Episode.09
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浅井と伊達が合戦を繰り広げた設楽原では今、政宗様と明智光秀が激しくぶつかり合っている
その中にいて、お市の方はただ、息を引き取った夫――浅井長政を腕に抱いていた
……その胸に突き刺さる痛みは、私が一番よく知る痛みだ
最愛の夫をただの愉悦のために殺され、一人置いて逝かれた者の苦しみと悲しみは
……きっと、私と彼女以外の誰にも分からない
「……お市の方」
寄り添うようにそっと声をかけると、お市の方が顔を上げた
その両の瞳からは止まることなく涙が流れ続けている
「あなた、は……」
「私は……」
ちらりと後方を見やる
片倉様は政宗様と明智の戦いで頭がいっぱいで、私には気付いていない
今なら、本名を名乗っても支障はないだろう
「私は、美稜綾葉と申します」
「美稜……?」
「五年ほど前に織田によって滅ぼされた、信州美稜の生き残りです」
「あ……」
「思い出していただけたようですね」
「隆政殿の……お嫁さん……?」
「……ええ
もっとも、我が夫の隆政は五年前の急襲の際に自害し、すでにこの世を去っておりますので、私が美稜を名乗るのは本来ならば良しとされぬ事ではございますが……
……お市の方の心中、お察し致します
私も五年前、同じ思いを味わいました」
目を伏せたお市の方は、再び長政殿に視線を落とした
穏やかな死に顔の裏で……浅井長政殿は、どれほどの苦悩を背負っておられたのだろう
そしてこれから先、お市の方が歩まれる人生を思うと、やりきれなさが募る
「たった一人の男が味わう愉悦の為だけに、最愛の夫を失う……
それがどれ程憎く、悲しいことか……」
「違う……」
「え……?」
小さく首を振ったお市の方が、顔を上げる
やはりその黒曜の瞳からは涙が止まらなかったけれど、彼女は私の目をしっかりと見つめ返して
そして、言った
「違うよ……
美稜は滅んでない……」
「で、ですが……
一族郎党はすべて殺され、当主であった隆政様もお命を絶たれた筈です」
「違うの……
明智殿は、隆政殿を殺してない……!」
「……!!」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった
生きているの?
彦一郎様が、生きているの!?
「それは真なのですか!?
美稜隆政は……美稜彦一郎隆政は生きているのですか!?」
「生きているわ……
今は兄様の家臣として……」
「そんな……」
織田の家臣として
その言葉にどれほどの落胆を覚えたか知れない
ならば私は織田に寝返るしかないというの?
今まで一族の仇として追いかけてきたその軍に加われというの?
「隆政殿は、自分の奥方様をずっと探してた……
会いたいって、言っていた……」
「彦一郎、様……」
遠くの極楽寺山を見つめる
「……彦一郎様……」
会いたい
その想いだけが頭を占める
春風のように柔らかな微笑みが、木漏れ日のように心地良い声が
鼓膜と網膜に焼き付いたままの彦一郎様が、私の胸を強く締め付けた
会いたい……
会いたいよ……!
彦一郎様!!
「セイヤッ!!」
傾いていた思考は、政宗様の気合の声で引き戻された
私は今、伊達軍に所属する身
織田を討ち果たすべく、奥州より尾張へ攻め入る側だ
その私が、ここで織田に寝返るだなどと、恩を仇で返すことになる
いや、生涯にわたって、奥州の地を踏ませてもらえなくなるだろう
私を信じて取り立ててくださった、そしてここまでお側に置いてくださった政宗様のお気持ちに、報いるどころか背を向けるなどと――
「……お市の方は、彦一郎様とお話する機会がおありなのですね」
「一度だけ……
長政様のところへ行く前に、会ったことがあるだけ
でも、すごく心配して……後悔、しているようだった
奥方様を、一人でお城から逃がしたこと……」
「後悔など……彦一郎様がなさることではありませんのに
織田の侵攻を防ぐことが出来なかった私に、責めを負わせても良いはずだった……
……彦一郎様は、やはりお優しゅうございますね」
乱世極まるこの日ノ本で生きるには、優しすぎるようなお方だった
織田との繋がりなど無いに等しい私のことを、そのようなものはおまけ程度だと笑って……
私に美稜を好きになってほしいとおっしゃるそのお心が、私には何よりも眩しく、尊く見えた
好きになるに決まっている
貴方様も、貴方様が生まれ育った美稜の地も、貴方様が治める土地に住む民たちのことも
私はもうとっくに……彦一郎様と出会った時から、美稜の全てを、愛していたのだ
その中にいて、お市の方はただ、息を引き取った夫――浅井長政を腕に抱いていた
……その胸に突き刺さる痛みは、私が一番よく知る痛みだ
最愛の夫をただの愉悦のために殺され、一人置いて逝かれた者の苦しみと悲しみは
……きっと、私と彼女以外の誰にも分からない
「……お市の方」
寄り添うようにそっと声をかけると、お市の方が顔を上げた
その両の瞳からは止まることなく涙が流れ続けている
「あなた、は……」
「私は……」
ちらりと後方を見やる
片倉様は政宗様と明智の戦いで頭がいっぱいで、私には気付いていない
今なら、本名を名乗っても支障はないだろう
「私は、美稜綾葉と申します」
「美稜……?」
「五年ほど前に織田によって滅ぼされた、信州美稜の生き残りです」
「あ……」
「思い出していただけたようですね」
「隆政殿の……お嫁さん……?」
「……ええ
もっとも、我が夫の隆政は五年前の急襲の際に自害し、すでにこの世を去っておりますので、私が美稜を名乗るのは本来ならば良しとされぬ事ではございますが……
……お市の方の心中、お察し致します
私も五年前、同じ思いを味わいました」
目を伏せたお市の方は、再び長政殿に視線を落とした
穏やかな死に顔の裏で……浅井長政殿は、どれほどの苦悩を背負っておられたのだろう
そしてこれから先、お市の方が歩まれる人生を思うと、やりきれなさが募る
「たった一人の男が味わう愉悦の為だけに、最愛の夫を失う……
それがどれ程憎く、悲しいことか……」
「違う……」
「え……?」
小さく首を振ったお市の方が、顔を上げる
やはりその黒曜の瞳からは涙が止まらなかったけれど、彼女は私の目をしっかりと見つめ返して
そして、言った
「違うよ……
美稜は滅んでない……」
「で、ですが……
一族郎党はすべて殺され、当主であった隆政様もお命を絶たれた筈です」
「違うの……
明智殿は、隆政殿を殺してない……!」
「……!!」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった
生きているの?
彦一郎様が、生きているの!?
「それは真なのですか!?
美稜隆政は……美稜彦一郎隆政は生きているのですか!?」
「生きているわ……
今は兄様の家臣として……」
「そんな……」
織田の家臣として
その言葉にどれほどの落胆を覚えたか知れない
ならば私は織田に寝返るしかないというの?
今まで一族の仇として追いかけてきたその軍に加われというの?
「隆政殿は、自分の奥方様をずっと探してた……
会いたいって、言っていた……」
「彦一郎、様……」
遠くの極楽寺山を見つめる
「……彦一郎様……」
会いたい
その想いだけが頭を占める
春風のように柔らかな微笑みが、木漏れ日のように心地良い声が
鼓膜と網膜に焼き付いたままの彦一郎様が、私の胸を強く締め付けた
会いたい……
会いたいよ……!
彦一郎様!!
「セイヤッ!!」
傾いていた思考は、政宗様の気合の声で引き戻された
私は今、伊達軍に所属する身
織田を討ち果たすべく、奥州より尾張へ攻め入る側だ
その私が、ここで織田に寝返るだなどと、恩を仇で返すことになる
いや、生涯にわたって、奥州の地を踏ませてもらえなくなるだろう
私を信じて取り立ててくださった、そしてここまでお側に置いてくださった政宗様のお気持ちに、報いるどころか背を向けるなどと――
「……お市の方は、彦一郎様とお話する機会がおありなのですね」
「一度だけ……
長政様のところへ行く前に、会ったことがあるだけ
でも、すごく心配して……後悔、しているようだった
奥方様を、一人でお城から逃がしたこと……」
「後悔など……彦一郎様がなさることではありませんのに
織田の侵攻を防ぐことが出来なかった私に、責めを負わせても良いはずだった……
……彦一郎様は、やはりお優しゅうございますね」
乱世極まるこの日ノ本で生きるには、優しすぎるようなお方だった
織田との繋がりなど無いに等しい私のことを、そのようなものはおまけ程度だと笑って……
私に美稜を好きになってほしいとおっしゃるそのお心が、私には何よりも眩しく、尊く見えた
好きになるに決まっている
貴方様も、貴方様が生まれ育った美稜の地も、貴方様が治める土地に住む民たちのことも
私はもうとっくに……彦一郎様と出会った時から、美稜の全てを、愛していたのだ
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