人取橋
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翌朝、連合軍は人取橋から撤退した。
どうやら陣内で佐竹側の者が殺された上、佐竹領に北条方が攻め入ったそうだ。
連合軍撤退の知らせを受けた瞬間、誰もが──俺でさえ、膝の力が抜けそうになった。
「成実殿、これは……」
「言ったろ? 首尾は整ったってよ。まぁ正直に言えば、一か八かだったけど。何とか上手く北条方を佐竹領へおびき出せたな」
「連合軍の陣で、佐竹の者が殺されたとの話は」
「それに関しては俺も知らねぇよ。俺がやったのは、佐竹がこっちに攻めてきている今が好機だって、北条方に密告したぐらいのもんだし」
「……」
「まぁ向こうも烏合の衆だったみてえだし、統率も上手く取れてなかったんじゃねぇの? そもそも連合軍の頭やってる佐竹が真っ直ぐすぎだし」
そう言いながらご自分の包帯を巻き直していく成実殿は、恐らくまだ何かを隠している。
だがそれを口に出すつもりはないのだろう。
汚れ役はご自分が引き受ければいいとでも言うかのように。
それ以上は深堀りせず、俺も政宗様のお傍に控えることにした。
成実殿が何をしたかなど、政宗様はどうせご存知でおられるのだろうし、俺がわざわざ首を突っ込む話でもない。
それよりも今は、負傷された政宗様の御身を案じる方が第一だ。
政宗様のお怪我が悪化せぬよう、帰路は岩角を経由して小浜城で留まることにした。
米沢まで帰ろうにも、向こうは雪で身動きも取れそうもねぇ。
致し方ないが、今年の冬は小浜城で越すしかなさそうだ。
せめて手紙だけでも月夜姫様へ差し出そうかと、ようやく動かせるようになった左手で硯を磨った。
『月夜姫様、長らく文も出さず大変なご無礼、お許しを。人取橋にて、佐竹率いる南奥州諸国との大戦と相成りましたが、政宗様もこの小十郎も無事でおります。一先ずはご安心召されよ。聞けば未だ宮森城にて療養中とのこと。ご承知のことと存じまするが、奥州の冬は厳しい。風邪など召されぬよう、お気を付けを──』
余計な心配をかけるのは本意ではない。
俺も政宗様も大なり小なり怪我を負ったが、それについては触れないことにした。
人取橋の結果がどうなったかは、月夜姫様のお耳にも入っている頃だろう。
無事であることだけが伝わればそれでいいはずだ。
『我々は小浜城にて冬を越すことになりそうです。月夜姫様とお会いできぬ日々が、こんなにも早く訪れようとは。二本松での事に片が付きましたら、米沢へ戻ります。それまでどうか、我々のことはご心配なく』
そこで筆を置こうとして、まだ手紙に余白があることに気が付いた。
政宗様であれば、この余白に追伸を書き連ね、読みにくくなったから燃やせと、『即火中』で締めるところだ。
月夜姫様と手紙のやり取りなど、何度もしてきたというのに、まだ心躍るものだとは。
即火中、とまではいかないが、直にお会いできないのだから、言葉で口説いてみても良いだろうか。
『こちらも雪が積もり始めました。政宗様を交えて雪遊びに興じた日を思い出します。そろそろ南天も実を付け始めた頃。雪兎を作られましたら、それを小十郎と思い、可愛がってください。それでは春になり、二本松から米沢へ戻る日まで。貴女の片倉小十郎より』
そこまでを書き記して。
……耐え切れずに、書き足してしまった。
『読んだら燃やしてください』と。
おそらくこの手紙も、大切に保管されてしまうだろうが。
喪に服している関係で、新年の儀は見送った。
さすがにここまで本格的に冬が来たとなると、どこの家も鳴りを潜めて静かなものだ。
政宗様のご様子を気に掛けてはいるが、怖いくらいにいつも通りだ。
いつも通りすぎるからこそ、違和感を拭えない。
まるでそうしていないと立っていられないというかのように。
「しかし、さすが梵だな。俺なんかよりも立ち直りが早えーや。こっちはまだ輝宗様を撃ったこと、引きずってんのにさ」
ある日、成実殿はそう言って去っていった。
彼は大森へは帰らず、渋川城に逗留されるそうだ。
……立ち直っておられるのだろうか。
俺の目にはむしろ、無理をしていつも通りに振る舞っているようにしか見えねぇ。
政宗様のご様子からは目を離しちゃならねぇと、俺の第六感が告げていた。
──成実殿の近習が鉄砲の火薬に誤って火を落とし、渋川城が全焼したと知らせを受けたのは、それから程なくしてのことだった。
政宗様の命を受け、部下を率いて渋川へ向かえば──右手全てを包帯で巻いた成実殿が、「よぉ」と力なく笑って出迎えられた。
「成実殿……その右手は」
「ああ、これか。火傷で全部くっついちまった。槍、握れっかな、これ」
おどけたように仰るのが、なおのこと痛々しい。
言葉を失ったままでいると、成実殿は笑って、 首を振り、言った。
左手がある──と。
「両手失ったわけじゃねぇし、肘から下だってちゃんとついてる。さすがに右手で文字は書けねぇけど、左手で書けばいいしな。それに多分、槍だってちゃんと振れるぜ?」
「しかし不便なことに変わりはありますまい」
「そりゃまあ不便だけどよ。右目が見えない梵に比べたら、右手が使えねぇことくらい、大したハンデにゃなりゃしねぇよ」
お見舞いご苦労、と労われ、俺は無言で、去っていく成実殿の背を見送った。
……輝宗様を失った心の傷は、成実殿も同様。
ぐらついてる場合じゃねぇ。
軍師として、政宗様の右目として、しっかり立て、俺よ。
奥州の冬は、耐えきれない者から死んでいくんだ。
どうやら陣内で佐竹側の者が殺された上、佐竹領に北条方が攻め入ったそうだ。
連合軍撤退の知らせを受けた瞬間、誰もが──俺でさえ、膝の力が抜けそうになった。
「成実殿、これは……」
「言ったろ? 首尾は整ったってよ。まぁ正直に言えば、一か八かだったけど。何とか上手く北条方を佐竹領へおびき出せたな」
「連合軍の陣で、佐竹の者が殺されたとの話は」
「それに関しては俺も知らねぇよ。俺がやったのは、佐竹がこっちに攻めてきている今が好機だって、北条方に密告したぐらいのもんだし」
「……」
「まぁ向こうも烏合の衆だったみてえだし、統率も上手く取れてなかったんじゃねぇの? そもそも連合軍の頭やってる佐竹が真っ直ぐすぎだし」
そう言いながらご自分の包帯を巻き直していく成実殿は、恐らくまだ何かを隠している。
だがそれを口に出すつもりはないのだろう。
汚れ役はご自分が引き受ければいいとでも言うかのように。
それ以上は深堀りせず、俺も政宗様のお傍に控えることにした。
成実殿が何をしたかなど、政宗様はどうせご存知でおられるのだろうし、俺がわざわざ首を突っ込む話でもない。
それよりも今は、負傷された政宗様の御身を案じる方が第一だ。
政宗様のお怪我が悪化せぬよう、帰路は岩角を経由して小浜城で留まることにした。
米沢まで帰ろうにも、向こうは雪で身動きも取れそうもねぇ。
致し方ないが、今年の冬は小浜城で越すしかなさそうだ。
せめて手紙だけでも月夜姫様へ差し出そうかと、ようやく動かせるようになった左手で硯を磨った。
『月夜姫様、長らく文も出さず大変なご無礼、お許しを。人取橋にて、佐竹率いる南奥州諸国との大戦と相成りましたが、政宗様もこの小十郎も無事でおります。一先ずはご安心召されよ。聞けば未だ宮森城にて療養中とのこと。ご承知のことと存じまするが、奥州の冬は厳しい。風邪など召されぬよう、お気を付けを──』
余計な心配をかけるのは本意ではない。
俺も政宗様も大なり小なり怪我を負ったが、それについては触れないことにした。
人取橋の結果がどうなったかは、月夜姫様のお耳にも入っている頃だろう。
無事であることだけが伝わればそれでいいはずだ。
『我々は小浜城にて冬を越すことになりそうです。月夜姫様とお会いできぬ日々が、こんなにも早く訪れようとは。二本松での事に片が付きましたら、米沢へ戻ります。それまでどうか、我々のことはご心配なく』
そこで筆を置こうとして、まだ手紙に余白があることに気が付いた。
政宗様であれば、この余白に追伸を書き連ね、読みにくくなったから燃やせと、『即火中』で締めるところだ。
月夜姫様と手紙のやり取りなど、何度もしてきたというのに、まだ心躍るものだとは。
即火中、とまではいかないが、直にお会いできないのだから、言葉で口説いてみても良いだろうか。
『こちらも雪が積もり始めました。政宗様を交えて雪遊びに興じた日を思い出します。そろそろ南天も実を付け始めた頃。雪兎を作られましたら、それを小十郎と思い、可愛がってください。それでは春になり、二本松から米沢へ戻る日まで。貴女の片倉小十郎より』
そこまでを書き記して。
……耐え切れずに、書き足してしまった。
『読んだら燃やしてください』と。
おそらくこの手紙も、大切に保管されてしまうだろうが。
喪に服している関係で、新年の儀は見送った。
さすがにここまで本格的に冬が来たとなると、どこの家も鳴りを潜めて静かなものだ。
政宗様のご様子を気に掛けてはいるが、怖いくらいにいつも通りだ。
いつも通りすぎるからこそ、違和感を拭えない。
まるでそうしていないと立っていられないというかのように。
「しかし、さすが梵だな。俺なんかよりも立ち直りが早えーや。こっちはまだ輝宗様を撃ったこと、引きずってんのにさ」
ある日、成実殿はそう言って去っていった。
彼は大森へは帰らず、渋川城に逗留されるそうだ。
……立ち直っておられるのだろうか。
俺の目にはむしろ、無理をしていつも通りに振る舞っているようにしか見えねぇ。
政宗様のご様子からは目を離しちゃならねぇと、俺の第六感が告げていた。
──成実殿の近習が鉄砲の火薬に誤って火を落とし、渋川城が全焼したと知らせを受けたのは、それから程なくしてのことだった。
政宗様の命を受け、部下を率いて渋川へ向かえば──右手全てを包帯で巻いた成実殿が、「よぉ」と力なく笑って出迎えられた。
「成実殿……その右手は」
「ああ、これか。火傷で全部くっついちまった。槍、握れっかな、これ」
おどけたように仰るのが、なおのこと痛々しい。
言葉を失ったままでいると、成実殿は笑って、 首を振り、言った。
左手がある──と。
「両手失ったわけじゃねぇし、肘から下だってちゃんとついてる。さすがに右手で文字は書けねぇけど、左手で書けばいいしな。それに多分、槍だってちゃんと振れるぜ?」
「しかし不便なことに変わりはありますまい」
「そりゃまあ不便だけどよ。右目が見えない梵に比べたら、右手が使えねぇことくらい、大したハンデにゃなりゃしねぇよ」
お見舞いご苦労、と労われ、俺は無言で、去っていく成実殿の背を見送った。
……輝宗様を失った心の傷は、成実殿も同様。
ぐらついてる場合じゃねぇ。
軍師として、政宗様の右目として、しっかり立て、俺よ。
奥州の冬は、耐えきれない者から死んでいくんだ。
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