執着
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俺の視線の意味に気付いたのか、月夜は苦笑いを浮かべて、急須を持ち上げた。
空になった互いの湯呑みに、色のいい煎茶が入る。
「私は、忌み子だもの」
「お前の存在が招いた不幸だと、本気で思ってやがるのか」
「……ほんの少し。当時ほどじゃないけれど、思うところはあるの。それに……『忌み子』が生きている理由は、無いでしょう?」
「東館や父上の傍にいた奴らの話は聞くな。お前を忌み子として見る奴らは、俺も傍に置く気はねぇ」
「違うわ、そういう意味じゃないの。私が『忌み子』だからこそ、粟の巣で人質に取られたことに意味があったのよ。畠山にとっては国主の妹、だけどその実態は八年間も存在を消されていた忌み子。人質としての価値もない人間を、そうと知らずに人質にとり、大きく出た畠山を容赦なく叩き潰す──。それが最善だったと、誰だって思うわ。父様はその判断を間違えないと思っていたの」
「それは──」
父上が月夜に取って代わったことが、娘可愛さだとしても。
その行動で俺が苦境に立たされることくらい、父上だって分かっていたはずだ。
伊達のことを思うなら、あの場で死ぬべきは月夜だったのかもしれない。
立場に反して役目など何一つ負っていない身軽な月夜が、一国の姫の顔をして死んでいけば、伊達家は嫁に出せもしない忌み子という悩みの種が消え、畠山を攻める口実も手に入れられた。
そう考える奴らもいることは……俺も否定はできなかった。
「……全部たらればだ。今更何を言ったところで、父上が死んだことも、人取橋でかなりの犠牲を出したことも、変わらねぇ」
「そうね。でも私のせいにしてしまえば、兄様も私も気が楽になるでしょう」
「──は?」
ゴトリ。
俺の手から湯呑みが滑り落ちて、盆に茶をぶちまけた。
今、月夜は、何を言った?
この一連の原因を、テメェのせいにしろと言ったのか?
……粟の巣も人取橋も、元を辿れば俺が父上の諫言を聞かずに、強硬な姿勢を貫いたせいだ。
テメェが撒いた種だと知っていながら、その原因を月夜に押し付けろだと?
「月夜、テメェ……!」
「何もかもを兄様が背負うことはないの。私だって当事者なのよ。半分は私に背負わせて。父様を殺したのは私だって同じよ」
「それで罪滅ぼしにするつもりか? 父上がそれを望んだとでも? 父親殺しの汚名を背負ったまま死ぬのがお望みか!? それで今度は俺に、妹殺しの汚名まで被せるってのか!!」
「──そうでもしなきゃ、みんな、怒りの行き場がないでしょう!?」
怒鳴り返された台詞は、あまりにも正論だった。
畠山は粟の巣で父上と共に死んだ。
それなら、この事態を引き起こした、そもそもの原因は?
俺のせいに出来ないなら、誰のせいにできる?
そうなった時……真っ先に槍玉に挙げられるのは、月夜だ。
粟の巣で命が惜しくなって、父上を身代わりにして生き延びたから。
忌み子として生まれて、家のために何一つ成せない身の上であるくせに、こんな時すらテメェを差し出すこともしないのか。
その結論になるのも理解できる。
人間心理なんてそんなもんだ、納得はできねぇが……家中の奴らの、月夜を見る目は厳しくなるだろう。
「粟の巣を引き起こしたのは、兄様の強硬な姿勢だったかもしれない。でも父様が死んだのは私のせい。私はそう認識しているわ」
「……だが、それじゃお前が……」
「私のことは気にしなくていいの。小十郎と将来を約束できただけでも幸せだったわ」
「は……?」
「兄様。私、尼寺へ行くわ」
綺麗に微笑んで、月夜はそう言った。
その選択をさせないように、俺は小十郎の嫁にしてやろうと……。
小十郎の奴もやっと腹を決めて、もうこれで大丈夫だと思っていたのに。
年が明けてひとつ歳を数えたとはいえ、まだ十五の妹だぞ。
俺たちが願った幸せは、そんな程度のものじゃない。
月夜には、小十郎と……死ぬまで幸せになってほしくて──。
陶器の割れる音が、背後から聞こえてきた。
二人で庭のほうを振り返ると、部屋に入ろうとしていた小十郎の足元に、茶菓子が散らばっている。
「小十郎──」と俺が声を掛けるより早く。
「尼寺、とは、どういう」
「そのままの意味よ。私、尼寺に行くわ」
「承服致しかねる。この小十郎の元へ嫁いでくださると申されたことは偽りか」
「そう思ってもらって構わない。小十郎が私をお嫁さんにしてくれるって、そう言ってくれたから。私、それで充分なの」
「俺がその程度じゃ満足できねぇと申し上げている!!」
取り繕った態度すらかなぐり捨てた、小十郎の心からの叫び。
五年間、忠義の裏に隠されていた月夜への執着が、ようやく牙を剥いた様だった。
唖然と口を開けて、大股で部屋へと入ってきた男を見上げることしかできない月夜を、小十郎が無言で抱え上げる。
「こ、小十郎!? 何するの!? 離して、下ろしなさい!」
「尼寺へ行くと申されるなら、このまま攫わせていただく! 雪深かろうが関係ねぇ、米沢まで辿り着きゃそれでいい!」
「な、何言って……!? 駄目よ小十郎、冬の米沢へなんて! 凍えて死ぬに決まってるわ!」
「貴女を失うくらいなら、共に死んだほうがましです。俺は申し上げたはずだ。貴女と共に生きてゆけぬのなら意味がないと!」
「……それ、本気で──」
抵抗を見せていた月夜が、小十郎の腕の中で大人しくなった。
想像もしていなかったのかもしれない──小十郎の覚悟が、あっさりと心中を選んでしまえる程のものだったとは。
小十郎は俺の為なら腹を切れる。
俺の誇りを守るためなら、俺すら殺して、後を追う。
……だが。
月夜のために捨てる命なんざ、コイツは端から持ち合わせちゃいねぇ。
コイツが月夜の為にやると決めたことは、竜の天下を月夜と共に生きていくこと……ただそれだけだ。
「俺の妻は貴女でなけりゃ、意味がねぇ。他の誰かで、貴女の代わりなんざ務まりゃしねぇんです」
「どうして……そこまで……」
「十五も歳下の、何より政宗様の妹君を嫁にするんです。相応の覚悟ってモンが必要でしてね」
深く息を吐いて、小十郎が怒気を鎮める。
そうして抱き上げたままの月夜を抱き締めて。
小十郎はただ一言、問うた。
「……この覚悟を知ってなお、貴女はそれでも、俺の前から消えてしまわれるか。月夜姫様」
室内には沈黙だけが残った。
右目としての覚悟なら、俺が一番知っている。
『吼えろ、小十郎。お前はそれでいい』
この竜の七つ目の刃として、俺はコイツの身に巣食う獰猛な獣すら振るうだろう。
だが、月夜に向けられたものは、ただ純粋に真っ直ぐな執着だ。
愛も恋も庇護も征服欲も、全てを引っ括めて歪に形を成す、けれどどうしようもなく──狂気的なまでに澄んでいる。
それ以外に言いようがないから、小十郎はそう言うしかない。
──テメェの伴侶は、月夜以外では意味がない、と。
空になった互いの湯呑みに、色のいい煎茶が入る。
「私は、忌み子だもの」
「お前の存在が招いた不幸だと、本気で思ってやがるのか」
「……ほんの少し。当時ほどじゃないけれど、思うところはあるの。それに……『忌み子』が生きている理由は、無いでしょう?」
「東館や父上の傍にいた奴らの話は聞くな。お前を忌み子として見る奴らは、俺も傍に置く気はねぇ」
「違うわ、そういう意味じゃないの。私が『忌み子』だからこそ、粟の巣で人質に取られたことに意味があったのよ。畠山にとっては国主の妹、だけどその実態は八年間も存在を消されていた忌み子。人質としての価値もない人間を、そうと知らずに人質にとり、大きく出た畠山を容赦なく叩き潰す──。それが最善だったと、誰だって思うわ。父様はその判断を間違えないと思っていたの」
「それは──」
父上が月夜に取って代わったことが、娘可愛さだとしても。
その行動で俺が苦境に立たされることくらい、父上だって分かっていたはずだ。
伊達のことを思うなら、あの場で死ぬべきは月夜だったのかもしれない。
立場に反して役目など何一つ負っていない身軽な月夜が、一国の姫の顔をして死んでいけば、伊達家は嫁に出せもしない忌み子という悩みの種が消え、畠山を攻める口実も手に入れられた。
そう考える奴らもいることは……俺も否定はできなかった。
「……全部たらればだ。今更何を言ったところで、父上が死んだことも、人取橋でかなりの犠牲を出したことも、変わらねぇ」
「そうね。でも私のせいにしてしまえば、兄様も私も気が楽になるでしょう」
「──は?」
ゴトリ。
俺の手から湯呑みが滑り落ちて、盆に茶をぶちまけた。
今、月夜は、何を言った?
この一連の原因を、テメェのせいにしろと言ったのか?
……粟の巣も人取橋も、元を辿れば俺が父上の諫言を聞かずに、強硬な姿勢を貫いたせいだ。
テメェが撒いた種だと知っていながら、その原因を月夜に押し付けろだと?
「月夜、テメェ……!」
「何もかもを兄様が背負うことはないの。私だって当事者なのよ。半分は私に背負わせて。父様を殺したのは私だって同じよ」
「それで罪滅ぼしにするつもりか? 父上がそれを望んだとでも? 父親殺しの汚名を背負ったまま死ぬのがお望みか!? それで今度は俺に、妹殺しの汚名まで被せるってのか!!」
「──そうでもしなきゃ、みんな、怒りの行き場がないでしょう!?」
怒鳴り返された台詞は、あまりにも正論だった。
畠山は粟の巣で父上と共に死んだ。
それなら、この事態を引き起こした、そもそもの原因は?
俺のせいに出来ないなら、誰のせいにできる?
そうなった時……真っ先に槍玉に挙げられるのは、月夜だ。
粟の巣で命が惜しくなって、父上を身代わりにして生き延びたから。
忌み子として生まれて、家のために何一つ成せない身の上であるくせに、こんな時すらテメェを差し出すこともしないのか。
その結論になるのも理解できる。
人間心理なんてそんなもんだ、納得はできねぇが……家中の奴らの、月夜を見る目は厳しくなるだろう。
「粟の巣を引き起こしたのは、兄様の強硬な姿勢だったかもしれない。でも父様が死んだのは私のせい。私はそう認識しているわ」
「……だが、それじゃお前が……」
「私のことは気にしなくていいの。小十郎と将来を約束できただけでも幸せだったわ」
「は……?」
「兄様。私、尼寺へ行くわ」
綺麗に微笑んで、月夜はそう言った。
その選択をさせないように、俺は小十郎の嫁にしてやろうと……。
小十郎の奴もやっと腹を決めて、もうこれで大丈夫だと思っていたのに。
年が明けてひとつ歳を数えたとはいえ、まだ十五の妹だぞ。
俺たちが願った幸せは、そんな程度のものじゃない。
月夜には、小十郎と……死ぬまで幸せになってほしくて──。
陶器の割れる音が、背後から聞こえてきた。
二人で庭のほうを振り返ると、部屋に入ろうとしていた小十郎の足元に、茶菓子が散らばっている。
「小十郎──」と俺が声を掛けるより早く。
「尼寺、とは、どういう」
「そのままの意味よ。私、尼寺に行くわ」
「承服致しかねる。この小十郎の元へ嫁いでくださると申されたことは偽りか」
「そう思ってもらって構わない。小十郎が私をお嫁さんにしてくれるって、そう言ってくれたから。私、それで充分なの」
「俺がその程度じゃ満足できねぇと申し上げている!!」
取り繕った態度すらかなぐり捨てた、小十郎の心からの叫び。
五年間、忠義の裏に隠されていた月夜への執着が、ようやく牙を剥いた様だった。
唖然と口を開けて、大股で部屋へと入ってきた男を見上げることしかできない月夜を、小十郎が無言で抱え上げる。
「こ、小十郎!? 何するの!? 離して、下ろしなさい!」
「尼寺へ行くと申されるなら、このまま攫わせていただく! 雪深かろうが関係ねぇ、米沢まで辿り着きゃそれでいい!」
「な、何言って……!? 駄目よ小十郎、冬の米沢へなんて! 凍えて死ぬに決まってるわ!」
「貴女を失うくらいなら、共に死んだほうがましです。俺は申し上げたはずだ。貴女と共に生きてゆけぬのなら意味がないと!」
「……それ、本気で──」
抵抗を見せていた月夜が、小十郎の腕の中で大人しくなった。
想像もしていなかったのかもしれない──小十郎の覚悟が、あっさりと心中を選んでしまえる程のものだったとは。
小十郎は俺の為なら腹を切れる。
俺の誇りを守るためなら、俺すら殺して、後を追う。
……だが。
月夜のために捨てる命なんざ、コイツは端から持ち合わせちゃいねぇ。
コイツが月夜の為にやると決めたことは、竜の天下を月夜と共に生きていくこと……ただそれだけだ。
「俺の妻は貴女でなけりゃ、意味がねぇ。他の誰かで、貴女の代わりなんざ務まりゃしねぇんです」
「どうして……そこまで……」
「十五も歳下の、何より政宗様の妹君を嫁にするんです。相応の覚悟ってモンが必要でしてね」
深く息を吐いて、小十郎が怒気を鎮める。
そうして抱き上げたままの月夜を抱き締めて。
小十郎はただ一言、問うた。
「……この覚悟を知ってなお、貴女はそれでも、俺の前から消えてしまわれるか。月夜姫様」
室内には沈黙だけが残った。
右目としての覚悟なら、俺が一番知っている。
『吼えろ、小十郎。お前はそれでいい』
この竜の七つ目の刃として、俺はコイツの身に巣食う獰猛な獣すら振るうだろう。
だが、月夜に向けられたものは、ただ純粋に真っ直ぐな執着だ。
愛も恋も庇護も征服欲も、全てを引っ括めて歪に形を成す、けれどどうしようもなく──狂気的なまでに澄んでいる。
それ以外に言いようがないから、小十郎はそう言うしかない。
──テメェの伴侶は、月夜以外では意味がない、と。
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