閑話5
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日も落ちた夜。
お風呂から上がって寝る準備も終えた私がリビングに戻ると、エイトがソファに座っていた。
手元には私のエプロンと、裁縫道具。
「何してるの?」
「ん? レイラの名前を入れてるだけだよ」
隣に座って手元を覗き込む。
イニシャルの刺繍は半分ほど進んでいて、エイトも器用だったんだなぁとよく分からない感想が喉から出てきた。
「なにそれ」と小さく笑って、エイトが迷いなく針を進めていく。
丁寧に丁寧に刺繍されていく私の名前。
たった一文字、なのにエイトは大切そうに、愛おしそうにその文字を作っていく。
この一文字が宝物なんだよって言っているような気がした。
「……エイトの言ってたこと、分かったかも」
「うん?」
「好きな人に自分の名前を刺繍してもらうのって、ちょっとむず痒いけど、嬉しいもんだね」
「ふふ……」
程なくして刺繍は完成して、エイトが最後に糸をハサミで切った。
エプロンの裾に入れられた一文字。
手渡されたエプロンを受け取ってじっと見つめていると、エイトは裁縫道具を片付けてまた隣に戻ってきた。
「レイラ、明日は朝からだったっけ?」
「ううん違うよ、昼から。そのまま夜の当番になるから、帰るのは明後日の朝」
「……ほら。もう会えない」
拗ねたような口ぶりでいじけて、私に抱きつく。
まるで付き合いたてのカップルみたいなやり取りだけど、なんと我々、付き合って四年は経つのである。
今回が初めての夜当番でもなかろうに、何を言っているんだ隊長様は。
「はーやれやれ。寂しがり屋だなぁエイトは」
「ずっと前からそうだったろ」
「自覚あったんかい、面白すぎるでしょ」
エイトの思いは嬉しいけど、私もエイトも夜の見張り当番からは逃げられない。
それも立派な近衛兵の役目であるし、私とエイトのどちらかは必ず出勤しないと。
何か起きた時に責任者が居ないのはまずいからね。
夜の見張りはエイトか私がいたりいなかったりするけど、日中は必ず私かエイトのどっちかは城に詰めている。
「分かってはいるんだ、どうしようもない我儘だってことは。困らせるだろうなと思ったから、今まで言えなかった」
「その代わりが、刺繍の時間だったってことか」
「うん」
「そういうの、小間使いの子たちに頼めばいいのにって私は思ってた。エイトの頼みだったから断らなかったけどさ。私が小間使いのままだったら、他の兵士たちからも刺繍を頼まれてたのかもなぁ」
もちろんそれは『たられば』の話。
私は小間使いとしてではなく、近衛兵としてこの国の役に立つ道を選んだ。
だからもしかしたら、小間使いのまま終わる道も、ひょっとしたらあったのかもしれない──というのは、近衛兵になった当時はよく考えたものだ。
「……本音を言うと、レイラが近衛兵になるのは、反対だったんだ。レイラが剣を握って戦うなんて、そんな危ないことさせたくなかった」
それは初めて聞いた。
私が近衛兵になった時、一足先に近衛兵として仕事をしていたエイトは、「また一緒に仕事ができるね」って喜んでいたように見えた。
実際、その気持ち自体も嘘ではなかったんだと思う。
……ただ、複雑な思いはずっと、エイトの胸の中にあったんだろう。
そりゃ普通は女の子を兵士にしようなんて思わないもんね。
「最初の頃は剣に振り回されてただろ? いつか絶対に怪我するって思って見てたし……。仮に訓練を乗り越えられても、実務に就いたらいつか怪我を負うんじゃないかって。包丁で指を切るのと、戦いで怪我をするのは、まるで違うから」
「うん」
「だから隊長たちも諦めてくれないかなって祈ってた。最低な幼馴染みだったと思うよ。レイラを兵士にするのは無理だったって諦めて、前みたいに小間使いに戻してくれないかなって……」
「でも何とかなっちゃったね」
「レイラに秘められてたポテンシャルが憎いよ……」
諦めたような微笑みが、呪いの言葉を吐き出す。
そんなに嫌だったのか……それは本当に知らなかったな……。
元々が神の祝福を受けた家系だったからなのか、私の潜在能力自体は高かったみたいだ。
そのおかげで、早々に剣の扱いも習得してしまったわけで。
「どうして近衛兵になろうなんて思ったのか、聞いてもいい? レイラはてっきり断ると思ってたんだよ」
「え、うーん……。たしかに小間使いのままでいても良かったんだろうし、隊長も内心では断ってくれって思ってたかもだけど。私も『近衛兵に私が!?』ってびっくりしたし。けど……私だって姫様の幼馴染みだもん。姫様のことを近くで守れるなら、それがいいって思ったからだよ」
姫様のために引き受けたその役職で、『夜勤』なんて物騒な役回りになるとは思わなかったけど。
ともかく私が近衛兵として鍛錬に励んだ日々は、呪いを解く旅で私を助けた。
ただの小間使いのままで助かっていたら、エイトたちには更に負担をかけていただろうから。
あ、でもその時は、ゼシカとククールに呪文を教えてもらえたら、私でも力にはなれていたかも?
「後悔してるの? 私が近衛兵になるのを止められなかったこと」
「……レイラが正式に近衛兵として取り立てられた当時は、後悔したよ」
「今は?」
エイトが言葉に詰まって、それから私の背中越しに大きなため息をついた。
その仕草だけで答えは分かったけど、エイトの言葉を待っていると。
エイトはようやく、呟くように言った。
「後悔したままなら、僕の背中を預けたりなんかしないよ。何が何でも僕の背中から前には出さなかったはずだ」
「げぇ、全然信用されてないじゃん」
「だけどレイラは僕の想像を超えて強くなった。失った時に気付いたんだ。レイラは僕よりも遥かに強かったんだって」
「……うん?」
「絶えず魔物に狙われていたのに、レイラは絶対に倒れなかった。竜神族の里に向かう道中で思い知ったよ」
「そ、そうか……? 私って言うほど強くない気が……」
エイトが小さく笑って、私から離れる。
それでも肩は触れ合ったままだ。
……エイトの言いたいことは分かる。
お互い近衛隊長と副隊長としての役割があるから、城に登れば朝礼の後はほとんど顔を合わせない。
家に帰ったとしても、私が夜の当番でいないこともあるし、エイトが夜の当番で家にいないことだってある。
だから二人で過ごせる時間を惜しむ気持ちは、とても良く分かるのだ。
「……私が近衛兵を辞めない限り、エイトの悩みは解決しないんだと思うけどさ」
「うん」
「私だってエイトと顔を合わせないでいるのは寂しいんだって分かってる?」
「……」
エイトは小さく目を丸くして、瞬きをした。
こいつ絶対にそこまで考えが行き着いてなかっただろ!
私は能天気のアホの子だから、一日二日くらいエイトとすれ違うくらいでも、別に寂しくも何ともない、みたいな!
そんなわけないんだからな!!
「寂しいの?」
「寂しいに決まってんじゃん! でもお互い、この仕事に誇りを持ってるわけだからさ、適当になっちゃうのは違うなって」
だから刺繍の時間は、今の私にとっても大切な時間なのだ。
それこそ『誰にしてもらったんだ、この刺繍』ってモヤモヤするくらいには。
エイトの刺繍は全部私が刺してきた。
そしてそれは、これから先もそうであってほしい。
服に刺された刺繍の数だけ、私とエイトの時間が重なっているんだから。
「私はこれから先も近衛兵として国に尽くすよ。それが私の生きる道だって、今は自信を持って言える。近衛兵として姫様や陛下をお守りして、副隊長として隊長のエイトを支えていきたい。もちろん家に帰れば、旦那さんのエイトを支えてあげたいしね?」
「はぁ……そう言われたら、頷く以外ないじゃないか。まったく、僕の奥さんは優秀すぎるから困るよ」
「優秀なのに困るの?」
エイトはそれには答えず、私の身体を抱き上げた。
明かりのロウソクはもう少しで消えてしまいそうだったから、エイトもそれはそのままにしたようだ。
寝室のベッドに私を下ろしたエイトが、囁くように耳元で言った。
「ねぇ。そろそろ……僕たちの子供、作らない?」
「えっ」
「結婚して四年経つんだし、このまま二人きりで暮らすのもいいけど……。賑やかな家族で暮らすのも、悪くないんじゃないかな?」
あ、とか、うん、とか。
しどろもどろな私を見下ろすエイトの眼差しは本気だった。
子供……エイトと私の子供。
たしかにこのまま二人で暮らすより、幸せは増えるかもな。
「……うん、そうだね。それがいいや」
エイトの背中に手を回す。
別に私たち二人でも幸せになれるけれど。
幸せは多いほうがきっと楽しい。
それがエイトと私の間にできるのなら、なおのこと。
未来への確かな幸福を夢見て、私はそっと目を閉じた。
お風呂から上がって寝る準備も終えた私がリビングに戻ると、エイトがソファに座っていた。
手元には私のエプロンと、裁縫道具。
「何してるの?」
「ん? レイラの名前を入れてるだけだよ」
隣に座って手元を覗き込む。
イニシャルの刺繍は半分ほど進んでいて、エイトも器用だったんだなぁとよく分からない感想が喉から出てきた。
「なにそれ」と小さく笑って、エイトが迷いなく針を進めていく。
丁寧に丁寧に刺繍されていく私の名前。
たった一文字、なのにエイトは大切そうに、愛おしそうにその文字を作っていく。
この一文字が宝物なんだよって言っているような気がした。
「……エイトの言ってたこと、分かったかも」
「うん?」
「好きな人に自分の名前を刺繍してもらうのって、ちょっとむず痒いけど、嬉しいもんだね」
「ふふ……」
程なくして刺繍は完成して、エイトが最後に糸をハサミで切った。
エプロンの裾に入れられた一文字。
手渡されたエプロンを受け取ってじっと見つめていると、エイトは裁縫道具を片付けてまた隣に戻ってきた。
「レイラ、明日は朝からだったっけ?」
「ううん違うよ、昼から。そのまま夜の当番になるから、帰るのは明後日の朝」
「……ほら。もう会えない」
拗ねたような口ぶりでいじけて、私に抱きつく。
まるで付き合いたてのカップルみたいなやり取りだけど、なんと我々、付き合って四年は経つのである。
今回が初めての夜当番でもなかろうに、何を言っているんだ隊長様は。
「はーやれやれ。寂しがり屋だなぁエイトは」
「ずっと前からそうだったろ」
「自覚あったんかい、面白すぎるでしょ」
エイトの思いは嬉しいけど、私もエイトも夜の見張り当番からは逃げられない。
それも立派な近衛兵の役目であるし、私とエイトのどちらかは必ず出勤しないと。
何か起きた時に責任者が居ないのはまずいからね。
夜の見張りはエイトか私がいたりいなかったりするけど、日中は必ず私かエイトのどっちかは城に詰めている。
「分かってはいるんだ、どうしようもない我儘だってことは。困らせるだろうなと思ったから、今まで言えなかった」
「その代わりが、刺繍の時間だったってことか」
「うん」
「そういうの、小間使いの子たちに頼めばいいのにって私は思ってた。エイトの頼みだったから断らなかったけどさ。私が小間使いのままだったら、他の兵士たちからも刺繍を頼まれてたのかもなぁ」
もちろんそれは『たられば』の話。
私は小間使いとしてではなく、近衛兵としてこの国の役に立つ道を選んだ。
だからもしかしたら、小間使いのまま終わる道も、ひょっとしたらあったのかもしれない──というのは、近衛兵になった当時はよく考えたものだ。
「……本音を言うと、レイラが近衛兵になるのは、反対だったんだ。レイラが剣を握って戦うなんて、そんな危ないことさせたくなかった」
それは初めて聞いた。
私が近衛兵になった時、一足先に近衛兵として仕事をしていたエイトは、「また一緒に仕事ができるね」って喜んでいたように見えた。
実際、その気持ち自体も嘘ではなかったんだと思う。
……ただ、複雑な思いはずっと、エイトの胸の中にあったんだろう。
そりゃ普通は女の子を兵士にしようなんて思わないもんね。
「最初の頃は剣に振り回されてただろ? いつか絶対に怪我するって思って見てたし……。仮に訓練を乗り越えられても、実務に就いたらいつか怪我を負うんじゃないかって。包丁で指を切るのと、戦いで怪我をするのは、まるで違うから」
「うん」
「だから隊長たちも諦めてくれないかなって祈ってた。最低な幼馴染みだったと思うよ。レイラを兵士にするのは無理だったって諦めて、前みたいに小間使いに戻してくれないかなって……」
「でも何とかなっちゃったね」
「レイラに秘められてたポテンシャルが憎いよ……」
諦めたような微笑みが、呪いの言葉を吐き出す。
そんなに嫌だったのか……それは本当に知らなかったな……。
元々が神の祝福を受けた家系だったからなのか、私の潜在能力自体は高かったみたいだ。
そのおかげで、早々に剣の扱いも習得してしまったわけで。
「どうして近衛兵になろうなんて思ったのか、聞いてもいい? レイラはてっきり断ると思ってたんだよ」
「え、うーん……。たしかに小間使いのままでいても良かったんだろうし、隊長も内心では断ってくれって思ってたかもだけど。私も『近衛兵に私が!?』ってびっくりしたし。けど……私だって姫様の幼馴染みだもん。姫様のことを近くで守れるなら、それがいいって思ったからだよ」
姫様のために引き受けたその役職で、『夜勤』なんて物騒な役回りになるとは思わなかったけど。
ともかく私が近衛兵として鍛錬に励んだ日々は、呪いを解く旅で私を助けた。
ただの小間使いのままで助かっていたら、エイトたちには更に負担をかけていただろうから。
あ、でもその時は、ゼシカとククールに呪文を教えてもらえたら、私でも力にはなれていたかも?
「後悔してるの? 私が近衛兵になるのを止められなかったこと」
「……レイラが正式に近衛兵として取り立てられた当時は、後悔したよ」
「今は?」
エイトが言葉に詰まって、それから私の背中越しに大きなため息をついた。
その仕草だけで答えは分かったけど、エイトの言葉を待っていると。
エイトはようやく、呟くように言った。
「後悔したままなら、僕の背中を預けたりなんかしないよ。何が何でも僕の背中から前には出さなかったはずだ」
「げぇ、全然信用されてないじゃん」
「だけどレイラは僕の想像を超えて強くなった。失った時に気付いたんだ。レイラは僕よりも遥かに強かったんだって」
「……うん?」
「絶えず魔物に狙われていたのに、レイラは絶対に倒れなかった。竜神族の里に向かう道中で思い知ったよ」
「そ、そうか……? 私って言うほど強くない気が……」
エイトが小さく笑って、私から離れる。
それでも肩は触れ合ったままだ。
……エイトの言いたいことは分かる。
お互い近衛隊長と副隊長としての役割があるから、城に登れば朝礼の後はほとんど顔を合わせない。
家に帰ったとしても、私が夜の当番でいないこともあるし、エイトが夜の当番で家にいないことだってある。
だから二人で過ごせる時間を惜しむ気持ちは、とても良く分かるのだ。
「……私が近衛兵を辞めない限り、エイトの悩みは解決しないんだと思うけどさ」
「うん」
「私だってエイトと顔を合わせないでいるのは寂しいんだって分かってる?」
「……」
エイトは小さく目を丸くして、瞬きをした。
こいつ絶対にそこまで考えが行き着いてなかっただろ!
私は能天気のアホの子だから、一日二日くらいエイトとすれ違うくらいでも、別に寂しくも何ともない、みたいな!
そんなわけないんだからな!!
「寂しいの?」
「寂しいに決まってんじゃん! でもお互い、この仕事に誇りを持ってるわけだからさ、適当になっちゃうのは違うなって」
だから刺繍の時間は、今の私にとっても大切な時間なのだ。
それこそ『誰にしてもらったんだ、この刺繍』ってモヤモヤするくらいには。
エイトの刺繍は全部私が刺してきた。
そしてそれは、これから先もそうであってほしい。
服に刺された刺繍の数だけ、私とエイトの時間が重なっているんだから。
「私はこれから先も近衛兵として国に尽くすよ。それが私の生きる道だって、今は自信を持って言える。近衛兵として姫様や陛下をお守りして、副隊長として隊長のエイトを支えていきたい。もちろん家に帰れば、旦那さんのエイトを支えてあげたいしね?」
「はぁ……そう言われたら、頷く以外ないじゃないか。まったく、僕の奥さんは優秀すぎるから困るよ」
「優秀なのに困るの?」
エイトはそれには答えず、私の身体を抱き上げた。
明かりのロウソクはもう少しで消えてしまいそうだったから、エイトもそれはそのままにしたようだ。
寝室のベッドに私を下ろしたエイトが、囁くように耳元で言った。
「ねぇ。そろそろ……僕たちの子供、作らない?」
「えっ」
「結婚して四年経つんだし、このまま二人きりで暮らすのもいいけど……。賑やかな家族で暮らすのも、悪くないんじゃないかな?」
あ、とか、うん、とか。
しどろもどろな私を見下ろすエイトの眼差しは本気だった。
子供……エイトと私の子供。
たしかにこのまま二人で暮らすより、幸せは増えるかもな。
「……うん、そうだね。それがいいや」
エイトの背中に手を回す。
別に私たち二人でも幸せになれるけれど。
幸せは多いほうがきっと楽しい。
それがエイトと私の間にできるのなら、なおのこと。
未来への確かな幸福を夢見て、私はそっと目を閉じた。
