約束
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小十郎と約束をしたのなら、それを叶える前に、兄様にやってもらわなきゃならないことがある。
だから兄様とも約束をしなきゃ。
私が小十郎のところで幸せになるために。
「兄様。私、ただの妹でいていいのね?」
「ああ」
「兄様の妹だって、堂々と胸を張っていいのね」
「当たり前だ」
「じゃあ兄様も私に約束してほしいことがあるの」
「Fum? 何を約束すればいい? 他の奴なら高くつくところだが、お前ならタダで聞いてやる」
「……知ってる、兄様? タダより高いものはないのよ」
「よく知ってるじゃねぇか。ま、そういうこった」
……さすが天下の独眼竜。
約束ひとつとっても、ただじゃ聞いてくれない。
望むところよ、私だって独眼竜の妹なんだから。
それに私が約束してもらう事を、本当に兄様が叶えてくれたら、兄様の言うことなんて全部聞いてあげても足りないもの。
「天下を獲ってほしいの」
「……」
「それも最速で。だって私と小十郎、十五も歳が離れてるもの。時間がかかったら、小十郎がおじいちゃんになっちゃう」
「こいつぁまた大きく出たな。……OK! だったらこの天下、奥州の独眼竜がサクッと頂くぜ」
「約束よ、兄様」
「ああ。約束だ」
兄様は約束を違えない。
私と約束して天下を獲ると言ったのだから、兄様は必ず天下人になる。
それじゃあ小十郎にはもうひとつ、約束してもらわなきゃ。
必ず戦から生きて戻ってきて、と。
「そうとなりゃ、小十郎には俺から言っておかなけりゃな。這ってでも生きて戻れってよ」
「ふふ、そうね。私が言うより、兄様から命じられたほうが、小十郎も本気になるもの」
「ま、あんまり心配は要らねえさ。竜の天下が成ったとしても、月夜と生きていけなきゃ意味がねぇと言いやがったんだしな」
「改めて聞いても、すごい覚悟よね……。だったら私も、それなりの覚悟を決めるわ。小十郎がどこかで斃れたら、その時は今度こそ尼寺に」
背後から再びガシャーン! と何かが割れる音がした。
兄様と同時に勢いよく振り返ると、庭先からの陽に照らされて逆光となった小十郎が、顔面蒼白で立ち竦んでいる。
なんだって小十郎は……どうしてそう……。
「やはり今から米沢に攫って」
「違う違う違う!! そうじゃなくてね!? 小十郎が道半ばで斃れたらって話をね!?」
「お前ほんっとうにタイミング最悪だな」
「承知。ならば尼寺を焼きます」
「焼かないで!? 神仏に不敬を働くのは流石に駄目よ!?」
「どこぞの第六天魔王にでもなる気か?」
またもや散らばったお菓子とお皿を片付ける羽目になった小十郎を、兄様が溜息をついて見下ろす。
溜息をつきたいのは私も同じなのに……。
あまりにも私に対して拗らせすぎている気がする。
もう少し、こう……心にゆとりを持ってもらえたら嬉しいの……。
「小十郎」
「は……」
「俺は天下に打って出る」
「はい」
「当然、人取橋なんざ笑えるくらいの劣勢に立たされることもあるだろう」
「……」
「だがそれでも、俺は死なねぇ。生きてりゃ何度でもやり直せる。そうだろ?」
「仰る通りです」
「だから命令だ、小十郎。──死ぬな。どんな苦境でも、絶望的な状況だろうとだ。生きて必ず月夜の元へ戻れ。それが出来なきゃ、テメェに月夜は譲れねぇ」
「御意」
悩む素振りすらなく、小十郎は頷いた。
そこに滲む生への覚悟は、私のためにあるもの。
兄様が天下を手にした後の世を、私と共に生きていくために。
小十郎がそれを当然のように誓ってくれるから、私も小十郎を信じられる。
……とまぁ、とてもいい場面なのだけれど、足元にはお菓子と割れたお皿が散乱しているのよね。
決まらないというか、なんと言うか……。
小十郎の向かい側にしゃがみ込んで、割れた破片へ手を伸ばす。
その手を小十郎がそっと掴んだ。
「月夜姫様。割れ物はこちらで拾います、指を切ってはいけませんので……」
「二人でやったほうが早いの。それにしても、二度もお菓子を落としてしまうなんて。勿体ないことをするのね」
「も、申し訳……! 先程のことはともかく、今回のことは完全に、勘違いで取り乱してしまい、お恥ずかしい……」
「まったくだ。今日だけで皿を二枚も割りやがって。どうすんだこれ、父上のお気に入りだったんだぞ」
「エ゛ッ」
「どこから声が出たの?」
ザァァとまたもや顔を青ざめさせる小十郎に耐え切れず、兄様が顔を背けて肩を震わせた。
父様のお気に入りなんて適当な嘘をついて。
このお皿を気に入っていたのは、父様じゃないのに。
「違うわ兄様。このお皿を気に入っていたのは私よ」
「ま゛ッ」
「まさか小十郎が、私のお気に入りを二枚も割ってしまうなんて……」
「は、あ、あの、なんとお詫びすれば……。は、腹を……」
「そんなことしたら今すぐにでも尼寺に行くわよ!」
「それを脅し文句にせんでください!!」
ああ駄目だ、こんなにも百面相をする小十郎、面白くないはずがない。
私の口元が笑いを堪えきれていないことに、気付きもしないんだもの。
でもあんまり意地悪をしては可哀想ね。
私が見たいのは小十郎の笑顔なの。
「冗談よ、小十郎。私のお気に入りはこれじゃないわ。もちろん父様のお気に入りでもないから、安心して」
「え。そ……そうでしたか。それは……はぁ、良かった……」
「でも私に悪い事をしたと思っているなら、そうね……。キスをしたら許してあげる」
細かい破片を箒と塵取りで片付けていた小十郎が、箒を取り落とす。
中身をぶちまけそうになっている塵取りは、兄様が小十郎の手からもぎ取って事なきを得た。
今日の小十郎、どうしてこんなに面白いの?
なんでも真に受けるから、揶揄うのが楽しくなってしまっていけない。
「……貴女はどこまで、俺の心を乱せば気が済むので?」
低い声がそう呟いて、私の右腕を強く引き寄せる。
体勢を崩して小十郎の胸元へ飛び込む形になった私を、小十郎はいとも容易く抱き留め。
そうして遠慮もなしに、私へキスをした。
食べられるかと思うくらいの深い口付けをしてなんて、そこまでは言っていないのに。
背後で兄様が「Wow……」と言い残し、私たちの横をすり抜けて部屋を出ていく。
離れようとしても、小十郎の腕がビクともしない。
私を離さない、でも私が痛くないくらいの、絶妙な力加減で私を抱き締めるくせに、キスは何の遠慮もないなんて。
「こ、こじゅ、一旦離れ……」
「逃がしません。先に煽ったのは貴女のほうだ」
今なにか、聞こえた気がした。
息さえ奪うような口付けが雨のように降ってきて、逃げ場のない私はただ受け止めるしかない。
どうしてあんなことを言ってしまったの、私。
体勢がきついと抱き上げられて、唇が離れたのはわずか一寸の間。
息を吸ったその瞬間──私の口は、悪い大人の口にまた塞がれてしまった。
だから兄様とも約束をしなきゃ。
私が小十郎のところで幸せになるために。
「兄様。私、ただの妹でいていいのね?」
「ああ」
「兄様の妹だって、堂々と胸を張っていいのね」
「当たり前だ」
「じゃあ兄様も私に約束してほしいことがあるの」
「Fum? 何を約束すればいい? 他の奴なら高くつくところだが、お前ならタダで聞いてやる」
「……知ってる、兄様? タダより高いものはないのよ」
「よく知ってるじゃねぇか。ま、そういうこった」
……さすが天下の独眼竜。
約束ひとつとっても、ただじゃ聞いてくれない。
望むところよ、私だって独眼竜の妹なんだから。
それに私が約束してもらう事を、本当に兄様が叶えてくれたら、兄様の言うことなんて全部聞いてあげても足りないもの。
「天下を獲ってほしいの」
「……」
「それも最速で。だって私と小十郎、十五も歳が離れてるもの。時間がかかったら、小十郎がおじいちゃんになっちゃう」
「こいつぁまた大きく出たな。……OK! だったらこの天下、奥州の独眼竜がサクッと頂くぜ」
「約束よ、兄様」
「ああ。約束だ」
兄様は約束を違えない。
私と約束して天下を獲ると言ったのだから、兄様は必ず天下人になる。
それじゃあ小十郎にはもうひとつ、約束してもらわなきゃ。
必ず戦から生きて戻ってきて、と。
「そうとなりゃ、小十郎には俺から言っておかなけりゃな。這ってでも生きて戻れってよ」
「ふふ、そうね。私が言うより、兄様から命じられたほうが、小十郎も本気になるもの」
「ま、あんまり心配は要らねえさ。竜の天下が成ったとしても、月夜と生きていけなきゃ意味がねぇと言いやがったんだしな」
「改めて聞いても、すごい覚悟よね……。だったら私も、それなりの覚悟を決めるわ。小十郎がどこかで斃れたら、その時は今度こそ尼寺に」
背後から再びガシャーン! と何かが割れる音がした。
兄様と同時に勢いよく振り返ると、庭先からの陽に照らされて逆光となった小十郎が、顔面蒼白で立ち竦んでいる。
なんだって小十郎は……どうしてそう……。
「やはり今から米沢に攫って」
「違う違う違う!! そうじゃなくてね!? 小十郎が道半ばで斃れたらって話をね!?」
「お前ほんっとうにタイミング最悪だな」
「承知。ならば尼寺を焼きます」
「焼かないで!? 神仏に不敬を働くのは流石に駄目よ!?」
「どこぞの第六天魔王にでもなる気か?」
またもや散らばったお菓子とお皿を片付ける羽目になった小十郎を、兄様が溜息をついて見下ろす。
溜息をつきたいのは私も同じなのに……。
あまりにも私に対して拗らせすぎている気がする。
もう少し、こう……心にゆとりを持ってもらえたら嬉しいの……。
「小十郎」
「は……」
「俺は天下に打って出る」
「はい」
「当然、人取橋なんざ笑えるくらいの劣勢に立たされることもあるだろう」
「……」
「だがそれでも、俺は死なねぇ。生きてりゃ何度でもやり直せる。そうだろ?」
「仰る通りです」
「だから命令だ、小十郎。──死ぬな。どんな苦境でも、絶望的な状況だろうとだ。生きて必ず月夜の元へ戻れ。それが出来なきゃ、テメェに月夜は譲れねぇ」
「御意」
悩む素振りすらなく、小十郎は頷いた。
そこに滲む生への覚悟は、私のためにあるもの。
兄様が天下を手にした後の世を、私と共に生きていくために。
小十郎がそれを当然のように誓ってくれるから、私も小十郎を信じられる。
……とまぁ、とてもいい場面なのだけれど、足元にはお菓子と割れたお皿が散乱しているのよね。
決まらないというか、なんと言うか……。
小十郎の向かい側にしゃがみ込んで、割れた破片へ手を伸ばす。
その手を小十郎がそっと掴んだ。
「月夜姫様。割れ物はこちらで拾います、指を切ってはいけませんので……」
「二人でやったほうが早いの。それにしても、二度もお菓子を落としてしまうなんて。勿体ないことをするのね」
「も、申し訳……! 先程のことはともかく、今回のことは完全に、勘違いで取り乱してしまい、お恥ずかしい……」
「まったくだ。今日だけで皿を二枚も割りやがって。どうすんだこれ、父上のお気に入りだったんだぞ」
「エ゛ッ」
「どこから声が出たの?」
ザァァとまたもや顔を青ざめさせる小十郎に耐え切れず、兄様が顔を背けて肩を震わせた。
父様のお気に入りなんて適当な嘘をついて。
このお皿を気に入っていたのは、父様じゃないのに。
「違うわ兄様。このお皿を気に入っていたのは私よ」
「ま゛ッ」
「まさか小十郎が、私のお気に入りを二枚も割ってしまうなんて……」
「は、あ、あの、なんとお詫びすれば……。は、腹を……」
「そんなことしたら今すぐにでも尼寺に行くわよ!」
「それを脅し文句にせんでください!!」
ああ駄目だ、こんなにも百面相をする小十郎、面白くないはずがない。
私の口元が笑いを堪えきれていないことに、気付きもしないんだもの。
でもあんまり意地悪をしては可哀想ね。
私が見たいのは小十郎の笑顔なの。
「冗談よ、小十郎。私のお気に入りはこれじゃないわ。もちろん父様のお気に入りでもないから、安心して」
「え。そ……そうでしたか。それは……はぁ、良かった……」
「でも私に悪い事をしたと思っているなら、そうね……。キスをしたら許してあげる」
細かい破片を箒と塵取りで片付けていた小十郎が、箒を取り落とす。
中身をぶちまけそうになっている塵取りは、兄様が小十郎の手からもぎ取って事なきを得た。
今日の小十郎、どうしてこんなに面白いの?
なんでも真に受けるから、揶揄うのが楽しくなってしまっていけない。
「……貴女はどこまで、俺の心を乱せば気が済むので?」
低い声がそう呟いて、私の右腕を強く引き寄せる。
体勢を崩して小十郎の胸元へ飛び込む形になった私を、小十郎はいとも容易く抱き留め。
そうして遠慮もなしに、私へキスをした。
食べられるかと思うくらいの深い口付けをしてなんて、そこまでは言っていないのに。
背後で兄様が「Wow……」と言い残し、私たちの横をすり抜けて部屋を出ていく。
離れようとしても、小十郎の腕がビクともしない。
私を離さない、でも私が痛くないくらいの、絶妙な力加減で私を抱き締めるくせに、キスは何の遠慮もないなんて。
「こ、こじゅ、一旦離れ……」
「逃がしません。先に煽ったのは貴女のほうだ」
今なにか、聞こえた気がした。
息さえ奪うような口付けが雨のように降ってきて、逃げ場のない私はただ受け止めるしかない。
どうしてあんなことを言ってしまったの、私。
体勢がきついと抱き上げられて、唇が離れたのはわずか一寸の間。
息を吸ったその瞬間──私の口は、悪い大人の口にまた塞がれてしまった。
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