第八話 暗雲
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上杉との戦が休戦になって早三日
私も熱は下がって、ようやく起き上がることができた
そんな日の朝
「成実さん、朝餉をお持ちしました」
「………」
「今日も食べたくない……ですか?」
無言の時間
あの日から、成実さんはずっとこうだ
何もできない自分が嫌になる
「あの……膳、ここに置いておきます
……ごめんなさい、何の役にも立てなくて」
朝餉の乗った膳をお部屋の前に置いて、広間へと戻る
……私は、無力だ
* * *
──そして、その日の午後
ようやく、兄様が目を覚ました
「……兄様!」
「夕華……?
ここ、は………?」
「青葉城です
丸三日も眠ってたんですよ」
「戦はどうなった……?」
「一時休戦となりました」
「……そうか……」
「それから……」
言うべきかは、迷ったけれど
……否、言うべきだろう
「織田軍が、奥州へ進軍を開始するとのことです
全軍へ出陣の命令が下ったと……報告が入っています」
兄様の隻眼が驚きの色を写す
「迎え撃つ準備をしねぇと……!!」
「まだ起きあがっちゃダメです!!」
身を起しかけた兄様が呻いて布団に倒れこんだ
無理もない、両の脇腹を負傷しているのに
「……成実の野郎はどうした?」
「それが……
兄様が倒れてからというもの、心ここに非ずといった感じで……」
「……やっぱりな」
「兄様……?」
「小十郎は……?」
「あ、今呼んできます!」
慌てて小十郎さんを呼びにお部屋を飛び出る
小十郎さんは、確か厨にいるって言ってた
「小十郎さん!
兄様が目を覚ましました!」
「政宗様が!?」
「はい!」
厨の小十郎さんのところには、綱元さんもいた
二人を連れて、厨から兄様のお部屋へと急ぐ
「「政宗様!!」」
「Be quiet.
……聞こえてる」
そう呟きながら、またも兄様は起き上がろうとした
「まだ起きちゃダメですって……!」
「夕華」
う……目が訴えてくる……
観念して、私は兄様の背中を支えて起き上がらせた
兄様の肩に羽織をかけると、「Thanks.」と声がして
「織田軍はどうなってる?」
「何故それを……」
「夕華から聞いた」
「遅くとも、一か月内には奥州に到着する模様です
早ければ、来週には攻めてくるかと……」
「来週……」
兄様が言葉を失ってしまうと、重苦しい雰囲気が漂った
この空気は……明け方に味わったものだ
「畏れながら、申し上げます……」
顔を伏せたまま、綱元さんが口を開いた
「もう潮時なのやもしれませぬ……」
「……!!」
兄様が激怒するのが分かった
そりゃそうだ、兄様の辞書に「降参」の二文字は無いんだもの
「もう一度言ってみろ……綱元」
「………」
「戦いもしねえで何を弱気になってやがる……!
やる前から潮時だと!?
Ha!伊達三傑の名が聞いて呆れるぜ!」
「では!!
今回の戦、貴方様は勝てるとお思いなのですか!!」
「っ!」
綱元さんが声を荒げたのは初めてだ
普段は一歩引いて微笑んでいることが多いだけに……相当、今の状況を憂いているのだろう
「敵は全軍で向かっています!
その背後には前田、浅井、徳川もいるのですよ!!
伊達一軍で迎え撃ったとしても、勝敗など自明のこと……
貴方様は、奥州の民を見殺しにするおつもりか!?」
綱元さんの言っていることは……真実で
それが最善の策なんだって、兄様もきっと頭じゃ理解できてる
だって、戦や兵法に詳しくない私でも、そうしたほうがいいって断言できる……
……でも
「……だったらどうしろってんだ……
先代までが命懸けで守ってきたこの家を、伊達家を!!
俺の手で魔王の犬にしろっていうのか!?」
「いいえ!
頃合を見て反旗を翻すのです!」
「つまり俺に裏切り者として生きろと!?」
「政宗様、何卒──」
「俺は誰の下にもつかねぇ!
家督を継いだその日に、お前らに言ったはずだ!
お前らは、それでも俺についてくるって言ってくれたんじゃねぇのか!!」
「主の無謀をお止めするのも忠義!!
貴方様のやろうとしていることは、無謀以外の何者でもない!!
この綱元とて、織田軍とは一戦を交え、そして政宗様が魔王を討つ瞬間を望んでおります!!
しかし、今の政宗様がその状態では、魔王と戦うなど笑止!!」
「このくらいの怪我なんざかすり傷だ!」
「貴方様はまるで分かっていない……
話になりません!」
「なっ……!!」
綱元さんらしくないやり取りの直後
立ち上がった綱元さんは、刀を抜いて
「そこまでおっしゃるのなら、この綱元を倒してみるとよい
さすれば、この綱元はもう何も言いますまい」
「綱元さん!?
そんな、仲間割れしてる場合じゃ……!」
「夕華様、お止め下さいますな」
「小十郎さん、でも……!」
「今の伊達軍では、到底織田には敵わない
特に、成実があの状態では」
「成実さん……?」
「あれは窮地を幾度となく救い、伊達の勝利を導いてきた男
また、過去には政宗様の影として暗躍したこともあります
今こそ成実の力が必要不可欠
政宗様には申し訳ないのですが、成実に政宗様の代わりをしてもらいます」
「代わりって……それじゃあ、成実さんが……」
「……おそらく、死ぬでしょう」
小十郎さんの重い言葉が、胸に深く突き刺さった
どうして……どうして、あんなに優しい人が、死にに行かなきゃならないの
「無論、そうならずに済むよう、出来る手は全て打つつもりですが……」
「でも……成実さんは、今……」
「存じております
ですので夕華様に、成実の頭を引っ叩いてきていただきたく」
「えっ……引っ叩いて!?」
「おそらくあなた様ならば可能かと」
「私が!?
何の根拠があって──」
「綱元!
お前に勝てばいいんだろ!」
いつの間にか完全に起き上がっていた兄様は、刀を抜いて庭に降りていた
はらはらしながら様子を見ていると、再び小十郎さんから耳打ちをされて
「政宗様は、綱元に勝つことはできませぬ
それは夕華様もお分かりでしょう?」
「それは……はい」
「政宗様が深手を負ったことで、軍全体の士気が下がっています
これを盛り返せるのも、成実くらいなのです」
成実さん……
あの人が、今後の伊達家を左右する鍵なら……
「……手段は?」
「怪我をさせぬ程度に、お好きにどうぞ
政宗様のことは、この小十郎と綱元にお任せを」
「……任せました」
庭先では、綱元さんと兄様の必死な攻防戦が始まろうとしている
それからは目を離して、私は成実さんの部屋を目指した
私も熱は下がって、ようやく起き上がることができた
そんな日の朝
「成実さん、朝餉をお持ちしました」
「………」
「今日も食べたくない……ですか?」
無言の時間
あの日から、成実さんはずっとこうだ
何もできない自分が嫌になる
「あの……膳、ここに置いておきます
……ごめんなさい、何の役にも立てなくて」
朝餉の乗った膳をお部屋の前に置いて、広間へと戻る
……私は、無力だ
* * *
──そして、その日の午後
ようやく、兄様が目を覚ました
「……兄様!」
「夕華……?
ここ、は………?」
「青葉城です
丸三日も眠ってたんですよ」
「戦はどうなった……?」
「一時休戦となりました」
「……そうか……」
「それから……」
言うべきかは、迷ったけれど
……否、言うべきだろう
「織田軍が、奥州へ進軍を開始するとのことです
全軍へ出陣の命令が下ったと……報告が入っています」
兄様の隻眼が驚きの色を写す
「迎え撃つ準備をしねぇと……!!」
「まだ起きあがっちゃダメです!!」
身を起しかけた兄様が呻いて布団に倒れこんだ
無理もない、両の脇腹を負傷しているのに
「……成実の野郎はどうした?」
「それが……
兄様が倒れてからというもの、心ここに非ずといった感じで……」
「……やっぱりな」
「兄様……?」
「小十郎は……?」
「あ、今呼んできます!」
慌てて小十郎さんを呼びにお部屋を飛び出る
小十郎さんは、確か厨にいるって言ってた
「小十郎さん!
兄様が目を覚ましました!」
「政宗様が!?」
「はい!」
厨の小十郎さんのところには、綱元さんもいた
二人を連れて、厨から兄様のお部屋へと急ぐ
「「政宗様!!」」
「Be quiet.
……聞こえてる」
そう呟きながら、またも兄様は起き上がろうとした
「まだ起きちゃダメですって……!」
「夕華」
う……目が訴えてくる……
観念して、私は兄様の背中を支えて起き上がらせた
兄様の肩に羽織をかけると、「Thanks.」と声がして
「織田軍はどうなってる?」
「何故それを……」
「夕華から聞いた」
「遅くとも、一か月内には奥州に到着する模様です
早ければ、来週には攻めてくるかと……」
「来週……」
兄様が言葉を失ってしまうと、重苦しい雰囲気が漂った
この空気は……明け方に味わったものだ
「畏れながら、申し上げます……」
顔を伏せたまま、綱元さんが口を開いた
「もう潮時なのやもしれませぬ……」
「……!!」
兄様が激怒するのが分かった
そりゃそうだ、兄様の辞書に「降参」の二文字は無いんだもの
「もう一度言ってみろ……綱元」
「………」
「戦いもしねえで何を弱気になってやがる……!
やる前から潮時だと!?
Ha!伊達三傑の名が聞いて呆れるぜ!」
「では!!
今回の戦、貴方様は勝てるとお思いなのですか!!」
「っ!」
綱元さんが声を荒げたのは初めてだ
普段は一歩引いて微笑んでいることが多いだけに……相当、今の状況を憂いているのだろう
「敵は全軍で向かっています!
その背後には前田、浅井、徳川もいるのですよ!!
伊達一軍で迎え撃ったとしても、勝敗など自明のこと……
貴方様は、奥州の民を見殺しにするおつもりか!?」
綱元さんの言っていることは……真実で
それが最善の策なんだって、兄様もきっと頭じゃ理解できてる
だって、戦や兵法に詳しくない私でも、そうしたほうがいいって断言できる……
……でも
「……だったらどうしろってんだ……
先代までが命懸けで守ってきたこの家を、伊達家を!!
俺の手で魔王の犬にしろっていうのか!?」
「いいえ!
頃合を見て反旗を翻すのです!」
「つまり俺に裏切り者として生きろと!?」
「政宗様、何卒──」
「俺は誰の下にもつかねぇ!
家督を継いだその日に、お前らに言ったはずだ!
お前らは、それでも俺についてくるって言ってくれたんじゃねぇのか!!」
「主の無謀をお止めするのも忠義!!
貴方様のやろうとしていることは、無謀以外の何者でもない!!
この綱元とて、織田軍とは一戦を交え、そして政宗様が魔王を討つ瞬間を望んでおります!!
しかし、今の政宗様がその状態では、魔王と戦うなど笑止!!」
「このくらいの怪我なんざかすり傷だ!」
「貴方様はまるで分かっていない……
話になりません!」
「なっ……!!」
綱元さんらしくないやり取りの直後
立ち上がった綱元さんは、刀を抜いて
「そこまでおっしゃるのなら、この綱元を倒してみるとよい
さすれば、この綱元はもう何も言いますまい」
「綱元さん!?
そんな、仲間割れしてる場合じゃ……!」
「夕華様、お止め下さいますな」
「小十郎さん、でも……!」
「今の伊達軍では、到底織田には敵わない
特に、成実があの状態では」
「成実さん……?」
「あれは窮地を幾度となく救い、伊達の勝利を導いてきた男
また、過去には政宗様の影として暗躍したこともあります
今こそ成実の力が必要不可欠
政宗様には申し訳ないのですが、成実に政宗様の代わりをしてもらいます」
「代わりって……それじゃあ、成実さんが……」
「……おそらく、死ぬでしょう」
小十郎さんの重い言葉が、胸に深く突き刺さった
どうして……どうして、あんなに優しい人が、死にに行かなきゃならないの
「無論、そうならずに済むよう、出来る手は全て打つつもりですが……」
「でも……成実さんは、今……」
「存じております
ですので夕華様に、成実の頭を引っ叩いてきていただきたく」
「えっ……引っ叩いて!?」
「おそらくあなた様ならば可能かと」
「私が!?
何の根拠があって──」
「綱元!
お前に勝てばいいんだろ!」
いつの間にか完全に起き上がっていた兄様は、刀を抜いて庭に降りていた
はらはらしながら様子を見ていると、再び小十郎さんから耳打ちをされて
「政宗様は、綱元に勝つことはできませぬ
それは夕華様もお分かりでしょう?」
「それは……はい」
「政宗様が深手を負ったことで、軍全体の士気が下がっています
これを盛り返せるのも、成実くらいなのです」
成実さん……
あの人が、今後の伊達家を左右する鍵なら……
「……手段は?」
「怪我をさせぬ程度に、お好きにどうぞ
政宗様のことは、この小十郎と綱元にお任せを」
「……任せました」
庭先では、綱元さんと兄様の必死な攻防戦が始まろうとしている
それからは目を離して、私は成実さんの部屋を目指した
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