18章
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ポロン……とハープの音色が響く。
目を閉じて身体を休めていたイシュマウリは、ふと先程まで行動を共にしていた人の子の顔を思い浮かべた。
「あの人の子は、レイラと言ったか。ただの人の子ではないな」
あの人の子からは、底知れない何かを感じた。
たとえるならば、暗黒心を封じた七賢人のような。
しかしそれら七人とは確実に何かが違う。
「もしや、彼女は人の魂を安らかにすることが……?」
霊導者・ヨシュア──。
知る人はほとんどいないと聞く、七賢人に隠れた存在。
八人目の賢者に数えられる人物にして、先の戦いでは最も重要な役目を担った女性だ。
「……となると、そろそろ力が本格的に発現するのではないかな……?」
霊導者としての、人の魂を安らかにし、昇天させる、その力が。
力が発現してしまえば、あの人の子が歩む道は更に困難なものになるだろう。
それでも心配は要らないようにも思えた。
彼女の隣に立つ、あの青年。
彼からもまた、不可思議な力を感じた。
「面白い力を持つ者達だな……」
イシュマウリは息だけで微笑むと、ハープを手に取り、己が知る、数ある曲の中から一曲を奏でた。
その音色が、月の光を通して、夢の中へ届くよう願って。
──全ては、月の世界の中の出来事。
* * *
パルミドへ向かう途中で見つけた湖畔の宿屋。
トロデ王にそこで休憩を取りたいと申し出ると、二つ返事で許可をいただけた。
ぐったりとしたまま微動だにしないレイラを運び込んで、ベッドへと横たえさせる。
「姉貴、大丈夫でがすか?」
「死んだりしないわよね……」
「呪いの類は効かねぇんだろ? となると、疲れが溜まってたのかもしれねぇな」
冷えた手拭いを額に乗せて、首筋に手を当てる。
……脈も少し速いし、何より身体が熱い。
呼吸もいつもより乱れている。
それに、酷い熱だ……。
「……ぅ……」
「っ! なに、どうしたの」
「み、ず……」
枕元に置いていた水差しを持って、レイラの頭を腕で固定する。
そうして口に少しずつ含ませてやって、何度かレイラの喉がこくりと動いた。
は、とレイラがつらそうに息を吐く。
額には汗が粒のように浮かんでいて、身体をベッドへ戻すと、レイラはそのまま、また眠ってしまった。
「ゼシカ、レイラの身体を拭いてあげてくれるかな。僕らはその間、外に出ておくから」
「分かったわ」
ヤンガスの背を押して宿屋を出る。
ククールも僕らの後から宿屋を出てきた。
僕らの姿に気付いて、トロデ王がこちらへと駆け寄ってくる。
「レイラの様子はどうじゃっ? 目は覚めたのか?」
「いえ、まだ……」
「それどころか悪化してるぜ。ただの風邪じゃあないようだが……」
「心配でがすよ。姉貴は、肝心なところで我慢をしちまう性格のようでがすから……」
……どうして気付かなかったんだろう、あの子の異変に。
思えば朝から少し変だった。
いつもならもっとしっかり食べる子なのに、いつもの半分しか食べていなかった。
それに、起きた時だって、なんだか少しぼんやりしていたようにも思う。
「ま、レイラが倒れて一番不安なのはお前だろうけど、あんまり自分を責めるのはおすすめしないぜ?」
「……ククール」
「姉貴の不調を見抜けなかったのはアッシも同じでげす。今は姉貴が目を覚ますまで待ちましょうや」
「……うん」
宿屋の入口近くで膝を抱えて座り、湖畔を見つめる。
不安と心細さがいっぺんにやってきて、祈るように両手を握り合わせた。
こんなところで、レイラを失いたくない……。
宿屋を出てからしばらくして、背後のドアが静かに開いて、ゼシカが顔を出した。
「レイラ、少しだけど落ち着いたわ。今日はここに泊まって、明日の朝、パルミドを目指しましょう」
「それがいいだろうな。ま、ここからパルミドはそう離れちゃいない。急げば昼過ぎには着くだろうさ」
「……うん」
皆で宿屋の中へと戻る。
レイラの額には、手拭いの上に小さな布袋が置いてあった。
なんだろう、と思って手に取ると、ひんやりしている。
「あ、これね。中に氷が入ってるの」
「ヒャドの?」
「そうよ。少しは体温を下げられるかと思って」
「ゼシカの姉ちゃん、頭が良いでげすなぁ」
「褒めても何も出ないわよ。……それにしても、どうして急に倒れちゃったのかしらね」
心配そうにレイラを見つめたゼシカが、僕を見て微笑む。
首を傾げてゼシカを見やると、「大丈夫よ」と頷かれた。
「レイラが倒れて不安でしょうけど、今は落ち着いてるもの。明日になれば、熱ももう少し下がってくれるはずよ」
「……そんなに不安そうな顔をしてる?」
「そりゃあもうな。ま、惚れた奴が高熱で倒れたんだ。心配になるのも分かるけどさ」
「兄貴は姉貴のこととなると、途端に心配性になっちまいやすからね」
「……待って。なんで知ってるんだよ、僕が……」
「見りゃ分かるわよ」
皆まで言うなと言わんばかりに、ゼシカが僕の台詞を遮ってそう言う。
ヤンガスとククールも無言で頷いていた。
……もしかして、レイラも知ってたりする、のかな。
もしそうなら、恥ずかしいどころの話じゃなくなるけど。
「安心してくだせぇ、兄貴。気付いてねぇのは姉貴だけでがす」
「レイラは気付いてないんだ……。良かった、レイラが昔から変わらず自分への好意に鈍感で……」
「……良くはないだろ?」
「良くはないわね……」
二人に冷静に言われて項垂れる。
たしかに良くはないかもしれないけど、この場合、知られていたほうが気まずい。
鈍感で良かったということにしておいてほしい。
レイラの首筋に手を添える。
さっきよりも脈拍は落ち着いているし、体温も少し下がった。
呼吸も安定している。
(頑張ったね。疲れたよね。ゆっくり休んで、また元気な笑顔を僕に見せて)
レイラの笑顔が見られない世界は、色をひとつ失ったように思える。
……レイラ、僕の大切な幼馴染み。
どうか早く元気になりますように。
そうして君の瞳に、僕の姿を早く映して。
元気いっぱいな君の声で、僕の名前を呼んで。
そうしたらきっと──僕は何をしていても、どこにいても、君の傍に向かうから。
今はまだ伝えられない想いを、心の中で何度も唱えて。
眠り続ける彼女の近くで、そっと目を閉じた。
もし彼女が目を覚ました時は、真っ先に僕に気が付いてほしい──そんなことを、思いながら。
目を閉じて身体を休めていたイシュマウリは、ふと先程まで行動を共にしていた人の子の顔を思い浮かべた。
「あの人の子は、レイラと言ったか。ただの人の子ではないな」
あの人の子からは、底知れない何かを感じた。
たとえるならば、暗黒心を封じた七賢人のような。
しかしそれら七人とは確実に何かが違う。
「もしや、彼女は人の魂を安らかにすることが……?」
霊導者・ヨシュア──。
知る人はほとんどいないと聞く、七賢人に隠れた存在。
八人目の賢者に数えられる人物にして、先の戦いでは最も重要な役目を担った女性だ。
「……となると、そろそろ力が本格的に発現するのではないかな……?」
霊導者としての、人の魂を安らかにし、昇天させる、その力が。
力が発現してしまえば、あの人の子が歩む道は更に困難なものになるだろう。
それでも心配は要らないようにも思えた。
彼女の隣に立つ、あの青年。
彼からもまた、不可思議な力を感じた。
「面白い力を持つ者達だな……」
イシュマウリは息だけで微笑むと、ハープを手に取り、己が知る、数ある曲の中から一曲を奏でた。
その音色が、月の光を通して、夢の中へ届くよう願って。
──全ては、月の世界の中の出来事。
* * *
パルミドへ向かう途中で見つけた湖畔の宿屋。
トロデ王にそこで休憩を取りたいと申し出ると、二つ返事で許可をいただけた。
ぐったりとしたまま微動だにしないレイラを運び込んで、ベッドへと横たえさせる。
「姉貴、大丈夫でがすか?」
「死んだりしないわよね……」
「呪いの類は効かねぇんだろ? となると、疲れが溜まってたのかもしれねぇな」
冷えた手拭いを額に乗せて、首筋に手を当てる。
……脈も少し速いし、何より身体が熱い。
呼吸もいつもより乱れている。
それに、酷い熱だ……。
「……ぅ……」
「っ! なに、どうしたの」
「み、ず……」
枕元に置いていた水差しを持って、レイラの頭を腕で固定する。
そうして口に少しずつ含ませてやって、何度かレイラの喉がこくりと動いた。
は、とレイラがつらそうに息を吐く。
額には汗が粒のように浮かんでいて、身体をベッドへ戻すと、レイラはそのまま、また眠ってしまった。
「ゼシカ、レイラの身体を拭いてあげてくれるかな。僕らはその間、外に出ておくから」
「分かったわ」
ヤンガスの背を押して宿屋を出る。
ククールも僕らの後から宿屋を出てきた。
僕らの姿に気付いて、トロデ王がこちらへと駆け寄ってくる。
「レイラの様子はどうじゃっ? 目は覚めたのか?」
「いえ、まだ……」
「それどころか悪化してるぜ。ただの風邪じゃあないようだが……」
「心配でがすよ。姉貴は、肝心なところで我慢をしちまう性格のようでがすから……」
……どうして気付かなかったんだろう、あの子の異変に。
思えば朝から少し変だった。
いつもならもっとしっかり食べる子なのに、いつもの半分しか食べていなかった。
それに、起きた時だって、なんだか少しぼんやりしていたようにも思う。
「ま、レイラが倒れて一番不安なのはお前だろうけど、あんまり自分を責めるのはおすすめしないぜ?」
「……ククール」
「姉貴の不調を見抜けなかったのはアッシも同じでげす。今は姉貴が目を覚ますまで待ちましょうや」
「……うん」
宿屋の入口近くで膝を抱えて座り、湖畔を見つめる。
不安と心細さがいっぺんにやってきて、祈るように両手を握り合わせた。
こんなところで、レイラを失いたくない……。
宿屋を出てからしばらくして、背後のドアが静かに開いて、ゼシカが顔を出した。
「レイラ、少しだけど落ち着いたわ。今日はここに泊まって、明日の朝、パルミドを目指しましょう」
「それがいいだろうな。ま、ここからパルミドはそう離れちゃいない。急げば昼過ぎには着くだろうさ」
「……うん」
皆で宿屋の中へと戻る。
レイラの額には、手拭いの上に小さな布袋が置いてあった。
なんだろう、と思って手に取ると、ひんやりしている。
「あ、これね。中に氷が入ってるの」
「ヒャドの?」
「そうよ。少しは体温を下げられるかと思って」
「ゼシカの姉ちゃん、頭が良いでげすなぁ」
「褒めても何も出ないわよ。……それにしても、どうして急に倒れちゃったのかしらね」
心配そうにレイラを見つめたゼシカが、僕を見て微笑む。
首を傾げてゼシカを見やると、「大丈夫よ」と頷かれた。
「レイラが倒れて不安でしょうけど、今は落ち着いてるもの。明日になれば、熱ももう少し下がってくれるはずよ」
「……そんなに不安そうな顔をしてる?」
「そりゃあもうな。ま、惚れた奴が高熱で倒れたんだ。心配になるのも分かるけどさ」
「兄貴は姉貴のこととなると、途端に心配性になっちまいやすからね」
「……待って。なんで知ってるんだよ、僕が……」
「見りゃ分かるわよ」
皆まで言うなと言わんばかりに、ゼシカが僕の台詞を遮ってそう言う。
ヤンガスとククールも無言で頷いていた。
……もしかして、レイラも知ってたりする、のかな。
もしそうなら、恥ずかしいどころの話じゃなくなるけど。
「安心してくだせぇ、兄貴。気付いてねぇのは姉貴だけでがす」
「レイラは気付いてないんだ……。良かった、レイラが昔から変わらず自分への好意に鈍感で……」
「……良くはないだろ?」
「良くはないわね……」
二人に冷静に言われて項垂れる。
たしかに良くはないかもしれないけど、この場合、知られていたほうが気まずい。
鈍感で良かったということにしておいてほしい。
レイラの首筋に手を添える。
さっきよりも脈拍は落ち着いているし、体温も少し下がった。
呼吸も安定している。
(頑張ったね。疲れたよね。ゆっくり休んで、また元気な笑顔を僕に見せて)
レイラの笑顔が見られない世界は、色をひとつ失ったように思える。
……レイラ、僕の大切な幼馴染み。
どうか早く元気になりますように。
そうして君の瞳に、僕の姿を早く映して。
元気いっぱいな君の声で、僕の名前を呼んで。
そうしたらきっと──僕は何をしていても、どこにいても、君の傍に向かうから。
今はまだ伝えられない想いを、心の中で何度も唱えて。
眠り続ける彼女の近くで、そっと目を閉じた。
もし彼女が目を覚ました時は、真っ先に僕に気が付いてほしい──そんなことを、思いながら。
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