執着
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宮森城に到着して、開かれた門から中へと入る。
馬は若い衆らに任せて、俺と政宗様は月夜姫様のお部屋へと直行した。
部屋が近づくにつれ、月夜姫様の朗らかなお声が聞こえてくる。
柄にもなく浮かれているのが分かって、頬の内側をそっと噛んでおいた。
「月夜!」
「月夜姫様」
「……兄様、小十郎!」
ゆっくりと立ち上がった姫様が、歩き出しながら腕を広げる。
その両腕に政宗様と揃って抱き締められて、月夜姫様をふたりで抱き締め返した。
月夜姫様が、俺の腕の中にいる。
それだけで胸の奥がこうも温かくなるんだから、不思議なものだ。
「すぐに来てくれると思ってたわ」
「可愛い妹に会いたいなんざ言われちまったらな」
「小十郎も、ちゃんと来てくれて良かった」
「文には『会いたい』とは書かれておりませんでしたが?」
「兄様を呼んだら、小十郎も来るでしょ?」
屈託のない笑顔。
これを幸福と言わずして何とする。
感極まって月夜姫様を更に強く抱き締めたら、巻き込んだ政宗様から「ぐぁ」と妙な声がした。
対する月夜姫様は笑っておられる──お可愛らしすぎて後光すら差しているんじゃねぇかと思えてきた。
「人取橋のことは、私も聞いたの。二人が無事で何よりよ」
「すまねぇな。流石に負けちまった」
「何を言っているの。あれは負けじゃないわ、戦術的勝利よ。だって兄様の首は獲られていないし、伊達家もこうして残ってるもの」
ね、と微笑む月夜姫様に、政宗様が小さく頷く。
……しばらくの間、ご兄妹だけにして差し上げよう。
政宗様の弱さを受け止められるのは、月夜姫様だけだ。
その全てを預けてほしいと願っても──俺には何一つ預けちゃくれない。
それを寂しいと思うのは、きっと傲慢だ。
* * *
月夜が手づから淹れてくれた茶を飲んで、息を吐く。
随分と手慣れた所作だ、小十郎に淹れてやるために練習したんだろう。
つくづく愛された男だな。
月夜を嫁に出すなら小十郎以外に有り得ねぇと睨んだ俺の目は、どうやら間違っちゃいなかったらしい。
「怪我の具合はどうだ?」
「兄様がそれを言うの?」
「俺は大した怪我じゃねぇ。心配すんな」
「弓矢がひとつと、種ヶ島が五発も命中したと聞いたのよ! 心配するに決まってるわ!」
「Wait,そいつは誰から聞いた?」
「景康からよ。どうせ兄様も小十郎も、怪我したことを隠すからって、こっそり手紙で教えてくれたの」
「あの野郎……」
せっかくこっちが心配をかけまいと隠してたってのに、全部台無しじゃねぇか!
「政宗様は分かりやすいですからね」と笑う景康が脳裏を過ぎったが、強制的に追い出しておいた。
それなら小十郎が俺を庇って怪我したことも、耳に入っているんだろう。
迎え撃つしかなかったとはいえ、無茶をさせた。
勝てる戦じゃなかったことくらい、戦った全員が知っている。
人取橋だけで四百人余りが死んだ。
左月だって、あんな所で死んでいい奴じゃなかった。
……それでも、どうしたらよかったのかは、分からないままだ。
自分の湯呑みに口をつけてお茶を飲んでから、月夜は唐突に居住まいを正して、俺に向き直った。
「兄様。本当にごめんなさい」
「急に頭下げて、どうした」
「父様を粟の巣で身代わりにしてしまったこと、きちんと謝らなければと思っていたの」
「そいつは月夜のせいじゃねえと何度も」
「いいえ、私にも責任があるわ。私が死ぬだけなら、奥州の勢力図に影響はなかった。奥州の洞は伊達家を中心としてまとまっていくところだったでしょう。奥州から父様という存在を奪ってしまった罪は重いわ」
こういう時……俺は、月夜の聡明さが憎い。
何も知らない娘だったなら、俺たちの言葉も信じられるだろうに。
月夜は自分の行動が奥州にどう響いたのかを、ちゃんと理解している。
伊達輝宗を失った奥州が、家督を継いだばかりの俺にしたがう義理なんざないと、佐竹に乗じて反旗を翻したことを。
平定したばかりの奥州をひっくり返される事態にはならなかったにしろ、南奥州の勢力圏に佐竹が絡んでいると知らしめるには、人取橋の結果で充分だ。
「私が死ぬだけだったなら、人取橋は起こり得なかった。仮に起こったとしても、父様が健在だったなら、佐竹への加勢も、もっとずっと少なかったでしょう。五分とはいかないまでも、兄様たち婆娑羅者の力で五分に持っていける程度の戦力差でいられたはずよ」
「……俺に、お前を撃てと。そう言いたいのか」
「膠着が続いたまま、兄様たちが間に合えば、そうなったかもしれないわね。私は成実に撃たれるつもりでいたわ」
惚れた男になら殺されていいと言い放った豪胆な女だと思っていたが、こっちの想定よりも更に踏み込んだ覚悟を決めていたらしい。
なぜそこまでして、月夜は命を捨てようとする?
何が月夜から生への執着心を奪い去った?
この五年間、俺たちは月夜に死を迫ったことなんざ一度だってない。
そんなにも……月夜にとって、テメェが忌み子だという傷は、深いのか。
俺たちの言葉すら届かねぇ程に……。
馬は若い衆らに任せて、俺と政宗様は月夜姫様のお部屋へと直行した。
部屋が近づくにつれ、月夜姫様の朗らかなお声が聞こえてくる。
柄にもなく浮かれているのが分かって、頬の内側をそっと噛んでおいた。
「月夜!」
「月夜姫様」
「……兄様、小十郎!」
ゆっくりと立ち上がった姫様が、歩き出しながら腕を広げる。
その両腕に政宗様と揃って抱き締められて、月夜姫様をふたりで抱き締め返した。
月夜姫様が、俺の腕の中にいる。
それだけで胸の奥がこうも温かくなるんだから、不思議なものだ。
「すぐに来てくれると思ってたわ」
「可愛い妹に会いたいなんざ言われちまったらな」
「小十郎も、ちゃんと来てくれて良かった」
「文には『会いたい』とは書かれておりませんでしたが?」
「兄様を呼んだら、小十郎も来るでしょ?」
屈託のない笑顔。
これを幸福と言わずして何とする。
感極まって月夜姫様を更に強く抱き締めたら、巻き込んだ政宗様から「ぐぁ」と妙な声がした。
対する月夜姫様は笑っておられる──お可愛らしすぎて後光すら差しているんじゃねぇかと思えてきた。
「人取橋のことは、私も聞いたの。二人が無事で何よりよ」
「すまねぇな。流石に負けちまった」
「何を言っているの。あれは負けじゃないわ、戦術的勝利よ。だって兄様の首は獲られていないし、伊達家もこうして残ってるもの」
ね、と微笑む月夜姫様に、政宗様が小さく頷く。
……しばらくの間、ご兄妹だけにして差し上げよう。
政宗様の弱さを受け止められるのは、月夜姫様だけだ。
その全てを預けてほしいと願っても──俺には何一つ預けちゃくれない。
それを寂しいと思うのは、きっと傲慢だ。
* * *
月夜が手づから淹れてくれた茶を飲んで、息を吐く。
随分と手慣れた所作だ、小十郎に淹れてやるために練習したんだろう。
つくづく愛された男だな。
月夜を嫁に出すなら小十郎以外に有り得ねぇと睨んだ俺の目は、どうやら間違っちゃいなかったらしい。
「怪我の具合はどうだ?」
「兄様がそれを言うの?」
「俺は大した怪我じゃねぇ。心配すんな」
「弓矢がひとつと、種ヶ島が五発も命中したと聞いたのよ! 心配するに決まってるわ!」
「Wait,そいつは誰から聞いた?」
「景康からよ。どうせ兄様も小十郎も、怪我したことを隠すからって、こっそり手紙で教えてくれたの」
「あの野郎……」
せっかくこっちが心配をかけまいと隠してたってのに、全部台無しじゃねぇか!
「政宗様は分かりやすいですからね」と笑う景康が脳裏を過ぎったが、強制的に追い出しておいた。
それなら小十郎が俺を庇って怪我したことも、耳に入っているんだろう。
迎え撃つしかなかったとはいえ、無茶をさせた。
勝てる戦じゃなかったことくらい、戦った全員が知っている。
人取橋だけで四百人余りが死んだ。
左月だって、あんな所で死んでいい奴じゃなかった。
……それでも、どうしたらよかったのかは、分からないままだ。
自分の湯呑みに口をつけてお茶を飲んでから、月夜は唐突に居住まいを正して、俺に向き直った。
「兄様。本当にごめんなさい」
「急に頭下げて、どうした」
「父様を粟の巣で身代わりにしてしまったこと、きちんと謝らなければと思っていたの」
「そいつは月夜のせいじゃねえと何度も」
「いいえ、私にも責任があるわ。私が死ぬだけなら、奥州の勢力図に影響はなかった。奥州の洞は伊達家を中心としてまとまっていくところだったでしょう。奥州から父様という存在を奪ってしまった罪は重いわ」
こういう時……俺は、月夜の聡明さが憎い。
何も知らない娘だったなら、俺たちの言葉も信じられるだろうに。
月夜は自分の行動が奥州にどう響いたのかを、ちゃんと理解している。
伊達輝宗を失った奥州が、家督を継いだばかりの俺にしたがう義理なんざないと、佐竹に乗じて反旗を翻したことを。
平定したばかりの奥州をひっくり返される事態にはならなかったにしろ、南奥州の勢力圏に佐竹が絡んでいると知らしめるには、人取橋の結果で充分だ。
「私が死ぬだけだったなら、人取橋は起こり得なかった。仮に起こったとしても、父様が健在だったなら、佐竹への加勢も、もっとずっと少なかったでしょう。五分とはいかないまでも、兄様たち婆娑羅者の力で五分に持っていける程度の戦力差でいられたはずよ」
「……俺に、お前を撃てと。そう言いたいのか」
「膠着が続いたまま、兄様たちが間に合えば、そうなったかもしれないわね。私は成実に撃たれるつもりでいたわ」
惚れた男になら殺されていいと言い放った豪胆な女だと思っていたが、こっちの想定よりも更に踏み込んだ覚悟を決めていたらしい。
なぜそこまでして、月夜は命を捨てようとする?
何が月夜から生への執着心を奪い去った?
この五年間、俺たちは月夜に死を迫ったことなんざ一度だってない。
そんなにも……月夜にとって、テメェが忌み子だという傷は、深いのか。
俺たちの言葉すら届かねぇ程に……。