帰郷
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厳しい冬の終わりを知らせるように、庭の梅に花が咲いた。
ミツやふくと一緒に見つけた時は、まだまだ雪掻きに追われていた頃だけれど、それを見上げたみんなの表情が明るくなった。
奥州の冬は長く厳しい。
まともに陽は射さず、人々の心も鬱々としていく。
だから冬の終わりを知らせる梅を見て、誰もが芽吹の春に希望を見出す。
この瞬間が、私は大好き。
その梅がこぼれ、桃が咲き始めた卯月。
兄様率いる伊達軍は、再び二本松を包囲。
畠山は当主となった国王丸を立てて必死に抵抗したけれど、容赦のない攻撃に加えて補給路を断たれ、ついに兄様の前に膝をついた。
当主の国王丸は蘆名へ亡命し、ここに二本松畠山家は滅亡。
二本松城へは、城代として片倉小十郎が入り、兄様は米沢へと戻った。
こうして父様の弔い合戦、二本松攻めは完了となった──。
* * *
兄様が二本松を攻めている頃。
一足先に米沢へ帰った私は、久々に米沢城へと足を踏み入れた。
出迎え役の家臣たちが門前に集まり、私の姿を目にするなり、「姫様!」と駆け寄ってきた。
「月夜姫様、お帰りなさいませ!」
「さぁさぁ姫様のお部屋へ! 喜多殿が首を長くして待っておられますぞ!」
「あ、ありがとう、皆……。急に出ていってしまってごめんなさい。私、帰ってきたわ」
こんなにも熱烈な歓迎を受けるとは思っていなかったから、戸惑ってしまった。
玄関から本丸の中へ入って、見慣れた城の中を歩く。
そうして自室の襖を開けると、部屋の中には。
「……喜多」
「月夜姫様──」
お部屋の花を替えていた喜多が、床の間から立ち上がる。
そうしてその瞳が潤んで、喜多は不格好に微笑んだ。
私もつられて目に涙が浮かんで、ぽたりと足元に落ちる。
お互い拭うこともせず、私たちは駆け寄って互いを抱き締めた。
「喜多、ただいま、ごめんなさい……」
「お帰りなさいませ、月夜姫様……! この喜多、お帰りをお待ちしておりました……」
「心配かけて、ごめんなさい……」
「いいえ、いいえ……。喜多は姫様がお元気であれば、それで嬉しゅうございます」
綺麗でもなんでもない笑顔で笑い合って、ようやく私は喜多を離し、涙を拭った。
お茶を淹れますねと喜多が厨へ去っていく。
後ろ姿を見送って、部屋の中を見渡した。
……変わらない部屋。
変わったことといえば、床の間の掛け軸が春になって、飾られた花が春を告げているくらい。
池の鯉だって優雅に泳いでいるし、花桃も少し咲いている。
ここにも春がやってきていたようだ。
喜多が淹れてくれたお茶を味わって、一息ついてから、私は改めて、宮森でのことを喜多に報告することにした。
なにせ私が米沢を出て行ったときは、小十郎どころか兄様のことすら拒絶したわけで。
そのまま粟の巣、人取橋の戦いと続いて、早馬は往来していただろうけど、私の近況までは伝わっていないはず。
「何から話したものか……。色んなことがあったもの」
「そうですね。宮森城にて畠山と和議を結んだ際、月夜姫様が人質として拐かされたと聞きました時は、生きた心地が致しませんでした」
「私、本当に勇気を出して言ったのよ、私を撃っていいって。まさか父様に取って代わられるなんてね」
苦笑いのように笑ってみせると、喜多は一転して、表情を暗くした。
そうよね……私のことをこんなにも大切にしてくれているんだもの、この話が喜多を傷つけたのは、当然のことだわ。
私があの場で死ぬべきだったという考えは、今も変わらない。
だけれど父様の気持ちも理解できる。
後世の人々は父様を愚か者と言うかもしれないけれど、父様の愛情は私が知っていればいい。
「……月夜姫様は時折、ご自分のお命を軽々しく扱われます。喜多めはそれがもどかしゅうてなりません。姫様がこの世から居なくなってしまっては、この喜多が生きていけませぬ」
「同じことを小十郎にも言われたの。私と生きていけないなら意味がないって」
「まあ、景綱が。どのようにして月夜姫様を口説き落としたのかと思えば……」
「その話は伝わってるのね……」
「勿論でございます。が、ああもう! 月夜姫様を景綱になど、なんと勿体ない! 何故に景綱なのです!?」
「小十郎のことが好きだからよ?」
「はぁもう! 愚弟は一生分の運をここで使い果たしたと言っても過言ではございません。月夜姫様に見初めていただけるなど、片倉家一の果報者です!」
やっぱり小十郎は、こう言われる運命なのね。
たぶん綱元も、話を聞いたら同じことを言うと思う。
私からすれば、小十郎ほど私に相応しい人もいないと思うのに。
最初は成実の嫁にって話もあったみたいだけど、成実は家督を継いで当主となった後、亘理家から早々にお嫁さんをもらったから、すぐに輿入れの話が消えたと聞いた。
忌み子とはいえ、腐っても宗家の姫。
側室なんてとんでもない、ということだろう。
……私は最初から、小十郎以外の元には嫁ぎたくなかったんだけれど。
「果報者かは分からないけれど、兄様が義理の兄になるから、小十郎はこれからが大変なの。あ……でもそうしたら、喜多は私の姉様になるのね」
「畏れ多いにも程がございます。喜多めのことは今後も侍女としてお傍に置いてくださりませ」
「どうして? だって喜多は米沢に残るのよ?」
「えっ?」
「兄様もご正室様を頂かないといけないもの。きっと私が小十郎と結ばれるのを優先して、縁談に乗り気じゃなかったの。私が小十郎に嫁ぐから、次は兄様が嫁をもらう番よ。そうしたら喜多は、兄様のご正室様にお仕えしなきゃ」
「それはそうやもしれませぬが!」
「それにね、喜多が私の傍に居ると、小十郎が落ち着かないでしょう?」
ぐっと喜多が言葉に詰まる。
だから喜多は米沢に残していくしかない。
その才能は、これから先、私のためではなく──兄様のご正室様のために、発揮してほしい。
私はもう、大丈夫。
一人前の姫にしてもらえたもの、もう大丈夫。
「だからね、喜多。最後の仕事は、私の花嫁修業よ」
「花──やはり愚弟には勿体のうございます!!」
「義姉上の仰る通りです!! 月夜姫様、今からでも遅くありません。どうぞお考え直しを! 景綱に姫様はあまりにも宝の持ち腐れです!!」
「来ると思ったわ、綱元!! だけどあえて言うわね! いつからそこに居たの!!」
「つい先程です」
「急にいつも通りに戻らないで?」
この姉弟は、本当に……。
二人から揃って勿体ないと言われるなんて、二人の中で小十郎の評価はどうなっているの?
だって兄様の右目なのよ?
私が嫁ぐ先としては何も問題ないと思うのに……。
ミツやふくと一緒に見つけた時は、まだまだ雪掻きに追われていた頃だけれど、それを見上げたみんなの表情が明るくなった。
奥州の冬は長く厳しい。
まともに陽は射さず、人々の心も鬱々としていく。
だから冬の終わりを知らせる梅を見て、誰もが芽吹の春に希望を見出す。
この瞬間が、私は大好き。
その梅がこぼれ、桃が咲き始めた卯月。
兄様率いる伊達軍は、再び二本松を包囲。
畠山は当主となった国王丸を立てて必死に抵抗したけれど、容赦のない攻撃に加えて補給路を断たれ、ついに兄様の前に膝をついた。
当主の国王丸は蘆名へ亡命し、ここに二本松畠山家は滅亡。
二本松城へは、城代として片倉小十郎が入り、兄様は米沢へと戻った。
こうして父様の弔い合戦、二本松攻めは完了となった──。
* * *
兄様が二本松を攻めている頃。
一足先に米沢へ帰った私は、久々に米沢城へと足を踏み入れた。
出迎え役の家臣たちが門前に集まり、私の姿を目にするなり、「姫様!」と駆け寄ってきた。
「月夜姫様、お帰りなさいませ!」
「さぁさぁ姫様のお部屋へ! 喜多殿が首を長くして待っておられますぞ!」
「あ、ありがとう、皆……。急に出ていってしまってごめんなさい。私、帰ってきたわ」
こんなにも熱烈な歓迎を受けるとは思っていなかったから、戸惑ってしまった。
玄関から本丸の中へ入って、見慣れた城の中を歩く。
そうして自室の襖を開けると、部屋の中には。
「……喜多」
「月夜姫様──」
お部屋の花を替えていた喜多が、床の間から立ち上がる。
そうしてその瞳が潤んで、喜多は不格好に微笑んだ。
私もつられて目に涙が浮かんで、ぽたりと足元に落ちる。
お互い拭うこともせず、私たちは駆け寄って互いを抱き締めた。
「喜多、ただいま、ごめんなさい……」
「お帰りなさいませ、月夜姫様……! この喜多、お帰りをお待ちしておりました……」
「心配かけて、ごめんなさい……」
「いいえ、いいえ……。喜多は姫様がお元気であれば、それで嬉しゅうございます」
綺麗でもなんでもない笑顔で笑い合って、ようやく私は喜多を離し、涙を拭った。
お茶を淹れますねと喜多が厨へ去っていく。
後ろ姿を見送って、部屋の中を見渡した。
……変わらない部屋。
変わったことといえば、床の間の掛け軸が春になって、飾られた花が春を告げているくらい。
池の鯉だって優雅に泳いでいるし、花桃も少し咲いている。
ここにも春がやってきていたようだ。
喜多が淹れてくれたお茶を味わって、一息ついてから、私は改めて、宮森でのことを喜多に報告することにした。
なにせ私が米沢を出て行ったときは、小十郎どころか兄様のことすら拒絶したわけで。
そのまま粟の巣、人取橋の戦いと続いて、早馬は往来していただろうけど、私の近況までは伝わっていないはず。
「何から話したものか……。色んなことがあったもの」
「そうですね。宮森城にて畠山と和議を結んだ際、月夜姫様が人質として拐かされたと聞きました時は、生きた心地が致しませんでした」
「私、本当に勇気を出して言ったのよ、私を撃っていいって。まさか父様に取って代わられるなんてね」
苦笑いのように笑ってみせると、喜多は一転して、表情を暗くした。
そうよね……私のことをこんなにも大切にしてくれているんだもの、この話が喜多を傷つけたのは、当然のことだわ。
私があの場で死ぬべきだったという考えは、今も変わらない。
だけれど父様の気持ちも理解できる。
後世の人々は父様を愚か者と言うかもしれないけれど、父様の愛情は私が知っていればいい。
「……月夜姫様は時折、ご自分のお命を軽々しく扱われます。喜多めはそれがもどかしゅうてなりません。姫様がこの世から居なくなってしまっては、この喜多が生きていけませぬ」
「同じことを小十郎にも言われたの。私と生きていけないなら意味がないって」
「まあ、景綱が。どのようにして月夜姫様を口説き落としたのかと思えば……」
「その話は伝わってるのね……」
「勿論でございます。が、ああもう! 月夜姫様を景綱になど、なんと勿体ない! 何故に景綱なのです!?」
「小十郎のことが好きだからよ?」
「はぁもう! 愚弟は一生分の運をここで使い果たしたと言っても過言ではございません。月夜姫様に見初めていただけるなど、片倉家一の果報者です!」
やっぱり小十郎は、こう言われる運命なのね。
たぶん綱元も、話を聞いたら同じことを言うと思う。
私からすれば、小十郎ほど私に相応しい人もいないと思うのに。
最初は成実の嫁にって話もあったみたいだけど、成実は家督を継いで当主となった後、亘理家から早々にお嫁さんをもらったから、すぐに輿入れの話が消えたと聞いた。
忌み子とはいえ、腐っても宗家の姫。
側室なんてとんでもない、ということだろう。
……私は最初から、小十郎以外の元には嫁ぎたくなかったんだけれど。
「果報者かは分からないけれど、兄様が義理の兄になるから、小十郎はこれからが大変なの。あ……でもそうしたら、喜多は私の姉様になるのね」
「畏れ多いにも程がございます。喜多めのことは今後も侍女としてお傍に置いてくださりませ」
「どうして? だって喜多は米沢に残るのよ?」
「えっ?」
「兄様もご正室様を頂かないといけないもの。きっと私が小十郎と結ばれるのを優先して、縁談に乗り気じゃなかったの。私が小十郎に嫁ぐから、次は兄様が嫁をもらう番よ。そうしたら喜多は、兄様のご正室様にお仕えしなきゃ」
「それはそうやもしれませぬが!」
「それにね、喜多が私の傍に居ると、小十郎が落ち着かないでしょう?」
ぐっと喜多が言葉に詰まる。
だから喜多は米沢に残していくしかない。
その才能は、これから先、私のためではなく──兄様のご正室様のために、発揮してほしい。
私はもう、大丈夫。
一人前の姫にしてもらえたもの、もう大丈夫。
「だからね、喜多。最後の仕事は、私の花嫁修業よ」
「花──やはり愚弟には勿体のうございます!!」
「義姉上の仰る通りです!! 月夜姫様、今からでも遅くありません。どうぞお考え直しを! 景綱に姫様はあまりにも宝の持ち腐れです!!」
「来ると思ったわ、綱元!! だけどあえて言うわね! いつからそこに居たの!!」
「つい先程です」
「急にいつも通りに戻らないで?」
この姉弟は、本当に……。
二人から揃って勿体ないと言われるなんて、二人の中で小十郎の評価はどうなっているの?
だって兄様の右目なのよ?
私が嫁ぐ先としては何も問題ないと思うのに……。
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