約束
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寒空の下、開け放たれたままの入口から、冷気が吹き込んで身を震わせる。
けれど身体が震えたのは、それだけが理由ではない気がした。
向けられているのは、狂気にも似た執着。
私という存在を己に縛り、私の全てをただ一人だけに見せてほしいとすら願うそれは──呼吸すら、自分の為にできないように思えた。
本気だ。
本気で小十郎は、私以外では意味がないと思っている。
自身が抱えた感情が執着と呼ぶことすら可愛いほどに強い感情だと知って──それを五年間も、小十郎は忠義の名のもとに潜めてきたのだ。
「……私が、それでも、小十郎のことは諦めるって、言ったら」
「二の丸にある屋敷に閉じ込めます。鍵をかけてどこへもやりません。御身の世話はこの小十郎が隅々まで行います」
「……それはさすがに怖いわ」
「ならばこの小十郎の嫁になると良い」
「なったらどうするの?」
「屋敷から出しません」
「……ねぇ小十郎。私いま、同じことを言われた気がするの」
どのみち私は、小十郎の屋敷から出してもらえないみたい。
でも、それもいいかもしれない。
自由に振る舞って再び伊達家に災難をもたらすよりも、閉じ込められて飼い殺されたほうが、私には似合いでしょう。
「どうしてそこまで、私に執着するの?」
「貴女が好きだからです」
「それだけ?」
「はい。それだけです。貴女が好きだから共に生きていたい。だが、他ならぬ貴女が生を手放すというのなら、縛り付けてでも生かします」
あんまりにも重い執着を、いつもの声で言うものだから、頭が混乱する。
恐ろしいと思っているはずなのに、そうしてほしいと思う私もいて、どちらが本当の私なのか分からない。
だけれど一つだけ確かなのは──私は、小十郎に求められているということ。
「俺の嫁になってくださると約束していただいたことは、末代まで語り継ぐ所存。口約束でも、約束は約束です。約束は守られるからこそ、約束と申すのです、月夜姫様」
「末代まで語り継ぐのは止めてほしいの。そこまで大それた話じゃないもの。……でも、小十郎の言う通りね。約束は、守るためにあるのよね」
宮森城で小梅に刺された時、このまま死んでもいいと思った。
最期に見るのが小十郎で、大好きな小十郎の腕の中で看取られるなら、私という人間がもらう幸福にしてはお釣りがくるくらいだ。
だけれど私は助かって、小十郎のお嫁さんになってあげると約束した。
……約束したのなら、守らなきゃ。
「分かったわ。尼寺には行かない。小十郎の元へお嫁に行くわ」
「ありがとうございます。それではもう二つ、この小十郎と約束をしていただけませんか」
「二つも? 小十郎、いつの間に欲張りになったの?」
「生憎と、元から欲張りな性格です。それでは、まずひとつ。……二度と、この小十郎から離れないでください」
どんなことを言われるのかと思って、身構えていたら。
二度と離れないで、なんて……小十郎のくせに、可愛いことを言うのね。
これを約束したら、私はいよいよ尼寺になんて行けないし、他の家に嫁ぐこともできない。
でも小十郎のところにお嫁に来てあげるって約束したもの、小十郎から離れたら駄目に決まってる。
「うん。約束するわ。小十郎から二度と離れない」
「ではふたつめ。正直に申し上げれば、こちらを守っていただけるならば、先程の約束は忘れていただいて構いません」
「そうなの? 私は構わないけれど、何を約束すればいいの?」
「二度とご自身を貶める言葉を仰らぬ、と」
「……? うん、分かったわ。でもそれってどんな言葉なの?」
「自覚なかったのか、お前」
「兄様は知ってるの?」
「……マジで言ってんのか?」
兄様がぎょっとした顔になった。
どうやら私は、無自覚なままに、私自身を蔑むようなことを言っていたらしい。
でも私、そんなふうに自分自身を扱ったわけじゃない。
自分のことは自分が一番、正しく理解していると思っていたのに。
「具体的に申し上げるなら……ご自身を忌み子と仰ることも、己の存在に価値がないとすることも、ああそれから、貴女の存在が不幸だ不吉だと申されることも当てはまりますな」
──え、と問い返す声が掠れた。
それのどこが、自分を貶める発言になるの?
だってそれらはただの事実、私という存在を定義する言葉たち。
それを蔑称とされてしまったら、私は自分のことをなんだと言えばいいの?
「それじゃあ私は、何なの?」
「無論、奥州を治める伊達家の至宝。誇り高き竜の妹君。美しく聡明であり、民への慈愛に溢れるお方。奥州を愛し、奥州に愛される、自慢の姫です」
「言い過ぎよ。そんなふうに言われたことなんて、一度も……」
しばらく会っていない喜多の声が蘇ったのは、まさに今だった。
あれは七年前だったか……何気ない会話の中で、喜多が言ってくれたことがあった。
『伊達家の宝とも言うべき月夜姫様をお守りするのですから、当然にございます』──と。
あの頃は意味さえ分かっていなかった。
だけれど、小十郎達がもし、離から連れ出されたばかりの私のことを、宝物のように思ってくれていたなら。
「……いつから、そんなふうに思っていたの……?」
「貴女とお会いした時から、そのように」
「嘘よ……だって私、小十郎と出会った頃は、満足に喋ることだってできなかったのに……」
「すぐに言葉を覚えられ、気さくにお声をかけていただけるようになりましたな」
「それは……」
兄様や小十郎たちが、私にたくさん話をしてくれたから。
私のたどたどしい喋り方にも、根気強く付き合ってくれたから。
声を出すことすら禁じられて生きてきたから、好きに声を出して良いと言われても、どうしたらいいか分からなかった。
何も知らず、どうしたらいいかも分からない私に、兄様も小十郎も、たくさん教えてくれた。
私の七年間を作り上げてくれたのは、間違いなく兄様と小十郎だった。
「……小十郎。私は──」
『忌み子のくせに、なんで死ななかったのよ!!』
小梅の憎しみに満ちた叫び声が、強く脳裏に起こされた。
何人も私に向かって刀を向けた。
刀を抜かなかったにしろ、私に敵意を向けた者たちは、もっといる。
それだけの人たちが、私の存在を忌むべきものと示したのに。
私は伊達家の姫だって、本当に言う資格があるの……?
けれど身体が震えたのは、それだけが理由ではない気がした。
向けられているのは、狂気にも似た執着。
私という存在を己に縛り、私の全てをただ一人だけに見せてほしいとすら願うそれは──呼吸すら、自分の為にできないように思えた。
本気だ。
本気で小十郎は、私以外では意味がないと思っている。
自身が抱えた感情が執着と呼ぶことすら可愛いほどに強い感情だと知って──それを五年間も、小十郎は忠義の名のもとに潜めてきたのだ。
「……私が、それでも、小十郎のことは諦めるって、言ったら」
「二の丸にある屋敷に閉じ込めます。鍵をかけてどこへもやりません。御身の世話はこの小十郎が隅々まで行います」
「……それはさすがに怖いわ」
「ならばこの小十郎の嫁になると良い」
「なったらどうするの?」
「屋敷から出しません」
「……ねぇ小十郎。私いま、同じことを言われた気がするの」
どのみち私は、小十郎の屋敷から出してもらえないみたい。
でも、それもいいかもしれない。
自由に振る舞って再び伊達家に災難をもたらすよりも、閉じ込められて飼い殺されたほうが、私には似合いでしょう。
「どうしてそこまで、私に執着するの?」
「貴女が好きだからです」
「それだけ?」
「はい。それだけです。貴女が好きだから共に生きていたい。だが、他ならぬ貴女が生を手放すというのなら、縛り付けてでも生かします」
あんまりにも重い執着を、いつもの声で言うものだから、頭が混乱する。
恐ろしいと思っているはずなのに、そうしてほしいと思う私もいて、どちらが本当の私なのか分からない。
だけれど一つだけ確かなのは──私は、小十郎に求められているということ。
「俺の嫁になってくださると約束していただいたことは、末代まで語り継ぐ所存。口約束でも、約束は約束です。約束は守られるからこそ、約束と申すのです、月夜姫様」
「末代まで語り継ぐのは止めてほしいの。そこまで大それた話じゃないもの。……でも、小十郎の言う通りね。約束は、守るためにあるのよね」
宮森城で小梅に刺された時、このまま死んでもいいと思った。
最期に見るのが小十郎で、大好きな小十郎の腕の中で看取られるなら、私という人間がもらう幸福にしてはお釣りがくるくらいだ。
だけれど私は助かって、小十郎のお嫁さんになってあげると約束した。
……約束したのなら、守らなきゃ。
「分かったわ。尼寺には行かない。小十郎の元へお嫁に行くわ」
「ありがとうございます。それではもう二つ、この小十郎と約束をしていただけませんか」
「二つも? 小十郎、いつの間に欲張りになったの?」
「生憎と、元から欲張りな性格です。それでは、まずひとつ。……二度と、この小十郎から離れないでください」
どんなことを言われるのかと思って、身構えていたら。
二度と離れないで、なんて……小十郎のくせに、可愛いことを言うのね。
これを約束したら、私はいよいよ尼寺になんて行けないし、他の家に嫁ぐこともできない。
でも小十郎のところにお嫁に来てあげるって約束したもの、小十郎から離れたら駄目に決まってる。
「うん。約束するわ。小十郎から二度と離れない」
「ではふたつめ。正直に申し上げれば、こちらを守っていただけるならば、先程の約束は忘れていただいて構いません」
「そうなの? 私は構わないけれど、何を約束すればいいの?」
「二度とご自身を貶める言葉を仰らぬ、と」
「……? うん、分かったわ。でもそれってどんな言葉なの?」
「自覚なかったのか、お前」
「兄様は知ってるの?」
「……マジで言ってんのか?」
兄様がぎょっとした顔になった。
どうやら私は、無自覚なままに、私自身を蔑むようなことを言っていたらしい。
でも私、そんなふうに自分自身を扱ったわけじゃない。
自分のことは自分が一番、正しく理解していると思っていたのに。
「具体的に申し上げるなら……ご自身を忌み子と仰ることも、己の存在に価値がないとすることも、ああそれから、貴女の存在が不幸だ不吉だと申されることも当てはまりますな」
──え、と問い返す声が掠れた。
それのどこが、自分を貶める発言になるの?
だってそれらはただの事実、私という存在を定義する言葉たち。
それを蔑称とされてしまったら、私は自分のことをなんだと言えばいいの?
「それじゃあ私は、何なの?」
「無論、奥州を治める伊達家の至宝。誇り高き竜の妹君。美しく聡明であり、民への慈愛に溢れるお方。奥州を愛し、奥州に愛される、自慢の姫です」
「言い過ぎよ。そんなふうに言われたことなんて、一度も……」
しばらく会っていない喜多の声が蘇ったのは、まさに今だった。
あれは七年前だったか……何気ない会話の中で、喜多が言ってくれたことがあった。
『伊達家の宝とも言うべき月夜姫様をお守りするのですから、当然にございます』──と。
あの頃は意味さえ分かっていなかった。
だけれど、小十郎達がもし、離から連れ出されたばかりの私のことを、宝物のように思ってくれていたなら。
「……いつから、そんなふうに思っていたの……?」
「貴女とお会いした時から、そのように」
「嘘よ……だって私、小十郎と出会った頃は、満足に喋ることだってできなかったのに……」
「すぐに言葉を覚えられ、気さくにお声をかけていただけるようになりましたな」
「それは……」
兄様や小十郎たちが、私にたくさん話をしてくれたから。
私のたどたどしい喋り方にも、根気強く付き合ってくれたから。
声を出すことすら禁じられて生きてきたから、好きに声を出して良いと言われても、どうしたらいいか分からなかった。
何も知らず、どうしたらいいかも分からない私に、兄様も小十郎も、たくさん教えてくれた。
私の七年間を作り上げてくれたのは、間違いなく兄様と小十郎だった。
「……小十郎。私は──」
『忌み子のくせに、なんで死ななかったのよ!!』
小梅の憎しみに満ちた叫び声が、強く脳裏に起こされた。
何人も私に向かって刀を向けた。
刀を抜かなかったにしろ、私に敵意を向けた者たちは、もっといる。
それだけの人たちが、私の存在を忌むべきものと示したのに。
私は伊達家の姫だって、本当に言う資格があるの……?
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