて見せると、ややあって綱元が遣る瀬無い顔で首を振り。
「景綱からの手紙など、面白みのひとつもないでしょうに、月夜姫様はそこまで幸せそうになさるのだなと思いまして」
「面白みがあるかどうかは分からないけど、ただ普通の熱烈な恋文よ?」
「恋文!? 景綱が恋文を!?」
「その反応は正しいものです、綱元。私もまさかあの景綱が、ここまで口説き文句を並べ立てるようになるとは、思いもよりませんでした」
「え……それはど、どんなふうな……」
「読んでみる?」
綱元に手紙を渡すと、ごくりと喉を鳴らして、綱元が薄目で手紙を読んだ。
だんだんとその目が開いていき、最後まで追いかけたところで、綱元は手紙を丁寧に折り畳んで私へと返して、怪訝な顔のまま言った。
「誰かに代筆でもさせたのでは?」
「これは小十郎の直筆よ?」
「どんな天変地異が起これば、あの景綱がこうなるので!? 『女と喋るのは苦手だ』と、花街に行っても手酌で酒を飲んで帰ってくる男ですぞ!?」
「綱元がここまで狼狽えるの、初めて見るの」
「無理もありません。女の影のひとつもなく、政宗様に全てを捧げてきた、忠義一辺倒の男ですので……」
それだけ私に惚れ込んでいるってことなのだろうけれど、小十郎だって最初からこうだったわけじゃない。
むしろ恋文を送るのは私のほうで、小十郎はそれを無視して日常のやり取りに留めてきた。
こんなふうに熱烈になったのはここ最近の話。
小十郎が手紙の中に私への想いを忍ばせ始めたのは、私が館山へ家出してからだもの。
今では立派な恋文へと変化してしまったけれど。
二本松にいる彼に同情しつつ、私は改めて綱元を見上げた。
私の記憶が正しければ、綱元も二本松攻めに出陣していたはず。
どうしてここに?
「綱元、二本松にいたんじゃないの?」
「早馬の役目を譲ってもらいました。久しぶりに月夜姫様にお会い出来る機会でしたので」
「それ、本当に譲ってもらったのよね? 決して脅したわけじゃないのよね……?」
「勿論です。当人からも『綱元様に譲ります』と言質は取れておりますので」
本人がそう言うなら、きっとそうなのだと思う……。
違ったとしても、そういうことにしておかないといけない。
綱元は怒らなくても怖いもの……。
それはさておき、早馬ということは、綱元に聞けば戦況も分かるということ。
前回のような佐竹の横槍は入らないと思うから、あとは向こうの持久力が尽きるのを待つだけなのだろうけど。
「二本松の状況は?」
「昨日、畠山より使者が本陣を訪れ、降伏するとの申し出がありました。政宗様はその場で承諾され、本日は降伏の調印を行っております。当主の国王丸は、蘆名家へ亡命するつもりのようです」
「そう……。やっと終わったのね、父様の弔い合戦が」
「はい。やっと終わりました」
昨年の冬手前から、今日まで。
本当に長かった。
これで父様の墓前に報告ができる。
畠山が倒れたということは、奥州に残るのは蘆名のみ。
蘆名の背後には佐竹もついているから、ここを攻めるなら慎重に動かなければ。
「二本松へは城代として景綱が残ります。……彼奴もとうとう一城の主とは、頼もしくなりましたな、義姉上」
「なにを。政宗様の右目となった時から、景綱はすっかり頼もしい武士になりましたとも」
「そうですな。義姉上に手を引かれていた幼い頃を知る身としては、時が経つのも早いと申しますか……」
「ふふ……。あの頃はよもや、喜多共々に伊達家へお仕えできるようになるとは、思いもしませんでした。あの荒くれ者が梵天丸様の指南役として抜擢された時など、梵天丸様のお命を本気で心配したくらいで」
「それがいまや奥州の双竜、竜の右目とまで呼ばれるようになる訳ですから、人生何があるか分かりませんな」
この人たち、小十郎がいないところだと、こんなにも手放しで褒めるのね。
大出世を果たした義弟が誇らしいって顔をしているのに。
……どうして私が絡むと、途端に小十郎は扱いが酷くなってしまうのだろう。
そんなことを聞けるはずもないから、私はただ聞き役に徹しているけれど。
「諸々に片が付きましたら、政宗様も米沢へお戻りになられます。もうしばらく辛抱ください。景綱はそのまま二本松に残りますが……」
「大丈夫。小十郎からは手紙をもらってるから、寂しくないの。今日はまだ届いていないけど……」
「……あ!」
何かを思い出したように手を叩き、綱元が懐から文を取り出した。
宛名は「月夜姫様」──私宛て。
この文字には見覚えがある。
差し出された文を裏返せば、そこには「片倉小十郎」の名前。
「小十郎から!」
「申し訳ございません、すっかり失念しておりまして」
「ううん、大丈夫よ」
逸る気持ちを押さえて、文の封を開ける。
中に収められていた手紙を広げて、この一年ですっかり馴染みになった文字を追いかけた。
『拝啓。花桃の香りが春を漂わせるこの頃、月夜姫様は如何お過ごしでしょうか。お身体も無事に快復され、米沢へお戻りになるとの由。この小十郎、安堵致しました』
小十郎はいつもそう。
季節の挨拶の後は、必ず私の様子を伺ってくる。
そんなふうに心配してもらわなくても、私は平気なのに。
でも心配してくれるのは嬉しい。
『二本松はようやく落城と相成りまして、予定通り城代として残ることとなりました。本心は今すぐにでも米沢へ戻り、月夜姫様をこの腕に抱き締めたいところではありまするが、只今はそれを堪え、二本松にてお輿入れをお待ち申し上げる次第。嫁御殿となられました月夜姫様とお会い出来る日を、この片倉小十郎、待ち遠しく思っております』
……こんな熱烈な手紙、小十郎ったらどんな顔で書いているのかしら。
私だったら書いている途中で恥ずかしくなって、燃やしてしまいたくなる。
自然と頬が緩む私を、綱元は慈愛を帯びた瞳で見つめていた。
小首を傾げて見せると、ややあって綱元が遣る瀬無い顔で首を振り。
「景綱からの手紙など、面白みのひとつもないでしょうに、月夜姫様はそこまで幸せそうになさるのだなと思いまして」
「面白みがあるかどうかは分からないけど、ただ普通の熱烈な恋文よ?」
「恋文!? 景綱が恋文を!?」
「その反応は正しいものです、綱元。私もまさかあの景綱が、ここまで口説き文句を並べ立てるようになるとは、思いもよりませんでした」
「え……それはど、どんなふうな……」
「読んでみる?」
綱元に手紙を渡すと、ごくりと喉を鳴らして、綱元が薄目で手紙を読んだ。
だんだんとその目が開いていき、最後まで追いかけたところで、綱元は手紙を丁寧に折り畳んで私へと返して、怪訝な顔のまま言った。
「誰かに代筆でもさせたのでは?」
「これは小十郎の直筆よ?」
「どんな天変地異が起これば、あの景綱がこうなるので!? 『女と喋るのは苦手だ』と、花街に行っても手酌で酒を飲んで帰ってくる男ですぞ!?」
「綱元がここまで狼狽えるの、初めて見るの」
「無理もありません。女の影のひとつもなく、政宗様に全てを捧げてきた、忠義一辺倒の男ですので……」
それだけ私に惚れ込んでいるってことなのだろうけれど、小十郎だって最初からこうだったわけじゃない。
むしろ恋文を送るのは私のほうで、小十郎はそれを無視して日常のやり取りに留めてきた。
こんなふうに熱烈になったのはここ最近の話。
小十郎が手紙の中に私への想いを忍ばせ始めたのは、私が館山へ家出してからだもの。
今では立派な恋文へと変化してしまったけれど。