18章
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静まり返ったお城の中を歩いて、玉座の間へ。
そこにはやはり、玉座に顔を伏せて泣き崩れるパヴァン王の後ろ姿があった。
おもむろにハープを構え、イシュマウリがポロン……と弦を鳴らす。
すると不思議な光がパヴァン王のすぐ横に現れた。
ハープの音に気付いて、パヴァン王が顔を上げ、私達のほうを振り返る。
「嘆きに沈む者よ。かつてこの部屋に刻まれた面影を、月の光のもと、再び蘇らせよう……」
そう言ってイシュマウリは、ハープでメロディを奏で始めた。
どこか物悲しい曲は、けれど悲しいばかりではなく、そっと背を押すような旋律だ。
「……え」
ハープの音と共に、玉座の間には光が小さく集まり、それは人の姿を現した。
ブラウンの髪をひとつにまとめ、黄色のドレスを身にまとった綺麗な女の人が、玉座の間で消えては現れ、くるりと踊る。
「あれがシセル王妃……なのかな」
「たぶん、そうだと思う」
シセル王妃は半透明なまま、パヴァン王の周りを何度も消えては現れ、生き生きと踊ってみせる。
パヴァン王は王妃の姿を追い掛けるように立ち上がり、そうして王妃の面影に手を伸ばした。
「……これは? 夢? 幻? いや……違う。違う……覚えている。これは……君は」
けれど触れようとすると、王妃の面影は消えてしまった。
実体を持たない、記憶の中だけの存在。
それを今、イシュマウリの力で、こうして見えるようにしているだけ。
『……したの、あなた……?』
王妃の声が優しく語りかける。
『どうしたの、あなた?』
王妃の面影は、パヴァン王の後ろに立っていた。
「……シセル! 会いたかった。あれから二年、ずっと君のことばかり考えていたんだ。君が死んでから……」
『まだ今朝のおふれの事を気にしているの? 大丈夫、あなたの判断は正しいわ。あなたは優しすぎるのね。でも、時には厳しい決断も必要。王様なんですもの。ね? みんな、あなたを信じてる。あなたがしゃんとしなくちゃ。アスカンタは、あなたの国ですもの』
そう言って微笑み、シセル王妃の面影は消えた。
追い掛けるように足を踏み出したパヴァン王の背後から、また王妃の声が聞こえてくる。
今度は、玉座の方向からだ。
『ねえねえ、聞いて! 宿屋の犬に、仔犬が生まれたのよ! 私達に名前をつけてほしいって!』
パヴァン王が玉座を振り返る。
そこには、玉座に座るパヴァン王の面影と、玉座の後ろから顔を出して笑うシセル王妃の面影がいた。
「あれは……僕? そうだ、覚えてる。一昨年の春だ。では、これは、過去の記憶?」
記憶の中の国王夫妻は、とても幸せそうだ。
穏やかで、優しくて。
まるでアスカンタの国そのものを体現しているみたいだった。
『宿屋に仔犬が? ……君は? なにかいい名前を考えてるんじゃないかい?』
『わたしのは秘密』
『どうして。君が考えついたのなら、その名前がいいよ。教えてくれ』
『あなただって、ちゃんと思いついたんでしょ? 仔犬の名前』
『でも、それじゃ君が……』
王妃の意見を聞きたがるパヴァン王の両頬を、シセル王妃の手が包み込んだ。
その横顔はとても幸せそうだ。
『ばかね、パヴァン。あなたが決めた名前が、世界中で一番良いに決まってるわ。私の王様。自分の思う通りにしていいのよ。あなたは賢くて優しい人。私が考えてたのは、あなたが決めた名前にしよう、ってそれだけよ?』
パヴァン王が玉座で笑う二人に近付くと、やはり二人の姿は消えた。
二人が笑い合っていたその場所に、パヴァン王が力なく座り込み、顔を手で覆う。
「……そうだ。彼女はいつだって、ああして僕を励ましていてくれた。シセル……。君は、どうして……」
『……シセル。どうして君は、そんなに強いんだい?』
パヴァン王の問いを、面影のパヴァン王が王妃へと尋ねる。
王妃の面影は微笑んで答えた。
『お母様がいるからよ』
『母上? だって君の母上は、随分前に亡くなったと……』
『私も本当は、弱虫で駄目な子だったの。いつもお母様に励まされてた。お母様が亡くなって、悲しくて、寂しくて……。でも、こう考えたの。私が弱虫に戻ったら、お母様は本当にいなくなってしまう。お母様が最初からいなかったのと同じことになってしまうわ……って』
シセル王妃の面影は、パヴァン王に背を向けたままそう語った。
パヴァン王はゆっくりと王妃へ歩み寄っていく。
『励まされた言葉、お母様が教えてくれたこと、その示す通りに頑張ろうって。……そうすれば、私の中にお母様はいつまでも生きてるの。ずっと』
「シセル。僕は……僕も、君のように……」
パヴァン王が王妃へと小さく手を伸ばす。
シセル王妃の面影はまた姿を消して、けれどパヴァン王の面影だけがそのまま残っている。
上のテラスへ繋がる階段に、王妃の面影が現れた。
『ねえ、テラスへ出ない? 今日はいい天気ですもの。きっと風が気持ちいいわ、ね?』
面影のパヴァン王と、現実のパヴァン王が重なっていく。
差し出された王妃の手を、パヴァン王が握って、二人は外のテラスへと上がっていった。
その二人をそっと追いかける。
テラスから見渡すアスカンタは、夜明けを迎え始めていた。
明るくなりつつある東の空を、パヴァン王とシセル王妃が並んで眺めている。
『ほら、あなたの国がすっかり見渡せるわ、パヴァン。アスカンタは美しい国ね』
「……ああ。そう……だね。シセル、そうだね」
『私の王様。みんなが笑って暮らせるように、あなたが……──』
朝日が山の間から昇り始める。
それに従って、シセル王妃の姿は淡い光と共に透明になっていって……消えてしまった。
王妃を抱き締めようと両腕を回したパヴァン王が、膝から崩れ落ちて自分の体を抱き締める。
「……覚えてるよ。君が教えてくれたことすべて、僕の胸の中に生きてる。すまない、シセル。……やっと目が覚めた。ずっと心配をかけてごめん。──長い長い悪夢から、ようやく、目が覚めたんだ」
アスカンタ王国の空が、朝の気配に染まっていく。
大地は朝日で眩しく照らされ、王妃が美しいと言った国が、新たな一日を迎えて。
その朝日を、朝日に照らされるパヴァン王の姿を、私達は温かい気持ちで見つめていた。
隣にいたイシュマウリの気配が消える。
役目を終えた彼は、月の世界に帰っていったのだろう。
……なんだか眠い。
ともかく、これでアスカンタ王国は、元の日常を取り戻せるはずだ。
城から下げられていた黒い幕が、引き上げられていく。
そうして、王国の紋をあしらった赤い幕が、勢いよく下げられた。
国民の誰もが笑顔でその光景を見上げていた。
こうしてアスカンタ王国は、二年もの間ずっと覆っていた暗闇から、ようやく抜け出したのだった。
そこにはやはり、玉座に顔を伏せて泣き崩れるパヴァン王の後ろ姿があった。
おもむろにハープを構え、イシュマウリがポロン……と弦を鳴らす。
すると不思議な光がパヴァン王のすぐ横に現れた。
ハープの音に気付いて、パヴァン王が顔を上げ、私達のほうを振り返る。
「嘆きに沈む者よ。かつてこの部屋に刻まれた面影を、月の光のもと、再び蘇らせよう……」
そう言ってイシュマウリは、ハープでメロディを奏で始めた。
どこか物悲しい曲は、けれど悲しいばかりではなく、そっと背を押すような旋律だ。
「……え」
ハープの音と共に、玉座の間には光が小さく集まり、それは人の姿を現した。
ブラウンの髪をひとつにまとめ、黄色のドレスを身にまとった綺麗な女の人が、玉座の間で消えては現れ、くるりと踊る。
「あれがシセル王妃……なのかな」
「たぶん、そうだと思う」
シセル王妃は半透明なまま、パヴァン王の周りを何度も消えては現れ、生き生きと踊ってみせる。
パヴァン王は王妃の姿を追い掛けるように立ち上がり、そうして王妃の面影に手を伸ばした。
「……これは? 夢? 幻? いや……違う。違う……覚えている。これは……君は」
けれど触れようとすると、王妃の面影は消えてしまった。
実体を持たない、記憶の中だけの存在。
それを今、イシュマウリの力で、こうして見えるようにしているだけ。
『……したの、あなた……?』
王妃の声が優しく語りかける。
『どうしたの、あなた?』
王妃の面影は、パヴァン王の後ろに立っていた。
「……シセル! 会いたかった。あれから二年、ずっと君のことばかり考えていたんだ。君が死んでから……」
『まだ今朝のおふれの事を気にしているの? 大丈夫、あなたの判断は正しいわ。あなたは優しすぎるのね。でも、時には厳しい決断も必要。王様なんですもの。ね? みんな、あなたを信じてる。あなたがしゃんとしなくちゃ。アスカンタは、あなたの国ですもの』
そう言って微笑み、シセル王妃の面影は消えた。
追い掛けるように足を踏み出したパヴァン王の背後から、また王妃の声が聞こえてくる。
今度は、玉座の方向からだ。
『ねえねえ、聞いて! 宿屋の犬に、仔犬が生まれたのよ! 私達に名前をつけてほしいって!』
パヴァン王が玉座を振り返る。
そこには、玉座に座るパヴァン王の面影と、玉座の後ろから顔を出して笑うシセル王妃の面影がいた。
「あれは……僕? そうだ、覚えてる。一昨年の春だ。では、これは、過去の記憶?」
記憶の中の国王夫妻は、とても幸せそうだ。
穏やかで、優しくて。
まるでアスカンタの国そのものを体現しているみたいだった。
『宿屋に仔犬が? ……君は? なにかいい名前を考えてるんじゃないかい?』
『わたしのは秘密』
『どうして。君が考えついたのなら、その名前がいいよ。教えてくれ』
『あなただって、ちゃんと思いついたんでしょ? 仔犬の名前』
『でも、それじゃ君が……』
王妃の意見を聞きたがるパヴァン王の両頬を、シセル王妃の手が包み込んだ。
その横顔はとても幸せそうだ。
『ばかね、パヴァン。あなたが決めた名前が、世界中で一番良いに決まってるわ。私の王様。自分の思う通りにしていいのよ。あなたは賢くて優しい人。私が考えてたのは、あなたが決めた名前にしよう、ってそれだけよ?』
パヴァン王が玉座で笑う二人に近付くと、やはり二人の姿は消えた。
二人が笑い合っていたその場所に、パヴァン王が力なく座り込み、顔を手で覆う。
「……そうだ。彼女はいつだって、ああして僕を励ましていてくれた。シセル……。君は、どうして……」
『……シセル。どうして君は、そんなに強いんだい?』
パヴァン王の問いを、面影のパヴァン王が王妃へと尋ねる。
王妃の面影は微笑んで答えた。
『お母様がいるからよ』
『母上? だって君の母上は、随分前に亡くなったと……』
『私も本当は、弱虫で駄目な子だったの。いつもお母様に励まされてた。お母様が亡くなって、悲しくて、寂しくて……。でも、こう考えたの。私が弱虫に戻ったら、お母様は本当にいなくなってしまう。お母様が最初からいなかったのと同じことになってしまうわ……って』
シセル王妃の面影は、パヴァン王に背を向けたままそう語った。
パヴァン王はゆっくりと王妃へ歩み寄っていく。
『励まされた言葉、お母様が教えてくれたこと、その示す通りに頑張ろうって。……そうすれば、私の中にお母様はいつまでも生きてるの。ずっと』
「シセル。僕は……僕も、君のように……」
パヴァン王が王妃へと小さく手を伸ばす。
シセル王妃の面影はまた姿を消して、けれどパヴァン王の面影だけがそのまま残っている。
上のテラスへ繋がる階段に、王妃の面影が現れた。
『ねえ、テラスへ出ない? 今日はいい天気ですもの。きっと風が気持ちいいわ、ね?』
面影のパヴァン王と、現実のパヴァン王が重なっていく。
差し出された王妃の手を、パヴァン王が握って、二人は外のテラスへと上がっていった。
その二人をそっと追いかける。
テラスから見渡すアスカンタは、夜明けを迎え始めていた。
明るくなりつつある東の空を、パヴァン王とシセル王妃が並んで眺めている。
『ほら、あなたの国がすっかり見渡せるわ、パヴァン。アスカンタは美しい国ね』
「……ああ。そう……だね。シセル、そうだね」
『私の王様。みんなが笑って暮らせるように、あなたが……──』
朝日が山の間から昇り始める。
それに従って、シセル王妃の姿は淡い光と共に透明になっていって……消えてしまった。
王妃を抱き締めようと両腕を回したパヴァン王が、膝から崩れ落ちて自分の体を抱き締める。
「……覚えてるよ。君が教えてくれたことすべて、僕の胸の中に生きてる。すまない、シセル。……やっと目が覚めた。ずっと心配をかけてごめん。──長い長い悪夢から、ようやく、目が覚めたんだ」
アスカンタ王国の空が、朝の気配に染まっていく。
大地は朝日で眩しく照らされ、王妃が美しいと言った国が、新たな一日を迎えて。
その朝日を、朝日に照らされるパヴァン王の姿を、私達は温かい気持ちで見つめていた。
隣にいたイシュマウリの気配が消える。
役目を終えた彼は、月の世界に帰っていったのだろう。
……なんだか眠い。
ともかく、これでアスカンタ王国は、元の日常を取り戻せるはずだ。
城から下げられていた黒い幕が、引き上げられていく。
そうして、王国の紋をあしらった赤い幕が、勢いよく下げられた。
国民の誰もが笑顔でその光景を見上げていた。
こうしてアスカンタ王国は、二年もの間ずっと覆っていた暗闇から、ようやく抜け出したのだった。
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