休息
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塵取りと箒と割れたあれこれを兄様が片付けて、厨から三度目となるお茶菓子を持って戻ってきた。
ようやく食べられそうなお菓子は、可愛い練り切りだ。
ついでに急須の中身も新しいものに替えてもらって、兄様が三人分の湯呑みにお茶を淹れた。
「人払いを解かなかったの?」
「久しぶりに会えたんだ。三人でのんびりするのも悪くねぇだろ」
「それもそうね。ね、小十郎?」
「そうですな」
「兄様たちはどのくらいここにいてくれるの?」
「屋代殿には三日間と」
「ま……それが妥当か」
「そうなの……」
……ううん、春になったらまた二本松攻めだもの。
それに向けての準備や、内政にまつわる諸々があるだろうから、我儘は言えない。
でも、小十郎から離れないって約束したばかりなのに、もう離れ離れなんて、ちょっとどころじゃなく寂しい。
……そうだわ。
「小十郎、手を出して」
「手……?」
小十郎が不思議がりながら左手を差し出す。
私は徐に髪を結っていた結紐を解いて、それを小十郎の手に乗せた。
驚く小十郎が返そうとするのを留めて、手に握らせる。
「会えない間は、それを私だと思って」
「月夜姫様……」
「本当は今すぐにでも小十郎のお嫁さんになりたいし、宮森城で冬を越してくれてもいいのよ。でもこの雪だもの、小浜からここまで人が移動するのも楽じゃないから、我慢するわ」
「それは──」
「春になったら二本松攻めを再開するでしょう? 小浜城からの方が攻め込みやすいもの。すべきことを優先して、小十郎」
ぐっと何かを堪えるように口を引き結んで、小十郎が私を抱き締めた。
ほんとうに駄々を捏ねる子供みたい。
雪兎を作ったら自分と思って可愛がってほしい、なんて手紙を寄越したのは小十郎なのに。
寂しいと思っているのが小十郎だけだと思ったら、大間違いなのよ。
「……ところで小十郎」
「は」
「いつまで月夜を膝に抱えてるつもりだ?」
兄様に指摘されてようやく、小十郎は私が膝の上に乗ったままだと気付いたらしい。
慌てて私の腰に回した腕を離す小十郎に、兄様がまた顔を背けて笑った。
「政宗様?」と怪訝そうにする小十郎の両腕をとって、また私のお腹の前に持ってくる。
「兄様お得意の冗談よ。揶揄っただけなの」
「は……」
「自覚がないまま私を抱えていたみたいだったから、兄様に揶揄われたのよ」
「な、なるほど……?」
「だから私を抱えたままでいいの」
練り切りを黒文字で切って、口へ運ぶ。
椿を模した練り切りは冬の代表的な意匠。
もう少ししたら、梅になるかしら。
今年の冬は兄様たちと一緒にいられないと思っていたから、一緒に食べられて嬉しい。
「小十郎。月夜の嫁入りだが……」
「それにつきましては、竜の天下が成った後と」
「覚悟が決まってるのはありがてぇが、それを待つのは無理そうだ」
「えっ? どうして……」
「今回の件で、家臣のほとんどが、お前が忌み子として産まれていたことを知ってしまった。天下を獲るまでに月夜が危険な目に遭わねぇとも限らねぇ」
「……そうなる前に、安全圏へ匿えと」
「匿うって言い方は好きじゃねぇが、だいたいそんなところだ」
小十郎は難しい顔をして黙り込んだ。
今から用意しても、輿入れの時には二本松攻めと被る。
それから先はいよいよ奥州伊達の天下取り。
輿入れしても、ゆっくりする間もなく戦に追われることになる。
「二本松を落としたら、お前が城主として入れ。月夜との婚儀は二本松で執り行う」
「月夜姫様の嫁入りのご用意は……」
「整ってもいねぇのに、縁談の申し込みを片っ端からしねぇだろ?」
つまり私の花嫁衣装も、嫁入り道具も行列も輿も、用意はできていたということ?
毎年のように呉服屋へ連れて行ってくれたのは、嫁入りがいつになってもいいように……?
小十郎と目が合って、なんだか恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
だって小十郎と結婚するために私、兄様に「天下を獲って」ってお願いしたのに!
もちろん兄様に天下を獲ってほしいのは変わらないけど!
「米沢へは俺から報せを入れておく。お前のほうでも用意を進めておけよ、小十郎」
「御意」
「そ、そんなに簡単に頷いていいの?」
「何か問題がございましたか」
「だって、二本松を攻め落としたら……わ、私、小十郎のお嫁さんになるのよ?」
「順序は狂いましたが、いずれそうなるのが春になるだけのことです。貴女を嫁にすると決めてから、用意はこちらでも少しずつ進めておりました。二本松落城には間に合うかと」
「本気で嫁に来るって言ったの、ついさっきなのに!?」
「月夜姫様のことは必ず嫁に戴くつもりでおりましたゆえ」
覚悟が決まりすぎているにも程がある。
それで私が粟の巣で死んでいたら、どうするつもりだったの。
いつから私を小十郎のお嫁にするって決めていたのかは知らないけど……多分少なくとも、私が館山城へ家出したときから、小十郎は私を迎える用意を始めていたとすると……。
……いつ嫁いでも問題ないくらいには、準備が整っていそうな気がする。
「どうしてそれを教えてくれなかったの!」
「月夜姫様のお気持ちが最優先。嫌々ながら嫁がれるのは、本意ではありませぬ」
「嫌なんて思うわけないじゃない! 私が先に小十郎を口説いていたのに!」
「まぁそれを袖にしてきたのも小十郎だがな。三年で折れるかと思ったら、まさか五年もかかるとは思わなかったが、結果オーライってやつだ」
「あそこまで外堀を埋められしまうとは思いもよりませんでしたが」
「俺が埋めたんじゃねぇだろ! テメェが四の五の言ってる間に、勝手に埋まってっただけだろうが!!」
言い返せない小十郎が口を閉ざした。
だって兄様は最初から、私を小十郎以外にくれてやるつもりはなかったみたいだもの。
私を他家へ嫁に出そうとしていたのは、どちらかといえば父様や父様の家臣達。
兄様は私を他所へやるのに反対していたから、乗り気じゃなかったようだし。
結果的には、小十郎以外に嫁ぐ先がない……という形になってしまっただけなのよね。
ようやく食べられそうなお菓子は、可愛い練り切りだ。
ついでに急須の中身も新しいものに替えてもらって、兄様が三人分の湯呑みにお茶を淹れた。
「人払いを解かなかったの?」
「久しぶりに会えたんだ。三人でのんびりするのも悪くねぇだろ」
「それもそうね。ね、小十郎?」
「そうですな」
「兄様たちはどのくらいここにいてくれるの?」
「屋代殿には三日間と」
「ま……それが妥当か」
「そうなの……」
……ううん、春になったらまた二本松攻めだもの。
それに向けての準備や、内政にまつわる諸々があるだろうから、我儘は言えない。
でも、小十郎から離れないって約束したばかりなのに、もう離れ離れなんて、ちょっとどころじゃなく寂しい。
……そうだわ。
「小十郎、手を出して」
「手……?」
小十郎が不思議がりながら左手を差し出す。
私は徐に髪を結っていた結紐を解いて、それを小十郎の手に乗せた。
驚く小十郎が返そうとするのを留めて、手に握らせる。
「会えない間は、それを私だと思って」
「月夜姫様……」
「本当は今すぐにでも小十郎のお嫁さんになりたいし、宮森城で冬を越してくれてもいいのよ。でもこの雪だもの、小浜からここまで人が移動するのも楽じゃないから、我慢するわ」
「それは──」
「春になったら二本松攻めを再開するでしょう? 小浜城からの方が攻め込みやすいもの。すべきことを優先して、小十郎」
ぐっと何かを堪えるように口を引き結んで、小十郎が私を抱き締めた。
ほんとうに駄々を捏ねる子供みたい。
雪兎を作ったら自分と思って可愛がってほしい、なんて手紙を寄越したのは小十郎なのに。
寂しいと思っているのが小十郎だけだと思ったら、大間違いなのよ。
「……ところで小十郎」
「は」
「いつまで月夜を膝に抱えてるつもりだ?」
兄様に指摘されてようやく、小十郎は私が膝の上に乗ったままだと気付いたらしい。
慌てて私の腰に回した腕を離す小十郎に、兄様がまた顔を背けて笑った。
「政宗様?」と怪訝そうにする小十郎の両腕をとって、また私のお腹の前に持ってくる。
「兄様お得意の冗談よ。揶揄っただけなの」
「は……」
「自覚がないまま私を抱えていたみたいだったから、兄様に揶揄われたのよ」
「な、なるほど……?」
「だから私を抱えたままでいいの」
練り切りを黒文字で切って、口へ運ぶ。
椿を模した練り切りは冬の代表的な意匠。
もう少ししたら、梅になるかしら。
今年の冬は兄様たちと一緒にいられないと思っていたから、一緒に食べられて嬉しい。
「小十郎。月夜の嫁入りだが……」
「それにつきましては、竜の天下が成った後と」
「覚悟が決まってるのはありがてぇが、それを待つのは無理そうだ」
「えっ? どうして……」
「今回の件で、家臣のほとんどが、お前が忌み子として産まれていたことを知ってしまった。天下を獲るまでに月夜が危険な目に遭わねぇとも限らねぇ」
「……そうなる前に、安全圏へ匿えと」
「匿うって言い方は好きじゃねぇが、だいたいそんなところだ」
小十郎は難しい顔をして黙り込んだ。
今から用意しても、輿入れの時には二本松攻めと被る。
それから先はいよいよ奥州伊達の天下取り。
輿入れしても、ゆっくりする間もなく戦に追われることになる。
「二本松を落としたら、お前が城主として入れ。月夜との婚儀は二本松で執り行う」
「月夜姫様の嫁入りのご用意は……」
「整ってもいねぇのに、縁談の申し込みを片っ端からしねぇだろ?」
つまり私の花嫁衣装も、嫁入り道具も行列も輿も、用意はできていたということ?
毎年のように呉服屋へ連れて行ってくれたのは、嫁入りがいつになってもいいように……?
小十郎と目が合って、なんだか恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
だって小十郎と結婚するために私、兄様に「天下を獲って」ってお願いしたのに!
もちろん兄様に天下を獲ってほしいのは変わらないけど!
「米沢へは俺から報せを入れておく。お前のほうでも用意を進めておけよ、小十郎」
「御意」
「そ、そんなに簡単に頷いていいの?」
「何か問題がございましたか」
「だって、二本松を攻め落としたら……わ、私、小十郎のお嫁さんになるのよ?」
「順序は狂いましたが、いずれそうなるのが春になるだけのことです。貴女を嫁にすると決めてから、用意はこちらでも少しずつ進めておりました。二本松落城には間に合うかと」
「本気で嫁に来るって言ったの、ついさっきなのに!?」
「月夜姫様のことは必ず嫁に戴くつもりでおりましたゆえ」
覚悟が決まりすぎているにも程がある。
それで私が粟の巣で死んでいたら、どうするつもりだったの。
いつから私を小十郎のお嫁にするって決めていたのかは知らないけど……多分少なくとも、私が館山城へ家出したときから、小十郎は私を迎える用意を始めていたとすると……。
……いつ嫁いでも問題ないくらいには、準備が整っていそうな気がする。
「どうしてそれを教えてくれなかったの!」
「月夜姫様のお気持ちが最優先。嫌々ながら嫁がれるのは、本意ではありませぬ」
「嫌なんて思うわけないじゃない! 私が先に小十郎を口説いていたのに!」
「まぁそれを袖にしてきたのも小十郎だがな。三年で折れるかと思ったら、まさか五年もかかるとは思わなかったが、結果オーライってやつだ」
「あそこまで外堀を埋められしまうとは思いもよりませんでしたが」
「俺が埋めたんじゃねぇだろ! テメェが四の五の言ってる間に、勝手に埋まってっただけだろうが!!」
言い返せない小十郎が口を閉ざした。
だって兄様は最初から、私を小十郎以外にくれてやるつもりはなかったみたいだもの。
私を他家へ嫁に出そうとしていたのは、どちらかといえば父様や父様の家臣達。
兄様は私を他所へやるのに反対していたから、乗り気じゃなかったようだし。
結果的には、小十郎以外に嫁ぐ先がない……という形になってしまっただけなのよね。
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