57章
夢小説設定
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「ここにおいででしたか。私に話とは、如何なされました?」
マルチェロさんは法皇様のお背中へ向かってそう尋ねた。
マイエラ修道院の院長であり、聖堂騎士団の団長でもあるマルチェロさんは今、法皇様の護衛を任されているらしい。
上り詰めたその先に、いったい何があるっていうんだろう。
そう考えてしまうのは私たちが一介の近衛兵で満足しているからだろうか。
「……ここは俗世より遠く離れた場所にある」
「はっ。館の警護は、我ら聖堂騎士団にお任せを」
「じゃが、どこにいようと、人の噂は聞こえてくるもの」
そうおっしゃってから、法皇様はマルチェロさんへと振り返った。
おや珍しい、あのマルチェロさんがお説教をされるとは。
やっぱりマルチェロさんのやり方は、法皇様も看過できないと思われたんだろう。
「……マルチェロよ。お喋り雀共の一番の噂は、そなたの事だ。よからぬ噂を耳にしておる。……そしてそれは、ただの噂ではないのだろう」
「目立つ者は妬まれる。法皇様ともあろう方が、そのようなデタラメを信じるとは……」
「……オディロはわしの親友じゃった。かけがえのない、ただ一人の友。お互いにそう思っておった。そなたに館の警護を任せ、わしの側仕えとしたには理由がある。オディロのためじゃ」
法皇様の前ですら高慢な態度を取るマルチェロさんに、法皇様は厳しくも温かいお言葉をかけてくださる。
可哀想なのは、その温かさを疎ましいものとしか捉えられない、マルチェロさんのほうだ。
彼にとって、法皇様はもはや敬うべき存在ではなく、自分の出世のための足掛かりでしかないのだろう。
……それでも、法皇様は。
「親に見捨てられ、幼き頃よりオディロの子同然に修道院で育ったそなたが、これ以上、道を誤らぬよう、せめてわしの目の届く所に置いておかねば。そう思ったのだ」
「……」
「マルチェロよ。そなたは頭も良い。腕も立つ。聖堂騎士団を率い、よく働いておる。何故、それで満足できぬ? このままでは、わしはそなたを罰せねばならぬぞ。……いや、そなただけの責ではない。教会が汚れ、金にまみれたのは、わしが不甲斐ないせいかも知れぬ」
法皇様がご自分を責めるように呟いても、マルチェロさんは眉根を寄せた不躾な態度を崩さなかった。
まるで届いていない──あの人は、誰の言葉なら耳を貸すの?
きっと彼が唯一、心を開いた人は……私たちが守り切れなかった人だったんだ。
オディロ院長を失った日から、マルチェロさんは道を間違えたまま……それが自分の進むべき道だと誤解したままなんだ。
「……話は終わりだ。よいな? 今なら間に合う。正しき道にその力を使え」
「……失礼致します。法皇様に、神の御加護がありますよう」
はいともいいえとも言わず、マルチェロさんは法皇様に一礼を返すと、さっさと立ち去ってしまった。
ひとり残された法皇様は、悲しげな眼差しでその後ろ姿を見送るだけ。
「もはやわしの言葉すら届かぬのか。……我が友オディロよ。あやつの魂を救いたまえ……」
法皇様は天におわす院長様へ祈るように呟くと、館へと歩いていった。
周囲に人の影がなくなったことを確認して、垣根からそっと出る。
ククールは……とそちらを伺うと、ククールも複雑な眼差しで法皇様の背中を見つめていた。
「あいつ……法皇様に可愛がられてんだな。……なら、平気か。ああいう人がオディロ院長みたいにそばにいて、叱ってくれんなら」
「……ああ、そっか」
分かってしまった。
マルチェロさんの行動の根底にある感情に。
あの人……きっと、愛されたかっただけなんだ。
教会の中で成功して、出世して、聖堂騎士団長になって、修道院長にまでなって……。
きっと、褒められたかったんだ。
本当に褒めてほしい人はもうこの世のどこにもいないのに、褒めてほしいって思いだけが大きくなって、膨れてしまって。
愛されたかった、愛され方が分からない人。
愛に飢えて、渇きが満たされない。
ろくでもない父親に捨てられて、そのせいで母親を亡くして、あの人はずっと無償の愛を渇望していた。
だからククールを憎んだ。
ククールさえ生まれなければ、その愛を得られたのは自分だったのに、と。
マルチェロさんの中で、ククールは自分から家族も、与えられるはずだった愛情も奪った相手だった。
親代わりのオディロ院長を本当の親のように慕っても、どこか渇きは満たされ切れず、彼の中で渇きは肥大していて……。
オディロ院長を失ったことで、彼に無償の愛を与えてくれる人がどこにもいなくなった。
彼の渇きは収まらないままなのに。
褒めてほしい。
愛されたい。
だから目立つことをした。
そのために汚い手を使ってでも出世した。
……「よくやった」と褒めてくれる人なんて、もうどこにもいないのに。
ああ、なんて──なんて、哀しい……。
迷子の彼に帰り道を示してやれる人は、どこにもいない。
彼に必要だったのは、彼を持ち上げて敬う人じゃない。
……なんでも分かち合える、親友だったんじゃないかな、なんて思うのは、傲慢だろうか。
私たちと出会ったから、ククールも間違わなかったんじゃないかと思いたいだけなのかな──。
マルチェロさんは法皇様のお背中へ向かってそう尋ねた。
マイエラ修道院の院長であり、聖堂騎士団の団長でもあるマルチェロさんは今、法皇様の護衛を任されているらしい。
上り詰めたその先に、いったい何があるっていうんだろう。
そう考えてしまうのは私たちが一介の近衛兵で満足しているからだろうか。
「……ここは俗世より遠く離れた場所にある」
「はっ。館の警護は、我ら聖堂騎士団にお任せを」
「じゃが、どこにいようと、人の噂は聞こえてくるもの」
そうおっしゃってから、法皇様はマルチェロさんへと振り返った。
おや珍しい、あのマルチェロさんがお説教をされるとは。
やっぱりマルチェロさんのやり方は、法皇様も看過できないと思われたんだろう。
「……マルチェロよ。お喋り雀共の一番の噂は、そなたの事だ。よからぬ噂を耳にしておる。……そしてそれは、ただの噂ではないのだろう」
「目立つ者は妬まれる。法皇様ともあろう方が、そのようなデタラメを信じるとは……」
「……オディロはわしの親友じゃった。かけがえのない、ただ一人の友。お互いにそう思っておった。そなたに館の警護を任せ、わしの側仕えとしたには理由がある。オディロのためじゃ」
法皇様の前ですら高慢な態度を取るマルチェロさんに、法皇様は厳しくも温かいお言葉をかけてくださる。
可哀想なのは、その温かさを疎ましいものとしか捉えられない、マルチェロさんのほうだ。
彼にとって、法皇様はもはや敬うべき存在ではなく、自分の出世のための足掛かりでしかないのだろう。
……それでも、法皇様は。
「親に見捨てられ、幼き頃よりオディロの子同然に修道院で育ったそなたが、これ以上、道を誤らぬよう、せめてわしの目の届く所に置いておかねば。そう思ったのだ」
「……」
「マルチェロよ。そなたは頭も良い。腕も立つ。聖堂騎士団を率い、よく働いておる。何故、それで満足できぬ? このままでは、わしはそなたを罰せねばならぬぞ。……いや、そなただけの責ではない。教会が汚れ、金にまみれたのは、わしが不甲斐ないせいかも知れぬ」
法皇様がご自分を責めるように呟いても、マルチェロさんは眉根を寄せた不躾な態度を崩さなかった。
まるで届いていない──あの人は、誰の言葉なら耳を貸すの?
きっと彼が唯一、心を開いた人は……私たちが守り切れなかった人だったんだ。
オディロ院長を失った日から、マルチェロさんは道を間違えたまま……それが自分の進むべき道だと誤解したままなんだ。
「……話は終わりだ。よいな? 今なら間に合う。正しき道にその力を使え」
「……失礼致します。法皇様に、神の御加護がありますよう」
はいともいいえとも言わず、マルチェロさんは法皇様に一礼を返すと、さっさと立ち去ってしまった。
ひとり残された法皇様は、悲しげな眼差しでその後ろ姿を見送るだけ。
「もはやわしの言葉すら届かぬのか。……我が友オディロよ。あやつの魂を救いたまえ……」
法皇様は天におわす院長様へ祈るように呟くと、館へと歩いていった。
周囲に人の影がなくなったことを確認して、垣根からそっと出る。
ククールは……とそちらを伺うと、ククールも複雑な眼差しで法皇様の背中を見つめていた。
「あいつ……法皇様に可愛がられてんだな。……なら、平気か。ああいう人がオディロ院長みたいにそばにいて、叱ってくれんなら」
「……ああ、そっか」
分かってしまった。
マルチェロさんの行動の根底にある感情に。
あの人……きっと、愛されたかっただけなんだ。
教会の中で成功して、出世して、聖堂騎士団長になって、修道院長にまでなって……。
きっと、褒められたかったんだ。
本当に褒めてほしい人はもうこの世のどこにもいないのに、褒めてほしいって思いだけが大きくなって、膨れてしまって。
愛されたかった、愛され方が分からない人。
愛に飢えて、渇きが満たされない。
ろくでもない父親に捨てられて、そのせいで母親を亡くして、あの人はずっと無償の愛を渇望していた。
だからククールを憎んだ。
ククールさえ生まれなければ、その愛を得られたのは自分だったのに、と。
マルチェロさんの中で、ククールは自分から家族も、与えられるはずだった愛情も奪った相手だった。
親代わりのオディロ院長を本当の親のように慕っても、どこか渇きは満たされ切れず、彼の中で渇きは肥大していて……。
オディロ院長を失ったことで、彼に無償の愛を与えてくれる人がどこにもいなくなった。
彼の渇きは収まらないままなのに。
褒めてほしい。
愛されたい。
だから目立つことをした。
そのために汚い手を使ってでも出世した。
……「よくやった」と褒めてくれる人なんて、もうどこにもいないのに。
ああ、なんて──なんて、哀しい……。
迷子の彼に帰り道を示してやれる人は、どこにもいない。
彼に必要だったのは、彼を持ち上げて敬う人じゃない。
……なんでも分かち合える、親友だったんじゃないかな、なんて思うのは、傲慢だろうか。
私たちと出会ったから、ククールも間違わなかったんじゃないかと思いたいだけなのかな──。
