人取橋
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昼頃になって、政宗様と成実殿が揃って月夜姫様を見舞いに来られた。
疲れた表情を隠して微笑むお二人の心情はいかばかりか。
特に政宗様は、何もかもをおひとりで背負われてしまう。
その荷をほんの少しでもこの小十郎に預けてはいただけまいかと問うても、この荷を背負えるのはご自身だけだと、頑として首を縦に振ってくださらねぇ。
だからこそ政宗様には、月夜姫様の存在が必要だ。
月夜姫様でさえ政宗様の背に負わされたものを、肩代わりすることは出来ない。
けれどご兄妹として、支え合うことはできる。
重圧や重責にふとした瞬間、心が折れそうになろうとも。
政宗様のお傍に月夜姫様がおられるなら、月夜姫様が笑っていられるのなら、政宗様の歩む道に間違いはないのだと、それが何よりの証左になる。
「月夜、体はどうだ?」
「兄様……成実……」
「ああ、起き上がらなくていいぞ。俺たちはちょっと顔を見に来ただけだ」
「そうなの? 兄様、成実、忙しい?」
「残念ながらな」
俺が来た時と同様、月夜姫様の右手が伸ばされる。
それを政宗様が握り締めて、優しく隻眼を緩ませた。
そんな政宗様の様子を、静かに驚いたような目で見つめ、成実殿はお二人を見守るように微笑んだ。
「兄様、ごめんなさい……」
「謝ってばかりだな、お前は」
「兄様に、大嫌いって、言って、ごめんなさい。父様、死なせて、しまって……」
「粟の巣でのことは成実から聞いた。初めは月夜が人質にとられて、俺たちのために死のうとしたんだってな。……父上がそんなことを受け入れられるはずがねぇ。それに膠着状態のままで俺が粟の巣に到着したら、そのまま俺がお前を撃ったかもしれなかった」
「……その時は、小十郎に、頼んだわ」
「っはは、兄貴よりも惚れた男に殺されるほうが本望だってか」
「昨日の夜、そう言った、つもりよ。誰に、殺されても、いいけど、小十郎に、殺されたいって」
あの時は怒りに任せて「できない」と首を振ったが、今ならどうだろうか。
もし月夜姫様が生きる希望を失って、殺してほしいと俺に懇願したとしたら。
もし──粟の巣で、人質になった自分ごと撃てと、俺に告げられたとしたら。
政宗様と月夜姫様に捧げる忠義は同じものだと思っていた、昔の俺なら、躊躇わずに引き金を引いた。
竜の誇りを穢すくらいなら、気高い竜のままで死なせて、躊躇わずに後を追っただろう。
……だが、今は。
「恐れながら、この小十郎。月夜姫様を手に掛けることはできませぬ」
「えっ、珍しい。片倉のことだし、月夜に対しても狂気じみた忠義を抱いてるんだと思ってたのに」
「政宗様と月夜姫様に向ける忠義は、似て非なるもの。政宗様のためとあらば、この命を捧げるなど容易いことですが、月夜姫様とは、共に生きてゆくことが出来なければ、何の意味もない」
「だから言ったろ、成実。この世の誰よりも月夜に惚れてる大馬鹿野郎が、この奥州にいるってよ」
「あれ片倉のことだったのかァ……」
俺がどれだけ月夜姫様に惚れているかは、家中でも周知の事実かと思っていたが。
普段は大森城にて南方への諸事に対処されておられる身、成実殿は俺の愚かな慕情をご存知なかったらしい。
月夜姫様とお会いになるのも、五年前の初詣以来であられるし、無理もないか。
「でも片倉お前、とんでもない奴が義兄になるぞ。大丈夫か?」
「何か問題が? ああいや、たしかに十五も年上の義理の弟というのも、おかしな話ですが」
「そっちじゃなくて。梵が親族とか、面倒な予感しかしねぇだろ。俺だったら嫌だもん」
「十年も政宗様と共に在りながら、面倒などと思うはずがありますまい」
「だろうな! お前は戦国一の忠義者だよ!」
「なに当たり前のこと言ってやがる」
「小十郎が、兄様に、絶対に揺るがない、忠義を抱いてるのは、みんな知ってる、ことよ?」
ご兄妹に揃って首を傾げられ、成実殿は「もうやだこいつら」と呟いてそっぽを向かれた。
それよりも、政宗様にすら「大嫌い」と仰っておられたとは。
テメェに言われた「嫌い」の一言すら覚えちゃいねぇんだから、政宗様へ向けられたお言葉など、覚えているはずもないが。
「月夜姫様は、今も政宗様のことがお嫌いですか?」
「そんな、こと、ない! 兄様のこと、大好きなの」
「そもそも大嫌いだとか言われた覚えがねぇんだが。ンなこといつ言った?」
「やはり政宗様も覚えておられませぬか。この小十郎も、嫌いと言われた覚えがございませんでしてな」
「どうして覚えてないの?」
「俺が思うに、その一言で受けた衝撃がデカすぎて、記憶から抹消したんじゃねぇの?」
「Maybe……?」
「なんで本人が首傾げるんだよ」
月夜姫様なりに覚悟を決めてのご発言だったようだが、残念ながら言われた側は一寸も覚えちゃいなかった。
お覚悟を台無しにしてしまった申し訳なさは多少あれど……やはり、月夜姫様が俺たちに向かって「嫌い」などと言うはずがない。
仮に言ったとして、それを信じろというほうが無理な話だ。
嫌いと言われるまでに何度、嫁にしろと迫られたことか。
さっさと頷いておくんだったと後悔する程には、月夜姫様から愛を頂いてきたのだから。
政宗様と和やかにお話をされていた月夜姫様が、くるりとこちらにお顔を向けられる。
視線で応じて見せると、竜の瞳が少しばかり翳りを落とした。
「……小十郎」
「はい」
「私を、刺した人、どうなったの?」
「その場で湯目殿が手打ちになさいました。小梅とかいう女中であったようですが、月夜姫様とお関わりが?」
「……私の、お世話を、してくれてた。多分、嫌われてたの。私が、忌み子だって、知ってた、から」
ふう、と苦しそうに息を吐いて、月夜姫様が視線を遠くに投げる。
米沢城にいる者たちは、五年をかけて刷新され、東館に出入りする者を除いてそのほとんどが、月夜姫様のご出自を知らないままだ。
だが輝宗様に仕える者たちは、以前から米沢城へ出仕していた者が多い。
それ故に、あの女中も事情を知っていた──ということか。
なんとお声をかけたものか。
救いであったのは、輝宗様が月夜姫様のお傍に居てくださったことだが、その輝宗様は粟の巣で、月夜姫様の代わりとなり亡くなられた。
「月夜。お前は、父上が死んだことを、自分のせいだと思うか」
静かな問いが、政宗様の口から発せられる。
それを受けて月夜姫様は、ただ静かな色を見せる龍の左目を見つめ。
そうして、答えた。
「……思っているわ。私が、殺したって」
疲れた表情を隠して微笑むお二人の心情はいかばかりか。
特に政宗様は、何もかもをおひとりで背負われてしまう。
その荷をほんの少しでもこの小十郎に預けてはいただけまいかと問うても、この荷を背負えるのはご自身だけだと、頑として首を縦に振ってくださらねぇ。
だからこそ政宗様には、月夜姫様の存在が必要だ。
月夜姫様でさえ政宗様の背に負わされたものを、肩代わりすることは出来ない。
けれどご兄妹として、支え合うことはできる。
重圧や重責にふとした瞬間、心が折れそうになろうとも。
政宗様のお傍に月夜姫様がおられるなら、月夜姫様が笑っていられるのなら、政宗様の歩む道に間違いはないのだと、それが何よりの証左になる。
「月夜、体はどうだ?」
「兄様……成実……」
「ああ、起き上がらなくていいぞ。俺たちはちょっと顔を見に来ただけだ」
「そうなの? 兄様、成実、忙しい?」
「残念ながらな」
俺が来た時と同様、月夜姫様の右手が伸ばされる。
それを政宗様が握り締めて、優しく隻眼を緩ませた。
そんな政宗様の様子を、静かに驚いたような目で見つめ、成実殿はお二人を見守るように微笑んだ。
「兄様、ごめんなさい……」
「謝ってばかりだな、お前は」
「兄様に、大嫌いって、言って、ごめんなさい。父様、死なせて、しまって……」
「粟の巣でのことは成実から聞いた。初めは月夜が人質にとられて、俺たちのために死のうとしたんだってな。……父上がそんなことを受け入れられるはずがねぇ。それに膠着状態のままで俺が粟の巣に到着したら、そのまま俺がお前を撃ったかもしれなかった」
「……その時は、小十郎に、頼んだわ」
「っはは、兄貴よりも惚れた男に殺されるほうが本望だってか」
「昨日の夜、そう言った、つもりよ。誰に、殺されても、いいけど、小十郎に、殺されたいって」
あの時は怒りに任せて「できない」と首を振ったが、今ならどうだろうか。
もし月夜姫様が生きる希望を失って、殺してほしいと俺に懇願したとしたら。
もし──粟の巣で、人質になった自分ごと撃てと、俺に告げられたとしたら。
政宗様と月夜姫様に捧げる忠義は同じものだと思っていた、昔の俺なら、躊躇わずに引き金を引いた。
竜の誇りを穢すくらいなら、気高い竜のままで死なせて、躊躇わずに後を追っただろう。
……だが、今は。
「恐れながら、この小十郎。月夜姫様を手に掛けることはできませぬ」
「えっ、珍しい。片倉のことだし、月夜に対しても狂気じみた忠義を抱いてるんだと思ってたのに」
「政宗様と月夜姫様に向ける忠義は、似て非なるもの。政宗様のためとあらば、この命を捧げるなど容易いことですが、月夜姫様とは、共に生きてゆくことが出来なければ、何の意味もない」
「だから言ったろ、成実。この世の誰よりも月夜に惚れてる大馬鹿野郎が、この奥州にいるってよ」
「あれ片倉のことだったのかァ……」
俺がどれだけ月夜姫様に惚れているかは、家中でも周知の事実かと思っていたが。
普段は大森城にて南方への諸事に対処されておられる身、成実殿は俺の愚かな慕情をご存知なかったらしい。
月夜姫様とお会いになるのも、五年前の初詣以来であられるし、無理もないか。
「でも片倉お前、とんでもない奴が義兄になるぞ。大丈夫か?」
「何か問題が? ああいや、たしかに十五も年上の義理の弟というのも、おかしな話ですが」
「そっちじゃなくて。梵が親族とか、面倒な予感しかしねぇだろ。俺だったら嫌だもん」
「十年も政宗様と共に在りながら、面倒などと思うはずがありますまい」
「だろうな! お前は戦国一の忠義者だよ!」
「なに当たり前のこと言ってやがる」
「小十郎が、兄様に、絶対に揺るがない、忠義を抱いてるのは、みんな知ってる、ことよ?」
ご兄妹に揃って首を傾げられ、成実殿は「もうやだこいつら」と呟いてそっぽを向かれた。
それよりも、政宗様にすら「大嫌い」と仰っておられたとは。
テメェに言われた「嫌い」の一言すら覚えちゃいねぇんだから、政宗様へ向けられたお言葉など、覚えているはずもないが。
「月夜姫様は、今も政宗様のことがお嫌いですか?」
「そんな、こと、ない! 兄様のこと、大好きなの」
「そもそも大嫌いだとか言われた覚えがねぇんだが。ンなこといつ言った?」
「やはり政宗様も覚えておられませぬか。この小十郎も、嫌いと言われた覚えがございませんでしてな」
「どうして覚えてないの?」
「俺が思うに、その一言で受けた衝撃がデカすぎて、記憶から抹消したんじゃねぇの?」
「Maybe……?」
「なんで本人が首傾げるんだよ」
月夜姫様なりに覚悟を決めてのご発言だったようだが、残念ながら言われた側は一寸も覚えちゃいなかった。
お覚悟を台無しにしてしまった申し訳なさは多少あれど……やはり、月夜姫様が俺たちに向かって「嫌い」などと言うはずがない。
仮に言ったとして、それを信じろというほうが無理な話だ。
嫌いと言われるまでに何度、嫁にしろと迫られたことか。
さっさと頷いておくんだったと後悔する程には、月夜姫様から愛を頂いてきたのだから。
政宗様と和やかにお話をされていた月夜姫様が、くるりとこちらにお顔を向けられる。
視線で応じて見せると、竜の瞳が少しばかり翳りを落とした。
「……小十郎」
「はい」
「私を、刺した人、どうなったの?」
「その場で湯目殿が手打ちになさいました。小梅とかいう女中であったようですが、月夜姫様とお関わりが?」
「……私の、お世話を、してくれてた。多分、嫌われてたの。私が、忌み子だって、知ってた、から」
ふう、と苦しそうに息を吐いて、月夜姫様が視線を遠くに投げる。
米沢城にいる者たちは、五年をかけて刷新され、東館に出入りする者を除いてそのほとんどが、月夜姫様のご出自を知らないままだ。
だが輝宗様に仕える者たちは、以前から米沢城へ出仕していた者が多い。
それ故に、あの女中も事情を知っていた──ということか。
なんとお声をかけたものか。
救いであったのは、輝宗様が月夜姫様のお傍に居てくださったことだが、その輝宗様は粟の巣で、月夜姫様の代わりとなり亡くなられた。
「月夜。お前は、父上が死んだことを、自分のせいだと思うか」
静かな問いが、政宗様の口から発せられる。
それを受けて月夜姫様は、ただ静かな色を見せる龍の左目を見つめ。
そうして、答えた。
「……思っているわ。私が、殺したって」
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