初雪
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帰り際、月夜姫様から『明日は雪遊びだからね』と可愛らしく釘を刺されて、日の入りと共に帰路についた。
雪遊びか……久しくやってねぇが、俺が居ても楽しくはないだろう。
政宗様ともそういった遊戯に興じた覚えはないし、テメェが餓鬼の頃なんざ、そもそも遊ぶような相手も居やしなかった。
(まあ、近くで見守るくらいが丁度いいだろう)
今更、雪ではしゃぐような年齢でもない。
初めての雪遊びとなるだろう月夜姫様が楽しめれば、それでいいはずだ。
──そして翌朝。
障子を開けたその先には、真っ白になった庭。
いつもなら溜息を零すところだが、今日ばかりは積もってくれて良かったと胸を撫で下ろした。
屋敷を出て米沢城へ登城し、お仕えの用意を整えていく。
そうして日が昇った頃、お部屋へ伺うと。
「よぉ、小十郎」
「おはようございまする、政宗様。起きておられたのですな」
「月夜が起こしに来たおかげでな」
「小十郎!」
政宗様の後ろから月夜姫様がお顔を出した。
このお方もすっかり年相応のお姿になられたものだ。
ほんの二ヶ月前までは痩せ細ったお身体であったものだが、今ではお顔も手足もふっくらとされて、綺麗な黒の御髪も艶々としている。
「おはようございまする。月夜姫様は随分と早起きですな」
「雪遊びが楽しみで眠れなかったんだとよ」
「だって、ワクワクしたの! 喜多がね、雪遊びは何があるかって、教えてくれから!」
「ははっ……。それは月夜姫様にとって、なによりも魅力的なものでしょうな。夜更かしは感心致しませんが、此度は不問と致しましょう」
「朝餉を済ませたら遊ぶぞ。お前も混ざれ、小十郎」
「いえ、この小十郎はお傍に控えておりまする」
「堅苦しいこと言うなよ。月夜は小十郎も一緒に遊ぶモンだと思ってるぜ」
「えッ」
「違ったの? 小十郎、一緒に遊ばないの?」
「喜んでご一緒させて頂きます」
月夜姫様のしょんぼりとした顔に弱い自覚はある。
いや、どんなお顔をされても弱い気はするが……。
ぱっと輝いた笑顔がなによりも眩しい。
この世の純粋さ全てを集めたようなお人だ。
この笑顔は何に代えても守らねば。
「義姉はまだ?」
「喜多は今日、お休みなの」
「そうじゃなけりゃ朝っぱらから雪遊びなんざ、するわけねぇだろ。ああそうだ、その喜多からの伝言だぜ」
「伝言、でございますか」
「月夜が怪我したらてめぇのせいだとよ」
脳裏に現れた義姉が、「お前が見ているのに月夜姫様が怪我をされたのなら、それはお前の監督不行届でしょう」とだけ言い去った。
だから義兄上がこの場に居られねぇのか……。
願わくば、初めての雪遊びとなる月夜姫様が、穏やかな遊びを選んでくださるように……。
「月夜、最初は何して遊ぶ?」
「雪合戦!」
「……」
初手から怪我をしそうな遊びを選ばれてしまった。
さすが輝宗様の子、活発さを取り戻された途端、お転婆の気質まで現れておられる。
純粋無垢、しかしてお転婆。
文字に奥ゆかしさを感じると言ったのは誰だったか。
頼むから政宗様のような破天荒には育たないでくれ。
朝餉を済ませ、冬に似つかわしくない程の軽装になったお二人は、「寒い!」と言い合いながら庭へと降りた。
しかし雪合戦と申されても、普段より体を鍛えておられる政宗様と、部屋の中でお過ごしになられている月夜姫様とでは、勝負にならないのでは。
どうされるのだろうと見守っていると、政宗様が「小十郎!」と俺を呼んだ。
「俺たち対お前と、お前と月夜対俺の、どっちがいい?」
「いえ、お構いなく……」
「そう言うと思ったぜ。月夜、お前は兄様と小十郎のどっちがいい?」
「じゃあ……小十郎とがいいの!」
「だそうだぜ?」
「命にかえてもお守りいたします」
「雪合戦に命張るのかよ」
ならばとこちらも綿入りの羽織を脱ぐ。
実質政宗様と俺の戦いになるような気がしたが、考えたら負けだ。
月夜姫様がお怪我をなさるより余程いい。
「では政宗様」
「いつでも来い、小十郎!」
「いざ尋常に──勝負!」
その瞬間、俺の横を雪玉が飛んでいった。
政宗様ではない、まだお手元に雪玉を持たれている。
では誰が──と後ろを振り返ると。
「うまく投げられなかったの……」
「まさか月夜が先陣を切るとはな……」
「まことですな……」
真剣勝負という流れではなくなり、政宗様と互いに顔を見合わせる。
それから大きな雪玉を握ろうとする月夜姫様の手から、それを取り上げた。
「月夜姫様の手には大きすぎる。このくらいが丁度良い大きさかと」
「雪合戦は相手に雪玉が当たりゃいい。雪玉の大きさは関係ねえ」
「そうなの?」
「なんなら小十郎に当ててやれ」
「最早それはご兄妹との戦いになってしまうのでは……」
隙あらばこちらを敵役にさせたがるのは何なんだ。
政宗様からの雪玉は避けても大丈夫だろうと思うが、さすがに月夜姫様の投げた雪玉まで避けるのは、そのうち泣いてしまわれないだろうか。
義姉上に月夜姫様が泣いたと知られれば、間違いなく俺のせいにされるだろうからな……。
「っし! 再開だ、小十郎! 背後にも気を付けろよ」
「月夜姫様をお守りするのが役目のはずでは?」
「別に敵味方入り交じっても構わねぇだろ。俺は月夜に向かって投げたりしねぇが」
「実質それはご兄妹が徒党を組まれるということでは」
「月夜は俺にもお前にも投げるぜ。まぁせいぜい頑張って避けるこったな」
……負けられねぇ。
月夜姫様の投げる雪玉はともかく、政宗様にだけは当てられてなるものか。
当たったら最後、義兄上に死ぬほど揶揄われる羽目になる。
それだけは何としても避けなけりゃならねぇ……!!
雪遊びか……久しくやってねぇが、俺が居ても楽しくはないだろう。
政宗様ともそういった遊戯に興じた覚えはないし、テメェが餓鬼の頃なんざ、そもそも遊ぶような相手も居やしなかった。
(まあ、近くで見守るくらいが丁度いいだろう)
今更、雪ではしゃぐような年齢でもない。
初めての雪遊びとなるだろう月夜姫様が楽しめれば、それでいいはずだ。
──そして翌朝。
障子を開けたその先には、真っ白になった庭。
いつもなら溜息を零すところだが、今日ばかりは積もってくれて良かったと胸を撫で下ろした。
屋敷を出て米沢城へ登城し、お仕えの用意を整えていく。
そうして日が昇った頃、お部屋へ伺うと。
「よぉ、小十郎」
「おはようございまする、政宗様。起きておられたのですな」
「月夜が起こしに来たおかげでな」
「小十郎!」
政宗様の後ろから月夜姫様がお顔を出した。
このお方もすっかり年相応のお姿になられたものだ。
ほんの二ヶ月前までは痩せ細ったお身体であったものだが、今ではお顔も手足もふっくらとされて、綺麗な黒の御髪も艶々としている。
「おはようございまする。月夜姫様は随分と早起きですな」
「雪遊びが楽しみで眠れなかったんだとよ」
「だって、ワクワクしたの! 喜多がね、雪遊びは何があるかって、教えてくれから!」
「ははっ……。それは月夜姫様にとって、なによりも魅力的なものでしょうな。夜更かしは感心致しませんが、此度は不問と致しましょう」
「朝餉を済ませたら遊ぶぞ。お前も混ざれ、小十郎」
「いえ、この小十郎はお傍に控えておりまする」
「堅苦しいこと言うなよ。月夜は小十郎も一緒に遊ぶモンだと思ってるぜ」
「えッ」
「違ったの? 小十郎、一緒に遊ばないの?」
「喜んでご一緒させて頂きます」
月夜姫様のしょんぼりとした顔に弱い自覚はある。
いや、どんなお顔をされても弱い気はするが……。
ぱっと輝いた笑顔がなによりも眩しい。
この世の純粋さ全てを集めたようなお人だ。
この笑顔は何に代えても守らねば。
「義姉はまだ?」
「喜多は今日、お休みなの」
「そうじゃなけりゃ朝っぱらから雪遊びなんざ、するわけねぇだろ。ああそうだ、その喜多からの伝言だぜ」
「伝言、でございますか」
「月夜が怪我したらてめぇのせいだとよ」
脳裏に現れた義姉が、「お前が見ているのに月夜姫様が怪我をされたのなら、それはお前の監督不行届でしょう」とだけ言い去った。
だから義兄上がこの場に居られねぇのか……。
願わくば、初めての雪遊びとなる月夜姫様が、穏やかな遊びを選んでくださるように……。
「月夜、最初は何して遊ぶ?」
「雪合戦!」
「……」
初手から怪我をしそうな遊びを選ばれてしまった。
さすが輝宗様の子、活発さを取り戻された途端、お転婆の気質まで現れておられる。
純粋無垢、しかしてお転婆。
文字に奥ゆかしさを感じると言ったのは誰だったか。
頼むから政宗様のような破天荒には育たないでくれ。
朝餉を済ませ、冬に似つかわしくない程の軽装になったお二人は、「寒い!」と言い合いながら庭へと降りた。
しかし雪合戦と申されても、普段より体を鍛えておられる政宗様と、部屋の中でお過ごしになられている月夜姫様とでは、勝負にならないのでは。
どうされるのだろうと見守っていると、政宗様が「小十郎!」と俺を呼んだ。
「俺たち対お前と、お前と月夜対俺の、どっちがいい?」
「いえ、お構いなく……」
「そう言うと思ったぜ。月夜、お前は兄様と小十郎のどっちがいい?」
「じゃあ……小十郎とがいいの!」
「だそうだぜ?」
「命にかえてもお守りいたします」
「雪合戦に命張るのかよ」
ならばとこちらも綿入りの羽織を脱ぐ。
実質政宗様と俺の戦いになるような気がしたが、考えたら負けだ。
月夜姫様がお怪我をなさるより余程いい。
「では政宗様」
「いつでも来い、小十郎!」
「いざ尋常に──勝負!」
その瞬間、俺の横を雪玉が飛んでいった。
政宗様ではない、まだお手元に雪玉を持たれている。
では誰が──と後ろを振り返ると。
「うまく投げられなかったの……」
「まさか月夜が先陣を切るとはな……」
「まことですな……」
真剣勝負という流れではなくなり、政宗様と互いに顔を見合わせる。
それから大きな雪玉を握ろうとする月夜姫様の手から、それを取り上げた。
「月夜姫様の手には大きすぎる。このくらいが丁度良い大きさかと」
「雪合戦は相手に雪玉が当たりゃいい。雪玉の大きさは関係ねえ」
「そうなの?」
「なんなら小十郎に当ててやれ」
「最早それはご兄妹との戦いになってしまうのでは……」
隙あらばこちらを敵役にさせたがるのは何なんだ。
政宗様からの雪玉は避けても大丈夫だろうと思うが、さすがに月夜姫様の投げた雪玉まで避けるのは、そのうち泣いてしまわれないだろうか。
義姉上に月夜姫様が泣いたと知られれば、間違いなく俺のせいにされるだろうからな……。
「っし! 再開だ、小十郎! 背後にも気を付けろよ」
「月夜姫様をお守りするのが役目のはずでは?」
「別に敵味方入り交じっても構わねぇだろ。俺は月夜に向かって投げたりしねぇが」
「実質それはご兄妹が徒党を組まれるということでは」
「月夜は俺にもお前にも投げるぜ。まぁせいぜい頑張って避けるこったな」
……負けられねぇ。
月夜姫様の投げる雪玉はともかく、政宗様にだけは当てられてなるものか。
当たったら最後、義兄上に死ぬほど揶揄われる羽目になる。
それだけは何としても避けなけりゃならねぇ……!!